第三章 絶対に逃げ切ってやる!
そしてその夜、私は領主様の
お
「リーンの
クルクル
確かに転移は何度試みても不発だけど、この部屋から
外からは見えない角度で窓に近づき、カーテンの
逃げるなら窓からだろうけど、グレオスさんの目を
窓の外で一心にこっちを見上げている無骨な姿を見ながら、私は昼にグレオスさんから言われた言葉を思い出していた。
妻にしたいって、そう言ってた。無骨で、そんなこととても言いそうにない人が。本心だろうか。アルバも、真剣な目、してたな……。
そんなことをぼんやりと思い出していた私の耳に、
「すみません、時間がないから入りますね、キッカさん」
「何の用よ」
旅の間も、クルクル金髪巻き毛の暴言に
心折れそうになるといつだって
でも、本当はわかってるんだ。彼にだって立場があるってことくらい。でも、睨むくらいは許されるだろう。そんな私に、リーンはなぜか困ったように微笑んだ。
「そんなに警戒しないで。
「えっ」
思いもかけぬ申し出に、私は目を大きく見開いた。そう言い切ったリーンの顔は
「キッカさん、よく聞いて。この石が青く
「え……ちょっと待って、どういうこと」
「ゆっくり説明してる時間がないんです、今は逃げることだけ考えて。あとでアルバがちゃんと説明してくれますから」
「でも、それじゃリーンはどうするの?」
「僕はまだ調べることがあるから。キッカさんを日本に帰す手段を探さなくちゃ」
「石が光ったら、すぐに転移ですよ。絶対に
「待って! そんなことしたらリーンの立場が悪くなるんじゃないの?」
「封呪が破られた、聖女の力は
そう言って笑ったリーンは、また急に真剣な顔をした。
「キッカさん、今はとにかく逃げて。絶対に僕が、キッカさんを日本に帰すから」
「ちょ……」
「ばか、部屋から出るな。バレたら
あっという間に部屋を出て行ったリーンに思わず
「どうやってんだか知らねえが、王子とボンボンはお前の居場所がわかるらしい。部屋から出たら、すっ飛んでくるぞ」
ひえっ……なんだそれ。
「リーンが部屋に戻ったらすぐに
「ちょっと待って、なんか
「
私は
「よし、落ち着いたな」
「うん、でも
「石が光った! 説明はあとだ、どこでもいい、ここからできるだけ遠くに転移しろ!」
確かに石が青く光ってる。でも。
「リーンは」
「あいつには一緒に来れねえ事情がある! 早く!」
「ま、待って、ここの領主様の子供、病気なの。私、治せるんじゃないかって」
「今にも死にそうか」
「そこまでじゃないみたいだけど、でも」
「なら後にしろ。逆に迷惑がかかる。いったん逃げちまえばどうにかなる、いいから
逆に迷惑がかかると言われてしまえば、確かにそうかも知れない。早く早くと
一瞬考えただけで、私は割とあっさりと、ここから遠い遠い
「あ……本当に転移できた」
リーンが言ったとおり、本当に封呪を解いてくれたみたい。あまりにも難なく転移できてしまって、私はちょっと
逆にアルバは
「なんとか逃げおおせたみてぇだな」
「うん……あの、ありがとう」
なんとなく照れくさいけれど、本当に
「ハ、なんか笑った顔、久しぶりに見たな。リーンにも見せてやりたかったぜ。ついでにグレオスにもな」
「ねえ、ひとつ聞くけど。私の居場所はわかっても、あいつら転移みたいな何かで追いかけて来ることはできないんだよね?」
「ああ、馬をとっかえながら、かっとばして来るだけだ。あとは風魔法でちょいとスピードアップくらいだな」
「そっか。じゃあ、
私はとりあえずホッとした。それならまだ常識の
そして、落ち着いた
「ヤバい。うっかりしてた」
「どうした」
「ごめん、連れてくるつもりじゃなかったの。これじゃアルバがお
そうだよ、何してんだ私。
「そんなことだろうと思ったよ。俺は親兄弟、魔物に殺されたっつったろ。完全なる
「違う、アルバ本人の事よ。だって、この国にいる限りお尋ね者じゃない」
真剣に言っているのに、アルバは笑って取り合ってくれなかった。
「そんなことよりお前さ、いったいどこに跳んだんだよ……空気がジャリジャリする」
真夜中で月明かりも
「ユレイの町よ。
「どうりで。しかしまた遠くまで跳んだな」
「ちょうどこの町に用があったし。それより、とにかく色々話が聞きたいの。まずは宿をとりましょう?」
「そうだな、お
意見が
深夜も深夜、日付が変わってたんじゃないかってくらいの時間に宿を探したせいで、やっと落ち着ける宿の部屋についた
なんせ砂漠で空気はカラッカラに乾燥してるし、深夜を過ぎて通りを照らす
部屋につくなり、二人して置かれた水差しがカラになる勢いで水を飲む。部屋に備え付けの洗面所で砂っぽくなった顔や
「げ、
小さく
「……いや、
「なんとなく察するわ」
その間の寝ずの番も、リーンとグレオスさんと、このアルバの三人で八割がた回したに違いない。なんせダメダメ第二王子とクルクル
「悪かったな、その……急かして無理やり転移させちまって」
「あそこで気付かれてルッカス様たちに止められたらアウトだったから、むしろ助かったよ。ありがとう……ただ、心残りはいくつかあったかな」
「領主の子供か」
「うん、それもある。治せるかわからないけど、可能性はあると思うの」
「そうか……」
そう呟いて、少しだけアルバは考え込んだ。
「王子たちも俺たちを追ってまたすぐに旅にでる
「随分と用心深いのね」
「お前の思い入れが深い人物だと認識されると
「人質!?」
あまりの語感の
「ちょっと待って。なんでそんな、人質とってまで? 聖女の子孫ってそこまで重要なの?」
「少なくとも王とその側近はそこまで重要だと思ってるな、間違いなく。お前が転移で王城から逃げた時の
「うわー……」
つくづく王たちの
「だとしたら、リーンが心配だな。やっぱり
「おい。お前さっき俺のこと、連れてくる気なかった的なこと、言ってなかったか? リーンはいいのかよ」
「アルバもグレオスさんも、本当はリーンも、巻き込む気なんかなかったよ。でもリーンは
「ののしられようと
「……どういう、こと?」
初めて聞く話に、私は
聞き返された
「何よ」
「いや、うわ。聞かなかったことにできねえか?」
「できるわけないでしょうが」
「あー、しまった。
「悪いけど、素直に吐いて」
真剣にそう言えば、アルバはついに観念したらしい。それでも言いにくいらしく、あー、うー、と呻きながら言葉を
「リーンの
「ああ、私をこの世界に
「そう、その師匠。
「ええっ!?」
確かに、それは逃げられないわ。だってリーン、お師様大好きじゃない。
「昏睡状態って、何があったの? なんで神官が治療してるの? リーンは?」
リーンの専門は
それこそ、
「リーンにも神官にも治せない。生命力が極限まで
「生命力が、枯渇……? え、ちょっと待って。お師様、いつから昏睡状態なの?」
生命力が枯渇する、なんてこの世界に来てからも聞いたことがない表現だ。
「あーもう、なんでお前そんなに察しがいいわけ?」
「やっぱり」
「そうだよ。お前を召喚した時からずっと、もう二年以上も目を覚まさない」
そこで私は、いくつかのことがすとんと
前にリーンに聞いてみたことがある。神官がいるのに、どうして魔術師であるリーンのお師様が私を召喚したの? って。だって『聖女召喚』って聞いたらなんとなく、神様に
そう言ってみたら、リーンも鼻息
異世界から聖女を召喚する。
遠い過去には
そう、多分きっと。
この国で最も高い魔力量を誇るリーンのお師様の力をもってしても、聖女を召喚するには足りなかったんだ。だから、足りない分を『生命力』で補完した。聖女を召喚するってことは、それくらいリスクが高いことなんだろう。
だって、リーンが前に言ってたの。
「お師様が聖女召喚の任についたのは魔力量の問題から言えば必然でした。でも……そうでなくとも僕か、お師様に白羽の矢が立っただろうとは思います。なんせ貧民の出ですから」
珍しく暗い目をして。あの時は意味が良くわからなかったけれど、今ならわかる。
昔ほど
きっとリーンはそう言いたかったんだ。
役目を押し付けられる
今思えば、リーンは最初から私に同情的だった。クルクル金髪巻き毛の暴言に
「そんな顔すんなって。リーンは大丈夫だ、お前を日本に帰す方法も、お師匠さんを助ける方法も絶対に探し出すって息巻いてたから」
「……そうね、期待してる」
本当に、少なくともお師様を助ける方法が見つかるといい。それにリーンがその方法を探すために、心折れずに
聖女を召喚する。
それだけでも、この国で一番の魔力量を誇る魔術師が命を落としかけている。そんなリスクのある方法しか伝承されていないわけだ。あの日、あの時、あの場所に私を戻すなんて、召喚するよりも絶対に難しいだろうこと……絶対に死人が出るでしょ、それ。
「お前なあ、期待してるって顔じゃねえぜ」
「正直言うと、日本に戻してくれる方法については期待できない」
はっきりと口にしたら、アルバは逆に言葉に
「あいつ、本当に責任を感じてるんだ。お師様が召喚したんだから、自分が責任をもって送り返すんだ、ってさ。自分が方法を見つけるまで、
「リーンが?」
「ああ、まあそれがなくても、俺はもともとお前を
「よく分かっていらっしゃる」
「別にリーンを信じてないわけじゃないの。ただ、術者の命を
「それは……」
「だから私は私で、ほかに帰る方法がないか探そうと思ってるの。アルバが協力してくれるなら好都合だわ」
私は、にっこりと
「実はひとつ、当てがないこともないの」
この三か月あまり、私はこつこつと情報を集めてきた。ついさっきまでいた港町ルディで私が探していたのは、
なんせ『魔王』は敗者だ。私が日本で読んできた神話や史実を見る限り、
この国では『魔王』は
事実、魔王城
一方、賢者ならまだ望みがある。
少なくとも賢者は人間だったみたいだし、知識を明文化する可能性は高いと思う。特に賢者と呼ばれる程の人物ならば、自分の知識の集大成を後世に残したいんじゃないだろうか。それになんてったって彼は勝者だ。それも今なおこの地を
何百年にもわたり老いることすらなかったという賢者。彼ならば、その膨大な知識の中に『
もしかしたら私のように、異世界から召喚され、なにかしらの特殊能力を持つ人物だったかも知れない。そうでなくとも、別の大陸から来たんだとしたら、その大陸にいけば『送還』のヒントが得られるかも知れない。私は、それを期待していた。
ところが、有用な情報はこれっぽっちも得られない。様々な地方を回る
賢者がいかにしてこの大陸を
彼が残した文献や、当時の住まい、子孫などの個人としての生きざまなんか、これっぽっちも
まるで、賢者の
それが賢者本人の
仕方なく、私は『魔王』と『三魔将』の伝承を追うことにした。
だってさ、話を聞いていく中で『魔王』と、それを守る『三魔将』については、ポロリポロリと新情報が出てくるんだもの。
『三魔将』は各自の城を持ち、魔王城を守る
さっきまでいた港町のルディもそういう伝承が残る場所のひとつで、その程近くにある小さな島に浄化のキーポイントがあった。町の傍にはずっとなだらかな草原が続いているのに、
その崖から見える先にある、小さな島は、海からでている部分なんかほんの
勇者との
正直、最後の浄化の地、魔王城跡地だと思われる場所は周辺に生息する魔物も強くて、今の私の実力じゃひとりで探索するのは
その最初の場所として私が選んだのが、この
「そんで?」
うながすようなアルバの声にハッとする。つい考え込んでしまっていたみたい。
「なんか当てがあるんだろ? 俺は何をすればいい」
その聞き方に、あれ? と違和感を覚えた。
「何するつもりだとか
「あー、必要があれば言えばいい。つーか、大事なことは頭の中にしまっとけよ。もし俺が
「そうだお前、金持ってるか?」
いきなり、アルバが軽い調子で聞いて来る。少し
「まあ、冒険者として結構
「押しかけだからあれだけどよ、こういうのは立場をはっきりさせといた方がいい。ってことで、俺を
思わず目を丸くしたけれど、確かに考えれば私はもう聖女の任務は終わったわけで、アルバは国から雇われてるわけじゃない。むしろ
断ることもできるけど、正直これから行く三魔将の城と魔王城跡地は私一人で探索するには荷が重い。アルバがいれば無理がきく。そう考えていたら、アルバが再び口を開いた。
「俺は冒険者だから
「アルバ……」
「あんなに頑張ったんだ、これ以上あいつらの好きにされるいわれもねえだろ。お前は日本に帰る。そのために俺を雇え」
アルバに重ねて言われる
「お願いするわ。これ、手付金」
「まいど。確かに
リスクの高さの割にはあまりにも少ない手付金だけど、アルバは
なぜかその
「なに?」
「いや、雇ってくれて安心したよ。雇ったって思えば、お前も変な
そう言って笑うアルバに、急に
「これで俺も堂々とお前の
そんなアルバの言葉に、これまで
帰れない聖女は絶対にあきらめない!異世界でムリヤリ結婚させられそうなので逃げ切ります/真弓りの 角川ビーンズ文庫 @beans
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。帰れない聖女は絶対にあきらめない! 異世界でムリヤリ結婚させられそうなので逃げ切ります/真弓りのの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます