3
気になり柿谷が、指の方向に振り返る。ゴクリ、と
「タカ 、探索途中で気がつかなかったよな?」
「うん、別の場所に夢中になってて見落としたのかも?」
はじめは、初めてこの館の異質さを目の当たりにしたように感じた。久々に訪れたものの、2年前のことを思い返しても、地下に降りる階段などなかったように記憶していたからだ。
早々と階段を下りるはじめ。懐中電灯をあて扉を調べる。扉板には『……ヲアケルナ』と
「? ……をあけるな? 何だ、これ?」と気にも留めず、試しにドアノブを回してみる。
鈍くこすれる音と共に扉は開いた。
「……? 開くぞ」
「やめとこうよ、はじめ」
柿谷がいうには今から地下を探索するのは、得策ではないと、はじめを説得する。夕方からこの館を探索するのは
「はじめ、この地下、ヤバイって。ウチのばあちゃんが、夕方からはお化けが目覚めるっていうんだ!」
はじめは彼の説得をだまって聞いていた。
一階階段の上からタキザキが、地下の扉前にいたふたりに手を振った。
「おーい、はじめ、タカ、先に帰るぞ!」
ああ、じゃあな……、とはじめは友達四人が手を振り、扉から外に出るのを確認した。
「タカ、行くぞ! 第二ラウンドだ!」
「えっ? 帰るンじゃ? やっぱり行くの?」
「何も得られないまま帰りたくねぇんだよ、せめて鍵だけでも……」
「でも、もし鍵を見つけたら、真っ先に箱を開けにいくんだろ!」
ニタリと柿谷に笑ってみせる。
「まったく」
柿谷が諦めた表情を浮かべ、肩をすくませ、
「はじめの好奇心には『怖い』という感情がないみたいだね」
ため息をつき言い放った。半分諦め顔で、
「わかった、付き合うよ。でも少しだけにしよう。この地下の空気って一階の空気と全然違うから」
はじめは訝しく表情を硬くし、柿谷に振り返る。
「空気が違う?」
「うん、なんていうのかな……言葉じゃうまく言えないンだけど」
「……」
柿谷の言う『空気が違う』というのが、はじめには全く理解できなかった。だが、今まで柿谷といるときに危険な目に遭ったことが、そういえば、一度もないことに気がついた。柿谷には、事前に危険とわかると回避できる能力があるのではと、はじめは想像した。
地下に降りたはじめは驚いた。どこから漏れているかわからないが、地下水まで流れ込み、水溜りもできている。懐中電灯を片手に人工的に土を削って造られた通路が、右と左に別れていたからだ。これはやはり柿谷の言うとおり、少し探索して再度、出直したほうが賢明だろうかと考えた。
先頭に電灯を照らしながら進み、周りを調べ振り返ったとき、柿谷が何かに気がつき、前かがみにしゃがんでいたように思えた。
「ん? タカ、どうしたんだ?」
「ん? 別に、なんでもないよ」
と、柿谷は、はじめに悟られないように、何かを隠した。
通路は左右どちらとも奥まで続いているようで、漆黒に包まれ見通せなかった。
「この地下って、思っていたよりも深そうだな!」
今にも通路の奥からモンスターか、クリーチャーが現れそうな雰囲気が、そこにはあった。薄暗く、陰気だった。
はじめは急に立ち止まった。何かが腐ったような無気味な匂いが、鼻をツンとつついたのだ。
どうやら柿谷も気がついたようだ。
「何だろう、この匂い?」
と、思わず手で鼻を押さえた。
やめとこう、と脳が反応するよりも早く体が反応した。漆黒の闇から後戻りし、はじめたちは早々と一階に引き返した。
入るときの好奇心に満ちた顔が、上空のカラスの鳴き声に連れて行かれたように、不安に満ちた顔に変化した。
はじめは不思議に思っていた。10歳のときに初めてこの館に入ったことがあった。当時は全く恐怖心や不安感がなく、単なる遊び場として思っていた。しかし、2年経って館のことをすっかり忘れている間に、自分に芽生えた恐怖心や不安感が増していたのだ。館全体が遊園地のホラーハウス以上のようにさえ感じた。
無事に館を出られたが、心残りがあった。2階のあの大きな箱のことだ。どうしても頭から離れず、家に帰ってからも寝るときにも、あのことを考え続けていた。
週末が過ぎ、何事もなかったかのように、次の一週間が過ぎる。
箱のことを忘れかけていたはじめだったが、翌週の水曜日が小学校の創立記念日で休みであった。
学習塾の帰り際。はじめは、偶然に座った後ろの席で、小学校の廊下ですれ違う、タキザキと同じクラスの女子が、熱心に話している噂に何気なく耳を傾けていた。
数日前、『あの洋館』に行ったまま行方知れずになっているクラスメイトがいるというのだった。『あの洋館』とは、はじめも柿谷と訪れた例の洋館のようである。興味を持ったはじめは、さりげなくその女子に
「……もしかして、その行方不明の子って、何か情報があって行ったのかな?」
「詳しいことはわかンないけど……でも、怖いよね」
それ以上のことはその子からは訊きだすことはできず、はじめにはわだかまりが残る。
明日にでも柿谷に訊いてみようか、とはじめはスマホでメールを送信した。
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