4話:共闘
僕達の行く手に、次々と青の走査線が姿を現していく。
それらは複雑な形を描き、擬似戦闘プログラムに設定された通りのものを、次々と生み出していった。
辺り一面の砂地に、障害物となる岩、戦闘の舞台となるコロシアムまでもが、荒いポリゴンから順に高精細化され、創り上げられていく。
そんな天地創造にも似た壮観を眺めていると、これがただの喧嘩だということを忘れそうになる。
「……凄いんだな、この設備」
思わずそう呟くと、隣の魔女は小さくため息を吐いた。
「聞いた話だと、世界にまだ数台しかないそうよ。金だけは有り余ってるから、ここ」
「へぇ……最新機器ってやつか」
通りで、と思いつつ、僕は地面の砂を指でつまむ。
取れた粒をさまざまな角度から見るが、本当に虚像なのか疑いたくなるほど、どの粒も精緻に出来ていた。
これほどまでに優れた技術なら、こんな戦闘のために使うのではなく、もっと他に用途があるだろう、などと思っていると。
「おやおや……無能さんは、これを見るのも初めてだったかな?」
俺の耳に、嫌らしいトーンの声が届いた。音源は当然、例の金髪だ。
既に試合は始まっているはずだが、攻撃を仕掛けてくる様子は無い。取るに足らないと判断されているのだろうか。
激昂していた時とは違い、冷静さを取り戻しているようだが、言葉の節々から伝わる悪意が消えることはない。
その隣にいるペアの男子生徒も、こちらに敵意むき出しといった表情だ。
「初めてだが、それが何か」
僕は冷たく返答する。この試合に勝つには、口論1つでさえ気が抜けない。
僕は魔女さんにちらりと目配せすると、未だ話を続ける金髪を注視した。
「君みたいな無能には、ほとほと縁のない設備だろう? 無能が有能な人間のフィールドにいるなんて、場違いにも程があると思っ──」
「御託はもういい。こっちは待っててやってんだ、さっさとかかって来いよ」
「……あぁ?」
金髪の顔に、明らかな怒りの顔が浮かぶ。
彼の体にはまだ触れていないので、魔女さんのように感情が視覚化される訳ではない。しかし、このくらいは顔からでも十分読み取ることができた。
「黙れ……! 良い気になってんじゃねぇぞ、この野郎ッ!!」
そう吼えると、金髪は腕を真っ直ぐに突き出してきた。
殴る蹴るが通用する距離ではない。よって、何らかの能力が飛んで来るのは明らかだ。
僕は反射的にその場から飛び退いた。瞬間、今まで立っていた地面に亀裂が入る。
「進藤ッ! やっちまえ!」
「おうよ!」
金髪は続けざま、ペアの男子に指示を送った。
進藤と呼ばれた相方は、金髪と同じように手をこちらに翳す。
僕は先刻と同じように、その攻撃を躱そうとしたのだが──
「がっ……」
その途端。腹を穿たれたような、強い衝撃が走った。
詳細は分からないが、金髪と進藤のどちらも不可視の攻撃を扱うようだ。ますます作戦の成功率が危うくなってくる。
消え入りそうな意識をなんとか繋ぎ、よろめく僕を、進藤はなおも執拗につけ狙う。
「この、死に損ないがぁあ!」
放たれた不可視の2撃目、3撃目を、今度こそ僕は辛うじて回避する。
そして、互いがすれ違う瞬間──僕は、進藤の腕にわざと触れた。
それだけで、僕の視界は白黒の世界へと飛ばされる。
これで1つ目。
「どうした? 2人揃ってポンコツじゃねえか」
今度は2人一気に煽る。
金髪の額には青筋が走り、進藤は身体中から、僕だけに視える怒りの感情──赤色を撒き散らす。これで2つ目。
ここまでは作戦通りだ。
僕は、物陰に潜んでいる魔女をちらりと見る。
目線の合った彼女は、杖を青白く光らせ、コクリと頷いた。
この喧嘩の勝敗は、僕がどれだけ時間を稼げるか──それだけにかかっていた。
*****
はしる。走る。奔るーーー勝つために、走る。
半径500メートルのコロシアムの面積いっぱいに障害物を利用しながら、走る。
「くそが!しつけぇんーーだよっ!」
赤の疑似戦闘服を着ている仮想敵ーーーこの2vs2能力演習での僕の相手である進藤が、そう罵りながら手を俺の方にかざす。
「ぐうっ!!」
その瞬間、もう何度目かも分からない衝撃と痛みが全身を突き抜ける。
攻撃を受けすぎたせいか、感覚すらも怪しくなり始めている手足をそれでも必死に動かし、どうにか物陰に隠れる。
「なんでこんなにしぶといんだ!」
「あの魔女のトラップのせいか思うように動けねぇ」
しぶといんじゃないよ……だって半分死んでるようなもんだし!なんて痛みから逃げるように意識を飛ばしながら次はどこに隠れるかと辺りを見渡す。僕のパートナーのおかげで一応はすぐに叩き潰されることにはならなそうだ。
「なんだこれ!くそ!」
「進藤!落ち着け!!」
「分かってる!ああくそっ!」
隠れているここまで聞こえる苛立った声。もうすぐ、もうすぐだ。色を見るまでもない。
俺はキョロキョロするのを止め呼吸を整える。もう隠れる場所は必要ないーーーー
「………頼むぞ、魔女。…………ッ!」
気合いを入れて物陰から飛び出す。相手に近づきすぎないように、でも相手の能力効果範囲から出ないように走るーーーーーのと、
「こいよ!こんなにやってもまだ倒しきれないお前のへっぽこ能力で僕を倒してみろよ!」
進藤を、思いきり煽った。
「…………死ねやぁっ!!!」
キレやすいのか進藤は顔を真っ赤にしながら再び僕に手を翳す。
その瞬間、俺には視えた。
ーーーー怒りの「赤」、そしてそれが原因で生じる悪意の「暗黒」が混じり合った、『深紅』に彼に身体が染まる瞬間を。紛う事無き、本気。
「がはっ!」
僕の全身をさっきの何倍も強い衝撃と激しい痛みが襲い、僅かに残った体力すら奪い取ってしまう。
音を立て、砂地に倒れ込む僕を一瞥すると、進藤と金髪は顔をにやけさせ、お互いの手を打ち合わせた。
「っしゃあ!やっとしとめt……」
倒れ伏す僕を見て歓声をあげる進藤。だがーーーー
「………かかっ……た……」
僕を本気で倒す為に発動させた能力の直後に発生する、インターバル、その短いながら少なくない”隙”。
その隙に発動する、僕のパートナーの能力。
砂地の地面に倒れ伏しながら僕が最後に見たのは、僕のパートナーの能力によって宙に顕現し、ゆっくり落下してくる巨大な”蒼氷”。そしてそれを見上げて絶句する二人。
「ざまあ……みろ………」
その蒼氷が赤い疑似戦闘服を着た二人を巻き込みながら、砕けちる。その美しい景色を最後に、薄れ行く意識の中で何処からか鳴り響く演習試合の終了を知らせるブザーを聞きながら僕の意識は完全に闇の中に沈んでいった。
*****
それから、どのくらい気を失っていたのだろうか。
重い微睡みから抜け出し、目を覚ました時。僕の視界には、真っ白い天井が一面に映っていた。
どうやら、ベッドと思しき所に、仰向けで寝かされているらしい。ご丁寧に布団まで用意されてあった。
「……ここは……?」
あまり判然としない意識の中。独り言のように僕は呟いた。すると──
「保健室よ」
しばらくの間を置いて、聞き覚えのある声が返ってきた。
お互い話したことがあるのはもちろん、共闘までした人間の声を忘れるほど、僕は薄情ではない。横になっているせいで周りが見渡せないが、近くにいるであろう彼女に向かって、声をかける。
「魔女さん……だよね?」
「……そうだけど、その呼び方はやめて」
少しふてくされたように、彼女はそう呟いた。
こつ、こつと、軽めの足音が近づき、僕の枕元で止まる。
「私の名前は、『ヴリズン・ベール』。分かりやすいように、『ベル』って呼んでくれれば良いわ。……それで、貴方の名前は?」
「僕は……葉有亜一。気軽に亜一で良いよ」
「それじゃあ……宜しくね、葉有君」
魔女さん──改め、ベルはそう言うと、おもむろに手を差し出してきた。
別に名前呼びでも良かったのだが、と思いつつも、僕は慌てて布団から手を出し、しっかりと握り返す。
「こちらこそ宜しく、ベルさん」
「同い年なんだし、ベルだけで構わないわよ。……あ、そんなことより亜一君。意識が戻った直後で悪いけど、1つ用事があるの」
「よ、用事……?」
思わず聞き返した僕に、ベルはため息をつき、ゆっくりと答えた。
「そう、用事よ。先生からのありがたーい『お説教』。亜一君は今動けないから、ここでやるそうよ」
「……まじか」
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