第2話 再会

 二両編成の小さな電車の中、僕はイヤホンを両耳に突っ込んで今の季節とは反対の冬をイメージした歌を聴いていた。

 雪がどうとか、そんなことを歌う女性歌手の声が頭の中でリフレインする。冷房が過剰気味に働いている車内では、何となく冬の歌が似合っていた。

 大きな龍天山の外周を沿うように走るこの小さな電車は、車窓に山から流れる大きな三国川と田畑、時々思いだしたかのように現れる民家を飽きることなく繰り返し映し出していた。


「もうそろそろか……」


 自分以外誰もいない車内で複雑な気持ちのまま呟く。その間にも電車は川の方へどんどん近付き、緩やかにスピードを落としていく。


『次は大滝村。次は大滝村、お出口は左側です。下車する際には足元にご注意ください』


 車掌のアナウンスがたった一人の乗客のためだけに虚しく響く。それをギターとドラムとベースの音の間で聞きとった僕はイヤホンをはずし、七分丈のズボンのポケットから音楽プレイヤーをとりだして最後のサビを歌い始めた女性歌手の歌声を止め、それを仕舞う代わりにボストンバッグの外ポケットからスマホをとりだし、今朝届いたメールをもう一度チェックした。


To 桂木拓      From 錦戸夏

 その電車に乗るなら駅に着くのは三時くらいだね。迎えに行くから待っててね。


 最後のにっこり笑顔の絵文字が僕のことを何となく僕を寂しくさせた。これから一年ぶりに母方の実家に行って、そのたびによく遊んだ幼馴染たちに会いに行くのに……それなのに、どうしてもこれから夏に会うとなると喜びより先に様々な不安が僕を襲う。別に一年ぶりに会うから何となく恥ずかしいとか、どうやって話すのか忘れたとかそういうわけじゃなくて――

 電車がより一層スピードを落として、緩やかに停車した。


『ご乗車ありがとうございました大滝村です。ドアが開きます、ご注意ください』


 車掌がアナウンスで告げると同時にドアが開く。僕はボストンバックを持って立ち上がり、降りる前に一度今まで自分が座っていた四人掛けのボックス席に忘れ物がないかどうか確認し、ビーチサンダルをぺたぺたさせながらホームに降りた。

 プシュー、と音を立てて背後で電車のドアが閉まる。二両編成の電車が、東京よりは幾分か涼しいが、それでも真夏の熱気を十分に持った空気をのんびりとした速度で巻き上げながら走り去る。

 しばらくの間その後ろ姿を見送っていたが、だんだん一人でホームに立っているのが馬鹿らしくなり錆びついた屋根が印象的な改札へ向かった。改札といっても無人駅なので、普通の駅にあるような自動の精算機があるわけもなく、ただ切符を入れるかごが大人一人ようやく通れるような細い通り道に置いてあるだけだった。

 そのかごに切符を入れて、小さな待合室を抜けて外に出た。夏の日差しが真上からと、その光を反射するアスファルトの二方向から襲ってきて、急に冷たい炭酸が飲みたくなった。

 しかし水分補給の前に待ち合わせ相手の夏に会うことが先だと左右に視線を配らせる。すると閑散とした駅前に、この大滝村唯一の路線バスの停留所に設置されたベンチにちょこんと腰を下ろす一人の少女の姿が見えた。白い半袖のシャツを着て、長い黒髪をたなびかせているその姿はどこか現実離れしているように見える。それは間違いなく夏だった。


(なっちゃんだ……)


 頭の中ではそう認識するが、事実が思考に追いつかず、これは本当に現実なのかと近づくのをためらってしまう。

 そうしているうちに夏の方が僕に気が付き、僕に目を合わせて微笑むとどこか機械的な動作で立ち上がり、少しヒールの高いサンダルをかつかつとならしながら近づいてきた。

 夏は一年前と何も変わらなかった。いつも恥ずかしそうに少しだけ下を向いて歩くことも、身長も、はっきりとした顔立ちも、先ほど電車の中で見た三国川のように流れる黒く長い髪も、何一つとして変わっていない。

 その事実がうれしくて思わず涙を流しそうになる半面、これからどのようなあいさつをすればいいのか急に不安が襲ってくる。


「久しぶりだね、たっくん」


 たっくん。おそらくこの呼び方をするのはもう夏しかいないだろう。その懐かしいようなくすぐったいような響きに、今まで戸惑っていた自分の口から自然と言葉が出た。


「久しぶり、なっちゃん。元気にしてた?」


 言ってしまってから僕は猛烈に後悔した。元気にしてた? なんて夏に一番訊いてはいけないことだ。それを開口一番に口にしてしまうなんて……


「……うん、元気だよ。たっくんも元気にしてた?」

「あ、う、うん元気だったよ」

「そっか……」


 しばらく二人して押し黙った。何か言わないと、口を開かないとこの気まずさが増すことなんて小学生でもわかるのに、どうも会話の糸口が見つからない。

 ようやく話題を見つけた時には、喉が渇き張りついて上手く声が出せなくなるくらいの時間が必要だった。


「そういえば圭太と紗耶は?」


 夏と共に幼い頃から仲がいい二人の幼馴染の話題を出してみる。


「圭太はバスケ部、紗耶は柔道部。二人とも学校にいるよ」

「そ、そうか」

 

 もう話題が途切れてしまった。せっかく二人の幼馴染の名前まで出しておいて……僕は何がしたかったんだろう? 俗にいう積もる話は沢山あるはずなのに、それ以上話を広げることは出来なかった。


「ねぇ、こんなところにいてもしょうがないから行こう」


 それ重いでしょ? と付け加えて僕の持つボストンバックを指差す。


「そうだね。じゃ、行こうか」


 夏が首を小さく動かして頷く。その動作もやはり機械じみていて、一年前の夏と重ね合わせるとどこか違和感がある。

 僕たちは駅から離れた祖母の家に二人並んでゆっくりと歩き出した。道路に点々と植えられた街路樹にはアブラゼミやミンミンゼミがひしめき合って、爆音で僕たちに声を降らせていた。いいよな、セミは。ただ鳴くだけでメスに気持ちが伝わるのだからと迷惑者のセミでさえ羨ましくなる。人間って面倒だ。ただ口を開くだけじゃ何も伝わらない。

 三国川に架かる橋を渡り、新田地区と呼ばれる三国川と室川という川にはさまれた場所に僕らは入った。新田地区は二つの川の流域には田んぼしかないけど、内に行くほど民家が増えて一万人を割るこの村の人口の約六割が住む住宅街が見えてくる。そこに村に三つしかないコンビニの一つがあったり、村唯一のスーパーがあったりとこの村の中では比較的人の多い地区となっている。

 その地区の半分の距離を僕たちは無言で歩いた。何か言わなきゃと思うたびに頭の端から今日のために用意していた話題や面白い話がこぼれ落ちて、そのたびにそれを補充しようとしてまた何かをこぼす。その繰り返しで、結局僕は二歩隣を歩く夏の顔色を窺うことしかできなかった。


「ねぇ、たっくん――」


 夏が口を開いた瞬間、その体が大きく傾いた。いくら田舎の道路とはいえこの辺りは新興住宅も立ち並ぶ整備された道路が続く場所だ。つまずいてしまうような物は何もないはずなのに――とにかく僕は手を伸ばして夏の肩を掴み、引き寄せた。

 前かがみに倒れるはずだった夏はすんでのところで僕に引っ張られて態勢を立ち直す。けど、夏の肩を引き寄せた僕はそうはいかず、反動で抱きかかえるような形になり勢いそのままに今度は僕の方が背中から倒れそうになる。


「きゃ!」

「わっ!」


二人で短い悲鳴を上げたが、なんとか踵で踏ん張り転倒だけは阻止した。危ない、危ない。


「だ、大丈夫、なっちゃん?」

「う、うん……あっ、あの出来れば……早く……はな……して……」


 消え入りそうな夏の声に指摘され、僕はようやく割と強い力で夏のことを抱きしめていることに気がついた。頭二個分低い位置にある夏の髪の毛からやたら甘い匂いがして、その匂いに気がつくと余計に焦りが増して、半ば飛び退くように夏から離れた。


「ご、ごめん。べ、別に変な意味とかで触ってないし、変なところも触ってないから!」


 夏のことを不可抗力でも抱きしめたという事実が恥ずかしくて、僕は俯きながら暑さではなく頬を紅潮させ、早口にまくしたてた。

 こういう場合夏なら、いや一年前の夏なら僕と同じようにもじもじして恥ずかしくて耳まで真っ赤にして顔を伏せるはずだった。けど、恐る恐る顔をあげると夏は顔の色を変えることもなく、それどころか後ずさりながら心配そうに僕を上目遣いに見てこういった。


「やっ、やっぱり人間っぽくないかな……?」

「えっ? あ、いや……」


 夏の質問の意味が一瞬分からなかったが、何を言いたいのか理解した瞬間、僕は答えるのをためらってしまった。夏が言いたいのはもう人間ではない自分が、僕が触れてしまったことでわかってしまったその体の違いを、どう思っているのかと尋ねているのだ。

 恥ずかしさに混乱もプラスされて、なにが何だかよくわからなくなった僕は思わず変なことを言ってしまう。


「に、人間らしいよ、なっちゃんは……髪からいい匂いもするし、体も、や、柔らかいし?」


(何言ってんだよ僕は! 言うべきことはもっと違うことだろ!)


 自分への怒りが恥ずかしさと混乱に追加されて余計に感情がこんがらがる。そんな僕の内心を知ってか知らずか、夏はいつか見せた少し悪戯っぽい笑顔で僕のことを小突いた。


「……ばかっ」


 猫がするように拳を軽く僕の胸のあたりぶつけて、夏は振り返るとまたゆっくりと歩き出した。

 その仕草を、一年前、二年前、五年前、十年前の夏に重ね合わせて思う。

あぁ、やっぱりロボットになっても夏は夏のままだと。


×   ×   ×   ×   ×


 僕は一年前のあの日を最後に、もう大滝村には一生訪れることはないだろうと思っていた。

 理由は夏が事故で亡くなったからだ。

 夏が死んだときの悲しみは当時高校一年生だった僕にはあまりにも重すぎるもので、とても抱えきれるものではなかった。だから東京の汚い空気でその重さを忘れ、輪郭だけの事実を受けとめて生きていこうと都会でもがいていた。

 しかしそれは一年しか続かず、高校二年生になった五月のある日。学校から帰ってきた僕に母親は突然切り出した。


「お母さん八月から福岡に転勤することになったから」


 突然の転勤に表面上は驚いたが、内心は別にどうでもよかった。ただ、住む場所が変わるだけだった。高校にあまり仲のいい友達はいなかったし、東京に残りたいという気持ちも特になかった。これから引越をして転校するのだろうとなると少し気が重いだけだった。

 だけど、そうはならなかった。母親は続けてこう言った。


「それでね、福岡に拓も連れて行きたいんだけど仕事で結構重要な役割任せられちゃって、忙し過ぎて今まで以上に家に帰れないことが多いと思うの。だからね……拓には実家の方で面倒見てもらおうと思って……」

「えっ?」


 母親の言ったことが理解できず、僕は歳をとって顔に皺が増えてきた母親の顔をまじまじと見つめた。それはないだろうと思った。僕がまだ小学生くらいならまだしも高校生にもなって面倒見られないから実家に預けるなど、大体もう二度と大滝村には行かないと決めていたのに――

 反論しようと口を開きかけた時、僕を制すように母親が口を開いた。


「あのね、向こうで夏ちゃんに会えるから」


 再び唖然とした僕は、その後母親が話したことを夢でも見ていたかのように聞いていた。

 夏が事故で死んだとき脳は無事だった。その脳に酸素を送り続けて細胞を殺さないように、最新の技術で細胞が生きたまま保存し、人間に限りなく近い特殊なロボットに移植した。ロボットは夏と全く変わらない姿でつい先日から動きだした。


「はぁ?」


 母親の話しを全て聞き終えたとき、最初に僕が言えたことはたったこれだけだった。


×   ×   ×   ×   ×


 新田地区を横断し、室川に架かる橋を渡りきるとようやく祖母が一人で住む母方の実家まであと少しとなる。ちなみに祖父は僕が生まれる前に他界していて顔は写真でしか見たことがない。


(写真でしか……か)


 本当は僕の隣を歩く夏もこれからは写真でしか見ることができなくなるはずだった。けど、こうしてロボットとして、一年前、最後にここに来た高校一年の夏休みから変わらない姿で生き返った。いや、ロボットだから生き返った、はおかしいか。それじゃ、今の夏は? 

 橋を渡って道なりに進むと十分。大きな畑を背にそびえたつ一軒の立派な家が見えてくる。電車から降りてここまで約一時間、バスがこの二山地区まで通っていないことが、東京で都会の生活に慣れきった僕にとっては不便でしかたなかった。


「たっくんのおばあちゃんの家、久しぶりに見たな」


 新田地区で転びかけた時以来に夏が口を開く。


「……ろ、ロボットになってから二山地区に来なかったの?」


 恐る恐る「ロボット」という単語を入れて夏に訊いてみる。


「ううん。ロボットになってからしばらくは体の――機械のメンテナンスとリハビリに時間、使ってたから……普通に生活できるようになったのは一か月前くらいかな?」

「そ、そうなんだ」


 僕は誤魔化すようにぎこちなく笑った。夏が自分の体を「機械」という二文字に入れ替えたことが、生きた夏に再び会えたのだと実感していた僕の淡い喜びを打ち砕く。夏はもう人間じゃない。その事実だけが色々な荷物が入ったボストンバックより重く僕にのしかかる。


「ねぇ、たっくん。たっくんのおばあちゃんにあいさつしてもいいかな?」

「えっ? でも……」

「大丈夫、この村のみんなは私がロボットになったこと知ってるから」


 悲しげに微笑んで、もう表札が見える距離まで近づいた祖母の家に夏は早足で近づいた。その後ろ姿を、僕はただ追った。

 旧式のチャイムを鳴らして祖母が出てくるのを待った。本当は農耕具を保管する倉庫がある縁側の方から「おばあちゃん!」と呼べば、日中は大抵居間にいる祖母はすぐに反応してくれるのだが、今回は引っ越してくるのだから正面から、しっかりとあいさつをしようと玄関で祖母を待つことにした。


「いらっしゃい、拓」


 まだ腰もまがっていない元気な祖母が引き戸を開けて現れる。母親に似た目元は僅かにたれていて、それが優しい祖母をそのまま表しているようだった。髪は白いものが大分交じっているけど話し方も立ち姿も全然歳を感じさせない。


「おばあちゃんお久しぶりです。これからよろしくお願いします」


 僕は最低限の礼儀として深々と頭を下げた。


「はいはい、こちらこそよろしくね」


 祖母も頭を下げあいさつ終了。すると、祖母の視線が僕の後ろに注がれた。


「拓、あんたの後ろの子……」


 祖母の声に合わせて、今まで僕の後ろに隠れるように立っていた夏が前に出てくる。


「お久しぶりです、たっくんのおばあちゃん」


 夏は髪を乱しながら勢い良く頭を下げた。


「……」


 祖母は何も言わずしばらくの間夏のことを困惑したような目つきで見ていた。

 それからしばらくして祖母は静かにこう言った。


「夏ちゃんも上がりなさい。拓、あんたの荷物は二階の部屋に置いてあるからね。一番奥の部屋だよ」


 祖母は夏に意味ありげに微笑んでさっさと中へ引っ込んで、居間へ続く廊下をすたすたと歩いていってしまった。何となく取り残された僕らは首を回して視線を合わせ、一つ頷くと玄関脇にある階段を上ってこれから僕の部屋になる場所を目指した。



 僕にあてがわれた部屋は母親の兄がその昔使っていたというものだった。広さは六畳半、部屋の南には大きな窓がついていて、床もフローリングで壁も白く綺麗なものに張り替えられている新品同然のものだった。


「前に見た時とは全然違うな」


この部屋には昔夏たちと探検ごっこという名目で入ったことがあるが、その時床は畳でドアも障子だった。どうやら僕のために純和風だったこの部屋をこうして今風にリフォームしてくれたらしい。後で祖母にお礼を言わなくては――


「たっくんは今日からこの部屋に住むの?」

「うん、そうみたい。なんか前来た時と全然違っちゃって驚いたけど」

 

 僕はおそらく母親の兄が使っていたであろう学習机の前、これもまた新品の椅子を夏に勧めて、自分は備え付けられていたベッドに腰を下ろした。ベッドの足もとには家から宅配で送った、これから通う学校で使えるのか定かではない教科書類と、ボストンバッグに納まりきらなかった衣類、幾らかのマンガとゲームが段ボール三つに納まっている。後で整理をしないと――


「ねぇ、たっくん」


 夏が僕のことを呼ぶ。


「なに、なっちゃん?」

「私ってやっぱり人間らしくなよね」

「えっ?」

「さっきたっくんのおばあちゃんに変な目で見られた……」

「だ、大丈夫だよ。夏は一年前と全然変わってないよ」

「でもね、外に出るといつも村の人に変な目で見られるの」


 夏はぽつぽつとこの一カ月の間にあったことを話してくれた。


「最初はね、みんな私が帰ってきてくれたことを喜んでくれるの。もちろん気味が悪いなんて言う人もいたけどね。でもね、私はね、それだけで自分がここにいてもいんだって思えたの。だけどね、少しずつ、みんな私のこと避けるようになって、高校の友達も一年前とは接し方が全然違って……周りから私のことを友達だとか、人間だとか思ってくれる人がどんどん減ってる気がするの……」

「そう……」

「ねぇ、たっくん。私って人間らしい? 人間じゃなくてロボットだから皆に嫌われてるのかな?」

「……」

「それとも一度死んじゃって、自分の居場所をなくしちゃったのにまたそこに入り込むとしてるからみんな迷惑なのかな?」


 夏は悲しげな笑みで首を傾げる。


「ぼ、僕は……僕は今日なっちゃんに会えてうれしかったよ。駅でなっちゃんのこと見た時は泣きそうになったし、今もこうして、二度と会えないはずだったなっちゃんと喋れてうれしい」

「……うそ」


 顔を伏せた夏は低い声で呟いた。


「みんな最初はそう言うの。でも、どんどん私の周りからいなくなるの」

「……なっちゃん?」

「みんなもたっくんも、死んだはずの私にちょっと会えたからうれしいだけだったんだよ。明日になったら死んだのに機械の力を借りて動いてる死体にしか見えなくなるよ」

「違うよなっちゃん……僕は――」

「僕はなに?」


 顔をあげた夏の瞳には機械的な光りが宿っていた。


「……」

「……言えないんでしょ? 幼馴染だから特別だとか、他のみんなとは違うとか、なっちゃんは人間だよとか言えないんでしょ?」

「…………けど僕は……なっちゃんにもう一度会えて本当に良かったと思ってるから」


 顔を伏せて黙りこむ。夏はそんな僕を見て立ち上がり、部屋のドアまで行くとドアノブに左手をかけて言った。


「……明日」

「えっ?」

「明日、拓の歓迎会やろうってメールが紗耶からきたの。私も二人に会うのはたっくんと同じで久しぶりなの、事故の日以来だから。だからね、最後に四人で会ってうれしいまま終わりにしようと思うの」

「終わりって……」

「ごめんね、歓迎会のはずなのに私だけみんなの輪から抜けようとして。でもね、私はこれから一人で生きていくから」


 ううん、機械に生かされていくから。

 夏は静かに部屋から出ていった。しばらくして下の階で祖母と夏が短いやり取りをする声が聞こえ、玄関のドアが閉まる音の後、部屋の中は空虚な静寂だけに支配された。

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