第四話「いろいろと説明された。が、わからなくなった」
「ちぐはぐなイメージのチェアとテーブルとか、ミスマッチなカラーリング……。きみのギアの選択を見ればよくわかるよ。キャンプが下手ってこと。それなのにポモリーとか買っちゃったのか」
「……なんっすか。いけないっすか?」
わりと穏やかだと自認する秋葉であったが、この時は相手の言葉に怒りの撃鉄をあげてしまう。だが、まだ引き金は引かない。別に秋葉も揉め事を起こしたいわけではないのだ。
「いやいや、いけないことはないよ。でも、ベストな選択とは言えないよね。まあ、仕方ないことだね。初心者なら、キャンプギア選びとかも難しいし。そういうのも含めて、『キャンプテク』ってやつだしね。でも、それは長い間、キャンプした経験がないとね」
「はぁ……」
秋葉は思わず顔を顰める。
営野にも初心者向きではないと同じようなことを言われた。しかし、受ける印象はまったく違う。営野に言われた時は素直に納得できたが、今の言葉は反感ばかり強く感じてしまう。
「そうっすか。オレには『キャンプが下手』の意味がわからないんで。とにかく、もう――」
「よーし、そうだね!」
話を打ち切ろうとした瞬間、秋葉の言葉が遮られる。
「これもなにかの縁だ。ボクがいろいろ説明してあげよう」
「いや、別に……」
「遠慮しなくていい。ああ、そうだ! ボクが持っているギアで、譲れる物もあるかもしれないしね」
「…………」
むかつく相手だが、ちょっと心が動く。
それは正直、ありがたい。
キャンプグッズは、まだまだそろえたいが秋葉の予算的な都合は立てられない状態だ。
「ボクはね、いくつかのサイトでキャンプギア紹介の動画配信をやっている、【
「すいません。オレ、そんなに動画見ないんで……」
嘘だ。割と最近、キャンプ関係の動画は見はじめている。
しかし、数えきれないぐらいいるキャンプ関連配信者の中で、よく目につくのは本当にひと握りの人気者たちだけである。
あとは、ほぼ有象無象だと思っている。たぶん、彼もその中の1人だろう。
「そうか。あとでボクの
とにかく押しが強い。
こちらに口を挟む隙を与えない勢いがある。
(面倒だけど……情報収集にはなるかもしれないし。泊への話のネタにもなるかな)
そう割り切って、秋葉はついていくことにした。このことが親に知られたら、「いい歳しているのに、知らない人についていってはいけません」と怒られるかもしれないが、同じキャンプ場内だし、さすがになにかされることはないだろう。
気持ちの半分では面倒だなと思いながらも、「もしかしたらキャンプ場で、こういう交流はよくあるのかもしれない」と、なぜか自らに言い訳してしまう。
「ほら、あれがボクのサイトだよ」
そう言ったのは、入口とは反対方向へ向かって坂道を登った先の方だった。
8Aと名のった男は、「すぐだからね」と言っていたが、それなりに距離が離れている。
「水場が遠いけど、こっちの方が静かにキャンプが楽しめる。それにこのキャンプ場はね、この辺りの方が地面が水平なんだ。君が立てた方は、ちょっと傾斜があるからね。傾斜があるところは避けるべきだね。こういうサイト選びでも、経験がものをいうのさ」
「はぁ……」
確かに傾斜がない方がテントも立てやすいし、過ごしやすいということは秋葉にも理解できるし、さっき営野にも似たようなことを言われたばかりだ。
しかし「水平な場所がとれないときだってあるじゃないか」と反論してしまいそうになる。営野の時には、そのようなことを思わなかったのに。
(そういや、師匠は「傾斜を避けろ」だけじゃなく、眠り方だけだけど「傾斜と、こうつきあえ」って教えてくれてたな。だけど、この人は……)。
秋葉の中に言葉にできない、モヤモヤとしたものがわきあがる。
「で、どうだい? ボクのサイトは?」
彼が鼻高々に見せたのは、ミリタリー色の強いテントとギアたちだった。
ダークグリーンのパップテントは飾り気がないシンプルそのもののデザインだ。特に広くもないし、広い前室もないし、横風を防ぐ横幕もない。それどころかインナーもなく、やはりグリーンのコットが直に配置されていた。
周りには、無骨でシンプルな焚き火台と、黒い鉄製のハンガーに使い古された飯盒がつるしてある。そしてその横には立てられたポールに、大きめのランタンが吊されていた。
その他にあるのは、小さなテーブルとやはりダークグリーンのかなり低いチェア。それに荷物を入れてあったであろう、やはりダークグリーンのトランクカーゴというケースぐらい。
「渋いっすね……」
秋葉が正直に感想を言うと、8Aの太い眉毛がピクンッとあがる。
「だろう!? これだよ、これ! これぞキャンプってやつさ!」
いわゆるドヤ顔を見せてくるが、確かにいい感じだと秋葉も思う。秋葉が思っていたワイルド感は、確かにこんな感じであった。
「やっぱりキャンプってのはさ、こうだろう。新しいギアを買ってきては並べているようなのは、違うと思うわけだ。選別して長年使っている気にいったギアを愛用してこそキャンプの雰囲気がでるというものさ」
熱く語りながら、8Aはバッグから出したステッカーを渡してきた。たぶん8A自身をデフォルメしたようなキャラクターが描いてあり、そこにはQRコードも入っていた。
彼は「チャンネル登録よろしく」と言いながら、自分の椅子に腰かける。
「ボクはロースタイル派だね。胡座スタイルでもいい。地面に近い方がなんか休まるんだよね。そして物は少なくして、座って届くぐらいの量にしておくのがポリシーさ」
「な、なるほど」
「本当はポールやハンガーなんかも、持参しないで現地で枝を拾って、自分で作る方が雰囲気がでるんだけどね。でも、こういう無骨な鉄製のハンガーとかもいいだろう?」
「まあ、確かにいいっすね」
「それにランタンも、ベテランになればLEDランタンとか
そう言って8Aが手にしたのは、吊されていたヴィンテージ感あふれる赤いランタンだった。かなり使い込まれた感じが出ており、細かい傷やガラス部分の曇り具合など味があると言われれば味がある気がする。
「ガソリンランタンの光は、LEDではやはり表現できないよさがあるよね」
「でも、こういうランタンって手入れとか面倒だとか……」
「だからだよ。ポンピングやらマントルの交換やら、キャンプとはその面倒なことを楽しむものなのさ。少なくともランタンぐらいは、そういうのを楽しむべきだ。なのにわざわざ便利なLEDランタンを使うなんてもったいないよ。そういうのがキャンプ下手というか、初心者くささってやつだね」
彼は言葉の最後に、小さなため息を混ぜた。
自分は確かに初心者で、安く手にいれたLEDランタンを買ってきている。それと目の前のオイルランタンを比べたら、確かに雰囲気ははるかに劣っている気がする。
(だから、キャンプ下手ってことか。わからんでもないけど……でもなぁ……)
8Aが言っていることは、なんとなく正しい気がする。しかし、秋葉としては腑に落ちない。何が腑に落ちないのかはよくわからないが、心にわきあがったモヤモヤ感は強くなるばかりだ。
「ちなみに、きみは徒歩キャンパーさんかな?」
「ええ、そうですけど」
「なるほど。僕はオートキャンプが多いからね。それなら……おーい、
8Aは少し離れた所にテントを張っていたキャンパーに向かって声をかけた。
声をかけられたキャンパーがこちらにふりかえる。ニット帽を被り、動きやすそうなブルー系のジャケットを羽織っていた。
「なんすか? ってか、そちらは8Aの友達さん?」
そう言いながら近づいてきたのは、たぶん40近いであろう男だった。
細身ではあるが、痩せているという感じはしない。背筋がピンとした、色黒の男性であった。
彼は秋葉に向かって軽く会釈する。
「こちらは、ここで知り合った初心者キャンパーさん。まだ学生だから徒歩キャンパーさんらしいので、ULAキャン氏の極意をご教授してあげたらいかがかと!」
「極意……って言ってもねぇ。あ、とりあえず私はULAキャンって名のってキャンプ動画あげてます」
「あ、どうも。秋葉です」
まるで名刺のように、ULAキャンもポケットからキャンプステッカーを取りだしてくる。
「これ、よかったらどうぞ」
「ども……」
断る理由もないのでとりあえず受けとるが、このステッカーはどうするべきなのだろうか? ぶっちゃけあまり貼りたくないなと思いながら、秋葉は愛想笑いを見せる。
「私はね、UL……ウルトラ・ライトなキャンプを信条にしていてね。キャンプ歴15年の徒歩キャンパーなんで、ギアはみんな軽量のばかりをそろえているんだ」
そう言って彼は自分のサイトの方を指さす。
テントも快適性というよりは実用性重視の登山用のコンパクトなモデル。テーブルもプラスチックでできているのではないかと思うような薄型。椅子もこれまたコンパクトだ。焚き火も網とフレームで構成された質素なものだったし、ざっと見てもギアの数が8Aよりもかなり少ない。
「徒歩だとね、やはり重さは敵なんだ。だから、いかに軽くコンパクトにできるかを目指している」
「なるほど……」
その後、ULAキャンからもキャンプギアの説明を聞いた。役に立ったか立たないかで言えば、知識として役に立ったと思う。が、記憶に残っているのは半分程度だ。雨嵐のような激しさでのマシンガントークに、秋葉の頭はついていけなかった。
ともかくわかったのは、2人ともシンプルでサバイバル感もあるキャンプをしていた。快適性よりも実用性重視ということだろう。
確かに秋葉が憧れたキャンプは、彼らのようなワイルド感のあるキャンプだったと思う。だから2人の話を聞いていれば、本来ならばワクワクが止まらないはずだった。
ところが、秋葉は話を聞けば聞くほど、彼らのキャンプスタイルが嫌いになってきていた。それは反骨精神とかそういうのではないと思うのだが、理由は自分でもよくわからない。
「とにかく、キャンプは自然を楽しむものだからね。その代表は焚き火だな。焚き火をやらないキャンプなんてキャンプじゃないさ」
「確かに焚き火は外せない、と私も思う。ファミリーキャンプで炭火バーベキューだけで終わらせているのを見ると、もったいないと思ってしまう」
「まあ、ファミリーキャンプとかグルキャンとかは、そもそもちょっと……ね。たまにならいいけど、やはりソロキャンプをしないとキャンパーとしてはねぇ」
「そうだね。1人ですべてできて一人前だから」
8AとULAキャンは、周囲を見まわしながら、やれやれとばかりに肩をすくませる。
どうやら、彼らにとっては周りのキャンパーはまだまだらしい。
「そういうもんですか。じゃあ、今流行のグランピングとかは……」
「グランピング!? うわははは!」
8Aがいきなり笑いだす。
ULAキャンも大声さえ出さなかったが、吹きだすように笑っていた。
「いやいやいや、秋葉くん。グランピングはキャンプとは言えないよ。でかいテントが最初から用意してあって、場合によっては豪華な寝具に、料理の素材の用意までしてくれている。至れり尽くせりでホテルにでも泊まっているのと同じじゃないか!」
「まあ、確かにそうですけど、あれもキャンプだとテレビで……」
「悪いが、秋葉くん。さすがにあれはキャンプじゃない」
ULAキャンも秋葉の言葉を否定する。
「あんなのキャンプの醍醐味なんて欠片もない。やっている人たちは何が楽しいんだろうね?」
「僕はやったことないのでわかりませんが、人気あるらしいじゃないですか」
「まあ、キャンプごっことしてはいいんじゃないかね。私たちは絶対にやらないけどね、あんなの」
「そうですなー。ULAキャン氏の言うとおり、あれはキャンプごっこですな。というか、ACサイトで電気毛布とか使っているのもどうかと思いますなぁ」
「ああ、でも、動画撮影用に電源は欲しくなりますね」
「確かに確かに」
そこから彼らは、楽しそうに自分たちだけで話題に花を咲かせ始めた。
秋葉はタイミングを見てそろそろ焚き火の準備をしたいからと、礼を言ってから話を切りあげる。
そしてステッカー以外はもらわずに、そそくさとその場をあとにした。
(なんだろうな。ウルトラ疲れた……)
よくわからないが、気分が鬱になる。さっきまで楽しいと感じられた空気が、すでに失われてしまっている。
(けっきょく、キャンプ歴が長い人から見たら、僕はキャンプ下手野郎ってことか。まあ、初めてなんだから仕方ないけどさ)
自分のサイトに戻っても、設営し終わったときのような感動がなくなってしまっている。確かに自分のサイトは、かっこいいとは言えないと思えてきた。8Aの言うとおり、統一性もないし、ギアも貧弱に見える。
(僕が求めていたキャンプは、確かにこう言うのじゃなかったけど……でも……)
これでいいと、悪くないと、さっきまでは思っていたのだ。しかし、比べてしまえば確かに劣っている。
(師匠のサイトだって統一されているし……)
ふと、営野のサイトを見つめる。
基本的に黒でまとめていてかっこいい。……が、よく見ると所々に違うカラーも使われている。それに物が多く、電源ケーブルまで引きこまれていた。今は、その電源に接続したノートパソコンを広げて、なにやら作業をしている。キャンプと言うより仕事中のサラリーマンだ。
(パソコンを広げていると、キャンプっぽくない雰囲気……だけど、そう言えば泊もパソコンを広げて小説を書いているって言っていたな。あんな感じか……)
秋葉はよくわからなくなる。
一体、交通費を出してこんな所まで来て、苦労したキャンプ道具を広げて、ここで自分は何がやりたかったんだろうか。
自分はキャンプを本当にしたかったのだろうか。ただ単に、泊との話題が欲しいためにここに来ただけではないのか。
(キャンプごっこ……か……)
フラフラと秋葉は、そのまま営野のテントに近づいていく。
「あの、師匠……」
日がかなり傾いた中、秋葉はその夕日を浴びながら力なく口を動かす。
「キャンプ場で仕事しているんっすか?」
その問いに、営野が一瞬だけ視線を向けた後、答える。
「ああ。……おかしいか?」
「キャンプっぽくないっすね……」
大好きな泊の行動を否定する言葉だとはわかっているが、秋葉は問わずにはいられなかった。
「キャンプっぽくない……か。かもしれないし、そうじゃないかもしれないな」
「そんな哲学みたいな言い方されても……わかんないっす」
「……なんだ? 誰かになにか言われたのか? さっき、向こうのキャンパーと話していたようだが」
「……キャンプが下手……って言われて……ああ、そうなのかなって……」
「…………」
数秒の沈黙の間、営野はパソコンのキーボードを叩いていた。
そして最後のキーを叩いたあと、彼はパソコンを閉じる。
「なあ、秋葉くん」
そして顔をあげると、その角張った顔でニコリと笑みを見せた。
「よかったら、一緒に夕飯と焚き火を楽しまないか?」
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