第二章 追いかけて来たの!? 

 そんな仮説を立ててから、早三か月……いや、もっとったのかな。

 認識阻害の魔法を使し、聖女だとバレることもなく私はこの港町ルディで、名の知れたぼうけん者『キー・セイバル』としてかつやくしていた。

 らいを片っぱしからこなしてランクアップと賞金稼ぎにいそしみつつ、空いた時間でこの町のご老人たちのよもやま話におじやする。今ではあっちこっちのおじいちゃん、おばあちゃんに『きーちゃん』のあいしようで呼ばれ、通りかかるだけでおやつを貰えるくらいの人気だ。

 ちよう、楽しい。

 もちろんただお話を聞くだけではない。ご年配のみなさんはなんせ言い伝えや伝承にお詳しい。私が知りたい賢者の伝承や、この国の成り立ちや魔王城のことなど、民間に伝わる話を知るには町の人々のお話をじかに聞くのが一番なのだ。おかげでこの町が、賢者が最後に立ち寄った場所だというだけでなく、魔王を守る三魔将の一人、りゆうおうの居城があった場所にほど近いという貴重な情報までゲットできた。どうりで大きな浄化ポイントが近くにあった筈だよね。

 そうやって地道な情報収集を行う一方で、冒険者としてとにかくたくさんの依頼をこなしたのには、いくつかの理由がある。

 まずひとつめは、冒険者としてのランクがB以上になれば、より高位の魔術師に師事できること。上位の魔術師のお師様、そのお師様とたどれば、王家のおかかえではない、かなり高位の魔術師に師事できる可能性がある。

 ふたつめに、ギルドのしんらいを得ることで、ギルドが秘蔵しているかも知れない文献を、えつらんさせてもらえる可能性があること。

 そしてみっつめに、領主様からの依頼を何度もこなすことでこんになれば、書庫を見せてもらえる可能性があることだった。

 この三か月あまり、領主様もしくはそれに連なる方々の依頼案件はそつせんして受けまくってきた。病弱なむすめさんがおいでになるというのにふところあいがかなり厳しいらしいぼつらく気味の領主様からの依頼は、難易度の割に礼金が少なくてぶっちゃけギルドでも不人気だったのだ。

 おかげさまで私はさほどの苦労もなく領主様の依頼を入れ食い状態で受けることができている。ちかごろでは『キー・セイバル』の名前で指名依頼をひんぱんにくれるレベルになった。

 今日はそので、ようやく領主様のやかたの書庫を見せていただく運びとなり、私はもう、朝からウキウキがとまらない。礼金の代わりに本が読みたいと申し出たら、逆にものすごく喜ばれてしまった。

 病気の娘さんの痛みのかんに効くという薬草の中でも、品質が良くしんせんなものを厳選し、お土産みやげに用意して、私ははずむような足取りで領主様の館に向かう。なにか賢者様や送還に関する文献が出てくるといいな。

「君がキー・セイバル君かね?」

 領主様の館にとうちやくしたら、なんと領主様と奥様が、直々にむかえてくださった。

 一年以上前、まだ聖女としてじようの旅を続けていた頃に、一夜この館にお世話になったことがある。その時、私たちを手厚くもてなしてくれたのは、もちろんこの領主様たちだった。

 ぼくだけどとても美味おいしくて温かい料理と、心のこもったおもてなしをしてくれたのを覚えている。あの頃は、こんなに領主様が財政的にこんきゆうしているなんて、思ってもみなかったんだよね……。なんだか申し訳ない。

 複雑な気持ちでいたら、領主様もおどろいたような顔で私を見ている。

 にんしきがいの魔法はしっかりと発動中だから、まさか聖女だと気付かれる筈もないと思うけど。それともこの三か月以上もだれにもバレなかったからって、油断して魔法が甘くなってたりした? 少し心配になっておずおずと顔を上げたら、領主様は人のよさそうなみをかべた。

「いや、驚いた。まさか君のようなきやしやな女性が『キー・セイバル』君だとは。いつも依頼を受けてくれて感謝する」

 だつりよくした。なんだよもう、ちょっと心配しちゃったじゃん。

 心の中で文句を言ったけれど、もちろん口に出せる筈もない。社会人標準装備の営業スマイルをここでもしっかりと発揮し、私は無事に領主様の館に入ることができた。

 いやホント、なにしろここの領主様ときたらびっくりするくらい根がやさしいんだよ。

 ほうしよう金が少ないことをびてくれたし、いつもそつけつで受けてくれて薬草の品質もとてもいいとめてくださった。なによりジーンときたのは、娘さんへの愛情の深さ。体力が異常に低くてちょっとしたことでもすぐに熱を出してしまうんだそうで、食も細くて十歳をえた今でもベッドから起きられる日の方が少ないんだとか。

 なのに病因がわからない。ひどく苦しんで暴れる夜もあるらしく、領主様も奥様もとても心を痛めているご様子だった。少しでも痛みをやわらげられるように常にちんつう作用がある薬草をギルドに依頼するのは、彼女のためにできるりようがそれしかないからなんですって。

 こんなに大きなおしきなのにひとも少なくて、調度品なんか数えるほどだ。私たちが旅のちゆうで立ち寄った時よりもすごくかんさんとしている。

 あの時も本職のメイドさんは少なくて、おうえんで来ていたヴィオともそれで知り合えたんだけど、確実にあの時より減ってるよね……娘さんのお薬代をはらうために、あの時よりもさらに切りめていらっしゃるんだと思って間違いないだろう。

 娘さんは今日も熱が出てしまったそうで会うことはできなかったけれど、私はなんだか同情してしまった。だって、ずっとずっとその子のために薬草を納入し続けてきたんだもの。

 なんとか、してあげられないかなぁ……。

 もしかしたら、私の浄化の力や回復魔法で、彼女を少しでも快方に向かわせてあげることができるかも知れない。案内された書庫の中でひたすら本をあさりながらも、私はそんなことを考えていた。そうやってれてくださった紅茶をゆっくりと口にふくみながら、この町に伝わる伝承をまとめた本を読んでいた時だった。

「……?」

 何か、外がさわがしい。

 馬のいななき、複数人の乱れた足音。必死で止めるような声。

 私は本を閉じて、こしいたけんに静かに手をかけた。ぞくならば、今この館で最も戦えるのは私だろう。私が、なんとかしなければ。

 ここまで案内してくれた品のいいお爺ちゃんしつさんの、うわずったような声が聞こえる。私はおくれにならないよう、この広い書庫中央に置いてある机を飛び越え、とびらへ向かって走った。扉に手をかけようとした時だ、向こうから扉が勢いよく開かれた。

「すみません、キッカさん! 風よ、かの者のせきふうじよ!」

 聞き覚えのある声がしたと思ったしゆんかんふうじゆの呪文で一瞬にして魔法がしばられた。

 は? え!? なんで!? 何が起こったの!?

「え……あ、封じられました! 封呪、成功です!」

「よくやった、あとで褒賞をとらせよう」

 扉から続々と入ってくる姿を見て瞬時に転移を試みたけれど、案の定、封じられてぶことはできなかった。応戦しようとこっちも扉に寄っていたばかりに、すぐに退路をたれたのは手痛い誤算だ。

「すみません、キッカさん……」

 消え入りそうな声でリーンがゆるしをうけれど、私はあえて視線を合わせない。第二王子の指示だろうことなんて会話の流れでわかるけど、だからムカつかないかと言ったら、悪いけどつうにムカつくんだよ!

 今はなみだで謝られたって腹立たしいだけだと断言できる!

 なんなんだ、はっきり別れを告げて来たって言うのに、一体何の用があるんだよ。どうやって居場所を知ったかわからないけど、用があるなら伝令でも飛ばせばいいじゃない。

 何も第二王子自らが、クルクルさいしよう子息だの筆頭だのすごうで冒険者だの童顔魔術師だの引き連れて、わざわざ来る事ないじゃない!

 言っとくけど私、全然赦してないんだからね!

 言いたいことがたくさんあるのに、くやしくって言葉にならない。顔を見たせいであの時のいかりが再燃する。ついでにもりもりと盛り上がってきた涙を見せたくなくてうつむいたら、私の目の前のゆかにゆっくりとかげよぎった。

おそれながら」

 え……? 領主様?

れんらくもなくとつぜん押し入ってのこのありさま。如何いかような理由かは存じませんが……彼女は善良で腕も立ついつかいぼうけん者です。賊のようなあつかいを受ける者には思えませんが」

 驚きで思わず見上げたら、領主様はじやつかん青ざめて額にもじんわりとあせが浮かんでいる。

 ハッとした。

 彼のような立場の人が、王族に真っ向から意見することがどれだけ難しいか。ただでさえ財政的に困窮しているのに、私のせいで立場まで悪くするわけにはいかないよ。

 だって、奥様も病弱な娘さんも、そしてヴィオたちこの地に住む人たちも、領主様のかたにかかっているんだから。

「ありがとうございます、領主様。ごめいわくをかけてしまって、ごめんなさい」

 一言詫びて、私は認識阻害の魔法を解いた。

「………! 貴女あなたは」

「そういうことだ。悪いが彼女と話がしたい、部屋を用意してはもらえぬか」

 きようがくの表情を浮かべる領主様にすかさず指示を出す王子は、さすがにかりない。

 私たちに応接室を開放し、心配そうな表情のまま退席する領主様を見送る。申し訳なくて頭を下げたら、さらに後ろがみをひかれるような顔をしてくれるから余計に申し訳なかった。

 ついに観念した私は、何度も何度もまばたきして涙を引っ込めると、悔しまぎれに声をだす。

「今さら何の用があるか知らないけど、そろいも揃ってご苦労なことね。さっさと用事を済ませてさっさと帰ってくれない?」

 ツン、とまして言ってしまってから、私ののうにあることがひらめいた。

「も、もしかして、日本に帰る方法が見つかったの!?」

 そうか! それならわざわざ来てくれたのもわかる! 生意気言ってごめんなさい!!!

 心のこうよう身体からだにも伝わって、私は知らず第二王子の方に一歩足をみ出していた。胸はドキドキ、体温も一気に高まった。多分目もキラキラだと思う、今ならば!

「そんな期待に満ちあふれた顔をしないでくれ……」

 心底気まずそうに目をらされる。……そっか、そうだよね。期待した私が鹿だった。

「じゃあ何なのよ、もう用はないでしょ。ちゃんと浄化は終わったんだし」

「何言ってんのさ……」

 げんまるだしでフン! と鼻をならせば、どこからか私よりもさらに不機嫌な声が小さくひびく。声の出どころを探してり向けば、クルクルきんぱつ巻き毛のつむじが見えた。

 なぜか一心に床を見つめている様子で、顔は見えない。とくちよう的なクルクル金髪巻き毛だけが神々しく光っている。こいつの本体、もうこの光りかがやくクルックルな金髪巻き毛なんじゃないだろうか。なんだか知らないけどヤツは両のこぶしを固くにぎめてプルプルプルプルふるえている。つついたらめんどうが起こる予感がしたから、私はさりげなくスルーすることにした。

「早く用件言ってよ、私こう見えていそがしいの」

「何? ゆうしゆうな冒険者だから、とでも言いたいわけ?」

 せっかくスルーしたのに、クルクル金髪巻き毛が床を見つめたまま会話に参戦してきた。あんたが話すとイラつくから、ちょっとだまってて欲しいんですけど。

「別にいいでしょ」

「バカじゃないの!?」

 キッ! と顔を上げて私をにらみつけるその目には何故なぜか涙が盛り上がっている。

 なによ、何泣いてんのよ、私がげたからおとーさんからおこられでもしたのか???

 初めて見る泣き顔に若干どうようしてしまったが、落ち着け、私。考えてもみてよ、私が申し訳なく思う必要なんか小指のつめの先ほどもないよね? そう、これはほうっておいていい案件だ。

 私が自分を落ち着かせようと努力しているというのに、敵はこうげきの手をゆるめない。

「バカじゃないの? 何でこんなに傷だらけになってんだよ!」

 あっと言う間に間合いを詰めてきたかと思うと、私の腕をグイッとつかんであっちこっちにあるかすり傷だのささいな切り傷だのをあげつらった。

「ちょっと! さわらないでよ!」

「ここも! ここにもある!」

「別にこれくらいの傷、かすり傷じゃない!」

「僕がそばにいれば傷ひとつつけてない!」

 怒り心頭、といったぜいで鼻息あらくそう言い切ったクルクル金髪巻き毛に、私はもうおどろいて寸の間声を失ってしまった。

「……守って貰った覚え、ないんですけど……」

「はあ!?」

 口からポロッと本音が転がり落ちたたん、クルクル金髪巻き毛の顔がおにの形相になった。

 ちょ、こわい。

 性格はどうあれ、顔だけは天使みたいなんだから、そんな表情はしたらイカンと思うよ?

 もちろん口には出せないので、心の中で助言しておく。私の心が通じたのか、クルクル金髪巻き毛はり上がっていたまゆを急にションボリと下げた。

 な、なによ。なんでまた泣きそうなのよ。ちょっとじようちよ不安定過ぎない?

「……これだから、無学な女はいやなんだ……」

 水をかけられたねこみたいに背中を丸めて、トボトボと部屋を出て行ってしまった。

 だからさ、なんなのよ!

 クルクル金髪巻き毛が出て行った後の応接室は、なんとなくちんもくが重い。その沈黙を破るように、第二王子が小さくコホン、とせきをした。

「ロンドのめいのために言わせて貰うと、彼はちゃんとじようの旅の間中、君をしっかりと守っていたぞ」

「はぁ……そうですか」

「ロンドは結界師なんだ」

「結界師?」

 そんなの、聞いたことないけど。

「命にかかわる危機的なじようきようは山ほどあったが、それでも君は旅の間、ほとんどケガをしていないだろう。それはロンドが君に、きばほうも届かぬように結界を張っていたからだ」

「えっ……」

「あまりはなれ過ぎると効果を発揮できない、だからロンドはいつだって君の側にいたはずだ」

 居た。

 確かにいつも側にいた。

 アンタもたまには戦いなさいよってメッチャ思ってた。

「一度結界を張ると解除するまで結界師はその場を動けない。ゆえに、一番危険なのは身を守ることもできない結界師だ。まあ、だから私が常に側でぼうぎよにあたっていたわけだが……不測の事態があれば、私はロンドを見捨てて君を守っただろう。なによりも優先されるのは聖女の命だからね。結界師とは、そういうものだ」

 なるほど。聖女が死んだらはい次、って異世界からまたすぐにしようかんするのは難しいものね。それは必然的にそうなるだろう。そんな役割をあのクルクル金髪巻き毛がになっていたなんて、考えたこともなかった。まさか、ヤツに守られていたなんて。

 でもさ。

「そんなの、今初めて聞いたわよ……!」

「そうだ、キッカに説明していなかったのはこちらの落ち度だ。だが、ロンドとてそれだけのかくで君を守ってきたんだ。あれでは……さすがにロンドがびんだ、あそこまで落ち込む姿は私でもそうは見ない」

 そう言われて、私は逆に、急に腹が立ってきた。

「何よそれ、私が悪いって言いたいの? 謝れとでも?」

 じようだんじゃないわよ! そんな説明、一度たりとも受けたことはない。結界師、なんて仕事があることすら今知ったというのに、責めるような顔をされるいわれなんかないわよ。

 勝手に召喚して、勝手に命をかけて守ってるんだから、もっと感謝しろって?

 ホント、最低。

「いや、そうは言っていないが」

「じゃあ何? もうさぁ、いいから早く用件言ってよ。私だってまんの限界なんだけど!」

 いらちをかくさずに単刀直入に切り込んだら、第二王子はあからさまにウッ……とうなった。

「そのようにいかり心頭な状態の君に話すのは、その、非常に気がひけるんだが」

「時間がつほど怒りが倍増しなんだけど」

 もはや敬語すら使う気になれないしね。王城から転移で逃げたあの日から、怒りが増すことはあっても減ることはない。はっきり言って、あんたたち権力者のどこまでも身勝手なやり方、本当にもううんざりなのよ。

「わかった、用件はひとつだ」

 大きく息を吸って、覚悟を決めたように、ダメダメ第二王子は切り出した。

「私たちの中のだれかとけつこんして欲しい」

「ふざけんな」

 スゴイ、頭がダメダメ第二王子のアホ発言を理解する前に、口が勝手に答えてたわ。

「私、はっきり言ったと思うけど。あんたたちと結婚する気ないって」

「すまないが君の気持ちがどうあれ、聖女である君が私たちの中の誰かと結婚し子をなすのは、いにしえからの決定こうなのだ」

「…………」

 おとにあるまじき、白目をくかと思ったわ。

 なにその古式ゆかしい、人を人とも思わぬ決定事項。ドッキリじゃないよね、いやまさか、本気でそれ言ってんの? 見なさいよほかの三人、あちゃーって顔してるじゃない。誰がどう聞いたってその言い分、おかしいからね?

「君の中の浄化の力が子に引きがれ、この地がまれることをかんする。聖女である君が、この地で子をなすことが重要なのだ」

「うわぁ……だつりよくするレベルで最低だな」

 多分、私。

 今、魚が死んだような目をしてると思うわ。はからずも心の声もストレートに出ちゃったし。ひどい酷いと思ってはいたが、この国、ここまでくるってんのか。

「君がそう思うのも無理はない。しかしこの世界にとって、これは絶対に必要なことなのだ」

「……聖女は旅が終わったら結婚して子供を産んで、この世界で幸せに暮らしましたって伝説の真相がそれ? うわー、ないわー」

「大切にする。君の望みは極力かなえるし、もうこんな風に傷だらけになって働いたり戦ったりする必要もない」

 言葉が通じるのに、話って通じないもんだねえ。しんけんな表情でなにやら言いつのってくるダメダメ第二王子の話は、もはや半分も頭に入ってこなかった。

 なんかおなかの中が熱くてグネグネうずいてる気がするけど、これって怒りだろうか。こいつのズレまくった主張を聞いているとものすごく体に悪い気がする。血管が切れそうな気がしたから、私は努めて冷静に、言葉を発した。

「なるほどね、帰る手段の伝承がない筈よね、帰られたら困るんだもの。でも今の話で帰る手段はきっとあるってなんか自信持てたわ」

 にっこり笑えば、ダメダメ第二王子は寸の間ぽかんとした顔をして、すぐに「キッカ!」と必死な形相になった。

「今の話でいくと、私の子供がいればいいわけでしょう? 自分の相手くらい自分で見つけるわ。こんなところまでご苦労様、私にい人ができるのを遠い空の下でいのってて」

 っていうのは方便で、なんかもうれんあいする気にもなれないけど。だんや子供までこんなアホらしいことで苦労させるのなんか絶対に嫌だわ。

 とにかく何でもいいからもうほうっておいて欲しい。こいつらの考えること、ことごとく理解できないんだもの。

「……それは、だめだ。この五人の中でないと」

「へ?」

「ロンドが言っただろう。この五人はこの国で最もすぐれた資質を持つものだ。聖女の聖なる力と優れた資質をあわせ持つ子供が」

「トップブリーダーか」

 なにその発想。なんか、すごいな。てつていしてるっていうかなんていうか。

「言ってて最低だなって思わないの? 周りで聞いてるあんたたちもさぁ、バカバカしいなって思ってるでしょうよ!」

 言ってるうちにヒートアップしてきた。だってさ、ダメダメ第二王子の言い分はそりゃもうはらわたえくり返るけどさ。だまって聞いてる他の三人だって、自分の結婚、勝手に決められようとしてるんだよ? なにノホホンと聞いてるのさ!

「なんで黙って聞いてんのよ! そんなに王家がこわいのか! それとも世界のためなら仕方ないとでも思ってんの!? なんとか言いなさいよ!」

 キレた私に、グレオスさんが思いもかけない言葉を口にした。

「俺は……」

 みしめるようにゆっくりと。

「俺は、キッカが俺を選べばいいと思っている」

「え」

「キッカはずっと日本に帰りたがっていた。だから何も言わずに見守ってきたが、本当はずっと、キッカがこの世界に残ればいいと思っていた」

「なにそれ」

「キッカを妻にするチャンスが自分にもあるのなら。そう思ってこの旅に同行した」

 旅の間、そんなぜいなんてじんも見せなかった無骨な男が、つっかえつっかえ言う言葉は、演技なのか本心なのか経験値の低い私には見分けられない。

「すぐに決めてくれとは言わない、真剣に、考えてみてはくれないだろうか」

 私がどう返せばいいのかわからずにまどっているところに、別の声がたたみかける。

「キッカ、ここに来てるやつらはみんなそうだ」

「アルバ」

「グレオスに先こされちまったが、俺やリーンだってお前と運命を共にする覚悟でここに来てるんだぜ?」

「い、いやいや、あんたたちホント、もうちょっと自分の人生ちゃんと考えた方がいいよ? 言われるとおりに結婚したって絶対こうかいするって」

 アルバがいつもみたいに軽い調子で割って入ってくれて、私はやっと声が出た。いやあ、びっくりするとのどってまるんだね。

「そこまでだ」

 かたにポンとかんしよくがあって、思わずり返るとダメダメ第二王子がいつもの腹黒スマイルで微笑ほほえみかけてくる。

「君の転移魔法の祝福はリーンにずっとふうじてもらう。王都まで帰るのにまた数か月はかかるだろう。道中たっぷり考えて、誰にするか結論を出してくれ」

 その言葉に、私もやっと自分を取りもどした。

 悪いわね、ダメダメ第二王子。答えはもう出てるの。私は王都には帰らない、絶対に日本に帰るんだって。

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