成田ゆめ牧場

第六話「クジラだと思った。だけど、クジラじゃなかった」

 先に結論を言えば、晶は一人でもそれなりに【成田ゆめ牧場】を楽しめた。


 中に入ると、まず気になったのは動物ではなく食べ物だ。

 動物たちの愛らしさによる誘惑の前に、多くのレストランやカフェが食欲で誘惑してくる。その攻撃は、超凄まじい。

 ロッジ風の建物で自家製モッツァレラチーズを使ったピザの店。

 迫力のあるチキンソーセージプレートなどがあるカフェに、ソフトクリームの店【ミルキーハウス】。

 チーズケーキ、チーズのパイ包み焼き、チーズのペンネグラタンなどが食べられる、チーズのレストラン【チーズフォレスト】。


(これじゃぜってー、とまりんはつかまるな。あいつ、食い物にクソ弱いし……)


 すでに昼過ぎということもあり、テラス席には数組の客が座っていた。みんなおいしそうに、食事を楽しんでいる。

 いや。どうやら食事をしに来たのは、人間だけではなかった。

 ネコだ。たぶん、野良猫なのだろう。テラス席の人のいるところをまるで媚びを売るように鳴きながら、わたり歩いている白と黒のネコがいたのだ。

 その食べ物から食べ物に釣られる姿が、ふと誰かと重なる。


(……とまりんだ。やはり、とまりんがいる。……野良とまりんだ!)


 SNSで使用する泊のアイコンがネコ耳をつけているということもあるのだろう。

 晶は、泊が飯を求める姿を想像してかるく吹きだしてしまう。


(たくましく生きろよ、野良とまりん……)


 などと野良とまりんネコのことを応援してみるが、晶自身もせっかくだから、なにか食べたくなる。カップラーメンを胃に収めたが、育ち盛りの上にエネルギー効率が悪い晶の胃袋には、まだまだ余裕がある。

 何があるのかとワクワクしながら、道の途中にあった案内板に張られたポスターに駆けよって見てみた。

 が、とたんに「ゲッ!」ともらしてしまう。


(国産牛のすき焼き、二人前四六〇〇円……チーズフォンデュ、二人前三五〇〇円……)


 一人前分で計算しても、晶にとっては血反吐を吐いてしまいそうになる金額ばかりだ。他の店のホットドッグ系やピザならもう少し安く抑えられそうだが、それでもやはり学生の晶には痛すぎる。


(チーズフォンデュ……実は高級料理なのか!? 味を確認してみたい! ……しかしなぁ、食ってみたくても金がねぇーし! あぁ~あ。とまりんみたいに自分で稼いでればなぁ。やっぱバイトしてーや)


 しかし、そう思ってみても晶はわかっている。自分はアルバイトで稼いでも、やっぱり高いからと尻込みするタイプだ。けっきょくは、貧乏性。これを直さなければ、こういうところで食事を楽しめないだろう。


(オレ、観光地向きじゃねーのかな。ま、さっきカップラーメンを食ったからしばらくは平気だし。もう動物で癒されることにする!)


 そう割り切って、晶は牧場の中に進む。

 牧場と言っても、どっちかと言えばアミューズメントパークのイメージだ。メインの道は舗装されているし、いろいろなイベントエリアにわかれて楽しめるようになっている。


 その中で晶がまず見に行ったのが、ウサギだった。

 これがまた可愛かった。別にわざわざ牧場でウサギを見に行かなくてもとは思ったのだが、やはりかわいいものはかわいい。くわえて大量にいるので、かわいさ大盛りおかわりし放題という感じだ。


 ちなみに白いウサギを見ていると、不思議と遙を思いだした。たぶん、彼女のSNS用のアイコンが白ウサギの耳をつけていたせいだろう。

 それに女王様然とした遙だが、気を許した相手だけには、わりと寂しがり屋のかまってちゃんだと言うことも知っている。「ウサギは寂しいと死ぬ」という都市伝説もあるが、そんなところも遙とウサギを紐付けやすい。


(でも、遙は殺しても死ななそうだけどな。あいつ根は図太いし……)


 次に楽しんだのが、アヒルだ。

 これまた牧場でなくともと思ったが、晶はこれまであまり生でアヒルを見たことがなかった。特にアヒルのレースとかいうのをやっていて、その時のお尻の揺れ具合が本当にたまらなかった。それにアヒルに触るという体験もできた。


 ちなみにアヒルのコミカルな動きを見ていると、不思議と泊を思いだした。たぶん、彼女のSNSのアイコンが……とそこまで考えて、彼女のアイコンはネコ耳だったことを思いだし、晶は首を捻る。なぜ、泊が出てきてしまったのだろう。


(共通点は……面白い動きか?)


 あと見ていて面白かったのは、ヤギだった。

 目の前で見るのは初めてだというのもあったが、その行動がイメージと大きく違っているのがまた楽しかった。

 晶はヤギに対して、なんとなく檻の中でのんびりしているイメージをもっていたのだ。


(ところがこやつ、わりとアクティブじゃねーかよ)


 見ている方は怖いのだが、そんなこちらの懸念など気にせずにヒョイヒョイと登り、細い丸太の上に立ったり、二階建てほどの高さがある丸太の橋を渡ったりする。大丈夫なのかと思うが、不思議とバランスよくヤギたちは平気な顔をしているのだ。


 ちなみにそんなヤギを見ていると、不思議と泊を思いだした。いや違う。不思議でもなんでもない。なぜ泊がでてきたのか、晶はすぐに気がつく。

 小説家というと静かに執筆するイメージだが、泊はそのイメージと違いわりとアクティブ。それに、横で見ているこっちが心配していても気にせず、勝手気ままにヒョイヒョイと一人で行動する。危なっかしいくせに、本人は平気の平左でなんとかしてしまう。


(つまり、とまりんは食い意地が張った野良ネコで、コミカルなアヒルで、人の心配をよそに平気な顔で危ないことをするヤギというわけだ。一言で言うと……変な動物だな、とまりん!)


 晶は一人でウンウンと納得する。確かに泊はそんな奴だ。


 その後、ポニーを見たり、【うしさん広場】でウシの迫力に驚いたりと、いろいろと見て回った。

 またいろいろな体験教室みたいなのもやっており、バター作り、ジャム作り、カウボーイパン作り、チョコアイス作り、モンブラン作りなどなど、興味が惹かれるイベントもあったが予算の都合であきらめた。

 帰りにショップで泊と遙、それに自宅にも土産を買わなくてはならないし、かず兄にも食べさせたいものがあったので買っていってあげたい。そのためには自分は贅沢できない。


(でも、喉が渇いたから飲み物ぐらいは……)


 なにかないかと見ていたら、たまたま興味を惹く看板を見つけることができた。


(ホエイはちみつレモン? ホエイ? クジラのことか? クジラをはちみつレモンにつけた飲み物? こっちは【ヘイ! ヘイ! ホエイ!】? なにそれふざけてるのか?)


 よく見たら【ヘイ! ヘイ! ホエイ!】は、「ホエイサイダー」と書いてある。味は別として炭酸飲料ということはまちがいないのだろう。値段もそこまで高くない。

 これぐらいならいいだろうと、晶は興味津々で買ってみた。多少の贅沢は許されるはずだ。


(うーん。見た目は透明。本当にクジラ味なのか?)


 ビンに入ったそれをとりあえず飲んでみる。

 シュワシュワと炭酸の刺激の中にあるのは、どこか知っている味。


(これ、ヨーグルト風味? なんかヨーグルトの上澄みを飲んでいるような……)


 その後、晶はビンのラベルにあった説明を読んで「ホエイ」がチーズを作るときにできる「乳清」の事だと知る。そしてクジラなら「ホエール」とすべきだということにも気がつくが、その勘違いは自分の心の中だけに静かに静かにしまっておいた。


(やべぇ……一人でよかった。特に、とまりんと遙に言ったら1ヶ月は笑いものにされるからな……セーフセーフ)


 晶はちょっとお馬鹿だった。





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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2020/01/scd005-06.html


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