第2話「ライハント王国」
「私はライハント王国の3女、王女エリシアと申します」
俺は不用意に口を開かずとにかく現状把握に徹した。まず理由は解らないが何故か相手の言語が理解できる。それが地球のどこの国の言葉でも無かったが、まるで昔から自然に使っていたかのような感覚だった。
「突然のことで驚かれているかもしれませんが、私たちの国を救って頂くために召喚させていただきました」
俺には突然のことであってもこの王女様とやらには予定調和のことだったようだ。別の世界の生物を召喚して自国を救うだなんて本当におとぎ話みたいだが、実際に俺がその立場にたっているのだから認めざるを得ない。何はともあれ少なくとも自分と相手の立ち位置は理解できた。これは
「俺は此処に飛ばされる前はいたって普通の人間だった。あんたの国を救わせるというくらいなら、此処に来る際に俺は何か特別な力でも貰えたということか?」
「いえ、召喚魔力で成せることは言語を理解させることくらいでして……」
エリシアと名乗る王女は元の世界で例えると高校生くらいの年齢に見えるが、長いブロンドの髪とその身に纏っている如何にもなそのドレスが日本の女子高生とは一線を画すように神々しく見えた。しかしそんな彼女も俺が言いたいことを理解しているのか少し気まずそうにしている。
「では俺に何を求めている? 他に俺のように召喚された奴は存在するのか?」
「召喚された人に関しては、現在では少なくともこの王国では他に居りません。私が生まれるずっと前には居たようですが、既に亡くなられて―――」
「それはわかった。では最初の質問は? 俺に一体何を求めているんだ」
丁寧に答えてくれているにも関わらず、捲し立てるように先を促す俺に彼女はわたわたとする素振りが垣間見えた。
「ええと、ですね。スミマセン私も詳しくは解らないのです。実際に召喚したのはそちらのお方でして……現在のライハント王国は他国と今にでも戦争が起こりそうな状態でして、それに勝つために言い伝えにある通り藁にも縋る気持ちで召喚を……」
彼女がチラと視線を移したその実際に召喚したお方というのを見てみると、それは太々しく床へ横になった大きな赤い竜だった。
まあ、何となく言いたいことはわかった。このお嬢ちゃんはただのガイドみたいな存在で召喚のこともそれほど理解しているわけではなく、召喚さえすれば俺が勝手に救世主となって国を救ってくれると信じ込んでいるらしい。
馬鹿馬鹿しいと鼻で笑ってやるつもりだったが、彼女の胸の前で結んだ両目とその上目使いがそれをさせてくれなかった。
「あの……私の国を救ってくれますか?」
「OKわかった、全て俺に任せろ」
気がつくと俺はエリシアの頭を撫でまわし、そして彼女はそんな俺にキラキラとした無垢な瞳を向けて顔を綻ばせる。お姫様という存在に一般人が逆らうことが出来ないのは権力だけの問題ではないと悟った。
「ありがとうございますっ」
まあ、あれだ。仮に俺が何もできなったとしてもこの国が滅びるだけのことだろう。ちなみにこの一連のやり取りの間、興味が無いと言わんばかりに終始ゴロゴロしていた隣のデカい竜が気に入らない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おお、よくぞ参られた! 英雄殿よ」
何の実績も功績もないのに俺は既に英雄扱いだった。言い伝えというのは恐ろしいものだ。召喚された神殿から改めてエリシアに王の間へ案内された俺はこうしてライハント王と謁見している。
「名はなんと申す?」
「高柳充だ」
俺は国王に対してどのような立ち位置で臨むか思案のしどころだったが、やはり下手にでるのはよろしくないとの結論に至っていた。
「そうか! タカヤナギミツル殿と申すか。如何にも異世界人らしい名じゃのう。それにその衣服もこの世で見るのは初めてじゃ」
俺の目に映る国王の第一印象はそれっぽくて馬鹿っぽい。国民には好かれそうな人柄だが、もし国王自ら他国との政略戦争の先頭にたっているならばこの国は滅ぶほかに道はないと断言できよう。
「ミツルでいい。して国王よ、戦争に勝つために私を此処に召喚したと聞いたのだが……」
「ではミツル殿よ。我が国はここのところずっと争いの無い平和な国であってな。無論軍隊はあるのだが、それ故に実践経験も乏しくそれを率いる将ですら戦争に勝てる自身が無いと言い出す始末なのじゃ……」
その後も色々と悲観的な言葉が続いた。何だこの国は……他国も同じような感じでもなければ勝てる要素が全く見当たらない。挙句の果てに別世界の俺に何とかして欲しいだなんて、そんなお膳立ては聞いたことが無い。
こういうのはまず自分たちで一戦交えて、その結果ボロボロの状態になって初めて神に縋るかのように他人へ託すものじゃないのか。
「言い伝えではその状況に相応しい能力を持った者が召喚されると聞いておる。もし此度の他国の侵略を退けることができたのなら褒美は思いのままに与えようぞ」
今の状況に相応しい俺の能力か。
「つまり結果的にその他国の侵略を防げば良いんだな?」
「その通りじゃ!」
あの太々しい竜が何かミスって俺を召喚したのでないならば、外務省大臣秘書官の実績で得た交渉術を以て戦争を回避させよということなのだろう。傭兵の知識も戦争のやり方も知らない俺に出来ることなんて相手を騙くらかすことだけだ。
「……過度な期待はしないで欲しいが、一応は微力を尽くそう」
無理やり召喚されて今のところ自力で元の世界に戻る術のない俺には可能不可能に関わらずまずは相手の要求をのむしかない。さっきも言ったが、失敗したとしてもどうせこの国が滅びるだけのことなのだ。
「もうお父様―――けふん、陛下とのお話は終わったのですか?」
王の間から退出するとエリシアが待ちわびているかのように出迎えてくれた。召喚された直後こそ整然とした態度だったが、構えた感じはすぐに崩れ、物珍しさ故か今では妙に興味本位で懐かれているような感触もあった。
「ああ。……そんなに異世界の俺が珍しいか」
「い、いえ。そうじゃないんです。あの……実は私は生まれてから召喚能力を持つ赤竜のファラ様のお世話役を担っている所為で城内から出ることも禁止されていて、他人と話すことすら殆どなかったものですから」
エリシアがファラと呼ぶあの竜と接触できるのは召喚された者と王家の血筋の者に限定されているらしい。詳しく聞いてみると召喚という世間の知らない異能の力を極力表に出さないための方針みたいなのだが、母親の腹の中にいる時点で既に決められた定めというのはどうも可哀相で同情する気にもなってしまった。
「俺で良かったらいつでも話し相手くらいにはなってやろう」
俺は再びエリシアのブロンドの髪を撫でくり回してやった。
「えへへ……凄く嬉しいですっ」
まあ、それもこの国が存続できればの話だがな。
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