5話目:これは夢かどうか分からないが夢であればありがたい
僕は今、深い深い絶望感を味わっている。今の心情を一言で表すなら、処刑を待つ死刑囚だ。ギロチンが(先生)いつ落ちるかも分からない。そんな恐怖が体を震え上がらせる。
「怖い。本当に怖い。出来る事なら喧嘩をふっかけてきたあの金髪チンピラ野郎と簡単に挑発に乗った過去の自分をブン殴ってやりたい……」
「さっさと諦めなさいよ。無駄に足掻いてもカッコ悪いだけよ?」
どうにかしてこの状況を打破する術はないだろうか、そんな風に考え、もがいても、時間は無情にも流れていく。
そして、思考の渦に揉まれていると、とうとうその瞬間はやってきた。
「おっ、起きてるな」
そう言って、鉛野先生と肩を落としてその後をついてきた相澤くんが保健室に入ってきた。
「はい、おかげさまで…… 相澤くん、何かあったの?」
「聞いてくれよ!お前がぶっ倒れた後すぐに先生が来て、お前を保健室に送った後から今の今まで、ずっと!ずっっっっっと!ドームのど真ん中で正座で説教させられてたんだぜ?酷くないか?」
まるで自分は何も関与してなくて、全くの無関係みたいな言い草だね、相澤くん……
「馬鹿野郎…… お前が鍵を盗んだり、システムに侵入しなかったら葉有が怪我をすることもなかったんだぞ…
さっきこっぴどく叱ってやったのにまだ分からんのか…」
頭を抑え、呆れたように声を出す先生…… お疲れ様です!
「ところで葉有」
「え、あ、はい。何でしょうか?」
「お前、能力は使えないんじゃなかったのか?事前の相談ではその体質の解消が入学の目的だったはずだが?」
その瞬間、保健室は緊張に支配された。
「そうだったの(か)!?」
まさに、衝撃の事実を目の当たりにした、というような表情だ。
「まあ、うん」
凄く申し訳ない気分になり、思わず苦笑いが浮かぶ。
「なんだ、お前ら聞いてなかったのか?一緒にいたからてっきり知ってるもんだと思っていたんだが… まあそれより、使えるのか?」
「はい、使えはするんです。でも、体質が治ったとかではなくて、抜け道を見つけただけなんです」
そう言って、僕はみんなに見えるよう掌を掲げた
「絆創膏?それがどうかしたの?」
僕はその疑問に対して絆創膏を剥がすことによって答えを返した。
そうすると、周りの狼狽が見て取れた。
「なんだよ、それ……?」
「僕はこの体質の抜け道を見つけ出した。この体質の原因が皮膚にあるってことに気づいたんだ。だから、僕は掌の皮がもう二度と再生しないよう、手が正常に動く限界まで肉を削ったんだ」
あまりの衝撃だったのか皆口をつぐむ中、先生は理解を示してくれた。
「なるほどな…… まあ、少しはお前のことがわかった気がするよ」
先生はどこか悲しいものを見るような、同情のこもった視線を僕に向けていた。
「それって、本当に大丈夫なの、か……?」
相澤くんは恐る恐るといったような雰囲気で疑問を投げかけてきた。
「そこは問題ないよ。僕はこれでも英雄の息子だ。その英雄お抱えの医者にやってもらったから、安全性だけは問題ないよ」
「本当かよ……」
なおも不安そうな顔をする相澤くんに先生は優しく声をかけた。
「安心しろ。本人がそう言ってるんだ」
そう言うと、僕の方に向き直る。
「じゃあ、ドクターストップっていうのは体質だけではなく、その手のことも含まれていたってことか…
お前、何故自ら体を危険に晒すような真似をしたんだ?あのバカの挑発に乗る必要はなかっただろ?」
とても言いにくいところを突かれてしまった。本当にキツイ。これだけは言いたくないのだが、先生の目は本気だ。言い逃れできるとは思えない。
「それは、えっと…… 大変申し上げにくいのですが……」
「ですが?」
「若気の至りです!」
言ってしまった…… 満面の笑みで言ってしまった…… 僕は今日、無事に帰れるのだろうか…?
「そうか、よく分かった。反省文5枚提出、それと、一応病院か何かでその手が大丈夫か見てもらえ」
「本っ当にすいませんでした…!」
思わず土下座をしてしまう程の迫力、恐ろしい…
キーンコーンカーンコーン
「おっと、もうこんな時間か…… 次はLHRなんだが、お前はまだ動かない方が良いな…… ヴリズン、悪いがこいつのこと看といてくれ。授業は出といたことにしとくからさ」
「分かりました」
「すまんな、今日は丁度保健室に人がいなくてよ。ついでに相澤、お前もここにいて良いぞ。反省文書いてろ」
「えぇ……」
「あ?」
「すいませんありがたく書かせていただきます!」
「よろしい。じゃあ、放課後にまた来るからな」
そう言い残し、先生は保健室を後にした。
「残念だったわね」
先生が出て行った途端、楽しそうに笑みを浮かべてくるベルに僕は疑問を感じていた。
「ねえベル、君は反省文何枚書くの?」
ベルは笑みを深くし、得意げに答えた。
「私はあなた達二人に巻き込まれた事をしっかりと説明したからお咎めは無しよ」
「「ズルい」」
「そっちは自業自得でしょ?」
反論の余地の無い完璧な論破をされ、男二人は肩を落とすのであった。
しかし、その時だった。
生徒は直ちに避難しろ!教師は能力使用を許可する、生徒を守れ!
「「「え?」」」
ドォォォン
けたたましいサイレンと共に流れた放送、その直後に起きた天地を揺るがすほどの轟音が、僕らの下までも響き渡った。
「今の音、何なの……?」
当然、一番の疑問が湧く。
「分からない。何が何だか全くもって分からない。けど、緊急事態っていう事だけは確かだ」
緊張の糸がピンと張り詰める。
ピンポンパンポーン
新入生は直ちにグラウンドに集合しなさい。繰り返します…………
僕たち三人は顔を見合わせ、うなづき合うとすぐにグラウンドに向けて走り出した。
何かが破砕したような音、そしてその音がした方向。さっきから、どうしても拭いきれない悪い予感がする。
事実、その予感は的中した。
グラウンドに向けて走る中、最初に目に入ったのは半壊したクラス棟だった。
「これ、どういう事だよ…… どうなってるんだよ」
意味が分からない。そんな思いが漏れ出た呟き。
目の前に広がる光景は凄惨の一言に尽きる。
そして、その崩壊した一部は。瓦礫の山となった一部は。僕たちのクラスも含まれていた。
「ク、クラスの奴らは大丈夫なのか…?」
「防御系の能力持ちなら助かっているかもしれないから、まだ希望はあるわ。でも、そうでなかった人は十中八九……」
そう言い口をつぐんだ。
だが、ここで止まっている訳にもいかず、グラウンドへと足を向ける。
僕たちがグラウンドに足を踏み入れると、そこには二つの影が存在していた。
一つは、僕たちの担任、鉛野。
もう一つは、まるで鬼のような禍々しい外見をしたバケモノ。
その二つの影が激しい戦闘を繰り返していたのだ。
「最初に来たのはお前たちか。もうちょい集まったら話すことがあるから、それまで楽にしててくれ」
激しい猛攻を紙一重で避け続けながらそんなことを僕たちに語ってくる。
まるで、廊下ですれ違う時に挨拶をするように。
彼は今命の危機なのでは無いのか?そんな疑問が浮かぶが彼の顔には焦りの色は全く見られない。
少し、混乱してきた。
そうこうしていると、ぞろぞろと新入生達が集まってきた。
そして、バケモノの姿を確認するなり皆一様に顔が恐怖の色に染まる。
だが、この中で僕はかなり冷静な方だろう。なぜなら、俺の親父がなぜ英雄と祭り上げられているかを知っているから。隕石の破壊なんていうチャチなもんじゃなく、あのバケモノと戦っていた事を知っているのだから。
そして、また僕たちに声がかかってきた。
「よし!だいたい集まったな!これから割と大事な事を話すから耳かっぽじってよく聞けよ!」
未だに戦闘中の先生はバケモノの攻撃など元から無いかのように平然と話し始めた。
「まず、お前達が入学できた理由だが、このバケモノ。通称<神敵>を滅ぼすためだ!」
そう言い終わるとバケモノの体は急に硬直し始めた。
軋むような音が辺りに響く。
「お前らの能力はまだまだ未熟で実戦レベルには届かないが、伸ばそうと思えばかなり伸ばせる!」
バケモノの体は徐々に小さくなっていった。
腕は関節のない場所が折れ、足はもう見る影もない。
体の中心へと集まっていく…… いや、圧縮されていく……?
「こんな風にな」
次の瞬間だった。バケモノの体は一瞬で無くなり、後に残ったものは丸い赤黒い球体。
バケモノは潰されたのだ。先生の操る強烈な圧力によって。
「よし、みんな安心してくれ。いやーそれにしても、まさか入学式の前にこんな事態になるとはな…… 学校生活に多少慣れてから話そうと思ってたいたんだが……」
軽い言葉をかけてくるが、鉛野に対する生徒達の反応は純粋な恐怖だった。
「理由は今話した通りだが、皆には強くなってもらう。そのための制度として、この学園には序列制度が制定されている。強くなればなるほど生存率は上がる。だから、なるだけ頑張ってくれ!」
そう笑顔で言い切ると、鉛野は生徒達の間を通り校舎へと戻っていった。
その後、空気は絶望感に満ち、阿鼻叫喚としていた。
氷の魔女と無能のロンド ふさふさ @FuSaFuSa
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