第14話 僕のせい
その夜、僕は紗耶に電話をかけた。
何を言うかは圭太との話が終わった時点で決めていたけど、いざ電話をかけるとなると憂鬱だった。でも、僕の返事は伝えなくちゃならない。
スマホに表示された通話ボタンを押す。五コール目で紗耶が出た。
『も、もしもし……』
「もしもし? 今大丈夫?」
『う、うん。でもその前に言っておきたいことが……』
「なに?」
『ごめんね、いきなりあんなことして。あたし、おかしいよね、変だよね。全然っらしくないよね?』
「えっと……それって僕のこと押し倒した時の……?」
正直訊くかどうかかなり迷ったけど、念のため聞いておいた。
『うん……あんなの落ち着いて考えてみれば卑怯だし、何より本当に好きな人に対してやることじゃないよね、無理矢理過ぎたよね。もし、驚かせちゃったならやっぱり謝らないといけないし……だから本当にごめん……』
「大丈夫だよ、気にしてないから。それに紗耶は紗耶だから」
「……うん」
本当は僕が謝るつもりだったのに、先に別のことで謝られてしまった。何となく出鼻をくじかれた気分になって、それでも臆せず話を切り出す。
「それで紗耶……告白のことなんだけどさ……」
『うん……』
「やっぱり僕は夏のことが好きだよ。紗耶とは付き合えない」
『……』
返事は返ってこなかった。その沈黙が嫌で僕は何かを振り払うように喋りはじめた。
「でもね……今の夏にこの気持ちを向けていいかどうかはまだわからないんだ。結局、僕も心のどこかではロボットの夏のことを昔の夏と全く同じだって言いきれてないし、それになによりいくら僕が夏のことを好きでも、夏が僕のこと好きじゃなければ意味のないことだし……」
『にゃはははっ……そっか……やっぱり駄目だったかっ……』
僕の言い訳めいたものを紗耶は笑ってはねのける。
『そうだよね。拓はずっと夏のことしか見てなかったもんね。あたしのことなんて眼中になかったもんね』
「えっ、いや眼中になかったわけじゃ……」
『いいんだよ別に。あたしだって無理だってことは薄々気づいてたし……だからこれからは幼馴染でいてね拓』
ふられたのに泣きもせずにそう告げる紗耶は強かった。告白の返事に一週間もかかって、結局紗耶に付き合うことはできないと言った僕とは大違いだ。
「ねぇ、紗耶……こんなこと今言うべきじゃないかもしれないんだけどさ……伝えておきたいことがあるんだ」
『いいよ、別に。なに言ったって。もう告白は終わったんだし』
「そっか……ありがと。それじゃ言うね……」
僕は深呼吸をして、紗耶の返事に怯えながら思いきって口を開いた。
「僕はまた四人で一つの幼馴染に戻りたいんだ」
『四人で一つの……幼馴染?』
紗耶が小さな声で聞き返す。
「うん。紗耶は言ったよね夏のことロボットだってわかったらもう元には戻れないって。でも、夏はもうどうしようもなくロボットで、僕たちにいつか傷つけられることも、自分が傷つくこともわかってるんだよ。その上で、僕たちとはもう会いたくないって言って自分が今までに負った傷と、これから負うはずの傷から逃げてるだけなんだよ。でも、夏一人にそんなにたくさん抱え込ませていいのかな? 僕は嫌だよ」
『夏に会えって言ってるの?』
「うん……会うだけじゃなくて出来れば元通りに……一年前と同じようにちゃんと幼馴染に戻ろうよ」
『そっか……拓はまだ一年前と同じように四人の幼馴染に戻りたいんだね』
紗耶はくすっと電話越しで微笑んだ。
やっぱり紗耶は僕と付き合うのはほとんど無理だと思って告白したんだろう。そうでないと、ふられた後にふられた相手にこんな話をされて微笑むことなんて出来るはずがない。
『でも、あたしはまだわからない……夏に会うことが本当に正しいことかどうか……』
「そんなこと僕もわからないよ……」
夏に会ったところで、どうしたら夏が僕たちのことを信じてくれて、身を、傷を預けてくれるのか、それが出来なければきっと夏は今まで通りに僕たちの前から逃げてしまう。
「でも……今は何もできなくてもいつかはきっと……夏も僕たちのことを信じてくれると思うんだ……」
『……なんで……拓はそんなに夏のこと信じられるの? やっぱり……好きだから……?』
「ううん、違うよ。僕と夏が幼馴染ってだけだよ。ただそれだけ……」
本当にそれだけだった。夏がもう一度、一年前と変わらずに幼馴染として戻ってきてくれる保証なんてない。それでも、信じていられるのは幼馴染という事実があったからにすぎない。
他の人は何の根拠も、目に見える繋がりもないものをどうして信じるのかと笑うかもしれない。けど、それは確かにあった。バーベキューのとき半年ぶりに夏や他の二人に会ってもみんな最後に会ったときと同じように僕と接してくれたし、僕はずっとここに居ていいんだと教えてくれる存在だった。そんな無条件な信頼こそが僕たちを結びつける唯一の鎖だった。
「紗耶だってさ……夏の言ったことならどんなことだって信じてこれたでしょ? ロボットになったっていうことも、夏がそう証明してくれたから信じられた。そうでしょ?」
『……うん、そうだったね』
「でもさ、何も理由はなくても夏がここに居て、傷ついてるなら、いつかは信頼している僕たちの元に帰ってきてくれるはずなんだよ……」
「だからさ、夏のこと信じて会いに行こう」
紗耶はしばらく口を開かなかった。けど、僕の気持ちは絶対に通じたはずだ。
『……あたしね拓と映画行った日からずっと考えてたの。夏とこのままさよならでいいのかって……』
紗耶はさっきの不安そうな声ではない声で話し始めた。
『拓はさ、帰り道必死で夏とあれがお別れでいいのかとか聞いてきたよね。それがずっと耳に残ってて……』
「紗耶……」
『ずっと考えてたの。夏があたしのことを嫌ったどうしようって……ずっと悩んで、拓に告白することでもういっそのことあたしの方から夏のことを嫌いになって、逃げちゃおうって考えた。結局だめだったけどね……』
にゃはははっとおどけたように笑う。最近会っていないせいか、それとも距離感が変わってしまったせいか紗耶が冗談を言った後に見せるこの笑いも、何となく遠いものに感じた。
『だから、あたしも夏から逃げた分だけきちんと夏と向き合うよ。傷ついても、みんながもう一度幼馴染に戻ればきっと同じ風に傷も、痛みも分け合えるよね?』
「うん……」
『いつか……夏もあたしたちのこともう一度信じて助けを求めてくるようになるよね? そうすれば一年前と同じ信頼しあえる幼馴染同士に戻れるよね……?』
「うん……もどれるよ……絶対に……本当にありがとう」
泣きそうになるのを必死でこらえながら、ゆっくり紡ぎ出すように、噛みしめるように紗耶にお礼を言った。この村に来て、初めて自分が肯定された気がした。夏も、紗耶も圭太も僕の考えは違うと、夏を傷つけてしまうと否定し続けてきたけど、ようやく夏ともう一度幼馴染をやり直したいという、僕の気持ちをわかってくれた。これならきっと一年前の、夏が事故に会う前の関係に戻れる。そう確信できた。
だから、紗耶の次の一言は僕にとっては意外すぎるものだった。
『夏はうれしいだろうね。拓だけはずっと夏と仲良くなりたいって言ってくれて。麦わら帽子だって今も大切に持ってるだろうし……』
「麦わら帽子……?」
『あれ? 知らなかった? 夏って拓からもらった麦わら帽子を追いかけて車にひかれたんだよ?』
「えっ……そうなの……?」
『えっと、夏はね……拓のいる前だと恥ずかしがってかぶらないんだけど、小さい頃にもらった麦わら帽子ずっと大切に使ってるんだよ?』
そんなこと知らなかった。確かにあの帽子はいつの頃かかぶらなくなっていたけど、それはただ単純にサイズが合わなくなっただけかと思っていた。
『夏はさ、あたしたちからもらったもの本当っに大切にするんだよ? あたしが小さい頃にあげた髪留めだって時々使ってるし、誕生日の時圭太からもらったシャーペンだって何年も大切に使ってるんだよ』
「そ、そうなんだ……」
ということは、あの時あげた麦わら帽子はあの時の僕が願ったように、夏にずっと使われていたんだ……そんな小さなことがとてつもなくうれしい。
うん? ちょっと待て。それじゃ、最後に夏と会ったときに夏が事故に会ったのは僕のせいだって言ったのはそういうことだったのか? 夏が僕のあげた麦わら帽子を追いかけて、事故にあったから僕のせいだって言ってるのか? やっと合点がいった。あの時夏は僕にそれを伝えたかったのかもしれない。
『だからさ、夏はもう会わないでとか言ってても絶対に拓のことだけは待ってると思うんだ。ついこないだまで夏とはもう会わないとか言ってたあたしが何言ってんだろうと、思うかもしれないけど……あたしもまた四人で一つの幼馴染に戻りたいよ……』
「……わかった」
僕はそれだけしか言わなかった。いいや、本当はそれだけしか言えなかったんだけど、それで全てが伝わったと思う。
だから、四人揃っての夏との再会が、あんなものになるなんて思ってもいなかった。
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