氷の魔女と無能のロンド

ふさふさ

プロローグ:所詮、この世は『弱肉強食』だよね?

 はしる。走る。奔るーーー勝つために、走る。

 半径500メートルのコロシアムの面積いっぱいに障害物を利用しながら、走る。


「くそが!しつけぇんーーだよっ!」


 赤の疑似戦闘服を着ている仮想敵ーーーこの2vs2能力演習での僕の相手である、名も知らない同級生がそう罵りながら手を俺の方にかざす。


「ぐうっ!!」


 その瞬間、もう何度目かも分からない衝撃と痛みが全身を突き抜ける。

 攻撃を受けすぎたせいか、感覚すらも怪しくなり始めている手足をそれでも必死に動かし、どうにか物陰に隠れる。


「なんでこんなにしぶといんだ!」

「あの魔女のトラップのせいか思うように動けねぇ」


 しぶといんじゃないよ……だって半分死んでるようなもんだし!なんて痛みから逃げるように意識を飛ばしながら次はどこに隠れるかと辺りを見渡す。僕のパートナーのおかげで一応はすぐに叩き潰されることにはならなそうだ。


「なんだこれ!くそ!」

「進藤!落ち着け!!」

「分かってる!ああくそっ!」


 隠れているここまで聞こえる苛立った声。もうすぐ、もうすぐだ。色を見るまでもない。

 俺はキョロキョロするのを止め呼吸を整える。もう隠れる場所は必要ないーーーー


「………頼むぞ、魔女。…………ッ!」


 気合いを入れて物陰から飛び出す。相手に近づきすぎないように、でも相手の能力効果範囲から出ないように走るーーーーーのと、


「こいよ!こんなにやってもまだ倒しきれないお前のへっぽこ能力で僕を倒してみろよ!」


 進藤と呼ばれた方の男子を、煽った。


「…………死ねやぁっ!!!」


 キレやすいのか進藤は顔を真っ赤にしながら再び僕に手を翳す。

 その瞬間、俺には視えた。

 ーーーー怒りの「赤」、そしてそれが原因で生じる悪意の「暗黒」が混じり合った、『深紅』に彼に身体が染まる瞬間を。紛う事無き、本気。

「がはっ!」


 俺の全身をさっきの何倍も強い衝撃と激しい痛みが襲い、僅かに残った体力すら奪い取ってしまう。


「っしゃあ!やっとしとめt……」


 倒れ伏す僕を見て歓声をあげる進藤。だけどーーーー


「………かかっ……た……」


 僕を本気で倒す為に発動させた能力の直後に発生する、インターバル、その短いながら少なくない”隙”。


 その隙に発動する、僕のパートナーの能力。


 砂地の地面に倒れ伏しながら僕が最後に見たのは、僕のパートナーの能力によって宙に顕現し、ゆっくり落下してくる巨大な”蒼氷”。そしてそれを見上げて絶句する二人。


「ざまあ……みろ………」


 その蒼氷が赤い疑似戦闘服を着た二人を巻き込みながら、砕けちる。その美しい景色を最後に、薄れ行く意識の中で何処からか鳴り響く演習試合の終了を知らせるブザーを聞きながら僕の意識は完全に闇の中に沈んでいった。



 思い返せば僕はいつも一人だった。

 この学園都市で高い地位と能力を持っていた父親は、母とまだ幼かった僕を残し一人で出て行った。元々気が弱かった母親はそれでも俺を周りの視線や悪意から守ろうと頑張り、そして病んでしまった。その後、引き取られた親戚の家では常に居場所が無かった。

 でも僕は一人でも頑張った。自分に能力さえあれば、世界を変えられるほど強い何かがあれば、きっと両親の事も親戚の事も友達関係も何もかもが上手くいくと、そう夢を見ていた。

 でもそれは所詮、夢にすぎなかった。


「あー……これは能力顕現阻害症候群だねぇ」


 こう告げられたのは僕の15歳の誕生日。学校で行われた能力検査の時の事だった。


「この病気は本人の能力を変質させて顕現させてしまうっていう、いわゆる一種の誤認障害のようなものだね。普通は誤認によって能力が歪められても外界に何らかの影響は出る筈なんだけど……君の場合は少し特殊で君の中、つまりは体内で反射を繰り返し外界に影響を及ぼす事無く、その効力を喪失させてしまう。つまりはほぼ無能力と変わらないってことだね」


 学校まで出張してきたという、大きな眼鏡をかけた肥満気味の医者にそう告げられた時の僕の気持ちはーーー単純な諦め、だった。そんなアニメや小説なんかに出てくるような、世界が灰色に見えたり、立っていられなくなるような事も無く意外にも僕はすんなりとその事実を受け入れることができた。


「あと、この障害は君自身に悪影響を及ぼす可能性があるから能力は使用しちゃいけないよ」


 自分でも薄々分かっていた気がする。僕は何も出来ないって。そう、何も、何も、何もーーーー


「くそっぉおおおっ!」


 もう何度目か分からない拳が固いコンクリートの壁を殴る。鈍い痛みが骨に響き、壁には鮮血が飛び散った。


「くそっ!くそ!くそっ、く……そ……うぅああああああああっ!」


 激しい痛みと悔しさが混ざり合い、熱い涙となって流れ出る。最後には壁を殴る力さえ残らず膝をついて嗚咽を漏らした。

 最後の、最後の望みと希望であった能力すら自分のせいで失った。

 もちろん、この障害は自分のせいではない事くらいは分かっていたが、今までそれを取り柄としてきたことが自分を蝕んでいくのを感じた事を今でも鮮明に憶えている。


 それから半年。

 僕は高校生になった。

 僕は諦めない。必ず、必ず、戦い抜いてみせる。そう決めたんだ。

 この学園都市「ソロモン」で。



 プロローグ担当:FIHT

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