『あの子は……ぜったいに生きている……』


 六月も終わりに近づいた炎天下だった。

 ひとり少年が、山と山の間の砂利道を自転車を漕いでいた。山間にある小学校に向かっている。かごには、ふくらみのあるサックがある。

 瀬際せぎわはじめはきつそうに自転車を漕いでいる。背中から滲み出る汗が、水色の半袖シャツに青色の地図を作っていた。

 もう、午後四時過ぎだというのになんて暑さなんだ。時折、陽の傾きかけた太陽を睨みながら、待ち合わせている小学校の校庭へとたどり着いた。

 日陰では木にもたれかかり、スマホをいじっている同級生の柿谷敬幸かきたにたかゆきがいた。近づくと、はじめはきょろきょろと辺りを見回している。が、ほかに人影はない。

「あれっ? タカだけか? 他は?」

 アメリカ人の癖を真似たのか両腕を直角にし、柿谷が『お手上げ』という諦めのポーズで、首をふって不満そうな表情を浮かべている。


 一ヶ月前のことだった。衝撃的な記事が地元の新聞をにぎわせる。

 父親がみていた新聞の三面記事を、目を丸くし驚きながらはじめはマジマジと読んだ。

 小学校の裏の雑木林。古めかしい昭和初期に、建てられたであろう三階建ての廃洋館があった。持ち主は行方不明のままに、市でも取り壊しの検討がされた。がしかし、予算の都合上、放置せざるを得えないらしい。

 その洋館に変な噂話が絶える事はなかった。昼間でありながら、洋館の周りだけ夜のように真っ暗に見えたり、館の中に入るたびに部屋の配置が変わっていたりと、そんな奇妙な噂だった。


 はじめには、感情の『怖さ』というものが幼少の頃から欠落していた。


 どの噂も洋館に入らせないように、大人が作ったでまかせに違いないと、はじめは思った。実際に数年前、その館に何度となく足を踏み入れている彼にはわかっていたことだった。


 最近になって現地調査として、市役所の職員が派遣されたらしい。数人のうち二人は現在も行方不明のまま。ひとりは病院で療養し正気を失っているという。そんな見出しのついた記事で締めくくられていた。

 のちに、現地の警察関係者は、その洋館を三回ほど調べるものの、とくに異常がないこと、行方不明者の遺体やら遺留品がないことを知り、本格的に捜すことはなかった。捜索が打ち切られたのだ。

 数日後にも、はじめの通う小学校の教諭が館に踏み込んだらしい。それを職員室の前の廊下で偶然にも、はじめは聴いてしまった。

『あの館には、子供たちを近づけさせないようにして下さい。あの洋館は危険です。……何かを誘うように……が置かれていたのを記憶しています』

 男の教諭は、他の教師たちに熱弁をふるっていた。

『昔から、あの付近で子供たちが遊んでいるところを、近くの住人が目撃しているようです』

 ひとりの教諭によって朝礼で周知されたことで、職員の間で動揺が広がった。


 人一倍怖いもの知らずのはじめには、面白そうだと好奇心に湧く。

 教室に戻るとさっそく隣の席の柿谷に、廃洋館への探索をしよう、と持ちかけた。クラスメートの柿谷敬幸は『廃洋館』という言葉を聞いて表情を硬くした。

「はじめ、お前知らないのか? あそこの所有者さえ、一年前に行方不明になっているんだぞ! あの館はマジ、やばいって……」

「タカ、そんなこと俺が納得すると思っているのか! 俺は何度もあの洋館の中を探索したけど、何も起こらなかったし、こうして行方不明にもなってないだろ! 行方不明者を救出できれば一石二鳥じゃンか」

「そうかもしれないけど……でも、そんなにうまくいくかなぁ?」

 柿谷は不安な表情をにじませながら、悩んでいる様子である。

「もし、おれたちが行方不明になったりしたら……」

「そんなことねぇよ! タカは心配性だな」

 はじめは自信満々に声を張り上げる。

「そうじゃないんだ! あそこに入って悪い噂しか広まっていないから」

「じゃあ、俺ら以外に4人いればいいだろっ! なっ、文句ないだろっ!」

「う、うん……」

 と、渋々柿谷は承諾した。

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