第一五話「よくわからなかった。だけど、なんとなくわかった」

 上に重ねた薪は、しばらくすると炎に

 左右から細い炎の指が何本も立ちあがり、薪を握るように包んでいくのだ。

 握られた薪は、熱を得て黒く姿を変えていく。

 その様子に、晶はなぜか魅了されていた。


(とまりんと、話したいな……)


 それは、確か泊が二度目のキャンプに行った後のことだった。

 晶は泊から、焚き火の魅力についてとうとうと語られたことがあった。



 ――焚き火は、一つの物語。


 薪を手にいれて薪を割るところから物語の「序」が始まっている。

 薪をナイフで削ってフェザーを作り、そこから火を育てていくところが「起」。

 育った炎が薪を喰らい、踊り狂っているのが「承」。

 静まった熾火に薪を贄として、再び炎が蘇らせるのが「転」。

 そして灰という静寂が訪れて「結」となる。

 焚き火にあたるわたしたちは、読者か観客か。

 だだし、その物語になにを見るのかは、その人次第。



 その話を聞いたときには、なんとも小説家らしいロマンチックなことを言っているなと思っただけで、内容はまったく理解できなかったし、同意なんてとてもできそうになかった。


 だが今日、晶は確かに泊の言うような物語を見ていた。そのあらすじは説明できないけど、それは夢のようなストーリーだった気がする。


(百聞は一見に如かず……だっけか)


 晶は車から降りてきたかず兄を迎えながらそんなことを考えていた。

 キャンプに来てからかず兄のことばかり考え、二人だけでずっと過ごしていたいと考えていたのに、今はこの体験を泊に伝えたくて仕方がない。


 とは言え、今は先にやることがある。


「遅くなって悪かったな。夕飯の支度の時間は大丈夫か?」


 かず兄が買ってきた食材の入っている袋を持ちあげて見せた。

 晶は、それを受けとって中身を見ながら返事する。


「ああ、うん。平気、平気。今日の夕飯メニューはお手軽メニューだからさ」


「野菜ジュースにステーキ肉、生卵……煮込み料理か?」


「ある意味でまちがっていないけど、煮込み料理は時間がかかるだろう? それにステーキ肉が主役じゃないんだぜ」


「ほほう?」


「それにこれなら、かず兄がソロのときも簡単に作れるかと思ってさ。簡単レシピを調べてきて、それに今日はプラスアルファだ」


「それは楽しみだな。で、俺もなにか手伝うか?」


「それなら、ステーキを焼いてくれる? レアでいいから」


「え? ステーキ、焼くのか? 煮込みじゃ?」


「いいから、いいから。焼いちゃって。味付けはしなくていいので」


 そう指示をだしてから、晶もさっそく調理に入る。

 まずは火にかけた大きいダッチオーブンの底に多めのバター。

 溶けたら、昨日の残りのニンニク、それに鷹の爪をいれて炒める。

 香りが出てきたら、野菜ジュースを投入。

 野菜ジュースは好みで選んでよいが、フルーツ多めを選ぶとかなり甘味が強くなる。

 缶詰のコンビーフをいれてほぐし、ローリエを数枚。

 そこにカレールーを溶かしこむ。

 焦げないようにかきまぜながら一煮立ち。


 シェルターの中は、すっかり食欲をそそるカレーの香りが支配していた。


「これで基本、完成」


「カレーか。しかし、これは簡単だな……」


 横で見ていたかず兄が感嘆する。


 ちなみに晶が検索して見つけた、コンビーフの缶詰で有名なノザキのツィッターで紹介されていたレシピはもっと簡単だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

①フードコンテナに以下の材料をいれる。

・コンビーフ:五〇グラム位

・野菜ジュース:200ミリリットル

・カレールー:一片

②軽く蓋をし七五〇Wの電子レンジで三分半加熱(途中でかき混ぜルーを溶かす)


https://twitter.com/nozaki1948/status/1201777887986118657

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 包丁さえ使わないどころか、レンジでチンである。

 作ってみたところ、この手軽さに対して異常なほどおいしかったのだが、それでもやはり物足りない。特にスパイシーさが足らなかった。

 あと、食感がどうしても単調になる。


「晶ちゃん、ステーキ焼けたけど?」


 鉄板の上のステーキは、小さめながらもジュウジュウと表面がいい感じに焼けていた。

 晶はその表面に細かく切り筋をいれてから、さらにブロック状に切っていく。

 そしてそれをカレーにいれると、そのまま保温する程度の弱火にしておいた。


「あとはご飯が炊けるまでこのままで。小さなダッチオーブン、貸してくれる?」


「俺が炊こうか?」


「かず兄は、ベーコンの面倒を見てよ」


「おお。そう言えば、そうだな。……ところで、晶ちゃん」


 頭を掻きながらシェルターから出る途中で、かず兄が振りかえる。


「一人の時間は、どうだった?」


「…………」


 質問され、晶は焚き火の炎をまた思いだす。

 焚き火は、きっと導引の炎だったのだろう。

 それはたぶん、風で揺れる芝生でも、雲が流れる空でもよかったのかもしれない。

 必要だったのは、考える時間。

 もしくは、逆に頭が休まる時間。

 試験問題を解いているときも、目標を見すえて短距離を走っているときも、スーパーの特売で買い物を急いでいるときも、友達と限られた時間で遊んでいるときも、この一人の時間は得られなかったものだ。

 日常ではなく、非日常だから得られた時間。


「うん……。よくわかんないけど、なんか悪くなかった」


「……そうか」


 晶が言葉にできるのは、それが精一杯であった。

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