第二話「アピールした。だけど、スルーされた」

「そっちを持って。このフレームは、ここを通すんだ」


 かず兄に言われるまま、晶はテントを張る手伝いをしていた。

 これが意外に重労働。もちろん、普段から体を動かしている晶にしてみれば大した運動量ではない。ただ、想像よりもテントの設営というのは体を動かす。

 泊が「わたしのテントは簡単に立てられる」と言っていたが、やはりそれが特別なのかもしれない。それとも大きさの問題だろうか。今、立てているテントは、晶がイメージしていた物よりかなり大きい。

 左右に逆さにしたV字の形をしたフレームをもち、その頂点が別の一本のフレームで接続されている。それにぶら下がるように、テントの大きな生地が引っかけられていた。これがわりと重い。


「なあ、かず兄。このテント、でかいな……ってか、かなり身長が高くね?」


 フレームを張っていくと、晶は天井がかず兄よりも高いことに気がつく。


「そもそも、これはもともとテントじゃなくシェルターなんだ。中で立って活動することが考えられているから背は高めなんだろう。まあ、最近のツールームテントはわりとこんな感じで背高だぞ」


「ああ、そうなんだ。……ってか、シェルターとテントはなにが違うのかわかんねーけど」


「簡単に言うと、シェルターは使としてはフルスクリーンタープだ。要するに壁のあるタープってことになる。しかし、構造的には床のないテントのアウターと言った方が近いかもしれない。つまり、実はテントとそんなに違いはない。インナーテントをつければ普通のテントになる製品も多いからな。このスノーピークのリビングシェルPro.にもつけられるし、今日はそうするつもりだから」


「リビングシェルプロ? なんか偉そうな名前だな。確かにでかそうだけど」


 立ちあがった茶色系のシェルターを見て、晶は斜に構えて少し鼻で笑う。

 だが、それは芝居だった。心の内は笑うどころではなかった。

 目の前のリビングシェルとかいうのを見ながら、「ここで今夜、二人きりで寝るのか」などと考えると、動悸・息切れ・眩暈に効く薬が欲しくなるぐらいだ。

 表面上は平静を保っているが、体がカッカするのは抑えられない。


(あ、あれ? 本当に少し暑くなってきてねぇ?)


 晶は空を見上げる。太陽が東の空からかなり上がってきていた。

 ここに到着したのは、朝の九時前ぐらいだ。その頃はまだ空気が冷たかったのだが、陽が当たってくると体感温度がぐっと上がる。

 体がカッカとするのは、内心で興奮してしまっているからだけではないようだった。


「暑い……。かず兄、ちょっとタンマ!」


 晶は真っ赤なダウンコートを脱ぐ。下には、薄い桃色のフリース。そして動きやすいように、チェック柄のショートパンツ。その下に防寒用の黒いタイツ。

 ちょっと筋肉質だが、脚のラインには自信がある。これなら魅力的な脚線美を見せつけられるはずだ。


「ふう。暑かった……」


 少しわざとらしく脚を伸ばしながら、見せつけるように体をグッと伸ばす。

 そしてどうだとばかり、晶は横目でかず兄をうかがった。


「今日は、陽が当たればわりと暖かい陽気だからな。ただ曇ると急に寒くなるから、すぐ着られるようにしておけよ」


 だけど彼は晶を見ていなかった。顎をグッとあげて空を眺めていたのだ。


(さすが、かず兄……天然スルースキルたけーし!)


 いつもの事ながら、晶はガックリと肩を落とす。

 だが、今日の晶はいつもと違う。せっかく訪れた二人きりのキャンプという千載一遇の好機。ここであきらめるわけにはいかない。


「か、かず兄。あのさ……どうかな、このコーデ。キャンプ女子っぽいか?」


 そう言いながら、脚を横にだしてポージング。

 見ないなら、見させて見せようキャンプバカホトトギス


「キャンプ女子か。うーん……そうだな……」


「…………」


「夜は脚が寒そうだな。防寒用のズボンは持ってきていないのか?」


「……言われたので持ってきているけど」


「そうか。なら大丈夫だな。よし、次はインナーテントをつけるぞ」


(こ、このぉ~……キャンプバカホトトギス!)


 改めて姉貴の苦労が偲ばれる。

 こんなの相手にアピールを続けているのだから、大した精神力である。

 晶は大きくため息をついた。


(まあ、ゆっくりやるしかねーか)


 とりあえず設営を懸命に手伝う。

 リビングシェルというのが立つと、なかに白いインナーテントというのを取りつけた。ただ中に吊しながらも、半分ぐらいリビングシェルから飛びだしている。どうやらこの中で寝るらしいのだが、外に飛びだしたら寒いのではないか。

 と思っていると、今度はその部分に上から別のアウターがかぶせた。確かにこれで隙間はなくなり問題なさそうである。

 これで終わりかと思いきや、今度はインナーテントをつけてた反対サイドに延長パーツみたいなのがつけられた。

 あとはペグダウンをしてテントの設営はほとんど完成らしい。


「よし。リビングシェルPro.六〇周年記念モデルに、ルーフシールド、インナーテント、インナーテントフルフライ、そしてエクステンションルーフの合体技だ!」


「……うん、かず兄。なに言ってんのかわかんねぇよ」


「とにかくいろいろ合体しているってことだ。なんか、合体って燃えないか?」


「いや、燃えないかって言われてもさ……。そう言えば、六〇周年記念モデルってなに? なんか横に確かに書いてあるけど、なんか違うの?」


「ああ、それは普通のより丈夫な生地を使っている限定モデルで……」


「普通のより高いの?」


「た、高いけど……」


「普通の生地は弱いの?」


「そんなことはないが……」


「なら、普通のでいいじゃん」


「…………」


「だいたいさ、かず兄はキャンプ用品に金使いすぎなんだよ。いくら金があってもさ、もう少し抑えねぇと!」


「晶子ちゃんの妹だな、やっぱ……」


「あっ……」


 ついいつもの癖で言ってしまったと、晶は口を抑える。普段ならまだしも、今日からしばらくずっといるのだ。こんな口うるさいことを言ったら、気まずくなるかもしれない。

 怒っていないだろうかと晶は、恐る恐るかず兄の様子をうかがう。


「晶ちゃんは、いいお嫁さんになりそうだな……」


「――はひっ!?」


 怒っているどころか、予想外の優しげな笑顔というだけで攻撃力が高いというのに、その上にこんな事を言われては心臓が止まる。


 いや、まちがいなく止まった。


 心肺停止。


 AEDはどこにある?


(お、落ちつけ! 落ちつけ、オレ! いいお嫁さんは一般論だ! それに「晶子ちゃんの妹だな」って言ってたってことは、姉貴もいい嫁になるってことで……。それはつまり、姉妹ともいい嫁にするってことで……。それはつまり、重婚するって事だから……。つまり……つまり……)


「晶ちゃん? どうかしたか?」


「かず兄……」


「ん?」


「かず兄の希望はハーレムか!?」


「なんの話だ!?」


「な、なんでもねーし!」


 設営だけでこれだけ動揺してしまい、これから先が不安になる晶であった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2020/01/scd005-02.html

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