第3話 プロミス

「どこまで聞いているの?」


「おじいちゃんと同じバイク屋さんのお客さんで、もう亡くなっているって。」


美生の母は黙り込んだ。しばらくして


「そのバイクは買ってあげる。その代わり、いつか必ず話すから、それまではお父さんのことは聞かないで。」


それ以上聞いても、母は何も答えてくれそうになかったので、とりあえず美生はありがたくバイクを買ってもらうことにした。


といっても、オークションなので買えると決まった訳ではなかった。美生はオークションの終了時間のちょっと前からスマホにかじりついて、入札を繰り返した。幸い、そんなに熱心に競合してくる人がいなかったので、美生はバイク屋の店主から聞いていた販売価格よりは大分安く落札できたのだった。


出品者は神奈川県に住んでいたので、レンタカーで引き取りに行くことにして、美生は佳に手伝いを頼んだ。佳に隠し事のできない美生は、父のことを話してバイク屋の店主にもらった父の画像を見せた。佳は、


「美生は顔はお母さん似だけど、雰囲気はお父さん似なんだね。」と言って、美生を抱きしめてくれた。


日曜日に美生と佳はカプリオーロを軽トラックで引き取りに行った。確認のためエンジンをかけさせてもらうと、ふれ込み通り調子は良いようだった。4ストローク75cc単気筒のエンジンはタンタンタンタンと歯切れよく鼓動を刻む。


その音を聞いているうちに、美生はどうしてもカプリオーロに乗って帰りたくなった。ナンバープレートと一応持って来ていたヘルメットとグローブを付けて走り出す。


カプリオーロは不思議な乗り味だった。ふわふわと中に浮いているようで、どこまでも走って行けるような感じがする。カプリオーロを作ったカプロニ社は飛行機のメーカーだったそうだが、古いプロペラの複葉機って、こんな感じなのかなと美生は思った。


お父さんもそう思っていたのかな、お父さんの乗っていたバイク、お父さんのカプリオーロ。


ヘルメットのシールド越しの視界が滲んだ。美生はまた大事なものを取り戻したのだった。

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