第13話 4人で

 圭太に電話で呼び出されたのは次の日の夕方だった。

 スマホの着信音が鳴るなり、昨日紗耶の家から帰って来た時から定位置になっているベッドの上で布団を被って丸くなり、隅の方へ逃げた。紗耶だったら電話に出る気に慣れない。まだ、逃げていたかった。だから、気付いていないふりをした。

 でも、電話はあまりにしつこく、仕方ないからマナーモードにしようと画面を見てみると、そこには紗耶の名前でも、もちろん夏の名前でもなく圭太の名前が表示されていた。

 もしかして紗耶に根回しでもされたのかと訝しりながら電話に出る。


「も、もしもし?」

『もしもしー? 拓今暇ー?』

「暇だけど……あんまり外に出る気にはなれない……」


 遊びに行こうと誘われているものと思い、一応断っておく。昨日紗耶の家であんなことがあったのだ。とてもじゃないけど誰かと一緒に居る気になんてなれない。


『そっかー……それじゃ新田地区のコンビニ来てー』

「……圭太、人の話聞いてる?」

『三十分以内ねー。じゃー』

「あ、ちょ――」


 行かないという前に電話は切れてしまった。


(……どうする?)


 新田地区のコンビニは圭太の家のすぐ近くにある。僕の家からだったら歩いてちょうど三十分というところだろう。今日も外は真夏日。とても出る気になんてなれない。けど、ちゃんと断らなかったから圭太はコンビニで僕が来るのを待ち続けるかもしれない。


「……くっそ」


 私服に着替えて、財布とスマホをポケットに突っ込み外に出た。多分僕はいいやつだ。こんな精神状態でも、誘われたら断らないのだから。



 コンビニの中に入ると、圭太が雑誌コーナーでマンガを立ち読みしていた。他に客は見当たらず、店員もどうやら一人しかいない。東京じゃここまで客と店員がいないのは深夜の三時くらいだろう。さすが田舎のコンビニだ。


「おーっす」


 圭太はマンガから目を放さずに、圭太の横に来た僕にのんびりと言う。


「久しぶり……で、何の用?」


 単刀直入に僕は問う。呼ばれて来たのはいいけど、正直早く帰りたかった。夏とは怖くて会うこともできなくて、紗耶にはしっかりとした返事を返せない。そんな不安定な精神状態の中に僕はいる。自分の心の整理がつくまではそっとしておいてほしかった。

 なのに、圭太はこの前だって夏ことであんなに怒鳴ってしまったのに、平然とした顔でこんなことを言う。


「アイスでもー食べないー?」

「……アイス?」

「うんー。暑かったでしょー? おごってあげるからさー」

「……わかった」


 おごってくれるならアイスを食べるくらいやぶさかじゃない。ついさっきまで炎天下の中、流れる汗で道標を作りながら三十分も歩いていたのだ。冷たいものを僕の体は異常なまでに求めていた。


「カリカ君でいいよねー?」

「うん」


 圭太は読んでいたマンガを棚に戻すと、アイス売場へ。アイスを溜めこんだ白い箱の中から青いパッケージに包まれたカリカリ君ソーダ味を二本取り出し、レジでお会計して僕の方へ戻ってきた。


「じゃーあの下で食べるー?」


 圭太が指差した先には、コンビニの目の前の横断歩道を渡った先にある、ベンチしか置いていない狭い公園があった。それだけの公園だけど、ありがたいことにベンチには屋根がついている。日陰になっているあそこならそこそこ涼しいだろう。

 圭太の後について公園へ。ベンチに座りカリカリ君を袋からだす。


「あー……反対から開けちゃったー……」


 カリカリ君や、その他棒アイスを食べるときにたまに起こる現象だ。


「よく確認しないからだよ」

「しょうがないなー……」


 圭太は突然袋を逆さまにする。もちろんガリガリ君は頭の方から(アイスがついている先端の方)から地面に落ちて行くけど、圭太は持ち手の棒を的確にキャッチ。そのままひっくり返して、何事もなかったかのように平然と水色の氷にかぶりつく。


「……なんか今信じられない光景を見た気がするんだけど?」

「そうー?」

「まるで大道芸人だね」


 僕も袋を開け、中からガリガリ君を取り出す。僕は失敗せずにちゃんと持ち手の方から袋を開け、圭太と同じように勢い良くかぶりつく。口の中に爽やかなソーダの味が広がって、汗まみれの頭を引き締めるように急速に冷やした。そのまま無言で二度、三度とかじり綺麗だった長方形の水色を噛み跡でギザギザにしてから圭太にもう一度訊いた。


「で、何の用なの?」

「んー……拓さー紗耶に告白されたー?」

「……うん、されたよ」


 ついでに押し倒されたよ。そこは理性で飲み込む。やっぱり紗耶に僕の様子を窺ってきて欲しいと頼まれたのだろうか? 


「そっかー……紗耶がさー拓がこっち来る前ー拓が来たら告白するって言ってたからさー……やっぱりされたのかー」

「えっ? 圭太、僕が告白されたの知ってって言ってるんじゃないの?」

「んー? 知らなかったよー。別に紗耶が拓のこと好きでもー俺は関係ないしー」


 ということは、僕が大滝村に引っ越してくる前に、紗耶が圭太に「拓に告白するから!」みたいなことを言っていて、それで圭太が気になって呼び出したってこと? タイミングが完璧すぎてなんか怖い。


「でー告白されたんでしょー? 返事どうするのー?」

「……まだ保留にしてる……」

「告白されたのはー?」

「……一週間前」

「早くしないとー駄目じゃんー」

「……そんなの……わかってる」


 わかってるけど夏が好きだから仕方ないんだよ。多分、夏のことが好きという気持ちがなければ、僕は紗耶に告白された瞬間二つの返事で付き合うことに決めただろう。けど、一度死んでしまってもまだ僕は夏のことが好きなのだ。そして、この気持ちはロボットの夏を前にして迷っているのだ。


「やっぱりー拓は夏のことー好きなの?」


 いきなり圭太は核心をついた。


「……好きだよ。すごく……好きだよ」


 誰かが好きってことを口に出すのはいつでも恥ずかしけど、圭太になら一度夏に告白をするかどうか相談したことがあったからそこまで恥ずかしくなかった。


「そっかー……でもー今の夏はロボットだよー。ううん、俺からすればーロボットであってもー夏じゃないー」

「わかってる……」

「拓はー恋人がロボットでも幸せなのー?」

「そんなの……わかるわけない……」

「じゃー紗耶と付き合えばー? 紗耶と付き合ったからってー幸せになれるとは言わないけどー人間とならーエッチなこともできるしーロボットと付き合うよりは――」

「圭太」


 僕はその先の言葉を言わせまいと鋭く圭太の名前を呼んだ。その先を言われてしまったら僕は多分戻れなくなってしまう。


「僕だって迷ってるんだよ。そりゃ、紗耶だって普通に可愛いし正直女の子になんて縁のなかった僕にとってはこれ以上ないチャンスなんだと思う。けど、あんなに大切だった夏を好きっていう気持ちを捨てて紗耶と付き合うのは……絶対に違う気がするし、そうしたら多分……夏は僕たちの前にもう戻ってこない……」


 誰も夏に戻ってきて欲しいと願わなくなるから。


「それじゃ駄目なのー? 夏はこれ以上傷つきたくないんだからー俺たちとなんて会わないほうがいいと思うしー」

「駄目だよ。そんなの駄目に決まってる。圭太はそんな簡単に幼馴染見捨てられるの? 十年以上も、ずっと一緒に居たじゃん。僕は時々しかいなかったけど、みんな本当に信頼し合ってるじゃん」

「信頼だけでー幼馴染っていう関係が続くならー夏は死んだときにたとえ事故であってもーその信頼を裏切ってるんだよー」

「……圭太は夏が死んだのが悪いって言ってるの?」

「そうじゃないよー? ただ、死んだら全部終わるんだよー。夏は例外ってだけでー本当は死んでるー」

「死んだら全部終わりなの……?」


 僕の声は次第に小さくなっていく。そんな悲し過ぎること、誰の口からも言って欲しくなかった。


「そうかもねー。それに夏が死ななくたって拓が紗耶に告白されて断ればー紗耶はここにはもういられなくなるしー、逆に拓が夏に告白してふられればー拓はもうここにいたくなくなるでしょー?」

「……」


 僕は反論できない。確かに圭太のいう通りだ。男女四人グループの中で誰かが誰かのこと好きならいつか終わりがきてしまう。信頼とか幼馴染云々以前の問題だ。


「それでも……僕の気持ちは伝わらなくても夏と一緒に……また四人で……」

「それってー紗耶と付き合っても夏とは仲良くしたいってことー?」

「友達として……幼馴染としてね……」

「拓の言いたいことはわかったよー。拓は誰が誰と付き合おうが、夏がどれだけ傷だらけになろうがそんなの関係なくー四人で一緒に居たいってことなんでしょー?」

「……うん」


 僕は夏の父親に言われたことを思い出す。夏の傷を埋める薬になってくれと、頼まれた。多分、僕たちは薬になんてなれやしない。でも、傷を分け合うことは出来る。


「傷ついても、傷つけられても僕たちは夏が背負った分の傷を背負って、夏に傷つけられる分の傷を背負って、お互いに痛みを分け合って生きていかなくちゃいけないんだよ。死んだ人間の夏の分も、ロボットになった夏の分も……全部分け合って背負いあって、また一から始めなくちゃいけないんだよ……」


 僕たちはロボットの夏に人間だった頃との違いを見せつけられて、夏の母親がそうだったようにいつかは傷つくだろう。逆に夏も人間とロボットの違いを僕たちに見せて傷つくだろう。それでも、傷も痛みも全て含めて僕たちは分け合わなくちゃいけない。


 夏一人に全部押し付けてしまわないように。


「圭太はさ、傷ついた夏のこと見殺しにしていいの?」

「見殺しー? 俺たちが関わったら余計に夏が傷つくかもしれないのにー?」

「その傷は、四人で分け合えばきっと平気だよ」


 僕はドロドロに溶けだして地面に水溜りを作り始めたガリガリ君の残りを、一口で全部口の中に押し込んで立ち上がった。赤く染まった陽射しが水色の水溜りをどんどん小さくしていくのを眺めながら、僕は自分の中に芽生えだした決意を固めた。

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