越谷・とあるファミリーレストラン
第七話「キャンプについて話し合った。けど、食欲が優先された」
「ほむ。今日、集まっていただいたのは他でもない」
地元のファミリーレストランで、泊はランチメニューのオムライスを頼んだ後にそうきりだした。
薄いピンクのウールセーターに、チェック柄のスカート。
それなりに目立つ服装ではあるが、1つにまとめたおさげの髪型、地味な黒縁の伊達眼鏡でリップクリームを塗っただけの登校時と同じ、物静かそうな身なりをしていた。
しかし、そのテンションはかなり違う。
「我々、ガールズソロキャン部が次に行くキャンプ場について決めるためである!」
「イエス、マム!」
泊の言葉に、彼女の隣に座っていた晶がビシッと擬音が見えるぐらいメリハリのあるポーズで手を上げた。
それを正面で見ていた【秋葉 杯斗】は、「うん、いい返事だな」「楽しそうだな」と思いながらも「そうじゃない」と自己ツッコミをしてから口を開く。
「ちょっと待てよ。ツッコミどころが多すぎて、どこから突っこんでいいのかわかんないんだけど。まず『集まっていただいた』ではなく、泊が『ついていってあげよう』とか言ってきたんだよな? いや、それ自体は嬉しかったんだけど……」
「ほむ。細かい。
「なんだ、その
「ガールズソロキャン部(仮)」
「……なんで、『これでよし』みたいなやり遂げた感だしてんの? だいたいガールズって、僕は男だよ?」
「ほむ。女装すればいいよ」
「さらっと何言ってんの!?」
「ほむ。なら、帰っていいよ。ってか、もともと秋葉くんは関係ないし。さようなら」
「寂しいっ! ってか、僕の用件で集まったんだよね!?」
「用件は、次のキャンプの予定を決めることだったはず?」
「おいこら、なんで僕がまちがっているような顔で見てるの!? 違うよね? だいたい『次』って、部としてキャンプは初めてでしょうが! というりさ、部として認められてもいないよね?」
「ほむ。秋葉君はナローハートだな」
「……それを言うなら、『
「ほ、ほむ。インテリはこれだから」
「インテリ!? そもそも今日は僕のキャンプ用品を買いに行く予定だったじゃないか! その前に飯食いながらキャンプギアについて話そうって言わなかったっけ?」
先週、たまたまキャンプ用品店【WILD CATS】で、秋葉は泊と遇うことができた。
そこで泊から説明を受けたのだが、予算は無限ではない。どれから買うか、どれを買うか悩むことも多かった。
だからその場では購入をあきらめ、一度帰って欲しいものを整理してから改めて買うことにしたのだ。
これは秋葉にとって願ったり叶ったりの流れだった。なにしろ、また学校以外で泊と二人で出かけられる約束ができたのだ。つまりデートができるわけである。
さらにデートまでの間も、キャンプギアについて質問したいという理由に託けて、SNSのID交換をさせてもらい、毎日いろいろとやりとりすることもできたのだ。
なんという僥倖。
これでかなり距離は縮まったはずだ。次のデートでまた一気に距離が縮まるかもしれない。
そう思っていたが、合流したら晶がそこにはいた。
二人きりでは、まったくなかった。
さらに用件を忘れているような、この泊の冷たい態度である。
「ほむ。覚えている、覚えているぞ、秋葉くん。わたしとて今日は楽しみにしていたんだから」
「……え?」
表情があまり大きく変わらず、淡々とした口調が多い泊が、にこりと微笑みかけてくれた。しかも、「楽しみにしていた」という言葉までかけてくれて。
秋葉は、一瞬で頬がゆるんでしまう。
「と、泊も楽しみにしてくれていたのか!」
「ほむ、もちろん。我々の『金はないけど、キャンプギアがいろいろ欲しい!』という欲求をきみの買い物につきあうという代償行為にて発散できるから、楽しみで仕方なかった」
「そんな理由だったのかよ!」
「まあいいじゃんか」
晶が横から口を挟む。
「お互い損はないだろう? おまえだってさ、理由はどうあれ一緒に買い物に行けるわけだし?」
「ま、まあ、そうだけど……」
「なら、いいじゃん。……ところでさ、クラブ作る話なんだけどさ」
晶の表情から笑いが消えて、今度はまじめな顔で話した。
「オレさ、クラブに入るのはいいんだけど、時間も金もないから、あんま参加できないかもしれねーぜ?」
晶のまん丸の目玉でクルクルと変わる表情は、見る者を惹きつける。活発さをイメージさせる褐色の肌と、ハキハキとした口調。元来の意味での女性らしさとは違う魅力の持ち主だ。さらに陸上競技でも有名人の彼女は、学校中ではかなり人気者だった。
「ほむ。晶はわたしと違いモテモテでデートで忙しいから時間も金もない……そう言いたいわけだね?」
「なんで自分をいきなり卑下してんだよ。デートで忙しいなんて言ってみたいけどな」
「晶なら彼氏ぐらい、とっかえひっかえ作れるだろう?」
「人聞き悪いこと言うな!」
確かに秋葉も、晶なら彼氏など選び放題だろうと思う。実際、彼女に告白して玉砕した者たちを何人も見ている。
しかし、どうやら彼女には好きな人がいるらしい。ただ、未だにつきあっていないらしいし、相手が誰だかもわかっていない。故に、「もしや」と自信のある者たちからの告白は、あとを絶たなかった。
(僕も似たようなもんか……)
秋葉は、自分で女子から人気があるということは認識していた。
しかし、別にモテたかったわけではない。誰からも認められる男になって、好きな子にふりむいて欲しかっただけだ。
だから、一途に想いを貫き悉く告白を断る晶には、共感と尊敬を抱いていた。
「ところで泊。どっちにしても部活にするには5人いるんじゃなかったっけか?」
秋葉は気になっていたことを尋ねる。
「ほむ、そうなんだよ。遙が入ってくれたとしても、あと1人たらない」
「僕が入ること確定してるし。まあ、いいけど。……ところで、その
泊たちはいつもほぼ三人で遊んでいることが多いので、二人だけは珍しい。
後から来るのかと思ったが、どうもそういう雰囲気ではなかった。
「ああ、遙はなんか用があるんだとよ。今日一日、連絡取れないって言っていたぞ」
「ほむ。そうらしい。というわけで、キャンプでどこ行くかこのメンバーで候補を出すことにした。決定は遙が加わってからでいいし」
「なあ、僕の買い物の話は?」
「それはだいたい、チャットで決めたではないか」
「まあ、そうだけどさ……」
「というわけで、ガールズソロキャン部(仮)が最初に行くキャンプ場を決めるぞ、マネージャーくん!」
「マネージャー!? 僕、マネージャーなの!?」
「ほむ。キャンプの時は留守番よろしく」
「ひでぇ! 鬼か、泊!」
「いやいや、わたしもそこまで鬼ではないぞ。部に顧問の先生がついて、一緒に来てくれるときならいいと思う。しかし、それ以外は純潔を守る乙女として、秋葉君を斬首しても一緒に行くのを阻止する」
「首斬り乙女、怖いよ!」
「おお、ならあたしが手足もぎ取るぜ!」
「スプラッタすぎるだろ、乙女!」
「まあ秋葉の死因は不明としておいて、キャンプとしては暖かいところに行きたいな」
「旅行中に殺人事件に出くわしても興味を示さず、そのまま観光を楽しむ名探偵のようだね、入谷さん」
「晶でいいよ、オレは。同じ部員予定だし、呼び捨てでかまわないから」
にこりと満面の笑みを向けられて、思わず秋葉はドギマギしてしまう。
晶とは学校で少し離すぐらいはあったが、がっつりと長く話したことはなかった。そのためか秋葉が思っていた彼女のイメージは「ボーイッシュで活発な女の子」程度だった。
しかし実際にこうやって話してみると、その表情の豊かさも非常に魅力的に見える。
「わ、わかった。じゃあ、僕のことは、杯斗って呼んでよ」
「う~ん……。慣れている秋葉のが呼びやすいから、秋葉にしておく」
「そ、そう。好きに呼んでください、うん……」
「そうするわ。……で、キャンプだけど暖かいところなら、伊豆とか、千葉の房総半島とかどうかな?」
「ほむ。なるほど。確かに、そっちの方面がいい。ならばそっち方面で、おいしい食べ物があって、わたしたちは公共交通機関利用だから、それを考えて行きやすいところにしないといかんね」
「ん? 泊はバイクで行くんじゃないのか?」
「それはさすがにあれかな……と。一緒に行った方がいい気がする」
「でもよぉ、遙は行くとしたら車じゃねえか?」
「ほむ。だからこそ、わたしまでバイクだと、晶だけ歩きになってしまうではないか」
「う~ん、別にいいんじゃね? そういう意味ではみんな一人……いや、遙には運転手がついているだろうけど。あと下手するとボディガードとか?」
「ほむ……そう考えるとそもそも、はるはるはキャンプに行けるのだろうか?」
「どうだろうな。ともかく暖かくて公共交通機関で行きやすくて……あとなんだ?」
「地元のおいしい食べ物があって、フリーサイトがあるところがいいかな」
「フリーサイトか。確かにそっちのが隣が距離とれる可能性もあるしな。ただ場所取りしなきゃならんけど。それとやっぱり料金の安さは大事だな」
「ほむ。そうだね。料金は重要。あとはおいしい食べ物があって、トイレがきれいなところとか?」
「それと、お湯が出るところがいいな」
黙って聞いていた秋葉だったが、気になったので晶に向かって首を傾げる。
「お湯? 沸かせばいいんじゃないの?」
「カップラーメンを作るぐらいのお湯なら、沸かせばいいんだけどさ。オレが気にしてんのは、洗い物などに使うお湯。汚れ物があまり出ない料理ならいいけど、真冬に外でお皿とか洗うときに、お湯が出るか出ないかは大違いだぜ。油物の落ちも違ってくるしな」
「なるほどな……」
「あと贅沢言えば、洗い場に屋根は欲しい。屋根がないところで雨が降ると洗い物はちょっとな……」
「ああ、そうか。確かに……って、いり……晶は詳しいんだね。キャンプにそんなに行ってんの?」
「あっ、いや、その……親戚に詳しい人がいてよく話を聞いてはいたんだ」
なぜか晶の頬が赤らんだように見えたが、秋葉は気にせず話を続ける。
「他にはなんかある?」
「そうだなぁ。地面が芝のがいいなぁ。まあ、冬は芝もかなり枯れているけど、それでも少しは違ってくる。この前、キャンプしたところもほぼ剥げちゃった芝だったけど、やっぱり少しはましだったしな」
「ほむほむ。それに近隣においしい食べ物があるかと、一サイト内にいくつテントを立てられるかの規制も気にしないとやばいね」
「なんだそれ? フリーサイトなら一サイトとか関係ないんじゃないのか?」
知らないことがドンドン出てくる。秋葉にしてみれば、これは確かに役立つミーティングかもしれない。
「ところがギッチョン。『そうは問屋がノット・セールスド』なのだよ、秋葉くん」
「セールスドって意味がわかんないよ。もしかして英語が違うけど『卸さない』と言いたかったのかな。……まあ、それはおいとて、どういうこと?」
「ほむ。フリーサイトは、確かに区画という境界線はないけど、考え方的にはキャンパーは一サイト借りている形なのだよ。そして一サイト内に、テントを一幕、タープを一幕までみたいに決めているところも多い。まあ、そうしないとひとつの申し込みでテントをいっぱい張られて困ることもあるわけで」
「多い……ってことは、そうじゃないところもあるのか?」
「ある。ぶっちゃけこの辺りの料金体系の千差万別さが、キャンプ場に申し込むときに難しい部分の1つ。区画サイトなんかその範囲を借りているんだから、その範囲内に立てるなら規制はないと思う人も多いし、わたしもそう思っていた。でも、わりとそうじゃない」
「ふーん。実際は、区画サイトでもテントを一幕、タープを一幕のみと規制しているところも多いってことかぁ」
「ほむ、その通り。
なるほどなと納得しながらも、秋葉は頭の片隅で「ハイト」と呼ばれた事を喜んでしまう。たぶん話しているうちに気が緩んでしまったのだろう。
「それから、近くにおいしい食べ物が売っているかと、チェックイン時間が早めか、チェックアウト時間が遅めかも調べないと」
「ああ。オレもそれ大事だと思うぜ、とまりん。特にチェックアウトが早いと、朝から慌ただしいことになるしな」
そう言えば、チェックインやチェックアウトの時間があるのだった。しかし、それってそんなに違うものなのだろうか。
水を一口飲んでから、秋葉はそのことを質問する。
「普通、何時ぐらいにチェックアウトなんだ?」
すると、泊が答える。
「ほむ。だいたい一一時。早いと一〇時というところもある」
「ゆっくりだと?」
「一二時とか一四時とか」
「この前、オレが言った成田ゆめ牧場は、なんとチェックアウトが一七時だったぜ。しかも、チェックイン時間は一三時というところが多いんだけど、あそこは九時からだからすごく長くいられるんだ」
晶が少し前のめりになり得意そうにそう言った。
その内容に、秋葉は素直に驚く。
「へぇー。それはすごいな。それだけ違うと感覚的に丸一日分ぐらいちがうよな」
もし、一三時チェックイン、一一時チェックアウトだと、滞在時間は一泊で二二時間ということになる。
しかし、九時チェックイン、一七時チェックアウトだと、滞在時間は一泊で三二時間にもなる。
「だろ? まあ、さすがにそういうところは少ないらしいけど」
「ほむほむ、なるほど。ならその辺も調べるとして。残りは……おいしい食べ物があるかだね!」
「「わかったわ、この食いしん坊が!」」
そこにやっと、注文した泊のオムライス等が運ばれてきた。
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