第三章 絶対に逃げ切ってやる!

 そしてその夜、私は領主様のやかたの二階にある一室に閉じ込められていた。

 おもトイレも完備の部屋にぽいっと押し込められて、窓の外にはグレオスさん、とびらの前にはアルバが構えているというなんきん状態。今夜はここでいつぱくして、明日の朝王都に向けて旅立つんだってさ。ホント領主様にはいいめいわくだ。本当に申し訳ない。

「リーンのふうじゆで転移はできないはずだし、キッカが部屋から一歩でも出たら僕わかるから。あきらめてゆっくりるんだね」

 クルクルきんぱつ巻き毛にねた目で見られたけど、もちろん黙って朝を待つ気なんてない。

 確かに転移は何度試みても不発だけど、この部屋からすきをついて逃げることなら、できなくはない筈だ。私は、じっとチャンスをねらっていた。下手に動けばけいかいを強められる。ここぞといういつしゆん以外に相手にしんいだかせないようにしないと。

 外からは見えない角度で窓に近づき、カーテンのかげを利用しながら窓の下を見下ろす。月明かりの中でグレオスさんが一心に私がいる部屋を見上げているのがはっきりと見えた。

 逃げるなら窓からだろうけど、グレオスさんの目をぬすんで、ってのは骨が折れそう。もう見つかるの前提で、それでも逃げ切る方法を考えた方がいいだろう。足の速さや体力はこっちが下でも、この三か月あまりで町の地理には自信がある。逃げ切れる可能性はなくはない。

 窓の外で一心にこっちを見上げている無骨な姿を見ながら、私は昼にグレオスさんから言われた言葉を思い出していた。

 妻にしたいって、そう言ってた。無骨で、そんなこととても言いそうにない人が。本心だろうか。アルバも、真剣な目、してたな……。

 そんなことをぼんやりと思い出していた私の耳に、ひかえめに扉をたたく音が聞こえた。こんな軟禁状態の私の部屋を訪ねてくる人が思い当たらなくて、私は少し体をかたくする。だって扉の外には、アルバだっている筈なのに。

「すみません、時間がないから入りますね、キッカさん」

 ささやくような声とともに扉からすべり込んできたのは、じゆつのリーンだった。

「何の用よ」

 ゆうしゆうなあなたの封呪のせいで、私逃げられずにいるんですけど。……という気持ちをしっかり込めて、私はうらめしげに下からにらみあげた。

 旅の間も、クルクル金髪巻き毛の暴言にいつしよおこり、時には私よりも先になみだしてくれた彼は、もうすぐ二十歳はたちというねんれいの割にまだ少年のような外見もあいって、私にとっては可愛かわいい弟分。いやしの存在だったんだ。

 心折れそうになるといつだってはげましてくれた。「絶対に日本に帰るんだ」って呪文みたいに唱える私を常におうえんしてくれていた。それだけに、彼にしばられているのがしように悲しい。

 でも、本当はわかってるんだ。彼にだって立場があるってことくらい。でも、睨むくらいは許されるだろう。そんな私に、リーンはなぜか困ったように微笑んだ。

「そんなに警戒しないで。だいじよう、僕、キッカさんを逃がしに来たんです」

「えっ」

 思いもかけぬ申し出に、私は目を大きく見開いた。そう言い切ったリーンの顔はしんけんそのもので、とてもじようだんを言っているようには見えない。

「キッカさん、よく聞いて。この石が青くまたたいたら、それが封呪が解かれた合図です。アルバを連れて転移で遠くに逃げてください」

「え……ちょっと待って、どういうこと」

「ゆっくり説明してる時間がないんです、今は逃げることだけ考えて。あとでアルバがちゃんと説明してくれますから」

「でも、それじゃリーンはどうするの?」

「僕はまだ調べることがあるから。キッカさんを日本に帰す手段を探さなくちゃ」

 さびしそうに笑って、リーンは私の手の中に無理やり小さな石がついたペンダントをにぎりこませると、ローブをひるがえして扉から出て行こうとする。

「石が光ったら、すぐに転移ですよ。絶対にちゆうちよしないで」

「待って! そんなことしたらリーンの立場が悪くなるんじゃないの?」

「封呪が破られた、聖女の力はだいだとでも言っておきます」

 そう言って笑ったリーンは、また急に真剣な顔をした。

「キッカさん、今はとにかく逃げて。絶対に僕が、キッカさんを日本に帰すから」

「ちょ……」

「ばか、部屋から出るな。バレたらやつかいだ」

 あっという間に部屋を出て行ったリーンに思わずばそうとした手を、入れわりで部屋に入って来たアルバがつかみ取った。

「どうやってんだか知らねえが、王子とボンボンはお前の居場所がわかるらしい。部屋から出たら、すっ飛んでくるぞ」

 ひえっ……なんだそれ。

「リーンが部屋に戻ったらすぐにれんらくがある。それまで待機だ」

「ちょっと待って、なんかじようきようが全然掴めないんだけど」

さわぐなって、グレオスやボンボンたちに気付かれたくない」

 私はあわてて口をおさえた。何が何だかよくわからないけど、クルクル金髪巻き毛たちを呼び寄せたくはないもんね。とりあえず声量はおさえるべきだわ、うん。

「よし、落ち着いたな」

「うん、でもたのむからちょっとくわしく説明してよ」

「石が光った! 説明はあとだ、どこでもいい、ここからできるだけ遠くに転移しろ!」

 確かに石が青く光ってる。でも。

「リーンは」

「あいつには一緒に来れねえ事情がある! 早く!」

「ま、待って、ここの領主様の子供、病気なの。私、治せるんじゃないかって」

「今にも死にそうか」

「そこまでじゃないみたいだけど、でも」

「なら後にしろ。逆に迷惑がかかる。いったん逃げちまえばどうにかなる、いいからべ!」

 逆に迷惑がかかると言われてしまえば、確かにそうかも知れない。早く早くとかされて、もうなんだかよくわからないけど、とにかく転移しようと試みた。正直、ダメダメ第二王子&クルクル金髪巻き毛VSリーン&アルバだったら、千倍くらい後者をしんらいしてるから、私の中では比べる余地もないほど当たり前のせんたくだ。

 一瞬考えただけで、私は割とあっさりと、ここから遠い遠いばくの街『ユレイ』を思いえがいて転移した。

「あ……本当に転移できた」

 リーンが言ったとおり、本当に封呪を解いてくれたみたい。あまりにも難なく転移できてしまって、私はちょっとひようけした。

 逆にアルバはきんちようかんをみなぎらせたまま。私のすぐそばで油断なく辺りを見回して、本当にちがう町に立っている事がかくにんできると、初めてフウッと大きく息をく。

「なんとか逃げおおせたみてぇだな」

「うん……あの、ありがとう」

 なんとなく照れくさいけれど、本当にうれしくて、なおに「ありがとう」の言葉がこぼれた。ついさっきまで、本当にめんだと思っていたから。

「ハ、なんか笑った顔、久しぶりに見たな。リーンにも見せてやりたかったぜ。ついでにグレオスにもな」

 まゆを困った形に下げたまま笑うアルバを見て、なんだか私もいたたまれない気持ちになった。それでも、これだけは聞いておかないと気が休まらない。

「ねえ、ひとつ聞くけど。私の居場所はわかっても、あいつら転移みたいな何かで追いかけて来ることはできないんだよね?」

「ああ、馬をとっかえながら、かっとばして来るだけだ。あとは風魔法でちょいとスピードアップくらいだな」

「そっか。じゃあ、ずいぶん遠くに跳んだから、追いかけてきたって数か月はかかるでしょ」

 私はとりあえずホッとした。それならまだ常識のはん内だし、全然ゆうがある。

 そして、落ち着いたしゆんかん、はたと気が付いた。なんか急展開すぎて思わずアルバも連れてきちゃったけど、これ、マズイんじゃない?

「ヤバい。うっかりしてた」

「どうした」

「ごめん、連れてくるつもりじゃなかったの。これじゃアルバがおたずね者になっちゃう」

 そうだよ、何してんだ私。けつこんだのの茶番にも、私のとうぼうにも、だれかを巻き込む気なんかさらさら無かったのに。

「そんなことだろうと思ったよ。俺は親兄弟、魔物に殺されたっつったろ。完全なるてんがいどくだから、俺がお尋ね者になったところで誰にめいわくかけるわけでもねえ、安心していい」

「違う、アルバ本人の事よ。だって、この国にいる限りお尋ね者じゃない」

 真剣に言っているのに、アルバは笑って取り合ってくれなかった。

「そんなことよりお前さ、いったいどこに跳んだんだよ……空気がジャリジャリする」

 真夜中で月明かりもうすいだけに、町並みが判別できなかったらしいアルバは、不快そうに口元をおおった。砂漠のただなかにある、オアシスを起源としたこの町は、いつだってかんそうしていて空気に砂のにおいを感じるんだ。

「ユレイの町よ。じようの旅のしゆうばんで砂漠の町にいったでしょ?」

「どうりで。しかしまた遠くまで跳んだな」

「ちょうどこの町に用があったし。それより、とにかく色々話が聞きたいの。まずは宿をとりましょう?」

「そうだな、おたがい話さなきゃなんねえことが山ほどある」

 意見がいつした私たちは、すぐさまその夜の宿の確保に取りかった。

 深夜も深夜、日付が変わってたんじゃないかってくらいの時間に宿を探したせいで、やっと落ち着ける宿の部屋についたころには二人ともかなりぐったりしてしまっていた。


 なんせ砂漠で空気はカラッカラに乾燥してるし、深夜を過ぎて通りを照らすあかりすらほとんどない。こういうとこがやっぱり日本とはによじつに違うよね。どうしたってやみい。追手をいてげてきた身でその中を歩くのは、精神的にとてもつかれることだった。

 部屋につくなり、二人して置かれた水差しがカラになる勢いで水を飲む。部屋に備え付けの洗面所で砂っぽくなった顔やうでを洗っていたら、そのわずかな合間にアルバはぐったりとベッドで長くなっていた。

「げ、ちゃった?」

 小さくつぶやくと、腕で目を押さえたまま、アルバが小さくうめく。

「……いや、だいじようだ。すまん、ずっと強行軍でルディまで連日馬を飛ばして来たからな。安心した瞬間、ちょっと寝落ちた」

「なんとなく察するわ」

 その間の寝ずの番も、リーンとグレオスさんと、このアルバの三人で八割がた回したに違いない。なんせダメダメ第二王子とクルクルきんぱつ巻き毛は押しも押されもせぬおぼっちゃまなのだから。それにしてもアルバったら、一瞬寝落ちても瞬時にかくせいできるのは、さすがにぼうけん者ならではといったところだろうか。

「悪かったな、その……急かして無理やり転移させちまって」

「あそこで気付かれてルッカス様たちに止められたらアウトだったから、むしろ助かったよ。ありがとう……ただ、心残りはいくつかあったかな」

「領主の子供か」

「うん、それもある。治せるかわからないけど、可能性はあると思うの」

「そうか……」

 そう呟いて、少しだけアルバは考え込んだ。

「王子たちも俺たちを追ってまたすぐに旅にでるはずだ。二週間もちゃあそう簡単にはあの町にもどれないだろうから、ほとぼりが冷めてから行った方がいい」

「随分と用心深いのね」

「お前の思い入れが深い人物だと認識されるとやつかいだ。そこまでするとは考えたくないが、ひとじちにとられたりすると手が出せなくなるだろう、お前」

「人質!?」

 あまりの語感のきようぼうさに、ちょっとうろたえる。

「ちょっと待って。なんでそんな、人質とってまで? 聖女の子孫ってそこまで重要なの?」

「少なくとも王とその側近はそこまで重要だと思ってるな、間違いなく。お前が転移で王城から逃げた時のけんまくなんか、おう降臨したのかと思ったぞ。じゃなきゃ王子やさいしよう子息やらが、自らわざわざお前を追いかけては来ないだろ」

「うわー……」

 つくづく王たちのおもわくに従った結婚なんて、絶対にしたくない。聖女の人権はどこに捨てられちゃってるんだろう、この国ときたら。

「だとしたら、リーンが心配だな。やっぱりいつしよに連れてくればよかった」

「おい。お前さっき俺のこと、連れてくる気なかった的なこと、言ってなかったか? リーンはいいのかよ」

「アルバもグレオスさんも、本当はリーンも、巻き込む気なんかなかったよ。でもリーンはふうじゆを破られたってことになるなら、立場が悪くなっちゃうじゃん」

 ひどく責められるんじゃないかと心配する私に、アルバは苦い顔でこううそぶいた。

「ののしられようとちようばつをうけようと、今はこうするしかない。あいつこそ、人質をとられてるようなもんだから」

「……どういう、こと?」

 初めて聞く話に、私はどうようかくせない。聞き返さずにはいられなかった。

 聞き返されたたんに、アルバの顔がみようにゆがむ。

「何よ」

「いや、うわ。聞かなかったことにできねえか?」

「できるわけないでしょうが」

「あー、しまった。ねむたすぎて判断力がにぶった。余計なこと言った、すまん」

 めずらしく本当に弱った表情で、しきりにしまった、しまったと呟くけれど、ことがことだけに「言いたくないならいいよ」とも言えない。じようきようを正しく知っていた方が、今後何かが起こった時に判断だってしやすいし。

「悪いけど、素直に吐いて」

 真剣にそう言えば、アルバはついに観念したらしい。それでも言いにくいらしく、あー、うー、と呻きながら言葉をつむぐ。

「リーンのしよう、な」

「ああ、私をこの世界にしようかんしたっていう?」

「そう、その師匠。こんすい状態で王城の一室で神官達のりようを受けてるんだとさ」

「ええっ!?」

 確かに、それは逃げられないわ。だってリーン、お師様大好きじゃない。ちよう尊敬してるのがビリビリ伝わってくるもの。

「昏睡状態って、何があったの? なんで神官が治療してるの? リーンは?」

 リーンの専門はこうげき魔法だけど、そのお師様の次に豊富だという魔力と天性のかんの良さで回復系の魔法も一通り習得済みだと聞いていた。

 それこそ、しん殿でんに仕え、神のせきとして回復魔法を用いるという神官よりも、リーンの魔法の方がよほど高い効果を発揮するのだから、その彼が治せない病だなんて寿じゆみようのろいか……そう、そんなとくしゆな例だけの筈だ。

「リーンにも神官にも治せない。生命力が極限までかつしたことによる昏睡状態なんだと」

「生命力が、枯渇……? え、ちょっと待って。お師様、いつから昏睡状態なの?」

 生命力が枯渇する、なんてこの世界に来てからも聞いたことがない表現だ。いやな予感がして、私は思わずつめよった。すると、アルバの顔がますますほうに暮れる。

「あーもう、なんでお前そんなに察しがいいわけ?」

「やっぱり」

「そうだよ。お前を召喚した時からずっと、もう二年以上も目を覚まさない」

 そこで私は、いくつかのことがすとんとに落ちた気がした。

 前にリーンに聞いてみたことがある。神官がいるのに、どうして魔術師であるリーンのお師様が私を召喚したの? って。だって『聖女召喚』って聞いたらなんとなく、神様にいのるものっぽい気がするじゃない。

 そう言ってみたら、リーンも鼻息あらく「そうです、本来は神官がやるべき神事です」とうなずいた。それでもリーンのお師様におはちが回ってきたのは、魔力量の問題が大きい。

 異世界から聖女を召喚する。

 ばくだいな魔力を要するこのしきを実行できるほどの魔力量を持つ人材が、神官の中にはいなかったのだ。神官の中でもトップクラスの人を三人集めてもリーンのお師様にはおよばなかったらしいから、これはある意味あきらめもつく。

 遠い過去にはぼうだいな魔力量をほこる人材が豊富にいたけれど、今や年々力は弱まって、まったく魔力を持たずに生まれてくる子供も増えている程に、この国の魔力の質は下がっていた。

 そう、多分きっと。

 この国で最も高い魔力量を誇るリーンのお師様の力をもってしても、聖女を召喚するには足りなかったんだ。だから、足りない分を『生命力』で補完した。聖女を召喚するってことは、それくらいリスクが高いことなんだろう。

 だって、リーンが前に言ってたの。

「お師様が聖女召喚の任についたのは魔力量の問題から言えば必然でした。でも……そうでなくとも僕か、お師様に白羽の矢が立っただろうとは思います。なんせ貧民の出ですから」

 珍しく暗い目をして。あの時は意味が良くわからなかったけれど、今ならわかる。

 昔ほどじゆんたくな魔力量を持たなくなった今、聖女召喚は術者にも相当な負担がかかる。特権階級の人間や神官といった一定の権力を有した者たちは、よしんば能力があったとしても、もはや自ら危険をおかす事はない。

 きっとリーンはそう言いたかったんだ。

 役目を押し付けられるだれかを探して、自分たちは高みの見物。まったくいいご身分だこと。

 今思えば、リーンは最初から私に同情的だった。クルクル金髪巻き毛の暴言におこり、ダメダメ第二王子の時にれいてつな判断にいきどおっていた。あれはきっと、お師様が無茶むちやな召喚をさせられて、結果昏睡状態のまま王城にしているからこその、割り切れない思いがあったんだろう。

「そんな顔すんなって。リーンは大丈夫だ、お前を日本に帰す方法も、お師匠さんを助ける方法も絶対に探し出すって息巻いてたから」

「……そうね、期待してる」

 本当に、少なくともお師様を助ける方法が見つかるといい。それにリーンがその方法を探すために、心折れずにがんれることだってとても大切だ。でも、正直私を日本に帰す方法についてはあまり期待できないと感じていた。たとえ方法を探し出せたとしても、それは実行するのが難しいんじゃないだろうか。

 聖女を召喚する。

 それだけでも、この国で一番の魔力量を誇る魔術師が命を落としかけている。そんなリスクのある方法しか伝承されていないわけだ。あの日、あの時、あの場所に私を戻すなんて、召喚するよりも絶対に難しいだろうこと……絶対に死人が出るでしょ、それ。

「お前なあ、期待してるって顔じゃねえぜ」

「正直言うと、日本に戻してくれる方法については期待できない」

 はっきりと口にしたら、アルバは逆に言葉にまってしまった。右手で顔をおおって天をあおいでから、「たのむから、もうちょっとリーンを信じてやってくれ」と苦い顔。

「あいつ、本当に責任を感じてるんだ。お師様が召喚したんだから、自分が責任をもって送り返すんだ、ってさ。自分が方法を見つけるまで、そばでお前を守ってくれって懇願された」

「リーンが?」

「ああ、まあそれがなくても、俺はもともとお前をがすつもりだったけどな。どうせ日本に帰る方法探してるんだろ? お前、無茶しそうだし」

「よく分かっていらっしゃる」

 めたのに、アルバはうでみして私をろんに見ている。

「別にリーンを信じてないわけじゃないの。ただ、術者の命をまつにしそうな方法しか残されてなさそうだなって思っただけ」

「それは……」

「だから私は私で、ほかに帰る方法がないか探そうと思ってるの。アルバが協力してくれるなら好都合だわ」

 私は、にっこりと微笑ほほえんだ。

「実はひとつ、当てがないこともないの」

 この三か月あまり、私はこつこつと情報を集めてきた。ついさっきまでいた港町ルディで私が探していたのは、けんじやの情報と、その昔この大陸を『魔国』としてべていた『魔王』に関する情報。それも最初に力を入れて調べていたのは、主に賢者に関する情報だった。

 なんせ『魔王』は敗者だ。私が日本で読んできた神話や史実を見る限り、いにしえから勝者は敗者のすべてを基本的にこわすものだ。文明や宗教、言葉や習慣、技術やせいかつばん、勝者はすべてをうばってしまう。

 この国では『魔王』はたおされ、『魔族』は勇者や賢者の手によって長い長い年月をかけてちくされた、と伝承されている。そんなあつかいの人たちが持っていた技術やぶんけんが、無事な気がしない。

 事実、魔王城あとかも知れないせきはボロボロにくずれ去っていて、かいされじゆうりんされたもの悲しさがただよっていたわけだし。

 一方、賢者ならまだ望みがある。

 少なくとも賢者は人間だったみたいだし、知識を明文化する可能性は高いと思う。特に賢者と呼ばれる程の人物ならば、自分の知識の集大成を後世に残したいんじゃないだろうか。それになんてったって彼は勝者だ。それも今なおこの地をおこし守ったじんとして伝承されているわけだから、大事にされることはあれど、文献がされたりふんしよされることはないだろう。

 何百年にもわたり老いることすらなかったという賢者。彼ならば、その膨大な知識の中に『そうかん』という術があったかも知れない。

 もしかしたら私のように、異世界から召喚され、なにかしらの特殊能力を持つ人物だったかも知れない。そうでなくとも、別の大陸から来たんだとしたら、その大陸にいけば『送還』のヒントが得られるかも知れない。私は、それを期待していた。

 ところが、有用な情報はこれっぽっちも得られない。様々な地方を回るぼうけん者や町のおじいちゃん、おばあちゃんから話を聞きまくったけれど、聞けるのはなんともありきたりなえいゆうたんで。

 賢者がいかにしてこの大陸をじようしたのか、何の見返りも求めず人々を助け守ったのか。その高潔さだけが美しく語られ、最後には判で押したように、人々のはんえいを見届けてふらりといなくなる。総じて賢者への賞賛のみで話が完結していた。

 彼が残した文献や、当時の住まい、子孫などの個人としての生きざまなんか、これっぽっちもれられない。彼の容姿や使える魔法、なぜルディに来たのかさえ伝承されてはいなかった。大切な情報はとくされ、あたりさわりのない情報だけが耳に入ってくる、そのかん

 まるで、賢者のこんせきかくすように。

 それが賢者本人のおもわくによるものなのか、それとも後にこの大陸を統べた者たちのわざなのかは、私には判断がつかない。けれど、賢者の痕跡を追うのが難しいことだけは理解した。

 仕方なく、私は『魔王』と『三魔将』の伝承を追うことにした。

 だってさ、話を聞いていく中で『魔王』と、それを守る『三魔将』については、ポロリポロリと新情報が出てくるんだもの。

『三魔将』は各自の城を持ち、魔王城を守るじんいていたって言うし、なによりおもしろいことに、彼らの城があったとされる場所は、ことごとく私たちが浄化の旅でキーポイントとしておおかりな浄化を行った場所の周辺だったりするのだ。

 さっきまでいた港町のルディもそういう伝承が残る場所のひとつで、その程近くにある小さな島に浄化のキーポイントがあった。町の傍にはずっとなだらかな草原が続いているのに、けずり取られるように切り立ったがけがあって、その下はそく海という不思議な地形。

 その崖から見える先にある、小さな島は、海からでている部分なんかほんのわずか。アパートの一室分くらいしかないその小さな島が浄化のキーポイントだなんて不思議だと当時は思ったけれど、領主様のやかたの書庫の書物によると、そこは三魔将のひとりりゆうおうアレヒアルの治める城だったらしい。

 勇者とのそうぜつな戦いで大地が削り取られ、彼の治める城ごと海中にしずんでしまったのだと、書物にはつづられていた。城が海中に沈んでいるとなると、いきなりアタックするのは難しい。ルディのたんさくは後回しにして、私は他の三つの城の情報を調べた。

 正直、最後の浄化の地、魔王城跡地だと思われる場所は周辺に生息する魔物も強くて、今の私の実力じゃひとりで探索するのはぼうだ。三魔将の城跡で探索しながら腕をあげていこう、私はそう考えていた。

 その最初の場所として私が選んだのが、このばくの町『ユレイ』。正確には、そこからさらに南西のれ果てたこうが浄化ポイントだ。

「そんで?」

 うながすようなアルバの声にハッとする。つい考え込んでしまっていたみたい。

「なんか当てがあるんだろ? 俺は何をすればいい」

 その聞き方に、あれ? と違和感を覚えた。

「何するつもりだとか何処どこに行くのかとか、聞かないのね」

「あー、必要があれば言えばいい。つーか、大事なことは頭の中にしまっとけよ。もし俺がつかまってじんもんでもされたらやつかいだろ」

 ぶつそうな言い方にドキリとする。さっきからアルバのけいかいっぷりは私の想像をはるかにこえている。私は自分のにんしきの甘さを思い知らされるような思いだった。私は王家を、甘く見過ぎていたのかも知れない。

「そうだお前、金持ってるか?」

 いきなり、アルバが軽い調子で聞いて来る。少しきんちようしていた私は、一気にだつりよくした。

「まあ、冒険者として結構かせいだから、それなりに」

「押しかけだからあれだけどよ、こういうのは立場をはっきりさせといた方がいい。ってことで、俺をやとわないか? 護衛任務だ、安くしとくぜ」

 思わず目を丸くしたけれど、確かに考えれば私はもう聖女の任務は終わったわけで、アルバは国から雇われてるわけじゃない。むしろとうぼう中なわけだから、リスクしかない。

 断ることもできるけど、正直これから行く三魔将の城と魔王城跡地は私一人で探索するには荷が重い。アルバがいれば無理がきく。そう考えていたら、アルバが再び口を開いた。

「俺は冒険者だかららいがあれば基本、命張ってかんすいするのが信条だ。でも、依頼人を選ぶ権利は俺にだってあるからな。使い捨てのこまとしか思ってねえ王家の依頼より、俺はいつしよに命張ったお前を助けたいわけ」

「アルバ……」

「あんなに頑張ったんだ、これ以上あいつらの好きにされるいわれもねえだろ。お前は日本に帰る。そのために俺を雇え」

 アルバに重ねて言われるころには、私の気持ちはもう固まっていた。

「お願いするわ。これ、手付金」

「まいど。確かにけ負った」

 リスクの高さの割にはあまりにも少ない手付金だけど、アルバはうれしそうに笑って受け取ってくれた。次いで、差し出された手をしっかりとにぎって固いあくしゆわす。

 なぜかそのしゆんかん、アルバの目がやさし気に細められた。

「なに?」

「いや、雇ってくれて安心したよ。雇ったって思えば、お前も変なえんりよしなくて済むだろ」

 そう言って笑うアルバに、急にずかしい気持ちがいて来る。さすがに二年も一緒に旅していれば、私がねするだろうことも完全にバレていたらしい。

「これで俺も堂々とお前のそばにいられるしな。安心してくれよ、まあ色々あるだろうが、絶対にお前を守るから」

 そんなアルバの言葉に、これまでまんしてきたなみだが急に込み上げてきて、鼻の奥がツーンとする。涙をこらえるのに必死な私を、アルバはただ笑って見守ってくれていた。

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帰れない聖女は絶対にあきらめない!異世界でムリヤリ結婚させられそうなので逃げ切ります/真弓りの 角川ビーンズ文庫 @beans

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