第5話「杏子は余裕!? 迫る期末テスト!」

〈前回のあらすじ〉

 神谷かみや杏子あんずです。ルンルン気分でオープン初日の『魔法少女ミラクル☆エンジェルズストア』に向かっていたら怪物が! 倒すために変身しようとしたら、あたしだけ変身できなかったの。クルルはあたしに「もう傷付いてほしくない」って……でも、きちんと変身して倒したよ。終わり良ければすべて良し! あ、ストアには寄り忘れたんだけどね。トホホ……



〈本編〉

米原よねはらひかるさん。お願いしたい事があります」

「……急にどうしたの? 改まって」

 放課後、いざ帰ろうとひかるが立ち上がった時だった。

 いつになく神妙な表情でひかるの前に立つ杏子。

 不意に、深々と頭を下げた。

「あたしに、勉強を教えてください!」

「勉強? 私で良いなら良いけど」

 その言葉を受けて、杏子は即座にひかるの手をガシッと握った。

「ありがとうございます! 神様仏様米原様!」

「い、一体どうしたの?」

 感激の涙をドバドバ流す杏子に、思わずひかるは引いてしまう。

 杏子は事の次第を語り始めた。


『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ フューチャー!』

「でへへ、何回見ても良いねえ」

「よく飽きもせずに見られるものだぜ」

「当たり前だよぉ……」

 昨夜のこと。杏子はリビングのテレビで、録画した『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ フューチャー』のお気に入りの放送回を見ていた。

「お姉ちゃん、お風呂入って良いよ」

(は! ぬいぐるみのフリだぜ!)

 クルルがぱたりと杏子に倒れ掛かるのと同時に、妹のこころがリビングにやってきた。

 テレビを見つめる姉の姿に、こころは半ば感心半ば呆れた。

「相変わらず好きだね、お姉ちゃん。毎日ずっと見て……でも、そろそろお姉ちゃんもテストじゃないの? 勉強しなくて良いの?」

「え? テスト?」

 再生を止めて振り返った杏子に、こころはタオルで髪を拭きながら頷く。

「あと1週間ちょっとでテストのはずだけど、お姉ちゃんは違うの?」

 壁に掲げられたカレンダーを確認した杏子の顔が、青ざめていく。

 

 期末テスト。

 

 杏子はその存在を失念していた。そして、中間テストの結果が良くなく、「次は頑張る」と親に宣言したことも。

「先に寝るね。お休み」

 途端にざわつき始めた姉の心中は知らず、こころは自分の部屋へと戻る。

 魔法少女として戦っている今、その勉強も兼ねて『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』シリーズを見返していた。ついでに、クルルから魔法について教えてもらい、少しでも使えるように頑張っていた。

 だが、そんなことをしている場合では無かった。

 

 どうにかしなければならない。

 

 必死に考えを巡らし、杏子は1人の少女に辿り着いた――


「で、私に教えてほしいと」

 杏子の自宅の玄関を前にして、ひかるはため息をついた。

「頭脳明晰、容姿端麗、我がクラスの学級委員さまのお力を借りられれば、このピンチも乗り越えられると思いまして……」

「褒めても何も出ないし、それほどの人間じゃないから……」

 ドアを開けた杏子に促され、ひかるが敷居をまたぐ。

「お邪魔します」

「どうぞ。あ、お母さんは出掛けてるのかな」

 玄関の物音を聞きつけて、こころがキッチンから顔を覗かせた。毛先にウェーブのかかったボブカットの髪が揺れる。

「あ、お姉ちゃんお帰り。えっと……いらっしゃいませ?」

 杏子の隣にひかるの姿を認め、こころは一瞬戸惑いを見せた。

 ひかるは一歩まえに出て、笑顔で軽くお辞儀をした。

「こんにちは。お姉さんと同じクラスの米原ひかるです」

「こ、こんにちは。妹のこころです。姉がいつもお世話になってます」

「そんな。こちらこそ……あ、リビングはどこかな?」

「こっちです」

 こころの案内で廊下を歩いていくひかる。杏子は1人玄関に残される格好となった。

「あれ? 家に呼んだのはあたしなんだけど……」

「すっかり空気になってたんだぜ」

「う、うるさい!」

 ボンッとカバンを叩いて、杏子は歩き出した。



「じゃあ、わからないところって具体的にどこら辺?」

「うっ」

「?」

 リビングのテーブルを挟んで座るひかると杏子。

 ひかるの問いに、杏子は数学の教科書で顔を隠した。

「えっと……数学が一番苦手?」

「あの、その……」

 ついには小さく縮こまってしまった杏子を見て、ひかるは首を傾げた。

 しばらくの間を置いて、観念した杏子は小さな声で答えた。

「範囲がわからないです……」

「範囲? テストの?」

「そうです」

 ひかるの体から一気に力が抜けた。

「そこからなんだね……」

「うぅ、ごめんなさい」

 杏子の声が若干涙声になるに及んで、ひかるは自分が杏子を叱っているようで気持ちが良くなかった。

 開きかけた教科書を横にどけてから、ひかるは範囲をメモした紙を取り出した。

「じゃあ、まずは全部範囲を確認しようか」

「お願いします」

 杏子は粛々と従うしかなかった。



「さあて、今日はどうしようかしら……」

 駅ビルの屋上。

 左手に魔力を集積させながら、ベルフェゴーラは魔獣の素材を探す。

「……お?」

「えーっと、微分係数の定義は――」

 左手で開いた参考書とにらめっこをしながら道を急ぐ高校生。

 ベルフェゴーラの目に、参考書がほのかに発する魔力が映った。

「さあ、行きなさい。アタシの可愛い魔獣ちゃん」

 参考書を核に練り上げられる魔力。

 数学の参考書に手足がにょきにょきと生え、駅前に立つ。

「サーンコーショー!」

 駅周辺はパニックに陥った。



「本当にありがとう。おかげで何とかなるかも」

「良いよ。誰かに教えるのって、自分の勉強にもなるから」

「おぉ、頭の良い発言だ……」

「何を言ってるんだか。私は別に――」

「! 悪魔だぜ!」

 ひかるの言葉を、クルルが遮った。

 即座に顔を見合わせ、ひかると杏子は部屋を出る。

「あれ? どこに行くの?」

 玄関を出ようとしたところで、こころが杏子に声を掛けた。

「えーっと、あー……」

「ちょっと気分転換に出かけてくる。すぐ戻るから」

 どう答えようかと逡巡した杏子の隣で、ひかるは機転を利かせて言った。

(ナイス!)

 心の中でサムズアップする杏子。

 そんな姉の心中には気付かず、こころは無邪気に笑った。

「そうなんですね。お気をつけて」

 最近物騒ですから、と付け加えたこころに見送られ、ひかると杏子は外へと駆け出した。



「サーンコー!」

「ダブルエンジェル☆キック!」

「ショッ!」

 ロータリーに植えられていた木々をなぎ倒していた怪物に、ソルとルアの同時キックがめり込む。

 倒れ伏す怪物が上げた土煙。それを吹き飛ばし、純白の翼を大きく広げた魔法少女が降り立つ。


「全てを照らす光、ミラクルソル!」

「闇の中に輝く光、ミラクルルア!」

 互いに手を取って一回りし、最後に背中を合わせて指鉄砲を怪物に向ける。

『世界を照らす奇跡の光、魔法少女ミラクル☆エンジェルズ!』


「あーあ、もう来ちゃった」

 ぼやくベルフェゴーラの足元で、怪物は立ち上がる。

「サーンコーショー!」

「ハッ!」

「やぁっ!」

 突き出される拳をソルが受け流し、重心の寄った脚を、滑り込んだルアが回し蹴りで払う。

「ショッ……」

「ダブルエンジェル☆キック2!」

 バランスを崩して仰向けに倒れかけた怪物へ、空に飛んだソルとルアの急降下キックが決まる。

「へえ、少しは腕を上げたのかしら?」

「ベルフェゴーラ!」

 睨みつけるソルとルアの視線なんてどこ吹く風、ベルフェゴーラはごく自然に告げる。

「でも、まだ終わりじゃないわ」

「サンコーショッ!」

 図体に見合わない機敏な動作で起き上がった怪物が、ガバッと――それはまさしく――自分の体を開いた。

「「え?」」

 戸惑うソルとルアの前で、怪物は

 突如吹き荒れる強風に、ソルとルアは耐え切れずに吹き飛ばされる。

 まだ倒されていなかった木の幹に何とかしがみついたソルとルアに、ゆっくりと怪物が近付く。

「ちょっ、マズイ……」

「この風を、何とかしないと……」

 怪物の拳が大きく引かれた、まさにその時。


 ぴたりと風が止んだ。


「「「え?」」」

「サンコーショ?」

 怪物とベルフェゴーラまでもが驚いていたが、理由は単純だ。怪物の持つページが尽きただけだ。

「「今!」」

 ソルとルア、2人が繰り出した拳は怪物にクリティカルヒット。

 怪物がルアのパンチを両腕でガードすれば、ソルは空いた胴体に蹴りを入れる。怪物がソルに注意を逸らせば、ルアは回し蹴りをくらわせて怪物を後退させる。

(息が合ってるミラ!)

(だぜ!)

「いつの間に……」

 ベルフェゴーラは眉をひそめた。

 ただの4回。今回を含めれば5回だ。その程度しか出現を確認しておらず、その上アスモデウサからは特段の変化があるとは聞いていなかった。

(まさか、アタシに隠してたの? いえ、でも……)

 悶々とするベルフェゴーラを余所に、怪物はソルとルアを前にして防戦する一方だった。

「「ダブルエンジェル☆パンチ!!」」

「サン、コーショ……」

 殴り飛ばされ、仰向けに倒れる怪物。

「これで……最後!」

 飛び上がり、怪物へと急降下するルア。

「サーンコーショ!」

「へ?」

 再び、怪物が体を開いた。

 勢いを止められないまま突っ込むルア。追撃には成功したが、その頭上には開かれた怪物の体の一方が――覆い被さろうとしていた。

「ルア!」

「ふんぬー!」

 ガシッとそれを受け止めるルア。挟み潰そうとする怪物の力に抗い、持ち上げる。

「何のこれしき! あたしをなめ――」

 ふと、ルアの目が足元の文字を捉えた。続く隣の文字を追い、ついつい文章の文字面を眺めたルアは、ページの上半分のほとんどを占める放物線――二次関数のグラフに気が付いた。

「数、学……」

「どうしたんだぜ?」

 がくり、とルアから力が抜ける。

「ルア……?」

 てっきり即座に抜け出せるものと思っていたソルが名前を呼ぶが、今のルアはそれどころではなかった。

(数学のテスト範囲って……あれ、どこからどこまでだっけ? 何やってたっけ……?)

 ルアの頭の中を、徐々に図形や方程式が侵食していき、そして徐々に体から力が抜けていく。

 遅まきながら、その状況にミーラが気付いた。ソルの腹部に結ばれたリボンに付いた宝石が点滅する。

「あれは数学の参考書ミラ! ルアはきっと、テストのことを思い出して頭が一杯になっているミラ!」

「えぇ!?」

「ソル! このままじゃダメだぜ! 助けてくれ!」

「う、うん!」

 ただちに駆け出したソルは怪物の体の上部を蹴り上げ、その勢いのままくるりとバク宙を決めて着地、ルアを抱えて怪物から離れた。

 歩道に等間隔に並ぶ切り株の1つにルアをもたれかけさせる。

「yがxで、xがyで……」

「おい、しっかりするんだぜ!」

「落ち着くミラ!」

「三角形の底辺が……」

 ミーラとクルルの必死の呼びかけも、ぶつくさと上の空で呟くルアには届かなかった。

 意を決したソルが、ルアの頬を両手で勢いよく叩く。

「「でぇええ!?」」

 驚愕に、ルアの胸元のリボンとソルの腹部のリボンに付いた宝石が瞬く。

「……おはようございます」

「もう夕方だよ?」

「あ、そうだ! 怪物!」

「やっと戻って来た」

 立ち上がったルアに続いて、ソルは怪物に向き直る。

「サーンコーショー!」

 突風を引き起こそうと、怪物が体を開く。

 だがしかし、その時には既にソルとルアの2人は怪物の背後に回り込んでいた。

「ハッ!」

「やあっ!」

 ソルとルアの放つ回し蹴りに吹っ飛ぶ怪物。怪物は駅ビルの壁面に激突してめり込んだ。

「ルア!」

「OK!」

 手を繋ぐソルとルア。発動した魔法陣で、魔力が光球となって収束する。


『ソルア・シャイニングストリーム!』


 光の奔流が一直線に怪物を貫き、消滅させた。

「……ここまでね」

 怪物の消滅を見届けて、ベルフェゴーラは姿を消した。



「じゃあ、期末試験の結果を返すぞー」

 期末テストを終え、ほとんどの教科で結果が帰って来た頃。数学の授業終わりに、ひかるはふと気になって杏子に声を掛けた。

「ねえ……結果、どうだった?」

 どう聞くべきかひかるは悩んで、結局素直に聞いていた。

 一方の杏子は、にこやかな笑みを返した。

「おかげさまで、良い点とれたよ!」

 そう言って杏子がひかるの前に突き出した数学のテスト用紙の点数欄には、「70」と書かれていた。

「他のも同じくらいでさ、あたしにしては上出来な結果だよ。ありがとう。米原さんのおかげで助かった!」

「それなら良かった」

 ひかるはホッと胸をなで下ろした。杏子の役に立てたことが、素直に嬉しかった。

「ちなみに、米原さんはどうだったの?」

「え?」

 自分の席へ戻ろうとしていたひかるは振り返った。杏子は恥ずかし気に笑った。

「いや、米原さんが頭良いことはわかるから、聞くまでもないんだけど……でも、実際どれくらいなのかは知らないかなって」

「知りたいなら、見せるよ?」

 一度自分の席へ戻ったひかるが、自分のテスト用紙を杏子に見せる。その点数欄に書かれていたのは――「100」。

「ひゃ、100点……他の教科も?」

「いいや。100点はあと理科だけで、国語と英語が98点、社会と保健体育が94点で、音楽が88点だよ。なかなか100点は取れないから、数学と理科で取れたのは嬉しいけど、音楽がなぁ……ちょっと手を抜いちゃったかな」

「………」

「か、神谷さん?」

 わかっていたこととは言え、杏子はひかるとの間に大きな差を感じた。ちなみに、杏子の点数は理科68点、国語74点、英語70点、社会71点、保健体育78点、音楽60点だ。普段の杏子の成績から考えれば、良い部類に入る。

 一方のひかるは、

(どうしよう、嫌な気持ちにさせたかな……)

 などと、杏子がまったく思っていないことを心配していた。

「すごいね、米原さん」

「あ、ありがとう」

 妬みも僻みも無い、純粋に褒める言葉が杏子の口から洩れた。

「見た目は綺麗だし、性格も良いし、頭も良い。おまけに運動もできるなんて、無敵じゃん」

「そんな、無敵じゃないよ」

「良いなぁ。見た目には少し自信あるけど、性格が良いわけでもないし、頭も良くないし、運動はできないし、おまけに子ども向けアニメを卒業していないオタクだし? ダメだなぁ、あたし」

 自嘲気味に笑う杏子を見て、ぼそりとひかるは呟いた。

「ダメじゃないよ。私は――」

「授業始めるぞー」

 チャイムが鳴り、ひかるの言葉は途中で消えた。

 ひかるが何を言おうとしていたのか。呟いていた時の暗い表情が妙に気になりながらも、授業が終わるころには杏子はそのことを忘れていた。



〈次回予告〉

 米原ひかるです。まさか神谷さんがあんなピンチに陥っていたなんて。魔法少女に必死になるのも良いけど、少しは現実にも目を……あれ、神谷さんの様子がおかしい。どうしたの?

 次回、『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』第6話。

 「解散の危機!? 伝われ、互いの想い!」

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