成田ゆめ牧場ファミリーオートキャンプ場
第一三話「ご馳走すると言われた。だけど、時間がかかりすぎる」
夢を見たというより、思い出したと言うべきかもしれない。
晶は目が覚めてから、寝慣れないマットの上でボーッと思いだしていた。
まだ幼い頃に働き始めた母親の代わりに家事を手伝い始め、母親が体調を崩してからは料理全般を自分から受け持ったこと。
同時期に中学校で料理を習おうと思ったら、部活のヘルプを頼まれてそのまま陸上部に入ってしまったこと。しかも、優秀な成績を残したら、母親にも喜ばれたのでそのまま続けてしまったこと。
高校生になっても、やはり先生や先輩、同級生にも頼まれて陸上部に入ってしまったこと。その上頼まれて、体育祭の実行委員もやったし、陸上部男子との合コンセッティングまでやらされた。
(だけど、どれもこれも嫌々というわけではなかったな……。合コンは少し抵抗感があったけど)
頼られることに誇らしさもあった。なにかしてあげることで相手が喜んでくれれば嬉しかった。
もちろん、ただ押しつけられるのはまっぴら御免だったが、「入谷さんだから頼みたい」と言われれば、「仕方ないなー」とつい姐御肌的な気っ風のよさを見せてしまっていた。
しかしまた、いまになってどうしてこんな記憶を夢で見たのだろうと考える。
思い当たるのは、やはりひとつしかない。
――自分が自分のために使う自分の時間だ。それがソロキャンプの時間なんだよ。
また、この言葉が頭でくり返される。自分でも、なぜここまでこの言葉が気にかかるのかはわからない。
誰かのために使う時間も自分の喜びなのだから、自分の時間に違いないのではないかと思う。それなのにソロキャンプとからめて、まるで謎かけのように言われてもわかるわけがない。
そもそもソロキャンプなんて、正直なところなにが楽しいのかわからない。
そう言えば先日、泊の幼馴染みの秋葉が「ソロキャンプに興味ある」と言っていたので話を聞いてみた。どんな興味があるのか知りたかったのだ。
だが回りくどい彼の説明を要約すると、「なんかカッコイイ感じがする」という理由でしかなかった。要するにポーズである。まあ、その格好つけも、泊へのアピールが大きいのだろう。それはそれで理由としては理解できる。
しかし、かず兄のソロキャンプ好きは明らかにポーズと違う。本当に心底、見ているこっちが嫉妬するぐらい、楽しそうに一人でキャンプに行く。
(そう言えば、あの時も言っていたなぁ……)
それはキャンプに連れて行ってと頼んだら、すっぱりと断られた時だ。みんなで行った方が楽しいではないかと言い返すと、かず兄はこう応じていた。
――自分一人の時間が、自分のために欲しいんだ。
そして今回、「一人で過ごす時間の使い方を知って欲しい」と言った。つまりかず兄は、断ったあの時の気持ちを理解して欲しいのかもしれない。
(うわっ。もう七時半か……)
枕元に置いておいたスマートフォンを見ると、思っていたよりよく寝ていたことに気がつく。朝食の用意はしなくていいと言われていたので、少し油断していたのかもしれない。
晶は寝袋から体をだしてダウンを羽織った。セラミックファンヒーターが効いていたので、インナーテント内はわりと暖かい。
そしてかるく髪型を整えてから、トイレへ行くためにインナーテントの外にでる。
シェルターの中にも外にも、かず兄の姿はなかった。
どこにいったのだろうと探すが、ひんやりとした朝の空気で体がブルリと震えてしまう。
とにかく洗顔道具をもって、まずはトイレへ向かった。
「晶ちゃん、おはよう」
洗顔も終わらせて戻ってくると、テントのテーブルの上にビニール袋を並べるかず兄がいた。
その横には、牛乳瓶が二本置いてある。牛乳瓶を見るのは何年ぶりだろうか。雪のような真っ白な牛乳が、屈折した瓶の表面で少しくすんで見える気がした。
「できたてパン、買ってきたぞ」
「買ってきたって、どこで?」
「ここの受付のあるロッジで毎朝、売るんだよ。牛乳とあと自家製ヨーグルトもあるぞ。これがうまいんだけど、キャンプで食べればうまさ一〇〇倍だ」
かず兄が「朝食は任せろ」と言っていたのはこのことかと理解する。自分にこれを食べさせたかったのだろう。
晶は礼を告げてから席に着く。
「晶ちゃんには、メロンパンを買ってきたから。小さい頃から好きだっただろう、メロンパン」
「オ……あたし、もう子供ではありません!」
せめて口調だけでも大人っぽく対抗するが、かず兄にはクスッと笑われてしまう。
「おや? 今はメロンパン、嫌いだったか?」
「そ、そんなことは……」
「ここのメロンパンもうまいぞ。しかも、チョコチップ入りだ」
「チョコチップ!?」
「おお」
「……頂きます」
「あははは。やっぱり好きじゃないか、メロンパン」
「うぐっ……」
「まあ、俺も好きなんだけどな、メロンパン」
そう言うと、彼は晶にメロンパンを渡したあと、自分の分もとりだした。
「な、なーんだ。かず兄も、子供っぽいんだなぁ」
「まあな。俺もまだまだ子供だぞ」
そう言って笑う、かず兄。その返しはずるいと思うが、晶は何も言えずにプイッと視線をそらしてしまう。
「あと大人の味、カレーパンもあるからな」
かず兄がカレーパン、そしてクロワッサンもとりだした。
晶は反論をあきらめて、とりあえずメロンパンを口に運ぶ。
メロンパンは、サクサクでチョコチップがよいアクセントになった。
カレーパンは、中に入っているカレーがスパイシーでメロンパンの甘味をリセットしてくれた。
サックリとした歯触りのクロワッサンは、そのままでもバターが利いていた。だが、そこにヨーグルトを載せるとこれがまたさらにおいしかった。ヨーグルトが甘すぎずすっぱすぎず絶妙な味わいで、クロワッサンとのマッチングが最高だったのだ。
そして牛乳。寒いので温めてから飲んだのだが、家で飲んでいる栄養素がいろいろ入った牛乳もどきとは味がまったく違う。牛乳としての風味がとにかく濃厚で、しっかりとした甘みがあるのだ。その甘味は、砂糖か何か入っているのではないかと思ってしまうほどだ。
パンと牛乳。それだけ聞けば、非常にシンプルな朝食だっただろう。しかし、その内容は非常に充実していた。それに本当においしかった。
もしかしたらかず兄の言うとおり、キャンプで食べるというだけでうまさが何倍にもなるのかもしれない。
「昼飯はどこか食べに行くか?」
朝食が終わると、かず兄に尋ねられた。
晶としては、贅沢を控えたかったので断った。その代わり、お湯を入れるだけで食べられる食事があるというのでそれで済ませることにした。
「それじゃあ夕飯の材料は、晶ちゃんに言われたのを俺が買ってくるよ」
「え? 一緒に行くよ」
「いや、留守番していてくれると助かる」
かず兄が親指を立てて後ろを指した。
そこにはあるのは、ポールのひとつに吊されたネットの食器干し。
そして中に、大きな肉の塊。
「豚バラのブロック。一晩、ピックル液に漬けておいて、今は干している」
「ピックル液? かず兄が作ったの?」
「ああ。といっても、手抜きだけどね。水に野菜だしを溶いて、それにいろいろと突っこんで作ったピックル液だ。あとは豚バラ肉にフォークで穴を開けて、ビニールパックでピックル液に漬け、冷蔵庫で寝かせた。それを今、表面の水気をとって、少しだけしっとりするまで干している」
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●かず兄流ピックル液レシピ(肉1kgに対して)
・水500ml
・野菜だし(適量)
・岩塩25g ※
・三温糖25g
・ローリエ
・ニンニク(1~2片)
・鷹の爪(好みで)
・黒瀬のスパイス(少々)
・胡椒(少々)
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※野菜だしと黒瀬のスパイスに塩分が入っているために少なめ。野菜だしの塩分によって岩塩と黒瀬のスパイスの量は調整が必要。両方ともいれないならば、岩塩は35gぐらい。
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「わりと凝っているけど、それってもしかして……」
「ああ。焚き火で作る、吊るしベーコンだ。これを晶にご馳走するよ」
「おお。さすがにオレも作ったことないや」
「だろうな。時間がかかるから、これ。ちなみに今日の夕飯は早めに終わらせたいから、昼前ぐらいから炙り始める。それで買い物に行っている間も、火の番をしてほしい」
「それはいいけど、そんなに早くから? 時間がかかるって、どのぐらいかかるの?」
「そうだなぁ……六時間ぐらい?」
「ろっ、六時間!? まじか!?」
「ああ。帰ったらチェンジするから、それまでたっぷりと焚き火と戯れてくれ」
「…………」
この時初めて晶は、「キャンプに来たのはまちがいだったのかもしれない」と思ってしまった。
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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。
http://blog.guym.jp/2020/03/scd005-13.html
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