第4話「変身できない!? クルルの迷い!」

〈前回のあらすじ〉

 米原よねはらひかるです。ミーラとクルルが家出なんて、びっくりしました……探すだけで一苦労。でも無事にまた会えて、一緒に戦えました。ルアが怪物に殴り飛ばされて焦りもしたけど、その怪物は倒せたし、私たちはこれから頑張ります! ね? ミーラ、クルル! ……クルル?



〈本編〉

「……という状況ですミラ!」

「なるほど」

 昼休み。こっそりと校舎の外に出たミーラは、天界と通信を行っていた。

 相手は天使序列第2位のガブリエラだ。

 配下の天使でもなければ滅多に会話などできぬ位階に位置する大天使だが、ガブリエラの指揮下にあるミーラは直接通信することができていた。

「悪魔の動きはまだよく見えぬ。くれぐれも注意して行動するように」

「分かりましたミラ!」

 威厳のある相手との通信ではあるが、傍目には、ぬいぐるみ同士が摩訶不思議な方法で会話している――十分に異常な状況だが――ようにしか見えない。

 最後に一言だけ、ガブリエラは付け加えた。

「ミーラのその口調も、しっくりくるようになってしまった」

「? 褒められたミラ?」

 通信を終え、深く息を吐くガブリエラ。

 大変な時期は過ぎつつあるとは言え、ガブリエラにはすべきこと、頭を悩ませていることがあった。

 ドアを誰かがノックした。

「入れ」

「失礼します」

 紙を小脇に抱えた天使が入り、机の数歩前で立ち止まる。

「『泉』からの最終報告です」

 その言葉に、ガブリエラはわずかに眉を動かした。

 「天使の泉」。そこは、死した天使の魂が向かう場所。そして、死した天使の名を知ることのできる場所。

 2年前の「天魔大戦」が集結してから今まで、重要だった場所。それは死した天使の把握。そして1人の天使の名前の有無――

 ガブリエラが受け取った紙には、短い一文が書いてあるだけだった。しかし、ただそれだけで十分だった。


「該当する天使の名前:無し」


「……下がって良いぞ」

 しばらくその文言を見つめ、絞り出すような声で――しかし威厳は保とうとしながら、報告に来た天使に告げる。

「失礼します」

 ドアが閉まったのを見届けてから、ガブリエラは机に肘をついて考え込んだ。

(予定していたシナリオは白紙に戻すしかない)

 生き残った天使の再編成、天界各所の修復、「魔界王の呪い」に対応した建築物の改修などについて目途のたった今にあって、厄介なことは死した七大天使の位階継承問題だった。しかしそれとて、慣例的に考えれば大した問題となるはずではなかった。実際、「天魔大戦」時に位階保持者が死した序列第5位ラグエラ、序列第6位ザラキエラ、序列第7位ラミエラの各位階はそれぞれの嗣子が継いだ。

 そう、問題は「七大天使」の位階継承ではない。「天界王ミカエラ」の位階継承だ。

 「天魔大戦」の際に襲来した悪魔を退け、天界と魔界の行き来を遮断する「天界王の御壁グレートウォール」を生み出したとされる天界王ミカエラ。

 近侍していたガブリエラは、それが事実であることを知っている。

 問題は、彼が嗣子無くこの天界から姿を消したことにより発生した。先代の天界王は既に亡く、兄弟もいない。残ったのは母親と、何世代も前に位階を継承せずに野に下った者の子孫。

 ガブリエラや他の七大天使たちは、ミカエラの母親を新たな天界王として擁立し、序列第2位のガブリエラが母親と結婚、生まれた子どもに「天界王ミカエラ」の位階を継承させるつもりだった。幸いにも、ミカエラの母親はかつての天界王の血を引いていた。

 しかしここで、新たな問題――実際には、継承問題の前提となる問題がガブリエラたちの前に現れた。


 そもそも、天界王ミカエラは死したのか?


 ラグエラ、ザラキエラ、ラミエラの3人は死したことが確認され、「天使の泉」からも確認が取れた。だからこそ位階の継承が行われた。

 しかし、あれだけの奇跡を起こした天界王ミカエラについては、生きているとも、死したとも意見が分かれた。誰も生きている姿を見ていなければ、死体も見ていないからだ。

 最終的に「天使の泉」に問うことになったが、2年待った結果は「該当する天使の名前:無し」だった。

 それは、天界王ミカエラの魂が「天使の泉」に存在しないこと。天界の理に照らせば、すなわち死していないことになる。


「罪も無く、死していない天使の位階は、当人の承諾を得ずして継承するべからず」


 序列第6位ザラキエラが率いる「審判庁」は、ガブリエラの諮問に対してそう答えた。つまり、死していない行方不明の天界王ミカエラの位階は、誰も継ぐことが出来ない。

(実務的に問題は無いが……)

 天界王不在の際に諸事を司るのが、序列第2位ガブリエラの名を継ぐ者の定め。

 しかし、正式な天使の頭目である天界王の座が空位なままで良いのか。

(どこに行ったのだ、ミカエラよ)

 胸の内で問いかけても、答えてくれる者などいるはずがなかった。



「随分と寂れたものだな」

 アスモデウサが見下ろすのは、古くからの商店街。

 江戸時代には街道として利用され、前世紀は活気の溢れる場所だったという。しかし隣に幹線道が整備され、各種の商業施設がそこかしこに立ち並ぶ今では地元住民の客さえも減り、時代に取り残された保全地区として残るのみとなった場所だ。

「いささか足りぬかもしれないが……」

 アスモデウサの掲げた手に、商店街のあちこちから悪性の魔力が集まっていく。

 魔力の発生は、何も生物の特権ではない。いや、確かに特権ではある。この場所に染みついた生物の行動、記憶が積み重なって魔力となっているのだから。

「行け、魔獣よ」

 アスモデウサの言葉で、怪物は目を覚ます。

「ショーテンガーイ!」



 明神地区。そこは、百貨店が立ち並ぶ一大商業地区。中津里駅周辺が交通の中心とするならば、こちらは商業の中心と呼ぶべきエリアだ。

 塾に向かうひかると並んで、鼻歌を歌いながら杏子は歩いていた。

「今日はご機嫌だね」

「そりゃもちろん!」

 杏子は数歩前に進み出て、くるりとターンしてひかるを振り返る。

「今日は待ちに待った『魔法少女ミラクル☆エンジェルズストア』のオープン日だからね!」

「本当に好きなんだね、『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』が」

「大好きだよ! 最近は魔法少女の勉強も兼ねて無限ループしてるし! あ、それは前からか」

 楽し気に語る杏子を、どこか羨まし気に見るひかる。

 そんな2人の前に、怪物は着弾した。

「ショーテンガーイ!」

「えぇ……よりにもよって何で今日?」

「そんなことより、早く!」

 ぼやく杏子を引っ張り、逃げ惑う人々の波をかき分けて人目につかなさそうな柱の影に隠れる。

 そして、いつも通りに変身――したはずだった。

「あれ?」

 杏子は目をぱちくりとさせた。

 変身を完了したソルの隣で、杏子は杏子のままクルルの手を握って立っていた。

「何で? いつもなら……」

 にぎにぎしても、握る手を変えても、いっそ抱きしめてみても、何も起こらない。

 杏子の頭の中は真っ白になった。焦りが胸中に湧き上がり、一気に頭まで駆け上って中を満たす。

「……できないぜ」

 それは小さな声だった。

 杏子に背を向け、肩を震わせながらクルルは叫んだ。

「できないんだぜ!」

「クルル……?」

 驚きと困惑が重なり、思考が止まる。しかし、悠長にしている時間は無かった。

 立ち尽くすソルと杏子の近くで、道路が弾けた。

「ショーテンガーイ!」

「! 怪物は私が何とかしておくから、このまま隠れてて!」

「わ、わかった!」

 ソルは柱から飛び出し、暴れる怪物の姿を捉える。

「これ以上、好き勝手させない!」

 跳躍、そして炸裂するかかと落とし。

「ショーテン!」

「来たな……おや、1人だけか」

 倒れる怪物の向こう、顎に手を当てて浮かぶアスモデウサを、ソルはきっと睨みつける。

「後から来るわ。きっと」

 ソルは地を蹴った。



「ショーテン!」

「ハッ!」

 古びた商店に手足の生えた格好の怪物。

 突き出される拳をかわし、懐に入り込んだソルは蹴りを入れる。

「ガーイ!」

「ハァッ!」

 拳に蹴り、蹴りに拳。

 人気ひとけの無くなった街で行われる戦いから、体を震わせるクルルへと杏子は視線を移す。

 鼻をすする音と共に、クルルの足元の地面は湿った。

「どうしたの? やっぱり、あたしを巻き込みたくないの?」

 比較的落ち着きを取り戻した杏子の問いに、クルルは間を置いてからゆっくりと頷いた。

「ボクは悪魔からこの世界を守りたい、杏子たちを守りたいぜ。でも、こんな小さな体じゃ無理で……杏子に助けてもらわないと戦えないんだぜ」

「うん、そうだね。あたしも守りたい。クルルを、みんなを守りたい。だから、一緒に戦おう?」

 クルルは激しく頭を横に振った。

「でも、変身したら杏子がまた痛い目に遭うかもしれないんだぜ! それは……もう、誰も傷付いてほしくないんだぜ!!」


 前回のベルフェゴーラとの戦い。

 怪物に殴り飛ばされたルアは、入り込んだ店内で横たわったまま、しばらく動けないでいた。

 ビルに衝突した時から引きずる背中の痛み、そして拳をまともにくらった脇腹に残る鈍痛。

 呼吸は浅く、無事を問うクルルの声には途切れ途切れにしか答えられなかった。


 そっと、杏子は脇腹に手をやった。

 今は痛くない。しかし、クルルにとってはいまだに痛いのだ。

「ねえ、クルル」

 杏子はクルルをこちらに振り向かせ、同じ目線まで優しく抱え上げた。

「あたしの大好きな魔法少女はさ、どんなに痛くても、何度倒れても、立ち上がって悪と戦う。この間はうまくいかなかったけど、あたしもそうなりたい」

「杏子……?」

 クルルの目尻に浮かぶ涙をそっと拭い、杏子ははっきりと告げる。

「クルル。あたしの『守りたい』っていう気持ちは、あんな痛みで消えてない。痛いこと、苦しいこと、つらいことがまだまだあるかもしれないけど、それでもあたしは、守りたい!」

 見つめ合うクルルと杏子。

 何事かを言おうとしてわずかに動いたクルルの口は、結局ただ一言だけを発した。

「頼むぜ」

「よし、行こう」

 光が、2人を包んだ。



「ショーテンガーイ!」

 ソルの蹴りを受けてすっ飛んでいく怪物。

「このままキメるミラ!」

「わかった!」

「おっと、それはつまらないな」

 ソルが構えようとした矢先、アスモデウサの手が怪物に向けられた。

「このままではキミも退屈だろう。少し芸を教えた」

「何を――」

 ソルが言い終わる前に立ち上がった怪物は、閉まっていたシャッターを開けて大きな樽としゃもじを取り出した。

「え?」

 目を丸くするソルの前で、怪物は抱えた樽の中身をしゃもじですくって投げた――もちろん、ソルに向かって。

「ええええ!?」

 咄嗟に避けたソルの耳に、「ベチャッ」という音が届く。

 次々に投げつけられる、べちゃっとした何か。

 必死に避けながら、ソルは叫ぶ。

「何!? 何を私は投げられてるの!?」

「ワタシにもわからないミラ~!」

「ルア・ムーンライトシューター!」

 怪物に複数の光球が殺到し、爆ぜる。そのはずみで、しゃもじは弧を描いてどこかへと飛んでいった。

「ルア!」

「お待たせ」

「ふむ、今日は遅い登場だな」

 ソルの隣に並び立つルアを見て、アスモデウサはやや眉をひそめた。

「今日はあんたの仕業ね! いつもの『アレ』やるよ、ソル!」

「え? 『アレ』?」

 きょとんとするソルに、ルアは必死に言う。

「『アレ』だよ『アレ』! いつも初めにやってるやつ!」

「あぁ、『アレ』ね……でも今さら?」

「良いから! こういうのは様式美だから」

「……わかった」

 ルアに押され、ソルは咳払いを1つしてから『アレ』を始めた。


「全てを照らす光、ミラクルソル!」

「闇の中に輝く光、ミラクルルア!」

『世界を照らす奇跡の光、魔法少女ミラクル☆エンジェルズ!』


 恒例の名乗り。しかし、しゃもじの行方を探してきょろきょろする怪物は聞いている風でもなく、アスモデウサに至っては、

「何だ、それか」

 と、やや呆れた顔をしていた。

「~~!」

 ぞんざいな扱いに耐えかねて、ルアは眼前に大きく円を描く。

「ルア・ムーンライトストリーム!」

 満月のごとく輝く円から発せられた光の奔流。それは怪物を直撃して消滅させた。

「む、ここまでか」

「次はあなたよ、アスモデウサ!」

 宙に浮かぶアスモデウサに向かって飛ぶルアだったが、

「目的は果たした」

 繰り出したその拳は、虚しく空を切っただけだった。



 杏子は自宅のテレビで『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ フューチャー』を見て、ふとクルルに問いかけた。

「ねえ、魔法少女に変身できるかどうかって、天使の意思によるのかな?」

「急にどうしたんだぜ?」

「ほら、今日のこと」

 クルルはしばらく考えてから答えた。

「可能性はあるが、あくまで可能性だぜ。杏子が変身したくないと思った時に変身できるかどうか……いや、それは変身できなさそうな気がするんだぜ……とにかく、断言はできないぜ」

「そっか。実験とかできれば良いんだけどね」

「魔法少女に関して唯一わかっているのは、いつでも変身できるわけじゃないってことだけだぜ」

「そうだね……」

 ふと、杏子は何かを忘れているような気がした。

 そしてエンディングが流れ始めたところで、その『何か』を思い出した。

「あー!!」

「何、どうしたの?」

 突然の叫び声に、キッチンで夕食の支度をしていた母親が駆け寄って来た。

「『魔法少女ミラクル☆エンジェルズストア』……寄ってくるの忘れた……」

「何だ、びっくりした……」

 すたすたとキッチンに戻る母親。しかし杏子はがっくりとうなだれていた。

 テレビの画面には、ちょうど『魔法少女ミラクル☆エンジェルズストア』の告知が流れていた。



〈次回予告〉

 神谷杏子です。色々とあったし、まだまだわからないことだらけだけど、これからはガンガン行く――え? テスト? 学校の? ……何それ、美味しいの?

 次回、『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』第5話。

 「杏子は余裕!? 迫る期末テスト!」

 あたしたちが、奇跡を起こします!

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