第四話「一緒に過ごしたかった。だけど、一人で過ごせと言われた」
「広い……」
思わず晶は独り言ちる。
トイレから戻る途中、すぐに戻るのはなんとなく気まずいので少し遠回りをしてみる。
フリーサイトと反対側の区画サイトには、フリーサイトよりも多くのテントがひしめきあうように立っている。
(かず兄の言うとおり、電源サイトは本当に人気なんだな……)
冬キャンプにとって一番大事なのは暖房だ。暖をきちんととれないと、洒落抜きで命に関わることだってある。冬キャンプは夏キャンプよりもリスクが高いのだ。
だが、冷房ほどではないが、暖房もなかなか難しい。
キャンプで暖房というと、やはり焚き火が最初に出てくるだろう。しかし、起きているときはいいが、寝てしまうと焚き火では温まれない。
その焚き火に当たりながら寝るより、テントの中に入って風を凌ぐことが必要になるからだ。風を避けるだけで体感温度は大きく変わる。
とは言え、テントの中で焚き火をするわけにはいかない。
テントの中でとなると、次に出てくるのはやはり薪ストーブだろうか。しかし、薪ストーブのテント内での利用は、ほとんどのメーカーが推奨していない。むしろ「使わないでください」と明記している場合もある。
理由はもちろん、危険だからだ。
薪ストーブは、なんだかんだと初心者向きではない。
まずなにより設置が大変だ。特にテントに煙突専用の穴が空いていないかぎり、煙突を外に出すのには何かしら工夫がいる。煙突は200℃以上になるため、テントを焦がさないように対策をしなければならない。下手すればテントが燃えて、寝ている間に火に包まれてしまうかもしれないからだ。
また、一酸化炭素中毒も怖いし、そもそも薪での火加減にもコツがある。
(初心者には難しいよな……)
かず兄が薪ストーブを買うか悩んでいたときに、そんなことを話してくれていたことを思いだす。
その話を聞いていた時には、「薪ストーブなんてやっているの、ほんの一部だろう」と思っていたが、晶の目の前にはわりと煙突が見えていた。
(けっこういるもんだな……
その他の暖房器具には、ある程度の手入れは費用だが長持ちしてコスパのよい石油ストーブ、CB缶を利用した燃焼時間は短めだが手軽なガスストーブ、ACがとれるならば電気ストーブなどはあるだろう。
その中でも特に暖房器具として優れているのは、かず兄曰くセラミックファンヒーターだという。小型な物が多く、手入れもほとんどいらず、スイッチオンで速暖性があり、一酸化炭素中毒の心配もしなくてよい。ほとんどの物には、サーモスタット機能がついていて温度調整ができ、安全性も高いと来ている。
電源サイトなら、この手軽な暖房器具がコンセントに挿すだけで使えてしまうのだ。確かに初心者には打ってつけの暖房器具と言える。ただし小型モデルだと、あまり広い空間は温められないという。
(あとは電気毛布か。かず兄は今日、電気毛布使うって言っていたな……)
今回のキャンプで、かず兄が持ち込んでいたのは小型のセラミックファンヒーター。それに電気毛布だった。
温風をだす暖房器具の中ではセラミックファンヒーターは手軽で優れているが、消費電力と温める能力という意味では、電気毛布がナンバーワンだという。
なにしろ、セラミックファンヒーターは最低でも二〇〇ワットのモデルしかない。普通なら五〇〇ワット、一〇〇〇ワットにもなる。
しかし、電気毛布ならほとんどのモデルが一〇〇ワット以下だ。
電源サイトと言っても、使えるワット数が限られている。一五〇〇ワットまで使えるところもあれば、三〇〇ワット程度しか仕えないところもある。場所によっては、消費電力を気をつける必要があるのだ。
それに今回は電源サイトではなく、車の内蔵バッテリーを使用する。巨大なバッテリーを積むPHEVでも消費電力が高ければ一晩保たなくなってしまう。
(この季節に暖房が切れるのはつれぇな。オレ、都会っ子だし……)
一通りくるっと回ってくると、テントのところに戻ってくる。
設営は完全に終わったのだろう。かず兄は、テントの外で薪割りを始めていた。
「焚き火すんの?」
晶が近づきながら問うと、かず兄はなぜか声に出さず親指を立てるだけでニヤリと返す。
かなりご機嫌である。
「かず兄、本当にキャンプ好きだな……」
「ああ。特に冬のキャンプはたまらんな」
「虫いないし、暑くて汗だくになったりもしないし?」
「うーん、まあもちろんそれもあるけどな。そうだなぁ……」
カコンッと薪を割った後、その薪を手にし、じっと見ながら言葉を続ける。
「たとえばさ、暑い中に涼しさを求めてクーラーの前にいくと気持ちいいけど、なんてかそれだけだよな。『苦』が『
「まあ……そうかな?」
「だけど、寒い中に温かさの前に行くと、なんか幸せな気持ちにならないか? 温かさって『楽』というより、幸せで『楽しい』気分にさせてくれる気がするんだ」
「えー? そうかなぁ……。オレ、熱い日にクーラーで涼しくなるのも幸せだけど」
「まあ、そうかもしれん。ただ、特に焚き火で温まっているときはさ、なんかな幸せな気分になれるんだよ。しかも、なにもせずに焚き火をぼけっと眺めているときが最高なんだ」
「……なんだ、それ。時間の無駄じゃんか。その分、なんか働いた方が得だよ」
その晶の言葉に、かず兄が「らしいな」と笑う。
時は金なりとまでは言わなくても、晶としては無駄な時間は余り好きじゃない。なにかしら動いていた方がそもそも落ちつくのだ。
「あ、そうだ。かず兄、なんか手伝うことあるか?」
「いや。なにもないけど?」
「薪割りの手伝いとか、荷物の片付けとか……」
「いや、ないよ。ってか、晶。
「……え? オレのこと?」
「そうだ。これはソロキャンプの練習なんだ。自分のことは自分でやるが基本だ。もちろん、一人でできないことは手伝うし、足らない道具があれば貸してやる。あ、焚き火でもやってみるか? 一応、ソロ用の焚火台ももってきているが」
「え? 別にやらないけど……」
晶は少しひき気味に断った。
確かにソロキャンプなら別々に焚き火をやるのが本当なのだろうが、わざわざそれをやる意味が見いだせない。
「そうか。なら、俺の焚き火に当たればいい」
「うん。寒くなったらね。まだ暖かいじゃん……」
「でも、日が傾けばすぐに寒くなるさ。ずっと外にいるから、そういうのは顕著に感じるぞ。特にコンクリじゃない土の上は、いろいろと感じ方が違う気がするよ」
「ふーん……」
言われて晶は地面を見る。
季節的に芝生もかなり剥げたり薄くなっていたりする。
その芝を少し踏みこんでみると、柔らかい場所だったのかグニュリと土の感触が足の裏から伝わってきた。
これから二泊三日、この土の上でほとんど過ごす。そう考えると、非日常感が少し強まった。
「さて。とりあえず昼飯はインスタントでかるく済ませるとして……ああ、そうだ。これを渡しておこう」
そう言ってかず兄がさしだしたのは、小さな紙のチケットだった。
「なにこれ? ゆめ牧場?」
「ああ。キャンプに来ると、ゆめ牧場のチケットが割引で買えるんだ。あっちの方にあるから、歩いて五分もかからずすぐに行ける」
そう言うと、かず兄は区画サイトがある方と反対を指さした。
晶もそちらを見てみるが、ここからは見えない。ただ、確かにこのキャンプ場のことをかるく調べたときに、そういうのがあるのは知っていた。
「いろいろな動物がいて、イベントをやっていたり、遊ぶ場所もあるらしいから楽しめるんじゃないか」
「へー。いいじゃん! んじゃ、行こうよ、かず兄!」
晶はパッと顔を輝かす。
これはまちがいなくデートではないか。キャンプに来た上にデートとは二度おいしい。
しかも動物さんたちと触れあいながら、二人で穏やかな雰囲気を楽しむ。そうすれば自然と距離も縮まるというものだ。
「ああ、悪い。俺はちょっと仕事があるからいけないんだ」
だが、パッと輝いた顔のまま晶は固まった。
そして、その表情のまま口だけが動く。
「……え? し、仕事? こんなところで?」
「いや、ほら、そのなんだ……」
「な・に・か・な?」
晶は自分でも顔が強ばっているのがわかった。
たぶん、能面が喋っているような笑顔なのに無表情。
デートかと思ったら、ぼっちで遊んでこいという放置っぷり。動物さんたちと触れあったら、怒りの炎で丸焼きにしてしまいそうな気分だ。
しかも、理由が仕事である。
(こんなかわいい女子高生を放置して仕事を選ぶとはどういうことだよ!? ……あっ! つまりオレがかわいくないってこと? 若さしか取り柄がないただのガキってこと? これでもわりとモテるんだぞ! ラブレターだってもらったことあるんだからな!)
と心で思っても、それが口にまで出てこない。
だす勇気がない。もし、「かわいくない」が肯定されでもしたら、もう立ち直れないではないか。
だから、言えない。
だけど、言えなくてよかったのだ。
「ごめんな。ちょっと急いでやらないとまずいのが一件あって。その……晶子ちゃんが休みになったんで、その代わりにしなきゃいけない仕事があるんだ」
「……あ……」
もうそれは黙るしかなかった。晶にしてみたら、責任の一端は自分にもあるのだ。
かず兄だって本当はこんなところで仕事なんてしないで、のんびりしたいはずである。それなのに仕事をさせてしまった上、わがままなんて言えるわけがない。
「そ、そうか……」
「ああ。それに根本的な話もある。いろいろとシェアはしているけど、今回はソロキャンプが基本だ。そうだろう? だから、なるべく一人で過ごして欲しい」
「だ、だけどさ……」
「晶ちゃん、ソロキャンプで学べる一番のことってなんだと思う?」
「な、なんだよ、いきなり……。えーっと、自立して自分でいろいろやるみたいな?」
「もちろん、それもあるけどな。俺が考える一番学ぶことは、
「時間の使い方?」
「そう。自分が自分のために使う自分の時間だ。それがソロキャンプの時間なんだよ」
「……意味がわからん」
「まあ、特に晶ちゃんにはわからないかもしれないな。だからこそ、一人で過ごしてみて欲しい。そしてわかってくれたら、俺も嬉しいかな」
「…………」
晶はすっと視線を落として、手にしたチケットを見つめるのだった。
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