第10章

 ここを出よう、と。

 リシュームは、掠れた声で言った。

 夜が明けるほんの少し前、決断するために残された最後の時間だった。日が昇れば、あらゆるものが動き出す。そうなれば、たったふたりではどうにもならなくなる。

 しばらくの間、シキは、動かなかった。

 火を点ける前の煙草を咥え、じっと虚空を凝視していた。

 動かないのではなく、たぶん、動けない。それを、リシュームは、頭とは別のどこかで、理解していた。

 この人を、連れ出さなければならない。

「時間がないんでしょう?」

 ねえ、と。

 彼が自ら口にしていた言葉を、リシュームは投げてやる。焦燥と絶望が付きまとうその言葉に、シキは、ようやく、小さく頷く。

「しゃあねえな、やるか」

 端末を操作し、地図を表示する。昨日、リシュームの地図に、イェンが書き込みをしていたが、それとよく似ていた。

「準備は、可及的速やかに、抜かりなく」

 シキは、笑いながらそんなことを言った。

「私は、何をすればいい?」

「食い物と水と医療品の荷造りを頼んでもいいか。悪いけど、爆破装置の確認だけさせてくれ。一発勝負だからなあ……」

 それからふと、真顔になった。

 散らかった部屋を見渡す。

「人類が滅びたあとに、ゆっくりと地球の生態系が再生していけばいいと思って、ここを引き受けたんだ」

 荒れ放題、散らかし放題のこのモニタールームが、彼の城であり、彼を閉じ込めた檻でもあった。

「でも、何となく、誰かに見つけて欲しいような気も、する」

「大丈夫」

 リシュームは、根拠もなく、しかし不思議な確信を持って、そう頷いた。

「きっと、誰かが見つけてくれる。何年も先になるかもしれないけれど、あなたや、『先生』によく似た変わり者が来て、破壊された瓦礫を掘り起こして、あの森を見つけてくれる気がするの」

「変わり者、か」

 シキの呟きに、リシュームは笑うだけで、答えなかった。

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