成田ゆめ牧場ファミリーオートキャンプ場→成田ゆめ牧場

第五話「自分の時間だ。だけど、わかんなくなった」

 昼飯にカップラーメンをかるくすすったあと、晶は出かけることにした。

 かず兄には、「ゆめ牧場においしそうな店があるから、そこで昼飯を食えば」と提案されたが、スマートフォンで値段を調べたとたんに選択肢からはずした。確かにうまそうだが、ぶっちゃけ高すぎる。「飯代は出してやるから」とも言われたが、そんな無駄遣いをさせるわけにはいかない。かず兄自身がカップラーメンで済ませようとしているのに。


 もちろんこれがもし、かず兄と食べにいくというなら話はまったく別である。その場合の費用は、「食費」ではなく「デート代」だ。幸せの時間はプライスレス。そこに貧乏性を発揮したくない。

 しかし、ただの食事ならカップラーメンで十分である。


(それになんか、キャンプ場で食ったらいつもよりうまかった……気がした。でも、かず兄には貧乏性だと思われてるよなぁ……今さらだけど)


 晶は、入谷家の家計の管理を任されている。というか、自然とそうなっていた。母親が何事にもわりとアバウトで、姉は仕事で忙しく、家のことはほぼ晶が管理していたのだ。

 最初、晶は食事を作るために食費を管理下に置いた。そのうち家電の消費電力をチェックして電気代を節約し、風呂の入る時間をまとめることでガス・水道の代金を節約した。そうこうしている間に、入谷家の財布はほぼ彼女が掌握することになっていたのだ。


 もちろん、それは入谷家にとっていいことだった。

 姉が働き始めてから、家計は楽になるかと思っていた。しかし今度は母が不幸にもちょくちょく体調を崩し、あまり働けなくなってしまったのだ。しかも最後は、長期入院となったために家計の苦しい生活は続いていた。

 しかし、管理に厳しい晶が財務大臣になったおかげで、そこまで困窮するようなことにはならないで済んだ。もちろん、そこにはかず兄からのなんだかんだという援助の力もあったことは否定できないが。


 ともかく気がつけば、晶は「節約」という言葉が大好きな女の子になっていた。

 かず兄には「いいことだ」と褒められるが、まだ高校生の女の子としては、いささか難があるような気がする。泊や遙と遊びにいくときも、頭の中にはいつも交際費の計算が横切ってしまっている。


(バイトも……そんな暇もないしなぁ)


 高校生になったら、晶はアルバイトをすると決めていた。彼女が通う高校は、わりとアルバイトに対する規制が緩い。申請さえしておけば大抵許可してもらえるのだ。実際、クラスメイトの何人かは学校が終わった後にアルバイトに行っている。

 しかし、高校生になっても中学からやっていた陸上部に入ることになり、さらに家事もやることが増えてしまった。

 おかげで働く時間などどこにもない。それどころか、勉強をする暇もないぐらいだ。


(陸上部、やめるかなぁ。走るのは好きだけど、……)


 そんなことを考えながらキャンプ場を横切ると、そのまま大きな駐車場につながり、ほどなく目的地が見えてきた。

 まさに牧場にある牛を囲うかのような、白く塗られた低い木の塀。その向こうには夜になったら光るのだろうか、電飾で牛を象ったらしい飾りもあった。

 その前を左に折れるとアイスクリームの売店があり、その先に改札のある入り口が現れる。そこが【成田ゆめ牧場】の入り口だった。



【成田ゆめ牧場】

https://www.yumebokujo.com/



(ここか。なんか普通だな……って当たり前か)


 さっそくチケットを見せて中に入ってみる。

 そしてもらったパンフレットの案内図を眺めてみる。

 思ったよりも広く、動物と触れあう場もあれば、よくわからないがソリにる芝すべりや、なぜかアーチェリーを楽しめるコーナーまであった。


(トロッコ列車まで走っているのか。う~ん、どこ見っかなぁ。一人だとどうしていいかわかんねぇや)


 晶は、今まで一人でこんな風に遊んだことはない。だいたい誘われて遊びにいくことがほとんどだ。基本的に「行こう」と誘われれば、予算が許す限りは断らない。

 最近では泊たちと相談して遊びにいくこともあるが、そのぐらいだ。


 とりあえず、周囲を見まわしてみる。

 客はそこそこいる感じだ。これから増えてくるのだろうか。それとも奥の方にもっといるのだろうか。


 すぐ右には売店があるので、とりあえずそっちに入ってみることにする。

 いわゆるお土産屋だ。白を基調にしたきれいなお店で、いろいろなお菓子やグッズなどが売っている。それ以外にチーズや、ヨーグルト、ハム、それにパンなども売っていた。

 隣にあるスィーツの店とも繋がっている。


(メリーズショップってのか……。牛のぬいぐるみは、ゆめこちゃん? え? 妖精? 牛の妖精なのか、これ。どこが妖精なのかわかんねぇけど……けど……かわいいじゃんか)


 二足歩行しそうな牛のぬいぐるみを持って眺める。姉への土産はこれでいいかと内定させる。


(ウシマロ? 牛模様なのは、粒チョコがはいったマシュマロか。よくわからんがうまそう。いろいろ高いけど、土産にはいいかもな。帰りにもう一度、よるか)


 おいしそうな物や、興味あるものがたくさんある。見ているのは楽しいが目の毒だ。

 それにせっかく来たのだから、他のところも見て回りたい。

 チケット代の元はとりたい。


(夕飯の準備もあるからな。そこまでゆっくりもできねぇし……)


 晶は一人でゆめ牧場の中に進む。

 もちろん、かず兄と来られたらどれだけ嬉しかったかと思うが、仕事があるのはしかたがない。ここはグッと我慢すべきだ。

 それに、かず兄から言われたことについても考えてみる。



――自分が自分のために使う自分の時間だ。それがソロキャンプの時間なんだよ。



 まったく意味がわからない。もしかしたら、かず兄はなんとなく難しそうなことを言って、こちらを煙に巻こうとしているだけではないのかと思ってしまう。

 だって、おかしいじゃないか。自分が他人のために使う時間だって、自分の時間ではないか。

 晶が、かず兄のために食事を作ってあげたい、なにか手伝ってあげたい、そう思って動くことだって、ある意味で「自分のために使う自分の時間」のはずだ。

 だいたい、ソロキャンプの時間とか言われても、このゆめ牧場を見学しているのがキャンプと言えるのだろうか。


(オレ、泊と違ってこういう面倒なこと考えるのは苦手なんだよなぁ、チクショウ)


 泊ならきっと、こういう精神論的な、または哲学的なというべきか、ともかくそういう面倒な話を考えるのは得意だろう。

 彼女は同じ年だというのに、自分の生き方にポリシーみたいなものをもっている。晶の周りにいる友達の中で、泊はもっとも自分の生きたいように生きていると思えるのだ。


(自分なりの生き方……時間の使い方……それが自分の時間? ……ああ、くそ! オレらしくないな!)


 別に自分だって、自分の生きたいように生きているつもりだ。、家族を助けるのも、中学のときに後輩に頼まれて陸上部にヘルプで入ったのも、高校で教師に陸上部に入ってくれと頼まれて入ったのも、すべては自分が決めたことだ。


(そうだ。オレが決めたことだ。自分のために使う自分の時間だ……。ん? あれ? 自分の時間を削って作った自分の時間?)


 ふと自分の思考に矛盾を感じる。

 別に嫌々やっていることなど一つもない。

 嫌いなことをしているつもりもない。

 なのになぜ自分は「自分の時間を削って」などと思ってしまったのだろう。


(……ああ、ヤメヤメ! とにかく、アヒルとかヤギさんとか見てくるか!)




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※参考:【成田ゆめ牧場ファミリーオートキャンプ場】場内マップ

https://www.yumebokujo.com/camp.html

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