第五話「楽しみ方に悩んだ。が、簡単だと言われた」

 秋葉は自分の焚き火台と薪、そして椅子とテーブルを営野のサイトまで運んできた。

 そして営野に言われるまま、彼の焚き火台の横に自分の焚き火台を並べて準備する。

 営野に呼ばれた時、秋葉はつい「はい」と返事してしまった。せっかくソロキャンプに来たのだから、1人で楽しむべきなのではないかと思いながらも、生まれてしまったモヤモヤとした感情を誰かに吐きだしたかった。いや、消して欲しかったのかも知れない。


(それに初めてのキャンプはやっぱりちょっと……ほんのちょっとだけど不安も……ないこともなかったしな……うん)


 心で言い訳しながら、握った手斧の刃に被さっていた革のカバーをはずしてみた。

 現れたか黒光りする刃が、やはり何度見てもかっこいい。直線ではなく少し握りやすくウェーブをかるく描く木製のグリップに革のグリップまで付いていた。

 ちょっと無理して、手斧だけはいいものを買ってしまったのだ。だが、こうやって握ってみるたびに、買ってよかったとニヤニヤとしてしまう。家でも何回も眺めてしまったほどだ。


(やはり男として、こういうギアは……おらぁ、ワクワクするぞ!)


 どこぞのアニメキャラのセリフを真似して心で叫ぶ。

 とうとうこれを使うときが来たのだ、楽しみで仕方がない……と思っていたのに、ふと先ほどのキャンパーたちの言葉を思いだしてしまう。

 とたん、テンションがまた下がっていく。


「まずは薪割りか?」


「あ、はい」


 営野に尋ねられて、秋葉は、力なくうなずいた。

 待ちに待った薪割りだというのに、気持ちが盛りあがらない。

 かっこよく薪を割る。泊がそのかっこよさに惚れる。結果、告白されて恋人になる……なんていうバカな妄想をこの手斧を買ってから何回したことか。

 今からその夢を叶える一歩……ではなく、一振りをするはずだったのに、「キャンプ下手の自分にそんなの無理」とネガティブに考えてしまう。


「そういえば、薪割り台はないのだろう?」


 営野もまた同じく薪割りの用意をしているようだった。

 せっかく楽しそうな営野に水を差してはいけないと、秋葉は笑顔で応える。


「そうっすね。薪割り台って、でかいし重いし。徒歩キャンパーだとつらいっす。でも知ってますよ。こういう時はあれですよね。いい感じの薪を下に敷いて薪割り台代わりにするって」


「ああ。そうだな。しかし、薪によってはちょうどいいものがあるとは限らない。場合によってはやりにくい事もあるぞ」


「確かにそうっすね。とりあえずやってみます」


「それから座って薪割りするときは、脚の間でやらない方がいい。脚を怪我しやすいからね。右利きみたいだから、右足の外側で薪を割るのをお薦めする。体は捻らないといけないが」


「わかりました!」


 ためしにとよさげな薪を探してみるが、確かにほどよい形の物は少ないようだ。

 なんとか使えそうな薪を見つけて地面に置いて試してみる。


 手斧による薪割りは大きく振りかぶって勢いよく振りおろす……というわけではない。最初は手斧と薪を同時にゆっくりと振りおろし、少し刃を食いこませていく。そして食い込み始めたら、もう少し勢いをつけて振りおろす。このぐらいのことは、事前に調べて知っていた。

 最初にこの方法を知ったとき、秋葉は少しガッカリした。斧は大きく振りかぶって振りおろすイメージだったからだ。豪快でワイルドな薪割りをどうしても期待していたのだ。

 しかし、小さい薪と小さい手斧で、そのやり方は危険らしい。確かに実際にてにしてみると難しそうだというのはわかるし、地面に置いた薪割り代替わりの薪の上で、不安定に置かれた薪を勢いよく叩きわるというのは現実的ではない。


 とりあえず1本目の薪を手にして、薪割り台代わりの薪の上に置く。薪割り台代わりの薪は地面の水分で湿気ってしまいそうだが、こればかりはいたしかたない。


(まずは刃を少し食いこませて……)


 薪を叩きつける。不安定なので少し怖い。それでも何回か叩きつけてみる。

 だが、想像以上に刃が食いこまない。薪が思ったよりも堅いのだ。


(やっと少し食いこんだけど……こんなに堅いのか)


 秋葉は、薪に食いこんだ刃を見る。たぶん、1センチメートルも食いこんでいない。泊も薪割りをやったと入っていたが、こんな力仕事をあの泊がやり遂げたとは驚きだった。


(うーん。困った。……あっ! こういう時はあれだ!)


 ウェブで調べていたときのテクニックを思いだし、秋葉は左手で斧を支えたまま、右手に新しい薪を握った。


(刃の背の方を叩いて薪割りする方法、その名もバトニング!)


 これで薪割りする動画もいくつか見た。これで手斧の刃がもっと食いこむはずである。

 そう思って、秋葉は右手を振りあげた。


「ストップ! 秋葉くん、それはダメだ!」


 と、そこを営野に止められる。

 あまりに慌てた声だったので、秋葉はビクッと体を震わせてから体を強ばらせた。


「秋葉くん、その手斧はバトニングしてはいけない部類だ」


「へっ?」


「その斧は、上から見るとわかるが、柄の部分と刃の部分に楔が打ってあるだろう?」


「楔ですか?」


 秋葉は刃の付け根から飛びでた柄の先を確認する。確かにそこには柄が抜けないように楔が打ちこまれていた。


「斧の刃の背後、そのヘッド部分って言うのかな。そこを叩くと振動で楔が弛んでしまうんだ。そうなればもちろん、刃の部分が外れることになる。下手すれば斧を振っている間に刃取れて大変な事件になるかもしれない」


「ま、まじですか……怖っ!」


「基本、斧はバトニングしない。ただ、最近はナイフのフルタングと同じような刃と柄が一体型の物もあるし、斧なのか鉈なのかよくわからない構造の商品もあるから、一概には言えないが。バトニングは、鉈でやるものだと覚えておく方がいい」


「え? ナイフでやるのが基本じゃないんですか? 動画とかではナイフでやっていましたが……」


「フルタング……いわゆる刃と柄が一体化しているナイフでバトニングするのは、もちろん有りなのだが、そもそもナイフ自体がバトニングするために作られているとは限らない。厚みも3ミリ未満では不安だしな。最初からバトニングを想定して作っているナイフならまだしも、なんでもかんでもバトニングしていいわけではない」


「ああ。そう言えば、バトニングできるナイフはこれみたいな動画もありました」


「そもそもナイフで薪割りは、基本的に他に手段がないときだと思っている。ナイフは切れ味が大事だが、薪割りに使うと刃が痛みやすいから、個人的にはあまりやりたくない。しかし、徒歩キャンプなどはどうしても荷物を減らしたいから、ナイフしか持参しないこともある。そういう時は、割り切ってやってしまうけどな」


「な、なるほど」


「それから、薪割り台はこういうのもあるぞ」


 そう言って営野が秋葉にさしだしたのは、木製の丸い板だった。直径30センチメートルもない1人用のお皿ぐらいのサイズで、厚みも2センチメートルあるかないか。横から見ると、合板のようで何枚も張りつけてあるようだった。


「これ、薪割り台なんっすか?」


「ああ。クラウドファンディングで売り出した、新しい形の薪割り台だ」


「新しい形……」


 秋葉の中で薪割り台というと、やはりイメージは切り株的な形である。丸太から切りだしたある程度の厚みと重さがある円筒形。

 しかし、目の前のはこう言ってはなんだが貧相な板だ。確かに表面には刃の痕がいくつも残っており、それでも割れる気配もないから丈夫なのだろう。しかも、軽くてコンパクトなのはまちがいない。


(でも、これでいいのかなぁ。キャンプ歴が長い人から見たら「こんなの薪割り台じゃない」って言われそうな……)


 そう思いながらも、営野に促されてその薄い薪割り台を使って見る。

 すると平らだからなのか、非常に力が薪に伝わりやすいようだった。

 刃がグイグイと薪に食いこんでいくのがわかる。


(でも、すげー堅いぞ、これ。パッカーンって割れないのか?)


 刃は先ほどよりも濃い混んでいったが、ある程度まで食いこむとそれ以上はほぼ進まなくなってしまった。それどころか刃が薪から抜けなくなってしまう。


「力尽くで引っぱらず、前後に揺すったり、軽く薪の上を叩いたりしてやれば抜けるぞ」


 困っていると営野からアドバイスが来たので、その通りにやってみた。すると、斧を薪からはずすことができた。しかしもう一度、刃を打ちこんでも結局、同じところで止まってしまう。


「それ、広葉樹だからな。堅いんだ。それに節がある薪は割れにくい。そういう時は、真ん中から割ろうとせず、木目に合わせるように、刃が入るところを探して、端の方を削るように刃を入れるといい。少しずつ周囲を削ぐように細くしていく感じだな」


 確かに営野に言われたとおりにやってみると、中央に刃をいれるよりも簡単に割ることができた。否。割るというより確かに削ぐような感じである。


「なんか、もっと気持ちよく割れるのを想像していたんですが……思ったより楽しくないっすね」


「なら、試しにこっちを割ってみるか?」


 営野が足下から、小型のダンボール箱を引っ張り出した。

 その中には、木の皮も付いていない木材がきれいに並べられている。


「それ、薪なんっすか?」


「薪だ。キャンプ用品店の【ワイルド・キャット】で買ってきたんだけどな。俺は勝手に『手抜き薪』と呼んでいる」


 薪というより、やはり木材と言った方がしっくりくる。そこまで正確に四角柱に切り出されているわけではないが、ほぼ同じぐらいの大きさに整えられている。秋葉が買ってきた薪の束と比べたら、ワイルド感の欠片もない。


「これが薪……なんか……」


「まあいいから。とりあえず、割ってみな」


「はあ……」


 営野に渡された薪を受け取り、秋葉は先ほどと同じように薪に刃をいれた。

 そして薪割り台に打ちつけると、驚くほどに簡単に薪は真っ二つとなる。しかもカコーンという木がぶつかる高い音を響かせて。


(――これだ!)


 秋葉の中でモヤモヤとしていた「これじゃない感」みたいなのが、スカッと霧散する。気持ちいい。軽快な音も、すっと通る刃の感触も非常に爽快だった。

 そのまま割った薪をまた半分にする。それも簡単にできる。


「これは針葉樹だから、さっきの薪よりも割るのが簡単だ。その上、よく乾燥もしているから非常に扱いやすい。ほら、もう少しやるから割ってみろ」


 営野に渡された薪をパッカンパッカンと割っていく。その感触は、確かに秋葉が想像していた薪割りの気持ちよさに通じる物だった。1本割っていくごとに、なにか気分が軽くなるようだった。


(でも、「手抜き薪」って師匠も言っていたな。こういうのに頼るのもキャンプが下手ということなのかな……)


 そう思うも、ならばなぜ師匠が使っているのかと気になる。キャンプ歴が長い人なら、こんな薪を使うことなど邪道なのではないだろうか。


「さてと……俺も飯の支度だ」


 営野は薪ストーブの上に置かれた鍋の蓋をはずした。すると、中では湯がグツグツとわかされている。

 それを確認した営野が、ビニール袋から銀色のパックと、白い皿付きのパックを取りだした。そして鍋の中にそのまま入れる。


「そ、それ……カレーパウチと、パックご飯っすか!?」


 思わず声をあげる秋葉に、何事かとばかり目を開いた営野が「そうだけど」と答える。


「パックご飯って……飯盒とかで炊いたりしないんっすか!?」


「ああ。今回のテーマは『キャンプ場で仕事する』だからな。他のことはすべて手抜きだ」


「で、でも、あのキャンプ歴が長いって言っていた人たちも、飯盒でご飯を炊くのがうまくて楽しいって……」


「まあ、炊きたてご飯の方がうまいだろうが、楽しいかどうか、そうすべきかどうかはまったく別問題だ」


「でも、そういう手抜きはキャンプっぽくないって……手間を頼むのがキャンプ上手だから……」


「なるほど。……しかし、あれだな。『キャンプ歴』とか『キャンプ上手』とか、なんとも百害あって一利なしって感じの言葉だよな」


「え?」


「たとえば『キャンプ歴』って何だと思う?」


「それはもちろん、キャンプを始めてどのぐらい経ったか……っすよね?」


「なら、毎年2回のキャンプを10年間続けている人と、毎年30回のキャンプを5年続けている人と、どっちがキャンプ歴が長いんだ?」


「そ、それは……」


「ファミキャンだけを5年間続けている人と、ソロキャンだけを10年続けている人なら、どっちの方がファミキャンに詳しくなるんだ? キャンプに関して勉強したり情報収集したり自分なりに工夫したりして1年間キャンプをした人と、何も考えず3年間キャンプした人ならどっちがキャンプに詳しいんだ?」


「…………」


 秋葉は言葉を詰まらせる。

 動画配信者やブロガーでも、よく経歴に「キャンプ歴○年」という文言を書かれているのは見ていた。それを見たときに、単純に「ああ、長くやっているのだから詳しいのだろう」程度にしか捉えていなかった。


「キャンプはアウトドアだけどスポーツ、ましてや競技ではない。競技なら腕が鈍らないように続けてやるのが普通だから、経歴○年と書かれればそれはそれで意味があるかもしれない。しかし、キャンプの頻度や楽しみ方は、人によってまちまちだ。どんなキャンプをどんな頻度でやっているのかなどの情報がそこになければ、『キャンプ歴○年』なんて情報にどれだけ価値があるというのか……と俺は思う」


「そう……ですね。確かに」


「それにキャンプには、あまり明確な定義がない。ましてやさっきも言ったとおり競技ではないのだから、上手いとか下手とか何を基準に言っているのか意味不明だ」


「それは……キャンプギアが不揃いだとか、道具の扱いが下手だとか、準備が悪いとか……そういうのが下手ってことじゃないかと」


「君がそう思うなら、そうなのかもしれない。でも、それは君の判断だ。人に委ねるものでもないし、人から評価されるものでもない」


「……ちなみに師匠は、どう考えているんですか?」


 斜陽が営野のテントに差しこんだ。

 その朱色の光に照らされた営野が、少し苦笑する。


「そうだなぁ。基本、上手いとか下手とかないと思っている。でも、あえて言うなら3つのポイントだろうな」


 営野がジャケットのポケットからスキットルを取りだした。そして口に運ぶ。たぶん、何かお酒が入っているのだろう。

 焚き火を前に、スキットルで酒を呑む営野。その姿がやたらと様になっている感じがして、秋葉は憧れを抱いてしまう。密かに、自分も大人になったらスキットルを買おうなどと考えつつ、思考を戻す。


「えーっと、3つっすか」


「そうだ。1つ目は、自然を少しでも楽しむ事」


「え? 『少しでも』っすか? 『大いに楽しむ』とかではなく?」


「どのぐらい楽しむかは個人の趣向の問題だ」


「なら、グランピングとかは?」


「本人が『自然を楽しんだ』と思えればいい。他人が決めることじゃない。だから、人によってはグランピングもキャンプだし、人によってはキャンプじゃないかもしれない」


「そんなもんなんですか……」


「これは、あくまで俺の考えだ。キャンプは自由だからな。これを誰かに押しつけるつもりもない。ただ、さすがにまったく自然に触れないのに『キャンプだ』というのは無理があるだろう」


「まあ、そうっすね……」


「だから、少しぐらいは自然を楽しまないとな。それから2つ目は、人に迷惑をかけないことだ」


「へっ? そ、そんな当たり前のこと……キャンプと関係ないんじゃ」


「そうかな……」


 また、営野はスキットルを口に運ぶ。

 そしてふと周りを見まわすようにして続きを口にする。


「キャンプ場では、境界線が曖昧になりやすくないか?」


「境界線っすか?」


「ああ。フリーサイトだと特にだが、サイトとサイトの境界線、もっと言えば周りとの境界線が曖昧だ。ホテルの部屋のように、壁でしっかりと区切られているわけでもない。それに多くのキャンプ場では炊事場も共有、トイレも共有、シャワーも共有。見方を変えると、まるで共同生活でもしているようじゃないか」


「……ああ、なるほど。言えますね」


「だからこそ、こういう交流も生まれたりする」


 そう言いながら、営野が自分と秋葉を指さした。

 秋葉はそれを微笑で肯定する。


「キャンプ場ってのは言うなれば、知らない者同士で、見えない境界線を引いた、部分的な共同生活という特殊な環境だ。近くて遠い微妙な関係。だからこそ、互いの気遣い、マナーは重要になる。騒音を立てないとか、炊事場をきれいに使うとか、そういうことだけではなくて、他人を不快にしないという心がけが必要になる」


「不快……」


「そうだ。もし、君に話しかけたそのベテランキャンパーたちに悪意がなかったとしても、君が不快だと感じてしまったら、そのベテランキャンパーたちはキャンプ下手ってことかもしれない。俺に言わせればだけどな」


「で、でも、それなら僕もポール借りたりとかで、師匠に迷惑をかけていますよね」


「別に完璧にしろという話ではないさ。助けられたなら『ありがとう』と礼を言えばいい。たとえば友達同士でキャンプに来て、つい興奮して騒いでしまうこともあるかもしれない。でも、そういう時に周りから注意されたら、素直に謝罪して改めるようにすればいい」


「つまり……あくまで、心がけが大事ってことっすかね」


「そうだな。そして最後のポイントが、キャンプがすべて終わってから『またキャンプに行きたいな』と思えるかどうかだな」


「また、キャンプに……」


「ああ。秋葉君はポール忘れという失敗をしたが、俺も過去にインナーテントを忘れたりとか、料理の食材の一部を忘れたりとかしたことがある」


「師匠もですか?」


「そりゃあ、あるさ。でもさ、その程度の失敗なら、結局はなんとかなったりして、あとから思いだすと、いい思い出や笑い話になっていることもある。失敗もキャンプの経験の一部だ。秋葉君もポールはなんとかなったのだから、これもまた『いい経験をした』と言えるかもしれないだろう」


「そう……そうっすね」


「なら、このあとのキャンプをちゃんと楽しめばいい。キャンプ中に失敗があったとしても、終わってみたら『楽しかった』って思えるかもしれない。そうしたら、『また行きたい』と思えるだろう」


「はい」


「少しでも自然を楽しみ、他人になるべく迷惑をかけず、帰ってから『楽しかったので、また行きたい』と思えたら、そのキャンプは上手にできたということだ。それ以外のことは、些細なことだろう」


「でも、やっぱりキャンプギアの色とかメーカーとかそろってないのは……」


「気にしているな。そろえたいのか?」


「さっきの人たちに言われたんです。統一感のあるギアを使いこんでこそ……みたいな」


 秋葉は改めて営野のギアを流し見る。

 使い込んでいるかどうかは別にして、やはり色だけでも同系統でそろえているのは、かっこいいと思う。


「それは、その人のキャンプスタイルだ。統一したカラーでそろえても、好き勝手なカラーをそろえてもいい。古いギアを大事に使い続けても、新しいギアをどんどん取り入れても、それは自由だ。ただ、そのキャンプスタイルを盾に、『キャンプはこうじゃなきゃ』とか『これこそがキャンプだ』みたいな言葉で語られてしまうことには、抵抗感がある。まあ、1人で思う分には好みだ。俺にもそういうこだわりはある。でも、他人に押しつけることは、やるべきじゃないな」


 秋葉は、ゆっくりと力強くうなずく。

 それはまさに、秋葉がさっき感じたばかりのことである。


「それに、それは下手とか上手いとかの話ではないだろう。たとえば秋葉君がキャンプギアのカラーをそろえたいなら、今はまだ単にまだ揃っていないってだけの話じゃないか。他人にどうこう言われる話ではない」


「……そうっすね」


「大事なことは、人のキャンプを否定するのではなく肯定することだ。それでキャンプの可能性も広がる」


「キャンプの可能性……なんか話がでかくなったっすね」


「あははは。そうだな。ともかく楽しめってことだ」


「楽しむ……か。なんか話を聞いていたら、何をしたら楽しんだことになるのかわからなくなって来ちゃいました」


「ああ、それは簡単だ」


「え?」


「やりたいことをやればいいんだ」


「…………」


 営野の答えは、本当に簡単だった。

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