梅島家・庭
第一四話「道は違った。されど、一緒にキャンプはできる」
「ほむ。これが開発中のテントか」
泊が目を爛々とさせて、ダークグリーンの幕の中に入っていった。
「世間で知られていない商品の大型幕! これは、テンション・リミットブレイク!」
声どころか体も弾むように歩き、キョロキョロと周囲を見まわしている。
クリクリとした目が動き回る姿に、遙は思わず「かわいい」と身をよじってしまう。本当はすぐにでも抱きしめたいが、せっかく泊が楽しんでいるのだから我慢しなくてはならない。
「へぇ~。確かにこういう大きいテントは、オレたちにはあまり関係ねーからなぁ」
泊に続いて入った晶も、興味津々で中を見て回る。
それに遙も続く。
「これはテントと言うより、シェルターというらしいわー。違いはよくわからないのですけどー」
「ふーん。そうなのか。どこが違うんだろうな」
「ほむ。ムチムチな君たちに、この泊大明神が教えてしんぜよう」
「ムチムチってなんだよ。大明神ってなんだよ。頼むから、一回の台詞でボケはひとつにしてくれよ」
「おいつかないわねー」
二人のツッコミを無視して、なぜか泊が仁王立ちして右手の人差し指を立てる。
遙から見ると、眼鏡の下の双眸が「ドヤッ」と擬音を発しているかのようだ。
「ほむ。まあ聞きたまえ。シェルターは言うなれば、テントのフライ部分、アウターだけで構成されたものでありんす」
「ありんすってなんだよ。ってか、それってつまりシングルウォールのテントってことじゃないのか?」
「床もないので、どちらかといえばフルクローズタープに近い使い勝手なのでゲス」
「だから、いちいち語尾を変えるな」
「でもー、テントでも床がないのとかあるわよねー。なんでしたっけー? えーっと……たとえばパップテントとか?」
「うっ。……あっ、あれは……シェルターを小さくしたみたいな?」
泊が眼鏡のフレームを無意味にいじって位置修正しようとする。そのあまりにわかりやすい動揺に、遙の「いじめたい」衝動が強くなる。
「ねーねー、とまとま。じゃあ、パップテントはパップシェルターなの? それにフルクローズタープとシェルターって何が違うのかしらー? ちなみにこのシェルター、オプションでインナーテントも作るらしいけどー、そうしたらツールームテントじゃないのー?」
「ほみゅっ! そ、それは……まあ、あれですよ。今度詳しい人に聞いておくのだ」
「あらー。ならば、わたくしも詳しい人、知っているから聞いておきますわねー」
「おっ。それならオレも詳しい親戚に聞いておくぜ」
「ほむ。それにしても、はるはるの会社からオリジナルブランドのテントが出るとはなぁ」
「前にもうちの会社――【WILD CAT】から出ていたけど、今ひとつ伸びなくて、一度やめているのよー。でも今回は、詳しいことは言えないのだけど、別の会社さんと組んでの新ブランド立ち上げなのー。これはその試作のツーポールシェルター型というわけー」
「ツーポールっていうけど、これ4本って感じじゃん。いや、5本か?」
晶の言うとおり、普通のツーポールシェルターとは違っていた。
ちなみに、ワンポールテントと言えば、別名ティピー型テントである。アウターシートの真ん中で一本だけポールを立てて三角型にしたテントだ。
それに対して、ツーポールは名前の通り二本のポールで立ち上げるものだ。もちろん、一本よりも居住空間を広くとれるが、中心部に二本も邪魔なポールが立ってしまうことになる。
しかしこの試作のシェルターは、普通のツーポールシェルターなら1本ずつポールが立っている部分に、2本でAの字型に組み合わされたポールが立っていた。そのおかげでシェルター中央辺りにはポールがなく、内部が広く使えるようになっている。
またA型のポールは横棒も入っていて、不用意に広がったり狭まったりしないようになっている。
さらに二つのAポールの横棒の上を跨ぐように、長いポールが載っかっていた。そのポールはシェルターの背骨のようにAポールよりも先へ伸び、テントの側面を外側に押し広げる役割を担っている。
おかげで、シェルターの側面の傾斜がなだらかになり、室内容積の拡大と側面からの出入りのしやすさという利点をもたらしていた。
「ほむ。ツーポールっぽいけど変わった形で半自立……なんかロッジ型テントの雰囲気もある」
「とまとま正解よー。開発者によると、これはロッジテントの快適さとツーポールシェルターのおいしいとこ取りを目指したシェルターらしいわー。ただ、まだポールの組み立に手間がかかるので、その点が改善しなくてはいけないみたいねー」
「失礼します」
そこにメイド服姿の弥生が入ってきた。
彼女は一礼すると、シェルターの隅に置いてあったシートの上に、抱えていた荷物をそっと置いた。
「椅子とテーブルをお持ちしました。しかし……」
そう言って、弥生は遙に顔を近づけて耳打ちする。
「本当にここでよろしいので? ミーティングするのでしたら、部屋の中の方が暖かいですが」
「いいのよ、ここでー。なんのためにわたくしがこういう服に着替えたと思っているのかしらー?」
遙は普段、自宅ではしないようなカッコをしていた。それはまさに、営野に用意してもらった服装そのままだ。
「それに弥生だって、こういうアウトドアっぽいの好きなのでしょうー?」
「それはもちろんそうですが、お客様には……」
「あの子たちが嫌がっているように見えるのかしらー?」
わいわいと楽しそうに話しながら、泊と晶はすでに弥生がもってきた椅子やテーブルを物色し始めていた。
嫌がっているどころか、やる気満々である。
「見えませんね。畏まりました。それではお茶菓子もお持ちいたします」
「頼むわねー」
そう言うと、遙も泊たちのもとに行って、一緒に椅子やテーブルを組み立て始める。
全てを組み終わって着席すると、ちょうど弥生がクッキーと、紅茶の茶葉、そしてポットをティーワゴンで運んできた。
組み立てられたテーブルの上に、アウトドアには不釣り合いなマイセン製陶器の皿と茶器が並べられる。
弥生により丁寧に紅茶が注がれると、ガールズソロキャンプ部(仮)のミーティングが始まったわけである。
「あらー。弥生も座りなさいなー」
当然のように遙の後ろに一歩下がって立っている弥生に、遙が声をかける。
しかし、弥生は金髪をかるく横に揺すった。
「いえ。わたくしは給仕もございますのでこのままでけっこうです」
「何を言っているのですー。あなたもクラブの一員になるのですから、席に着くべきですわー」
「しかし……」
「いいから、席に着きなさいなー。話が始められないわー」
「……かしこまりました。それでは失礼いたします」
弥生がスカートを押さえながら椅子に座る。
メイド服とキャンプ椅子の組合せは、なかなかシュールだと思いながらも、遙は「ところで」と口火を切る。
「クラブはいいですけど、人数が五人必要ではなかったかしらー? 弥生を入れても四人ですけどー」
「ほむ。それなら大丈夫。ハイト……秋葉くんも入ることになっているから」
「あらー。そうなのー? でも、ガールズソロキャンプ部なのにいいのかしらー?」
「ほむ。いい。秋葉くんはマネージャーだから。キャンプ場の予約手配したり、キャンプ用具の手入れとかしてもらう」
「なるほどー。キャンプには連れいていかないのねー」
「ほむ」
「それなら安心ねー」
「いや、おまえらヒデーな。悪魔か……」
晶が本気で呆れるが、遙は本気でそれでもいいかと思っている。泊を大好きな秋葉を一緒に宿泊など危険極まりないではないか。テントを別にしても夜這いとかかけてきたらどうするのか。
などと心配するが、実際のところ弥生が一緒に行くならば心配ないだろう。真夜中でも不埒な者がいれば気がついてくれるはずだ。
「でも、はるはるが部活に参加してくれて本当に嬉しい。今さらながらキャンプ、よく許してもらえたな。……ってクッキー、めちゃうまい」
クッキーを頬張る泊に、遙も笑顔を返す。
「そうねー。わたくしも予想よりも、なぜかすんなりと許してもらえて驚いているわー」
それはたぶん、営野のおかげなのだろう。
遙は言葉にせず、改めてまた彼に礼を言う。
「ただ、交通手段だけは車でないといけないのよー。とまとまとバイクでツーリングキャンプも憧れたのだけど-」
「ほむ。それはしょうがない」
「だなー。泊はバイク、遙は車、そしてオレは電車とか徒歩とかだな。輪行とかもいいかもなぁ」
「あらー。晶はわたくしの車に同乗しないのかしらー?」
「うーん。どうしても徒歩や公共交通機関で行くのが難しいなら頼むかもしれないけど、電車の旅ってのも憧れるんだよ。それにさ、道のりのソロってのもソロキャンプの一部だ……って言われてな」
「それもキャンプに詳しい親戚さんの言葉かしらー?」
「まあな。あとさ、一人でいろいろとやってみたい……って気持ちもわきあがってきちゃってよ」
「その気持ちは……わかる気がするわー。でも、一緒には行けないのは残念ねー」
「ほむ。でも、まだマシマシじゃないか」
「マシマシって大盛りか!」
晶が小まめにつっこむが、泊はお構いなしに話し続ける。
「なにしろ、下手すれば三人でキャンプに行くことさえできなかったんだ。晶はお母さんの体調がよくなったから行けるようになったんだし、はるはるは弥生さんがいて両親がなぜか許してくれたから行けるようになったんだろ。そしてなにより、二人がキャンプに興味をもってくれて、自分一人でもキャンプをしてみたいと動いてくれたから、一緒に行けるようになった」
「……まあな」
「そうねー……」
「一緒には行けなくても、スタイルはソロキャンプでも、目的地は同じで、テントを並べることができるんだ。わたしは……わたしは、それだけでテンション・オーバードライブだ」
「リミットブレイクとどっちが上なんだよ、それ!」
キレのある晶のツッコミを聞きながら、遙は笑う。
そして思いだす。
遙はずっと思っていた。
こうやって、泊や晶と遊べるのも今だけだと。高校を卒業してしまえば、きっとまったく別の道を行く。自分は結婚するかもしれないし、結婚しなくても彼女たちとは遠い道を行くのだろう。
しかし、それは決して「交わらない道」ではないのかもしれない。否。その道が交わらなくても、自分一人で歩く力があれば勝手に寄り道ぐらいはできるのかもしれない。
たとえ、最終的なゴールが違っても、手をとって共に歩くことができなくても、並んで歩くことぐらいはできるはずだ。泊の言うとおり、その途中でちょっとテントを立てて、焚き火を囲むことぐらいできるはずだ。
「ねえー、とまとま、晶」
遙は二人の顔を順番に見てから、噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「一緒にソロキャンプしようね」
「ほむ」
「ああ!」
「弥生もいろいろ教えてね」
「はい。かしこまりました、遙様」
三人の声に、遙は背中を押された気がしたのだった。
第六泊・完
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第三部・完
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