1話:魔女との邂逅
がらら、と控えめな音を立て、僕は教室の戸を開いた。
たったそれだけで賑やかだった教室は一瞬、静寂に包まれる。
何人かは僕のことを見るなり、囁くような声で噂話をし始めたのが聞こえた。
「おい……あいつだよな?」
「そうそう、あの《伝説の神柱》って呼ばれた学園総帥の息子、《能無し》って言われてる、
「本当らしいぜ……可哀想だよな。 伝説とまで呼ばれた父を持った能無しなんだから」
好感的な目線などそこには無い。あるのは好奇と哀れみの目線だった。
ソロモンでの学生生活、その記念すべき1日目がこのザマだ。
周りからの第一印象など、想像するまでもない。
俺の何が分かるんだ。僕は内心でそう深い溜息を吐きつつ、槍のように突き刺さる白い目線を無視し自分の席に向かった。
座席表は既に配布されているので、それを頼りに席を探すと、
「……ここか」
程なくして見つけたのは、窓際の近くに位置する席。普通なら嬉しく思うところだが、今の僕にそんな余裕は無い。
周りからくる視線に押し潰されるような圧力を感じながら僕はその席に座り込む。
世界最大規模の学園都市、『ソロモン』。そこは圧倒的な知名度と世界最大の能力者育成能力を持つと共に、『能力差別』が根強く存在する場所である。
能力を持つ者と、そうでない者。強い能力者と、弱い能力者。単純かつ明確過ぎるその違いは、この空間のように差別を生み出すに至っていた。
学園都市の中でも、そういった偏見が最も少ない場所を選んだにもかかわらず、この体たらくだ。その点を考慮していなかったらどうなっていたことか、考えただけでも冷や汗が吹き出る。
ひとまずは穏便に過ごせれば良い。そう多くは望まない──と、ある意味諦めたような思考を巡らせていた、その時。
「……あの」
消え入りそうな少女の声が、頭上から降ってきた。
後ろ向きな思考のまま、僕は気怠げに考える。どうせこの後にくるのは、あの刺すような好奇の視線と哀れみの混じったひそひそ声だろう。そんな物は聞き流せば良いだけだ。
聴覚を前もって筒抜けにしておき、さも嫌そうな表情を作って顔を上げた僕は、声の主を視野に入れた。
そこに立っていたのは真っ黒のローブに身を包んだ少女だった。長い前髪のせいで表情などは読み取れず、その髪は流れるような漆黒の黒。ローブから覗いている白磁のように白い手には、古ぼけた杖が握られている。そんな出で立ちからか、彼女はどことなく昔の魔女を彷彿とさせる雰囲気を纏っていた。
「……あの、そこ私の席」
少女は再び口を開いた。
先程よりも、ほんの少し強い口調。しかし、僕の予想していた悪口じゃない。
「あ、あぁ……ごめん」
当てが外れて少し動揺しながらも、改めて座席表を見直すと、僕の席はその隣だった。周りの目が気になっていたからか、見間違えたらしい。座席表まで配られて間違えるはずのない席を間違えるなんて僕は相当、参っていたみたいだ。
揚げ足を取られても良いことはないので、僕はそそくさと隣に移る。
僕が完全に移動した後、少女はすっと席に座った。そしてこちらをちらっと見て、聞き取れるかどうかの声で、ぼそっと「ありがと」と言った。
しばらくすると暇になったのか、鞄から分厚い本を取り出し、静かに読み始める。
──……あれ?
いつもと違う対応に、僕は目を白黒させてしまう。
絶対にどこかで、あの好奇の視線にさらされるとばかり思っていたのに、少女からその気配は一切感じない。しかも憐れるどころか、小さいながらも「ありがと」と感謝すらされたのだ。
一瞬ちょっとした期待が浮かびかけたが、僕はそれをぐっと押し留める。
信じるにはまだ早い。彼女が僕の事を知らないだけの可能性だってあるのだ。きっと彼女が僕の事を知ったら、あいつらみたいになるに決まってる。
そんなふうに周囲への警戒に神経を擦り減らしていると、時間は刻一刻と過ぎていき、やがて高らかにチャイムの音が鳴り響いた。それと同時に、担任と思しき背の高い男の教師が入ってくる。
教師は整った足取りで教壇に立つと、はきはきと良く通る声で自己紹介を始めた。
「えー、皆さん、こんにちは! 今日から皆さんの担任になる、鉛野(えんの)だ! よろしくたのむ!」
快活そうな雰囲気を裏付けるように、彼が黒板に書かれた名前の筆跡はとても大きく、派手だった。
やや気圧され気味だった生徒も、勢いに押されてか、ばらばらと返事を返す。
その様子に満足そうな顔をして、鉛野は話を続ける。
「さて……生徒全員の自己紹介もして貰いたいところだが、残念ながら前にするべき恒例行事があるんだ」
その言葉に教室内は一気に騒がしくなり、僕は思わずげんなりとしてしまう。
事前に配布されていた日程の紙を見ずとも、何をするかは百も承知。
普通の人にとっては楽しみですらあるらしい時間、でも僕にとっては最悪の事しかしない悪夢の時間。それは──
「それは、一回全員の能力……どんな種類か、どのくらいの強さなのかを測定することだ!」
──……能力測定だ。
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