はじめの提案で今度の土曜日に、学校の校庭へ集合ということで、話が決まった。彼の賛同に隣クラスのタキザキ、カワセ、コミヤ、カワスミが名乗りを上げる。隣のクラスの中ではタキザキが先頭に立って、誘導していた。

 校庭の脇に自転車を止めると、はじめたちは、そこから歩いて学校の裏の雑木林を目指した。途中、カラスの鳴き声が、気になるほど響いている。

 林の中は、意外なほど涼しい。木漏れ日もなく、昼下がりを過ぎてまだ太陽が照らしているはずだった。が、洋館に近づくにつれ、冷気が段々と増しているように彼らは感じた。


 はじめは大見栄を張ったのだが、久しぶりの野外での探索に不安感が拭えないでいた

 数年前から、小学校の授業や塾ではスマホやタブレット端末の普及が本格化する。外で遊ばなくなり暇があれば、ゲームにいそしむようになる。自然の中への感覚に、少し鈍くなっていたことに、気づいたからだった。


 彼らは館に到着した。中に入り、懐中電灯を頼りに、館内のエントランスから周囲を照らしてみる。あちらこちらにある蜘蛛の巣の出迎えを受ける。

 はじめ以外、蜘蛛の糸に大騒ぎし、てんやわんやして慌てふためく。

「く、クモの巣だぁ!!」

「騒ぐなよ! たかが、蜘蛛の巣だろっ!」

 はじめは冷静な表情と口調で柿谷たちに叫んだ。

 最近、人が入ったとはいえ、すぐに巣を作る屋敷は、人気がないことを裏付けるのだろうと、はじめは感じた。


 彼らは懐中電灯を片手に各部屋を回っていく。扉は完全に朽ち果てている。足元に気をつけながら、浴室と思われる場所、台所だったと思われる場所、ゲストルームと思われる場所を探索した。


 しばらく、彼らは一階を探索していた。みんなでゾロゾロと歩くより、手分けして探索しないか? と、効率重視をはじめは提案する。がしかし、柿谷は反論した。はじめとは違い彼は、人一倍怖がりで慎重派だった。なるべく固まって歩くことを提案したのだ。はじめは多数決で柿谷に従うしかなかった。


 何度かはじめは訪れたことがあるものの、この洋館のニ階、三階には上がったことがなかった。以前に見取り図を作成したことがあった。緻密めんみつさがない見取り図を柿谷にわたした。

 柿谷は図の奇妙さを感じずにはいられないでいる。はじめに問いただした。

「なんだよ、この見取り図。配置がめちゃくちゃだぜ。意味、あんのか?」

「わりぃ、思い出して書いたものだから、でたらめだ」

「何だよ、それ……意味、なくね?  ゴミなんてよこすなよ」

「ないより少しはマシだろ!」

 ある程度一階の部屋を見回した。何もないことで、はじめ以外ホッと胸をなでおろしている様子だった。

「大きな箱って、ニ階なのかな?」

 と、柿谷は呟いた。


 上がるのは初めてとなる階段を、先頭に立ってはじめは、歩き始めていた。

 踏み段を上がるたびに、独特のきしみの音が聴こえてくる。はじめ以外みんな不安な顔つきをしていた。何が出てくるかわからないような洋館を、ぞろぞろと足並みをそろえムカデがうように上っているからだ。

「そんなにくっつくなよ! 暑苦しいだろ!」

 はじめが先頭に立ち、一歩ずつ階段を上がっていく。右腕にしがみつきながら、柿谷はあたりを警戒するどころか、怯えながら上った。

 階段の踊り場の壁には、この館の主人あるじらしき肖像画が飾られていたようだが、首がそっくり剥がれ落ちている。

 後ろで柿谷が、ボソリと呟いた。

「なんか、出そうな雰囲気だな」


―――こいつら、幽霊でも出ようものなら、一目散に逃げそうだな……


 柿谷は四年生の時に、転入してきた。それ以来はじめとは五年生、六年生と一緒のクラスである。

 柿谷がこんなにも臆病おくびょうだったのかと、彼はこの時はじめて知った。遠足や移動教室でも、一緒の班になったことがあったが、全く気がつかなかったようだ。


 柿谷以外の四人の中で、はじめと同じに冷静だったのは、意外にもアンカーを歩くタキザキだった。


 がらんどうで荒れ果てて壊れた窓から日差しがいっぱいに差し込んでいる。とても怪しい雰囲気にある部屋ではなかった。

 奥に脚を進ませると、それは現れた。大きい箱がふたつ並んでいる。みるからにゲームから抜け出てきたような、左側は朱色で、黄色い縦縞模様たてじまもよう入りのものだった。右の方はおびただしい真っ黒に包まれた不気味な箱である。毒々しい色だった。ある程度の幅と長さがあり子供が、一人隠れられるほどのスペースのある大きさである。

 どちらの箱にも茶色く『古びた錠前』がしっかりとかかっていた。両方とも子供の力、六人がかりで箱全体を持ち上げようとしても、ビクともせずはじめには悔しさだけが残った。


 はじめは地団駄ぢたんだを踏みながら悔しい顔をあらわにする。

「畜生! この中に絶対なにか入っているに違いないのに……」

 柿谷にははじめの気持ちがわからないでいるようだった。

「そんな箱を開けることに、どうして夢中になるの? はじめ」

「だって、ゲームじゃ大概たいがい、こういう箱は宝があるってきまってるだろっ!」

 柿谷の眼にはムキになるはじめが、この箱の魔力に取り憑かれているように見えている。

 付き合いのみでついてきたタキザキが、

「とりあえず、今回は様子見でいいじゃないか」

 すぐにはじめはタキザキに反論した。

「俺は高望みしても、家じゃすぐには手に入らないんだ!」

 柿谷にははじめが焦っているようにみえた。

「はじめ、何を焦ってるんだよ!」

 柿谷の隣にいたカワセが、ぽつねんと呟いた。

「そういや、はじめの親って離婚して暮らしてたンだったな!」

「ああ、今、裁判所でを争っているんだ!」

 柿谷はいぶかしく首を傾ける

?」

 はじめの右隣にいたコミヤも、考え込んでいる。

「父さんと暮らすか、母さんと暮らすかまだ決まっていないんだ!」

 柿谷は合点がてんがいったような顔つきになる。

 コミヤが問いかけた。

「引っ越すかもしれないってこと?」

 こくり、とはじめはうなずいた。

「今、父さんが週に一回顔を見せに来るけど、中学になったら他の町に転校するかもしれない」

 はじめの左隣にいた小太りのカワスミが呟いた。

「ってことは、この館の探索も今のうちなの?」

「ああ……」

 カワスミが、何か言いたそうだったが、

「ふうん……」とだけ呟き、黙ったままだった。

 箱の錠前をにらみながら、

「けどさぁ、鍵がないと、この箱は開けられそうにないぜ」

 箱の上に頬杖をつき、タキザキが文句を言う。

「……だよなぁ」

すんなりとはじめは納得をした。


 その後、はじめたちは二手に別れ探索する。三人一組で一階、二階で鍵を探した。

 最初は怖がってやる気がなかった柿谷も、何も出ない雰囲気になると覚悟を決めたのか、一階を希望した。


 二階の探索をはじめが担当した。もうひとつ上の階は時間があったら、ということで全会一致になる。探索を始めてから、どのくらいたっただろうか、手分けして探しても結局、鍵らしいものはみつからない。


 一階も同じだったらしく、残るは三階だとはじめは意気込んだ。しかし、なにげなく壊れた窓から空を眺めると、雲がオレンジ色に映えている。夕方になっているのだろうか、館の中が薄暗くなっていた。不気味な静けさの中で、カラスの鳴き声だけが異常なほどはじめの耳に聴こえてきた。


「これだけ探しても、見つからないから今日は諦めようか……」

 柿谷が安堵のある声を上げる。

「そうだよ! 薄暗くもなってきたし」

 結局、苦労して何も得られないまま帰ることに、はじめには悔しさがこみ上げてくる。みんなからは疲労の色だけが窺えた。しかし、彼にはわだかまりがありよほど納得できなかった様子である。


 そろって一階に降りた後、外に出ようと扉を開こうとしたはじめは、柿谷が立ち止まってる視線にある方向を何気なく見る。そこには地下に降りる階段があった。はじめは思わず階段に向かって指をさす。

「はじめ、どうしたの?」

 不思議な顔つきで柿谷はいった。


 

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