6ページ目

 マモノが村にやってきた。


 ぼくたちがオニごっこをするかかくれんぼをするか、ほかのことをするかで話しあっていたら(ぼくはかくれんぼじゃなければいいな、と思っていました。アリアがいなかったので、暗いところにかくれられないからです)見はり台の方から、ごーんって、大きなかねの音がしました。それも一つじゃなくて、ごーんごーんって、何回もです。

 ぼくたちもおどろいたけど、まわりの大人もいっしょでした。見はり台のかねは、ほんとうのほんとうにたいへんな時にしか鳴らないんです。

 でも、何回も鳴るということは、まちがいではないでしょう、とナビおばさんが言ったのに、大人たちはうなずいて、ぼくたちに集会所にひなんするように言いました。何かあった時には、集会所に行くことになっているからです。

 ナビおばさんはパンをやいてるかまどの火を消してからじゃないといけないから、ぼくたちはバーニスやヒューイのおかあさんや、それからほかのみんなといっしょにひなんしました。


 集会所は、村の真ん中にあります。教会のすぐとなりです。ミリガン神父や、教会の修理をしていたグレイおじさんは、たくさん集まったみんなを――あんない?ゆーどう?していました。集会所はとっても大きいたてものです。四階もあって、しょくりょうこだってあります。

 なにがあったのか、大人たちも聞きあっていたけれど、ミリガン神父はわからないって言っていました。


 ぼくたちは、真っ先に四階にあがりました。途中でビーンおじさんに怒られたけど、気にせずいちもくさんです。集会所にはふだんは子どもは入れないから、みんな、きっと一番上から外が見たかった。僕も見たかったもん。

 ぼくは一番後ろだったので(ぼくの足がおそいわけじゃないよ! ちょっと、出だしがおくれただけ)前の子の頭がじゃまだったけれど、でも遠くの遠くまで見ることができました。村の一番はじの牧場とかがあるところは小さくてわからなかったけど。

 ようやくぼくの順がきて、下を見るといろんな人がここに向かってきていました。みんなで、あれはケビンだとか、アナベラさんだとか、言い合って遊びます。でも、ママもアリアも見つかりませんでした。

 そうしてると、遠くからウマがやってきました。牧場ではたらいているニコラスさんが乗ってます。


 でも、おかしいんです。

 右うで、ひじから先がないんです。


 ぼくらはマドからはなれました。クルトは顔が真っ青だし、「いくじなし!」ってみんなに言ってるジャンだって、ふだんはしない顔をしていました。

 理由はすぐにわかりました。下から伝言みたく流れてきて、大人たちがまわりで話し始めたんです。村の中にマモノが入ったって、牧場のまわりはもうマモノがいっぱいなんだって。

 それを聞いたジャンは、下から来る人をおしのけて、下に行こうとしました。どこにいくの、ってヒューイのおかあさんが言うと、おかあさんやおとうさんを探しに行くって。ジャンの家は、牧場ではたらいてるから。

 大人たちに止められて、でも大声ではなせって言ってるジャンを見て、ぼくはまたマドから外を見ました。アリアとママを、見つけなくちゃって思ったからです。


 でも、見つかりません。カールさんやエルメスさん、ヤコブにシャルルおばさん、いない、いない、いた!

 アリアとママ、両方います。手をつないで走ってて、よかった、と思ったけれどでもその後ろから、黒い点点がすごいいきおいで近づいてきます。まだ点にしか見えてなかったけど、それでも分かりました、あれはきっとマモノです。アリアとママはわかるくらい近くに来ているけれど、でもあの速さだと、もしかしたら、おいつかれてしまいます。

 その時、アリアがころびました。あっ、となりました。まわりの人は二人を助けないで、先に先にと集会所に入っていきます。集会所のドアを、しめようとしています。ほとんどみんな、中に入ってしまいそうだから。

 でも、だめです、だって、まだアリアもママも来ていないのに。


 マドじゃなく、部屋の中をみました。人でいっぱいです。人で、いっぱいでした。でも、この中にはアリアもママもいません。外を見たら、黒い点が来てます。なんでか分からないけど、一番前の黒い点がくっきりと見えました。ところどころが赤くなった、犬だけど犬じゃない、口が大きい、馬ぐらい大きなどうぶつでした。よだれがたれてました。




 ぼくは、部屋からとびだした。カベに、たいあたりして、そのままピョンって。

 右手と左手と右足と左足で地面にはりつく。木がわれる音と、あと何かが落ちた音。きっとこっちの方が早いから、ぼくはそのまま右手と左手と右足と左足で地面をけった。地面をとんで、けって、そしたらアリアとママが近づいて、そのまま二人をとびこして、向こうがわのマモノを右手で地面におしつけた。


 てのひらで、ぐちゅ。すごいにおい。


 マモノはどんどん来ます。だからぼくは、その中に飛びこみました。

 右手の爪で、二つにしました。左手の掌で、つかんで、叩きつけました。跳んだ右足で踏みつけて背骨を折ったら、着地した時の左足は頭を割りました。魔物の声は、近くで聴くととても煩かったので、喉元に食らいついて、ぶんぶん振るって他の魔物の上に放り投げました。魔物の血は、近くで浴びるととても鼻についたので、うっとうしくて、大きな声で吠えると怯んだ奴は一撃で殺しました。


 ずっとずっと、そうしていたら、頭の上に振り上げた両前足を、脳天に振り下ろしたところで、ようやく魔物の声も生きた匂いがなくなりました。死んだ魔物の匂いと肉が、牧場から集会所の前まで道を作っています。

 最後の魔物は、逃げようとしたので、ぼくはそれを追いかけて、集会場の前まで戻ってきていました。集会場の窓から、何個も何個も目が見ていました。ぼくの足元で、ママは気を失って、アリアが見上げていました。こんな目で見られたこと、今までなかった。


 血で出来た水溜まりと、目が合いました。

 普通なら見えるはずがないのに、赤黒い中にとっても大きな、二本足で立つ、狼が見えました。

 ぼくでした。


 アリアが「ルーフなの」と聞いたので、「そうだよ」って言ったけど、でもその言葉はまるで狼の鳴き声みたいな訛り方をしていました。だから、ぼくは恐ろしくなって、尻尾と耳を垂らして後ろに下がりました。一歩下がるごとにアリアの背が高くなって――違う、ぼくの背が縮んで、最後に戻りました。

 自分でも、分かりません。何が起こったのか、分かりませんでした。でも、体中に血と肉片がついていて、周りも真っ赤で、掌に感触があって。

 「助けてくれて、ありがとう」って声がして、やさしく抱きしめられて、体が暖かくなって、それきり。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る