45.私の体で払え的な……? R18的な!?

 本人が言っていた通り、どうやらソパーダに争う意思はもうないように思えた。

 少し迷ったが、展開していた障壁と爆破の魔法をすべて解除する。


 ソパーダの真意を本人から直接聞くことができたにせよ、いきなり斬りかかられた事実は変わらないので油断はできない。

 だけどそれはそれとして、こんなものを展開したままでは友好的な話ができないのもまた事実だ。

 友好的な関係を築きたいなら、あちらが剣を収めたように、私も魔法を収めるべきだ。


 それにいざとなったら、シィナがさっきみたいに反応してくれるはずだ。

 そうしたら私もまた同じように、シィナが稼いでくれた時間を使って魔法を展開すればいい。


 やっぱりシィナに協力を仰いだのは正解だった。

 たとえ誰が相手だろうと、私たちは二人いれば無敵だ。敵う相手なんていない。


「さて、《至全の魔術師シュプリームウィザード》。ここから先の話はすべて内密にする必要がある。まずは防音の魔法で部屋を覆え。貴様ならそれくらい造作もないだろう」

「防音か……わかった」


 防音の魔法なんて使ったことはなかったが、その現象を起こすための術式は把握している。

 私の魔法の師匠に当たるあの子はとにかく他人のことが嫌いだったから、自分の居場所を特定されないためにいろんな魔法を常に展開していた。

 防音の魔法もその一つだったこともあって、私自身が使ったことがなくとも馴染み深い。


 記憶にある彼女の魔法を参考に手早く防音魔法を構築し、それで部屋を覆う。


「展開した。これでこの部屋の会話が外に漏れることはないよ」

「さすがの手際だな。どれだけ性根が甘くとも、やはり至全の名で語られるだけの実力はあるということか」

「……?(しぜん……? しぜん……自然? あ、至全! 確か、ハロちゃんの二つ名の別の呼び方だっけ? いつも『しゅぷりーむうぃざーど』って呼ばれてるから、ちょっとピンと来なかったや)」

「……至全、か……」


 至全の名で語られる云々言われても、いまいちピンと来ないんだよね……。

 全に至ったと書いて至全で、なんかすごそうだってことは伝わってくるんだけど、そもそも全とはなんなのか。


 聞くたびに、このこと毎度、思ってる。ハロ渾身の一句。


「……ハロ、ちゃ……?(ハロちゃん、すごく難しい顔してる……どうしたんだろ。わたしと同じで二つ名で呼ばれるの、実はあんまり好きじゃないのかなぁ。それとも、もっと別の理由があったり……?)」

「さて、続きを話すとするか。取引の話だ」


 なんだかシィナにじっと見られているような気もしたが、すでに大事な話が始まってしまう段階だった。

 もしなにか大事な話なら後で彼女の方から言ってくるだろうと思うことにして、ひとまずは姿勢を正す。


「先に言った通り、そこのアモルに当面は危険の心配はないとわかった以上、貴様の要求を呑むことはやぶさかではない。そして当然だがその場合、貴様にはそれに見合うだけの対価をこちらに払ってもらう」

「対価の内容については、すべてあなたが決めると言っていたね」

「ああ。淫魔を匿うことに協力するとなれば、必然的に後ろ暗いものを抱えざるを得なくなる。このような法外なことを要求してきた貴様に自ら対価を決める権利など与えんし、認められん。これは決定事項だ」

「……まあ、言ってしまえば犯罪を見逃してほしいって主張してるわけだからね。私は」


 どんな対価を要求されることになっても、こんなことに協力してくれるだけありがたいと思うべきなんだろう。


「……なんだ。貴様は自分が信じた正義の行いを、犯罪の一言ですべて片づけてしまうつもりか?」

「え? うーん……? その、おっしゃっている意味がよくわからないのだけど……」


 犯罪の一言で片付けてしまうのか……自分が正義だって信じたことなら犯罪なんて後ろめたい言い方はせず、心から正しいと信じ抜けって意味だろうか?


 それとも……お前犯罪の一言で済ませられないくらいにはヤバいことしてるだろ、って意味?

 否定はできないけど……。


 仮にアモルが悪意を持ってしまったら、アモルはいい子だって思い油断しきってる私なんか魔眼で簡単に操られてしまうだろう。

 そうなれば、私の魔法が人を害することに使われてしまって、とんでもない事態に陥ることは容易に想像がつく。


 そんなこと絶対アモルがするわけないけど。

 アモルは自分が虐げられていた中でも、誰かに優しくしたいと思うことを忘れなかったような、とっても愛が深い子だし。

 ……こんなこと言ってるから、いざそんなことになっちゃったら本当に簡単に操られちゃいそうなんだけど。


「ふっ、まあいい。貴様と私がいればできるはずだ。これも対価の内容に付け加えておくとしよう。貴様が真に己の正義を信じているなら、断ることなどないはずだからな」

「……よくわからないけど、わかったよ」


 ふふふ、とソパーダはかすかに笑っていた。

 犯罪に手を貸すなんて正義大好きギルドマスターな彼女にとってはあまり好ましくないことなんだろうと思ってたけど……違うのかな。


 とりあえずこの様子なら私の意に沿わないことではないんだろうし、なにがなんだか本当によくわかってないけど頷いておく。

 どちらにせよ私に選択権なんてないようなものだ。私が支払わなきゃいけない対価に関しては、ソパーダの良心に期待するしかない。


「さて、話を戻すか。何度も言うように、貴様には対価を払ってもらう。だがその前に、まずは貴様が求めるものと、それに対するこちらの対応を改めて明確にする必要がある。対価の内容を提示するのは、それからだ」

「私が求めるもの、か」


 ずばり言ってしまうとアモルがこの街で暮らす許可がほしいのだけど、ソパーダがしようとしているのはもっと具体的な話なのだろう。

 アモルの身分登録とか、万一アモルの正体が周囲に割れてしまった際の冒険者ギルドの対応とか。


 そういう細かい部分を煮詰めておかないと、私とソパーダの間になにかしらの認識の齟齬や解釈違いが発生してしまう可能性がある。

 あらかじめ辻褄や口裏は合わせておいた方がいいというのは、同意見だ。


 なんか警察に捕まった場合に備える共犯者みたいなことしてる気分だけど……間違ってはいないか。これ、実際そのものだし。


「――冒険者ギルドは組織だ。その活動のすべては記録に残す必要がある。ゆえにアモルの隠蔽に人員を動かすほどの積極的な協力はできない。だがそれは逆に言えば、人員を動かさないことならばできるということでもある」

「と言うと?」

「たとえば、仮にそこのアモルが淫魔と疑われるような痕跡を残してしまった場合、その調査をある程度先延ばしさせることならば可能だ」

「ふむ、なるほど」

「そうなった場合、痕跡を発見したことを貴様に報告し、注意を促す。その後は調査が始まる前に、貴様自身の手で隠蔽を行え。そのくらいなら貴様の魔法の腕を持ってすれば造作もないだろう」

「わかったよ。魔力を使わない限りは痕跡が残るなんてことはないと思うけど、用心に越したことはないからね」

「ああ……これで大方の処遇は決められたか」


 アモルの処遇についてのソパーダとの話し合いは滞りなく進んだ。


 基本的には、冒険者ギルドはアモルの隠蔽に積極的な協力はできないが見て見ぬ振りくらいならできるというもので、私もそれで納得した。元より黙認してもらうくらいが限界だと思っていたし。

 万一アモルの正体が世間に広まってしまった場合には、冒険者ギルドは初めからその存在を知らなかったていを通し、私もギルドと繋がっていたことは一切口外しない。口約束だが、そういう契約も交わした。


 惜しむらくは、アモルの身分登録が認められなかったことだろうか。

 個人的にはアモルをドワーフの孤児として、私が引き取ったという風にしたかった。


 冒険者ギルドは魔物という人類共通の脅威に対抗する武力として、世界中に支部が存在する。よって、国に属さず縛られない組織と言える。

 しかし当然ながら国に許可をもらって支部を設立しているので、それぞれの支部はそれぞれの国とそれなりに深い繋がりがある。

 だからもしかしたら身分の偽造もできるかもと期待していたのだが……まあ、普通に無理だったわけである。


 こればっかりはしかたないの一言に尽きるだろう。


「では《至全の魔術師》、最後の確認だ。こちらのスタンスは示したはずだが、概ねここまで話した通りの対応で問題ないな?」

「大丈夫だよ。問題ない」

「ならばいい。例外で対応してほしいことがあれば、都度貴様が直接私に面会に来い。不在でない限りは面会の許可は出してやる」

「ありがとう。誠意ある対応に感謝するよ」

「礼はいらん。これから示す貴様に求める対価で、相応の報酬は払ってもらうつもりだ」


 ソパーダの対応はあくまで事務的だ。

 机に片肘をつき、少しも感情を乱すことなく冷静にこちらを見据えてきている。

 なんというか、少し緊張はするものの、同時に、私に叶えられる範囲のことだけを要求してくるだろうという安心感がある。


 これがもしも中年の小太りおっさんとかだったなら、R18指定みたいなえっちなことでも要求してくるのではないかと相当警戒していたことだろう。

 たとえば……えっと……そ、その体で接待しろ、みたいな……?


 い、いや、私って体つき貧相だし、色気もあんまりないだろうから、そんな要求されることなんてないだろうけど……。


 私、今でも女の子が好きですし。そのためにこれまでいろいろ手を尽くしてきたんですし……。

 だから初めてはその、できればフィリアかシィナがいいっていうか……それが叶わないなら、せめてアモルに……って、なに考えてるんだ私は!


「ん? なにか言い残したことでもあったか?」

「う、ううん。なんでもないさ。話を続けて大丈夫だ」


 ぶんぶんと首を横に振って、脇道にそれかけた思考を散らす。

 そのせいでソパーダから少し変なものを見るような目を向けられてしまったが、あんな余計極まりない妄想を話すわけにもいかなかったので、平気だと言い張って強引に乗り切ろうと試みる。


 ……本当に私なんかが体を差し出すくらいでアモルが自由になれるなら、それだけのことをする覚悟はある。

 でも、そんな風に弱みを握った抵抗できない女の子相手に、変態じみたことをしたいと思うようなやつが約束を守るだなんて、到底信用できたものじゃない。

 ……にゃんにゃんしたいがためにフィリアを買った私へのものすごいブーメランになっている気もするが、気にしたら負けなのだ。


 とりあえず、この街のギルドマスターが誠意ある対応をしてくれるソパーダだったことに密かに感謝を捧げておくことにしておこう。

 ありがたや、ありがたや……。

 心の中で拝んでおくことも忘れない。


「……まあいい。いくら力があると言っても、貴様も年頃の娘だ。いろいろとあるんだろう」


 些細なことで一喜一憂する多感なお年頃扱いされることで、なんとか事なきを得ることに成功したらしい。

 対面している相手が突然顔を真っ赤にして首をブンブン振り出したら、思春期で情緒が不安定なんだろうと判断してしまってもしかたない。

 ……あながち間違いでもないのかもしれないけど。


 この体になってから、なんかたまに思考が乙女チックになるような気もするし……脳どころか体が丸ごと違っちゃっている以上、そちらに内面が引っ張られてしまっている部分もあると思われる。

 とは言っても、私は普通の年頃の女の子とは違ってオシャレとかそういうのには別にあんまり興味ないし、趣味嗜好は以前と変わらないままだから、その仮説も割と怪しいところなんだけども。


「さて、これでアモルの処遇は決まった。ならば次は貴様自身にとってもっとも重要な、貴様に払ってもらう対価の話だ」


 その言葉とともにソパーダから視線を向けられて、自然と気が引き締まる。


 確かにソパーダなら、私が叶えられる範囲のことだけを要求してくるだろう。

 だけどだからと言って、それが容易に叶えられるものばかりだとは限らない。

 むしろなんとなくだが、しんどい行為が多いのではないかと思われた。


 少なくとも、ただ金目のものを渡して終わりという程度のものではないことは確かである。

 おずおずと言葉の続きを待っていると、彼女は少し考えるように顎に手を添えながら口を開く。


「そうだな。まず、貴様には真っ先にやってもらわねばならないことが二つほどある。なに、片方は貴様なら片手間で終わるだろう造作もないことだ」

「私ならってことは、魔法関連かな」

「ああ。隷属契約の魔法は知っているか? 奴隷や魔物の調教で使う魔法だ」

「それは、もちろん知ってるけど……」


 なにせうちのフィリアがうなじのところに刻んでいるものだ。知っているどころの騒ぎじゃない。


 隷属契約。登録した他者の命令に無理矢理従わせるという、はっきり言って人道を完全に無視してるような魔法だ。

 ただし、そのぶん発動条件が相当厳しく、少なくとも両者の合意がないとできない。さらには術式がものすごい穴だらけで、下手したら隷属側からの方が簡単に解いてしまえるという欠点もある。


 一生物を他者に服従させるなんていう滅茶苦茶な結果を導き出すためには、あれくらい強引に術式同士を繋げなきゃいけなかったっていうのもあっただろうけど……。

 少なくとも、あんな魔法では第一級に座する強力な魔物は従わせることはできない。

 たとえば淫魔であれば、魔眼を自分にかけることで隷属契約の魔法を上書き、もしくは重ねがけによる崩壊をさせて、容易く抜け出してしまうはずだ。

 その他の第一級の危険生物も、その多くが力づくで術式を破壊してしまうだろう。


 そのような事情もあって、人の手に余る第一級の危険生物は、どんな魔物調教師でも飼うことが禁止とされている。


「ならば話は早い。一ヶ月以内にそれを貴様の手で改良し、その魔法の詳細をすべて資料にまとめて冒険者ギルドに寄贈しろ。それを一つ目の対価とする」

「……一応聞くけど、なにに使うつもりなのかな」


 隷属契約の魔法は私からしてみれば穴だらけなので、改良することは簡単だ。

 ただ、魔法の内容が内容なだけあって、用途に関しては聞かざるを得ない。


 ソパーダのことは信頼できるとは思っているけど……万が一ということもある。

 しかしそんな私の心配はやはり杞憂だったらしく、ソパーダはつまらなそうに鼻を鳴らして私の懐疑的な視線を突っぱねた。


「なにか勘違いしているようだが、私自身はそんな魔法を使うつもりはない。ただその魔法の存在が、法を変えるための第一歩として必要だから作れと言っているだけだ」

「法を変える……?」

「この取引の話をする最初に言ったはずだ。貴様は自分が信じた正義の行いを、犯罪の一言ですべて片づけてしまうつもりか? と」

「え? ……え……? その、まさかとは思うけど……あなたがしようとしていることって」


 私があの一言に含まれていた真の意味を察したことに気づいたのか、ソパーダはニヤリと口角を吊り上げた。


「そのまさかだ。貴様がアモルを保護したという行為を、法において正しかったことにする。第一級の魔物を調教可能な生物だと世間に提唱し、法そのものを変えてしまうことでな」

「――」


 法律を作り変えることで、犯罪ではなくしてしまう――。

 なんともぶっ飛んだ手段だ。

 これをさも平然と言ってのける彼女の姿には、しばし唖然とせざるを得なかった。


 だけど同時に、どこか納得もする。

 どこか違和感があったのだ。正義なんてものを掲げるソパーダが、こんな後ろめたいものを抱えている私への協力に難色を示さないことに。


 ソパーダはまさしく彼女自身が言っていた通り、いつまでも私の行いを、そしてそれに協力することを決めた自分の行いを、犯罪なんて言葉で終わらせるつもりはなかった。

 自分が正しいと信じた行いを、世界にも正しいと認めさせる。


 少なくともそれは、アモルを世間から隠すことばかりに必死だった私には思いつきもしないことだっただろう。


「……わかった。そういう理由なら是非もない。その対価、必ず支払うと約束しよう」


 この先ずっと、危険を承知でアモルを匿っていくだけの覚悟はできていた。

 だけどこの方法なら、身分の偽造なんて後ろめたいことはしなくとも、いつかアモルに気兼ねなく外を出歩けるようにしてあげられるかもしれない。

 自分が魔物だなんてことも気にせず、なにも偽ることなく、堂々と。


 私を姉だと慕ってくれる彼女の、そんな日の当たる未来のことを思えば、断る理由がないどころか引き受ける理由しかなかった。


「そうしろ……で、やってもらわねばならないことの二つ目だが……その様子ならば言わずともわかっているか」

「魔物調教師の免許を取れ、かな? 私がそれを持ってないといろいろとまずいからね」

「ああ。アモルを保護する貴様の立場としてもそうだが、法を作り変える過程で、第一級の危険生物が本当に調教可能なのかどうか実践してもらわねばならない機会も何度か訪れるだろうからな。それまでに免許を取っておいてもらわねば困る」


 魔物調教師の試験はなかなかに過酷と聞く。

 各魔物の習性や生態、調教技術を学ばなければならないのもそうだが、その魔物を御することができるだけの最低限の実力も求められる。

 私はこれでもSランク冒険者なので実力に関しては特に問題はないが、魔物の勉強は頑張らねばならないだろう。

 こちらもまた冒険者としての経験があるにせよ、その程度の知識では全然足りない。


「承知したよ。今日から魔物の生態を勉強するようにする。免許が取れたら報告しよう」

「それでいい。ひとまず、真っ先にやってもらわなければならないことはこれだけだ」

「……なんていうか、私があなたに対価を払うというよりも、私が全面的に協力してもらってる感じになっちゃってる気がするね。なんだかちょっと申しわけないな……」


 私がやらなければならないこと、払わなければいけない対価があることは確かだが、それで得をするのは私の方で、ソパーダはただ苦労するだけで特になにも得られていないように思えてしまう。

 しかしソパーダはそんな私を軽く鼻で笑った後、まるで悪巧みでもするように口の端を歪めた。


「なに、構わんさ……私もちょうど、手駒が欲しいと思っていたところだ」

「て……手駒?」

「まさかあんな法外なことを要求しておいて、こんな程度で対価が終わりだとは思っていないだろう? 無論、この後の対価を断ることもないはずだ。なんとも殊勝なことに、申しわけないなどと思ってくれてもいるようだしな」

「えっ。いや、まあ……そう、だね。うん。これくらいで終わりだとは思ってないし、これだけ譲歩してもらってる以上は断るつもりだってないけど……い、いったいなにを?」


 こんなにもったいぶられたら、どうしても物怖じしてしまう。


 ま、まさかとは思うけど……本当に、私の体で払え的な……? R18的な!?

 確かにソパーダは女性の人で、そういう意味では私の嗜好とは合致するけど……しちゃうけど……。


 でもこう、なんていうか、私にとってソパーダは仕事の上司みたいなイメージで……っていうか実際、上司そのもので。

 だからどうしても心のどこかでかしこまっちゃって、あまりそういう対象としては見れないというか……。

 も、もちろん、だからって断るつもりってわけではない、けど……でも……う、うぅ……。


 そんな風に心の中で葛藤を繰り返していた私は、相当狼狽えて見えたのだろう。ソパーダは堪え切れないという風に笑みをこぼした。


「ふふ。なに、そう怯えるな。少し凄んで見せたのは、単なる冗談だ。別に無理難題や、貴様が忌避するようなことをふっかけるつもりではないさ。安心しろ」

「え、えぇと……そうなのかい?」

「まあ、なんだ……かつては私も冒険者として活動することができたが、今ではこの通り、自由に動けん身だ。ギルドマスターになり、立場を得ることで多くの正義を為せるようにはなったが……一方でその立場に縛られ、かつては届いていた場所に手が届かないことも多くなった」

「……つまり、私にその『届かない場所』へ手を届かせる手助けをしてほしいと? あなたが私に手を貸すように、私もあなたに手を貸せと。そういうことかな」

「そうだ。そしてそれがアモルを守ろうとする貴様の正義に私が協力することへの、最後の対価だ」


 ソパーダは立ち上がると、少し大げさな仕草で私に手を差し出してきた。


「《至全の魔術師》よ。私の手足となれ。私はより多くの正義を為し、この過酷が蔓延る世界を変える。そのために、貴様の力と正義が必要だ」

「……」

「もっとかい摘んで言えば……時折、私の仕事を手伝え。それから冒険者として、もっと真面目に働け。貴様は少しサボりすぎだ、まったく」


 少し呆れたように肩をすくめられた。

 まあ私、戦うのあんまり好きじゃないし、家でフィリアたちと一緒にいつもの日々を過ごしてる方が百倍楽しいしで、最低限お金稼ぐ以上はほとんど仕事してなかったしね……。


 でも、そうやって働くことが対価になるというのなら、謹んで受けるしかないだろう。

 私が前世と呼ぶ前の世界では、大人なら誰しも当たり前のようにやっていたことだ。

 しかもそれがアモルの未来に繋がるというのなら、是非もない。


 私はソパーダをまっすぐに見据えながら、こくりと頷きを返した。


「わかったよ、ギルドマスター。その対価、必ず支払うと約束する。私も、アモルが気兼ねなく暮らせる世界が欲しいからね。あなたが世界を変えるというのなら、私も微力ながらその道程を支えよう」

「ふ、そうか。悪くない返事だ。貴様は甘すぎるほど甘いが、少しくらいは期待もしてやろう」


 ソパーダはそう言って微笑むと、私から視線をそらし、私の後ろにいるアモルと少し離れたシィナをそれぞれ見やる。


「さて、話はこれで終わりだ。後の処理は私がしておこう。緊急依頼の報告、ご苦労だった。退室しろ。そこで寝ているアモルと、眠そうな《鮮血狂いブラッディーガール》も連れてな」

「……(ね、ねちゃだめ……むずかしいはなしいっぱいだけど、ちゃんとおきてなきゃ……あ、ひつじさん……どこいくの……? わっ、おさかないっぱい……)」

「……ふふ。わかったよ。私の方こそ、本当に有意義な時間だった。また会おう、ギルドマスター」


 私の服の裾をぎゅっと掴んだまま、いつの間にか寝てしまっていたアモルを、起こさないよう慎重に背負う。

 ぶっちゃけ私の体力や腕力などは適当な一般人にも軽く劣るレベルなので、これ相当きついんだけど……頑張って恐怖に耐えてくれたアモルに、これ以上無理をさせたくはなかった。

 無理をするなら私の方でいい。なんたって私はアモルのお姉ちゃんで、お姉ちゃんは妹のためならなんだって頑張れるのだ。


 そうしてアモルを背負った後は、うつらうつらと頭を縦に揺らしていたシィナの肩を軽く叩く。


「……ぇ……ハロ、ちゃ……?(はみゃっ!? え、あ……ハ、ハロちゃん?)」

「無事話はついたから、帰ろうか。シィナ」

「……う、うん……(う、うん……うぅ、いつの間に寝ちゃってたんだろ……恥ずかしい……)」


 シィナは立ち上がって、パンパンと服を軽く払う。

 その後、私がアモルを背負っていることに気づいたらしく、寝ているアモルの顔に視線を向ける。


「……わた、しが……?(えっと……わたしが抱えてあげた方がいい、かな?)」

「大丈夫、だよ。確かに私は、体力は……ない、けど……継続的に回復魔法を使ってれば、ふぅ……なんとか、なるから……ありがとね、シィナ」


 シィナは私とは違って魔力循環による身体能力の向上に凄まじい適性があるので、本当ならシィナにアモルを背負ってもらうのが一番いいのだろう。

 だけど今のところ、おそらくアモルの一番苦手な相手がそのシィナだ。

 もしも帰っている途中にアモルが目覚めてしまったら、そのまま間を置かず再気絶してしまうことは容易に想像がついた。

 そうなったら、二人の仲はさらにこじれてしまう。

 一緒に暮らしていく以上は、どうしても何度も顔を合わせなくちゃいけないんだ。

 これ以上アモルとシィナの間に確執を作ってしまう可能性は、できる限り排除するべきだろう。


「はぁ……はぁー……ふ、ぅ……」


 ……シィナにはああ言ったが、正直に言うと、いくら継続的に回復魔法を使おうと、私の筋力が貧弱極まりないことは変わらないので、マジできついこともまったく変わりようもない。


 ほんときっつい……きつすぎる……。

 けど、帰り道くらいであれば、ひたすら頑張り続ければ耐え続けられなくもない……!


 少し心配そうにしてくれるシィナに若干寄り添われつつ、退室する。


 いろいろあったけれど、なにはともあれ、当初の私の目論見は成功した。

 黙認してもらう程度ではあるが、冒険者ギルドに協力を取りつけることができた。

 これならもう、よほどのことがない限りはアモルの正体がおおやけになることはないだろう。


 ……あ。マツロカグオ産のお魚も、忘れずに買ってかなきゃ。

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