第6話「解散の危機!? 伝われ、互いの想い!」

〈前回のあらすじ〉

 米原よねはらひかるです。魔法少女の勉強に夢中ですっかり期末テストのことを忘れていた神谷かみやさんに頼まれて、一緒に勉強しました。その時現れた怪物の正体が参考書だったせいで、ルアの調子がおかしくなったりしたけど無事に倒せました。でも、少しは日々の日常を大事にしようよ。神谷さん……



〈本編〉

 リバーサイド中津里で、新たな怪物が産声を上げた。

「カーニー!」

「行け、魔獣よ」

 アスモデウサに促され、カニ型の怪物はリバーサイド中津里の壁面に勢いよく突っ込む。

『いやぁああああ!!』

『うわぁああああ!!』

「良い調子だ」

 左の手のひらに徐々に集まる魔力を見て微笑むアスモデウサ。

 しかし、白き翼がその笑みを消した。

「やめなさい!」

「悪さはそこまでだよ!」

「む。もう来たか……」

 少々げんなりするアスモデウサの気持ちはいざ知らず、2人の魔法少女は声高々に宣言する。


「全てを照らす光、ミラクルソル!」

「闇の中に輝く光、ミラクルルア!」

『世界を照らす奇跡の光、魔法少女ミラクル☆エンジェルズ!』


「カニッ!」

「遅い!」

 怪物が振り下ろしたハサミを避けて飛び上がり、ルアは怪物を空から見下ろす。

「でえぃ!」

「カニィ!」

 急降下と共にパンチを繰り出すルア。

 苦悶の声と共に怪物は地面に沈み込む。しかし、ルアも無事では済まなかった。

「……いったぁい!」

「大丈夫、ルア?」

「う、うん……」

 赤く腫れあがった右手に、ルアはふーふーと息を吹きかける。

 その隙を、怪物は逃さなかった。

「カニッ!」

「うあっ!?」

「ルア!」

 怪物はルアの脚を掴んで吊し上げ、そして勢いよく地面へと振り下ろす。

「――! ルア・リフレクション!」

 咄嗟の判断で行った防御で、ルアは地面への直撃を回避した。

 しかし、なおも脚は掴まれたまま。怪物はルアを何度も振り上げては地面へと叩きつける。

「ルアを助けるミラ!」

「うん! ソル・バーニングシューター!」

「カニ!」

 ソルが放つ無数の光球。そのすべてが怪物の腕の付け根へと集中して爆発する。

 煙が消えた時、ソルは目の前の現実に愕然とした。

「そんな……無傷だなんて」

 ソルの集中攻撃を受けた箇所は、赤く変色しただけに過ぎなかった。

「カーニー!」

「ハッ……!」

 拘束しようと伸ばされたハサミから逃れ、ソルは考えを巡らす。

「こうなったら、あのハサミを千切るしかないよね」

「ソル! プロミネンスバインド!」

 ぶんぶんと振るわれながら――そして常に「ルア・リフレクション」を展開しながら――ルアは叫ぶ。

 その言葉に、ソルは戸惑った。

「ぷ、プロミネンスバインド?」

「! 拘束魔法ミラ! あの怪物を縛って、動きを止めるミラ!」

「な、なるほど! そう言えば、そんなのがあったね!」

 『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』に登場するミラクルソルの技の中でも、使用頻度の低い拘束技。ソルはおぼろげな記憶を頼りに技を使う。

「ソル・プロミネンスバインド!」

 怪物の周囲から吹き出す炎。それはまるでツタのように怪物の体へと絡みつき、その場に縛り上げる。

「や、やっと止まった……」

「ルア! すぐに助けるから!」

 ルアを掴むハサミを握り、関節を本来曲がらない方向へ曲げようとソルは思い切り力を込めた。ブチッ、ブチッと甲羅の中の筋繊維が切れる音がする。

 同時に、ソルのバインドも部分部分が早くも切れていった。

「フンッ……!」

「カ……ニ……」

 やや自由になった怪物のハサミが、ソルにゆっくりと迫る。

「ルア・リフレクション!」

 だが、輝く満月がハサミを拒んだ。

「よい……しょッ!」

「カーニー!」

 ついに関節が限界を迎え、ハサミはその付け根から折り取られた。

「ルア、一気にキメよう!」

「お、OK!」

 いくつか千切れたとは言え、バインドで身動きがほとんどとれない怪物を前に見据え、ソルとルアは手を繋ぐ。眼前に発動する魔法陣。その中心に、魔力が収束する。


『ソルア・シャイニングストリーム!』


 ほとばしる光は、怪物の硬い甲羅を強引に突き破った。

「まあ、良いだろう」

 左手に集まった魔力を握り込み、アスモデウサは姿を消した。



「硬い甲羅の敵か……思わぬ強敵だったね」

「確かに難しい相手ミラ。戦い方を研究しないとミラ」

「うん……そうだ! 神谷さん、今度『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』を一緒に――神谷さん?」

 振り返ったひかるの目に映ったのは、杏子の暗い顔だった。

「どうしたんだぜ?」

「え? ……いや、何でもないよ」

 そう言って歩き始めた杏子の背中に、ひかるは語りかける。

「『何でもない』顔じゃないよ? 何かあったの? あ、脚が痛いとか?」

「……何でだろう」

「え?」

 唐突な問い。しかも自分に向けられていないその問いに、ひかるは首を傾げた。

 クルルを目の前に抱え上げて、杏子は呟く。

「もっとかっこよく戦えてるはずなのに……全然イメージ通りにいかない」

「神谷さん……」

「冷静に考えたら、あたしが調子良かったのって一番最初だけだよね。後はソルに助けられてばっかり」


 中津里町に現れた怪物。その数は現時点で6体。

 1体目はアスモデウサが生み出した、顔の部分に空洞のある人間を模したような姿。ひかると杏子が変身した際の光によって消滅した。

 2体目はベルフェゴーラが生み出した、1体目と同様の怪物。ソルとルアが初めて戦闘を行い、『ソルア・シャイニングストリーム』によって消滅した。

 3体目はベルフェゴーラが生み出した、自動車の姿を模した怪物。ルアが怪物の攻撃に苦しんでほぼ戦闘不能となり、ソルが「ソル・プロミネンスバーン」で消滅させた。

 4体目はアスモデウサが生み出した、古びた商店を模した怪物。クルルの拒否によって杏子が変身不能だった間はソルが単独で戦い、変身可能になるまでの時間を稼いだ。復帰した際のぞんざいな扱いに耐えかねたルアの「ルア・ムーンライトストリーム」によって消滅した。

 5体目はベルフェゴーラが生み出した、参考書を模した怪物。突風によって身動きが取れなくなったり、ページに挟まれたルアがテスト前ゆえに自滅しかけたりしたが、最終的に『ソルア・シャイニングストリーム』で消滅した。

 そして6体目はアスモデウサが生み出した、カニを模した怪物。ルアが捕まりはしたが、『ソルア・シャイニングストリーム』で消滅させた。


 過去の戦いを思い返したひかるだったが、杏子の意見には同意しかねた。

「確かに私が助けることもあったけど、逆に神谷さんに助けてもらってるよ? 商店街の怪物の時とか、さっきも技を思い出させてくれたし。私は、神谷さんのおかげで魔法少女として戦えてると思うよ」

 励ましを込めた言葉でもあったが、杏子の心のもやは晴れなかった。

「米原さんは素で十分に魔法少女として戦えてるじゃん。でも、あたしは全然イメージ通りにいかない。魔法少女なら自信あったんだけどなぁ……これでもダメって、本当にダメだよね」

「ダメじゃないよ。神谷さんは――」

 肩を掴んだひかるの手を払いのけて、杏子は叫んだ。


「何でもできる米原さんにはわからないよ! あたしの気持ちなんて!」


「え……?」

「あっ……」

 手をゆるやかに戻すひかる、口を慌てて抑える杏子。

 時間が、ゆっくりと流れていった。

「……わかった。もう、何も言わない」

「え?」

 ひかるは静かに歩き出す。そして、すれ違いざまに一言だけ残した。

「『何でもできる』私が怪物を倒すから、もう来なくても良いよ」

「――!」

 杏子は、その場に立ち尽くした。



「それで、どうだったの?」

 悪魔が拠点とする街はずれの洋館。

 ベッドに座るベルフェゴーラは、壁に埋め込まれた魔力貯蔵用のタンクを見ていた。人間界に来てからアスモデウサとベルフェゴーラが貯めた魔力は、タンクの底の方をわずかに満たしているだけだった。

 アスモデウサは窓にもたれかかりながら答えた。

「お前が言うほどの戦闘能力、あるいはコンビネーションの向上は感じなかった……が、波があるのかもしれないし、相手にした魔獣が異なる。そのせいかもしれん」

「アタシの気のせいかしら……」

「何とも、だな。しかし――」

 考え込んで言葉を切ったアスモデウサに、ベルフェゴーラは視線を移した。

「どうしたの?」

「ん? いや、天使たちの動きを考えていてな」

「天使の?」

 アスモデウサは頷き、ベルフェゴーラの隣へと腰を下ろす。

「魔法少女には間違いなく天使が絡んでいる。だが、オレたちと接触してもなお、魔法少女は2人のままだ。魔法少女も天使も、数が増えている気配が無い。オレたちのように機が熟するのを待っているのか、あるいは……」

「あるいは?」

 首を傾げたベルフェゴーラをアスモデウサは抱き寄せ、その顎に手を添えた。

「オレたちには、まだわからないことだらけだ。焦って先の大戦のてつを踏むわけにはいくまい」

「貴方……」

 そっと、互いの唇が重なった。



 翌日。

 塾の授業を受け終えて帰路につくひかると、休日ゆえの人混みをかき分けて『魔法少女ミラクル☆エンジェルズストア』に向かう杏子。2人は奇しくも同じ明神地区にいた。

 そして暮れゆく空の下で、アスモデウサもまた明神地区にいた。

「行け、魔獣よ」

「クルーマー!」

「クルーマー!」

「クルーマー!」

「クルーマー!」

「クルーマー!」

「クルーマー!」

「クルーマー!」

「クルーマー!」

 総勢8体の自動車型の怪物。

 思い思いに明神地区のビル群に破壊の手――車輪だが――を伸ばす怪物たちの数に、視認したひかるは戸惑う。

「こんなにたくさん……?」

「でも、やるしかないミラ! 杏子たちに伝えるミラ!」

「う、うん!」

 スマートフォンを取り出し、いつも通りにトークアプリを開いたところで、ひかるの手が止まった。

「どうしたミラ?」

 逡巡し、ひかるはそのままアプリを閉じてスマートフォンをポケットに戻す。

「連絡は――」

「しない。私だけでやる」

「えええええええ!?」

「行くよ、ミーラ!」

 驚愕するミーラを促し、ひかるはミラクルソルへと変身する。

 そして即座に技を放つ。

「やめなさい! ソル・バーニングシューター!」

「「「ク!」」」

「「「ル!」」」

「「マ!」」

「また早い登場だな」

 明神地区を貫く幹線道路に降り立ったソルを、怪物たちが囲む。その怪物たちの体から煙が立ち昇っているのを認めて、アスモデウサは眉間に皺を寄せた。

「魔力を出し惜しみしたのが仇になったか……数は作れても、耐久性に難が出たな」

 さっとアスモデウサが手を振るのと同時に、怪物の1体がソルに殴り掛かる。

「クルーマー!」

「ハッ!」

 拳を避けた勢いのまま、回し蹴りで怪物を蹴り飛ばす。ビルの壁面に叩きつけられた怪物は、うめき声を上げるだけで動かなくなった。

 しかめっ面をするアスモデウサと共に、ソルもまた怪物たちの脆弱性を確認した。

(タイプは前に戦ったのと同じ。でも、数が多いだけで弱くなってる。何とか1対1で戦える状況を作れれば……)

 そう考えるソルの脚に、1体の怪物の腕が巻き付いた。

「しまっ――」

 気付いた時には既に遅かった。

「「クルー!」」

「「マー!」」

 ソルは両手両足、さらには背中の翼までをも、4体の怪物によって矢継ぎ早に縛り上げられた。

「う、ぐ……」

 力を込めても、びくともしない。

(そうだ、「ソル・プロミネンスバーン」!)

 ソルの脳裏によぎる、過去に同種の怪物を倒した技。

 しかし、その技の発動は許されなかった。

「クルーマー!」

「――!」

 怪物の一撃が、ソルの鳩尾みぞおちに直撃する。

 いまだかつて味わったことの無い鈍痛がソルの胸に響き、息は完全に止まり、心臓さえもその鼓動を止めたかに思われた。

「か、はっ……!」

 実際には短くとも永遠のような時間の果てに取り戻した浅い呼吸を、続けて襲った腹部への一撃が遮る。

「クルー!」

「マー!」

 四肢を縛られ翼さえも封じられて宙に掲げられた魔法少女は、最早ただのサンドバックに成り果てていた。

「ソル、しっかりするミラ!」

(どう、に、か、しな、きゃ……)

 怪物の度重なる打撃に、ソルの意識は朦朧としていく。

「そう言えば、ルアはどうした?」

 遅まきながらルアの不在に気付いたアスモデウサの言葉が、ソルの耳に届く。

(ルアは、きっ、と――)

 来ない、と唇が微かに動いた。



「杏子! 悪魔だぜ!」

「うそ!?」

 怪物たちが活動を始めた時、杏子は『魔法少女ミラクル☆エンジェルズストア』の中にいた。周囲の客の目を気にせずに店を飛び出し、一目散にエスカレーターを駆け下りる。

 ビルから外に出た杏子を、「ソル・バーニングシューター」の爆煙が出迎えた。

「けほっ、けほっ、これは……」

「もうソルは戦ってるぜ! ボクたちも行くぜ!」

「うん!」

 変身しようとクルルの手を握った瞬間、杏子は昨夜ひかるに掛けられた言葉を思い出した。


「『何でもできる』私が怪物を倒すから、もう来なくても良いよ」


「……そうだ」

「杏子?」

 杏子は、クルルの手を離した。

 煙が晴れ、怪物を蹴り飛ばすソルの姿が目に入る。

「どうせあたしが行ったって、足手まといなだけだよ」

「杏子!?」

 驚くクルルに――その向こうで怪物に囲まれるソルに背を向け、杏子は歩き出す。

 慌ててクルルは回り込み、杏子の行く手を遮った。

「ちょ、ちょっと、どういうつもりなんだぜ!?」

「昨日、米原さんが言ったじゃん。『もう来なくて良い』って」

「それは……」

 答えに窮したクルルに向かって、杏子は暗く笑う。

「きっと、あたしは魔法少女に向いてないんだ」

「そんな……、! ソル!」

「?」

 突然叫んだクルルの視線を追って、杏子は後ろを振り返る。

 クルルの視線の先。そこでは、今まさにソルがサンドバックにされ始めていた。繰り返される殴打は、罪人に鞭を打つように容赦なく行われていた。

「……杏子。ボクが変身を拒否した時のことを覚えているか?」

 クルルは今すぐにでも飛んで行きたい気持ちをこらえ、杏子に語りかける。

「『痛いこと、苦しいこと、つらいことがあるかもしれないけど、それでも守りたい!』……キミがそう言ったから、ボクは一緒に戦ってもらう決心をしたんだぜ」

 目尻に涙をたたえながら、クルルは叫ぶ。


「杏子! キミは一体何のために戦ってたんだぜ!?」


 どんよりと空を覆っていた雲が、消えていくようだった。

「……そうだね」

 杏子はクルルの涙をそっと指で拭った。

「あたしはミーラとクルルを、米原さんを、この街を守りたい。だから戦ってきたんだ。それに――」

 ソルを好き放題に殴る怪物たちを、杏子は見据える。

「ちょっとうまくいかないくらいで戦わないなんて、あたしの好きな魔法少女じゃない!」

「そうだぜ!」

 クルルと手を握り、光となって杏子は空へ舞った。



「ルア・ムーンライトシューター!」

『クルーマー!』

 無数の光球が、怪物たちを直撃した。

 緩んだ拘束からソルを救出し、ルアは少し離れたビルの屋上に降り立った。

 か細い息を漏らすソルを横たえ、両手を合わせて突き出す。

「ルア・ヒーリング」

 ルアの手から放出される光が、ソルの体を癒していく。

 虚ろだったソルの目に光が戻り、ルアの姿を捉えた。

「ルア……」

 驚きと戸惑いを含んだ声がソルの口から漏れる。

 ソルの傷が癒えたのを確認して、ルアは勢いよく頭を下げた。

「ごめんなさい!」

「え……?」

「あたし、ソルに八つ当たりしてしまった。しかもその理由は間違ってた……本当にごめん!」

 ルアはただただ頭を下げ続けた。

「大丈夫だよ」

 ゆっくりと上体を起こしたソルが、ルアの肩に手を置いた。

「私の方こそごめんなさい。『来なくても良い』なんて言って……ねぇ、今でも私は『何でもできる』と思う?」

「へ? う、うん」

「そう……まぁ、それならそれでも良いけど」

 よろめきながら立ち上がったソルの体を、ルアが支える。

 ルアに感謝しながら、ソルは呟く。

「私には『何も無い』んだ」

「何も、無い……?」

 首を傾げるルアに、ソルは頷く。

「確かに、私は人並みくらいには色々なことができるかもしれない。人並みを越えてできることもあるかもしれない。でも、ただそれだけ。『これをやりたい』という気持ちは――『これが好き!』と言えるものは何も無いの。ただ『できる』だけで止まってしまう。だから、私はルアが羨ましいよ」

「え? あ、あたし!?」

 急なことに驚いて、ルアの声は裏返った。

 そんなルアに微笑みながら、ソルは話を続ける。

「『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』が好きな気持ち。それを貫いていること……私には、そういうのが無いから。羨ましいなって、ずっと思ってたんだよ」

「そうだったんだ」

 意外な告白に戸惑いながらも、ルアは「でも」と言葉を続けた。

「ソルにもあるでしょ?」

「私にも?」

「そう。『守りたい』って気持ち。あたしは、その気持ちを忘れてた。憧れで一杯になってて、その憧れも間違えてた。そのことにクルルが気付かせてくれたんだけど……ソルが魔法少女として戦うのは、『守りたい』っていう気持ちが強くあるからでしょ? 『何も無い』わけじゃないと思うよ」

 きょとんとしていたソルの胸に手を当て、ルアはにっこりと笑う。ソルはルアの手に自分の手を重ねて、同じように笑った。

「ありがとう。ルアはやっぱり、ダメじゃないよ」

「ありがたいんだけど、照れるな……」

 ひとしきり笑い合い、ソルとルアは明神地区の中心へと目を向ける。

「ごめん。力を貸してもらっても良い?」

「当たり前でしょ」

「よし、行くよ!」

「OK!」

 2人の魔法少女は、空へと飛んだ。



「ルア・ムーンライトシューター!」

 幹線道路沿いに暴れる怪物たちに、光弾が炸裂する。

「クルーマー?」

 怪物たちの視線が、光弾がやって来た方向――道路上に仁王立ちするソルに向く。

「聞いてるよ? 君達、雑魚なんだって?」

『クルーマー!』

 ルアの煽り文句の意味を知ってか知らずか、怪物たちは我先にと殺到する。

「よっ、ほっ、はっ!」

 次々に伸びてくる腕――どちらかといえばヨーヨー(車輪)が飛んでくる感覚に近いが――を注意深くかわしながら、ルアは怪物の誘導を試みる。

 時には怪物の股下をくぐり抜け、時には空中から技を放つ。

「ふむ。少し遅い登場だな」

 ルアの動きを観察するアスモデウサは、怪物たちが団子状に集められつつあることに気付いた。

(何を企んでいる?)

 その答えは、感知しながらも見逃していた魔力の高まりだった。

「ほら、捕まえてみなよ!」

『クルーマー!』

 ソルを窮地に陥れた怪物たちは、一転してルアに遊ばれていた。

 明神地区を南北に走る幹線道路が、別の大きな道路と直交する交差点。そこに、怪物たちが侵入する。

「ルア・ムーンライトバインド!」

 怪物たちの足元に広がる満月のごとき光の円。そこから生じた光のチェーンが怪物たちを縛る。

「ソル! 今!」

 ルアが叫んだ先に、魔力を収束させていたソルが構えていた。


「ソル・バーニングストリーム!」


 放たれた光が、身動きの取れない怪物たちを飲み込んで道路を走って行く。

「なるほど、少しは考えたな」

 怪物たちの消滅と共に、アスモデウサは姿を消した。



 NR中津里駅前は、いつもと変わらず人の往来が激しかった。

「本当にごめん。体、大丈夫?」

「うん。大丈夫。神谷さんが治してくれたおかげで」

「本当にごめん。あたしがすぐに行かなかったせいで……」

「だから、もう良いって」

 平謝りの杏子に苦笑するひかる。

「じゃあ、またね」

「あ、待って!」

 きびすを返しかけたひかるを、杏子が呼び止める。

 しかし、杏子はしばらくもじもじとして要件を切り出さなかった。

 つい待ちかねて、ひかるは聞く。

「どうしたの?」

「あ、えっと、その、ちょっと思ってたことがあって……」

「思ってたこと?」

「う、うん……」

 問われてもなお躊躇する様子を見せる杏子を、ひかるは不審に思った。

 さらに数分を要して、ついに杏子は意を決して伝えた。

「あの、『ひかる』って呼んでも良いでしょうか!?」

 通りすがった人が思わず振り向くような大声だったが、当のひかるはきょとんとしていた。

「良いよ?」

「ですよねー、今さら感ハンパないもんねー……へ? 良いの?」

「うん。私も『杏子』って呼んで良い?」

「ど、どうぞ!」

 ひかるはまったく気付いていなかったが、杏子の心拍数は急激に上昇し、全身をホットな血が駆け巡っていた。

「バイバイ、杏子」

「ば、ばいばい、ひかる……」

 互いに手を振って別れる。歩き出したひかるの背中を見送る杏子のカバンの中から、たまらずクルルが声を出した。

「何かと思えば、名前の呼び方かよ……もっと大事な話かと思ったぜ」

「あたし、下の名前で呼ぶことってほとんどしないから……妹のこころぐらいだもん」

 何故か感慨深げに言う杏子に、クルルはため息をつきながらも笑った。

「ま、何はともあれ良かったぜ」

 月が夜空に輝いていた。



〈次回予告〉

 神谷杏子です。変な八つ当たりとかしてしまったけど、何とかなったよ! ……何とかなった、よね? とにかく、もう夏休みだからね! 思いっきり満喫するよ!

 次回、『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』第7話。

 「悪魔も涼みたい!? 夜空に咲く大輪の華!」

 あたしたちが、奇跡を起こします!

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