第三話「捨て身で攻撃した。だけど、反撃された」

「まだ一一時前なんだなぁ」


 晶はスマートフォンをとりだして時間を確認したついでに、チャットメッセージも確認する。

 しかしいつもは何かしら書き込みがある画面に、今日はやはり何も新規発言はない。

 泊は缶詰状態で小説を書いているらしく、遙はフルートの演奏会とか言っていた。たぶんその所為だろう。

 しかし、ある意味で晶にはラッキーだった。せっかくの休みだから、二人の用事がなければ一緒に遊びたい気持ちもあったのだ。

 恋も大事だが、友情も大事である。


 とはいえ、どちらを選ぶかと言えば、心で二人に「ゴメン!」と謝って恋を選んでしまったとは思うが。


「しかし、こんなに早い時間からキャンプ場に行くとは思わなかったよ」


 自分のぶんとして渡された椅子や机を組み立てながら、晶は横で同じような作業をするかず兄を見る。


「九時からチェックインできるところもあるんだね」


「ここはチェックアウトもゆっくりで、一七時でいいんだ」


「え? マジで? すごくねー?」


 晶が中途半端に知っているキャンプ場知識では、ほとんどが一三時チェックインだ。もちろん、一二時、一一時のところもあるが、朝九時からチェックインできる上に一七時にチェックアウトとは驚きだった。


「すごくいいだろう? チェックインが遅くてチェックアウトが早いところで一泊だけだと、簡単飯にでもしないと、初日は設営して飯食って寝るだけで、翌日は朝から片づけて終わってしまう。けど、ここなら一泊でちゃんと一日目も二日目もゆっくり過ごせる」


 確かにその通りだった。

 たとえば一三時チェックインで一一時チェックアウトなら、キャンプ場にいられるのは二二時間ということになる。しかし、九時チェックインで一七時チェックアウトならば、三二時間という滞在時間になる。つまり、前者よりも一〇時間も長くいられるのだ。

 もしこれが同じ料金なら、後者の方が明らかに得だろう。


「あ、荷物はインナーテントの中に持っていっていいぞ。その中は晶ちゃん専用だ。自由に使っていいから。あとでマットを広げるから、寝るのもそこで自由に寝てくれ」


「……え?」


 晶は一瞬、何を言われたのかわからずに目をパチクリしてしまう。

 インナーテント内でなぜか手をつなぎ寝袋にはいっている、晶とかず兄の脳内イメージ図。それに×印がつけられる。


「ちょ、ちょっと、かず兄はどこで寝るんだ? 車か?」


「いや。保護者代理として、晶ちゃんをテントに一人にするのは心配だからな。カンガルースタイルをすることにする」


「カンガルー?」


「ああ。今回はこれを使う」


 そう言うと、かず兄は晶の前で三〇から四〇センチの長細い黒の袋をとりだした。そこからポールや生地を取りだすと、手慣れた感じで組み立て始める。


「これ、ベッド?」


 できあがったのは、二本の長い棒の間に生地がピンッと張られ、それに三本のフレームが横に走ったベッドだった。


「ああ。コットって言うけどな。ヘリノックスというメーカーの【コットワン・コンバーチブル】。片手で持てるぐらい軽いが、寝心地はいいぞ」


「でも、これだけじゃ寒いじゃん……」


「だから、さらにこれを使う」


 そう言ってかず兄が車の中からだしてきたのは、カーキー色の直径六〇センチ以上はある円盤状の袋だ。

 同じ物ではないが、晶も似た様なのならば見たことがある。


「それ、ポップアップテントってやつだよね? ポンッて広がってテントになるやつ」


「正解。アルパインデザインの【ポップアップシェルターテント】だ。簡単にソロ用のテントを立てることができる。そして、インナー部分はコットサイズだ」


「ああ。コットの上にテントが立つ感じなのか?」


「晶ちゃんは察しがいいね。コットの上にインナー、その上からアウターをかぶせる。コットで地面から少し浮くから、地面からの冷気を抑えられる。それに下にグランドシートも敷くしな」


「でも、それでもスースーしそうじゃん。寒くないのか?」


「確かにこれ単品じゃ寒いな。だから、リビングシェルの中にポップアップテントを立てるんだ」


「え? このテントの中にテントを立てるの?」


「まあ、今立てると邪魔だから夕飯が終わったらね。簡単にすぐに立てられるから」


「でも、テントの中にテントって……。ああ、だからカンガルースタイル? カンガルーのお腹の袋に入った子供みたいなかんじ?」


「そうそう。でも、そもそもリビングシェルのインナーテントだってテントだからな。自立するかしないかだけで、やっていることは似たようなもんだ」


「なるほど。そりゃそうか」


「というわけで説明したとおり、一つのテントの中だけど、別のインナーテントでそれぞれソロキャンスタイルだ。よろしくな」


「う、うん……」


 確かに電話をもらったあと、メールで説明を受けていた。

 もともと開発する商品は女子のソロキャンパーをターゲットにしている部分もあるため、晶にもソロキャンプとして過ごして欲しいと書いてあったのだ。

 もちろん、最初は「なんだよ、それ」と不満に思った。一緒にキャンプに来ているというのに、なぜ別行動しなければならないのかと。

 だが、続きにあった「ソロキャンスタイルと言っても、寝るテントは一緒だから防犯は大丈夫だよ」という一文にコロッと折れた。それならば行く価値ありと意気込んでいたのだ。


(くそっ。確かに一緒のテントだけど別々じゃないか……。一緒に寝れば、ナニかあるかと……ナニか? ナニかってナニか!? ナニ言ってんだ、オレ!?)


 妄想で赤くなった顔を背ける。期待がでかかっただけ、妄想がはかどる。

 一方で、かず兄は平静を保っている。

 その態度が憎らしい。こっちはこんなにドキドキしているのに、なぜのほほんとしているのだ。こうなれば、なんとか意識させられないものかと思ってしまう。


「で、でも、なーんだ。残念だなぁ」


 ちょっと自爆的な攻撃だが、「からかっているんだ」と意識してがんばって話をふる。


「久々に、かず兄と一緒に寝られると思ったのに~」


「あはは。もう昔のように、一緒に寝たりできないさ。晶ちゃんも立派なレディだからな」


「――はひっ!? オ……あ、あたしが、れ……れでぃ?」


「だろう? もう高校生だもんな。もうすぐ大人の女性の仲間入りだ」


「ああああたしぃ……おおお、大人の……女性……」


「晶ちゃんは特にクリスさん似だからな。きっと美人になるぞ」


「か、母ちゃん似の……び……美人!?」


 ぷしゅーっと頭の中で音がした。

 張りつめていたなにかが漏れだすような音。

 同時に頭の中に、心臓のバクバクとした音だけが鳴り響く。


(美人……期待されてる? 美人な大人に……オレを大人として見ている? 完全に意識されてるよね!? ……だけど、あれ? 「もうすぐ」って言っているからまだ子供? だけど、もうすぐなのか? そしたら一人の女性として見てくれるってことか? もっと意識してくれる!?)


 大混乱しながらも、思考をまとめようとする。だが、やはりまとまらない。

 捨て身の攻撃をしたはずなのに、何倍にもなって反撃されてしまっている。いや、そもそも捨て身の攻撃なのだから、反撃されて被害がでかいのは当たり前だ。誤算は、相手がノーダメージで、こちらだけ大ダメージだということか。

 しかし、こんな大ダメージなら大歓迎だ。それどころか、晶にしたらこんなダメージをもっと与えて欲しい。


「かず兄はさ……あたしが美人になったら、う……嬉しい?」


「そりゃあ、嬉しいさ」


「じゃっ、じゃあ――」


「晶ちゃんは妹みたいなもんだからな。妹が美人になってくれれば兄貴分としては嬉しいに決まっている。自慢の妹だ」


「い……いもう……と……」


「ああ。それに晶ちゃんは料理上手のいいお嫁さんになるだろうからなぁ。あ、でも、変な男に引っかかるなよ? だからさ、彼氏ができたら紹介してくれよな」


「…………」


「……ん? どうした?」


「ソロキャンスタイルだけど、夕飯は一緒でいいんだよな? ってか、かず兄の分まで飯の用意してきたんだから」


「ああ、わかってる。晶ちゃんの飯、楽しみにしてるぐらいだ。頼むよ」


「そうか。じゃあ、それまでソロで活動するから……」


「お、おう。……ってどうした? なんか晶ちゃん、怖い顔をして……」


「してねえよ!」


「い、いや、めっちゃくちゃ怒って……」


「うるせー、かず兄のホトトギス! 織田信長、呼んでやる!」


「えーっ!? どーいう意味だ、それ!?」


 晶は踵を返すと、「トイレ!」と言ってその場を離れるのだった。


(見てろよ、かず兄! 胃袋、しっかりとつかんでやるからな!)




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2020/01/scd005-03.html

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