第九話「離れようとした。しかし、キレられた」

「方法、その一」


 営野は三本立てていた指を一本だけにした。


「焚き火台は、今使っている小さいので我慢する。別に暖がとれないわけではないからな。別の暖かくする方法と組み合わせてがんばる」


「な、なんか……あきらめろと言われているみたいですが?」


 泊が不服そうに少し口をとがらした。

 それに対して営野は、食事を口に運んでからかるく首を横にふる。


「そういうわけではない。焚き火自体は、小さくても楽しめる。なら、足らない暖の取り方を別に考えればいいという単純な話だ。厚着をしたっていい、カイロを持ち込んだっていい。ブランケットで体を包んだっていい。別に焚き火だけで温まることにこだわることはない」


「ほむ、なるほど。確かに」


 納得がいったのか、彼女がノートになにかメモをし始める。

 営野はそれを見ながら、もう一本指を立てる。


「その二は、ほどよい大きさの箱形を手にいれるだな」


「……ほむ?」


 尻上がりの疑問の声。

 それに続いて泊の怪訝な視線が、舐るように下から上に流れてくる。

 かと思っていると、その瞳の色が憐憫に揺れる。


「ソロさん……もうボケが始まって……」


「ボケてない……」


 肩を落として、大きくため息。

 だが、彼女の言わんとすることはよくわかっている。


「だってそれ、当たり前すぎですよ。それができるなら、それが一番じゃないですか」


 それはその通りだ。

 そう思うだろう。

 しかし、違う。


「まあ、聞け。俺の言うほどよい大きさというのは、妥協点を見つけるということだ。泊の場合は、バイクに積んで無理がない大きさの限界を探すことになる。たぶん代表的なのだと、スノーピークの焚き火台Sサイズぐらいがほどよいだろう。あのサイズなら、バイクに積めるからな」


「ほむ。なら、それで」


「決断、早いな……。言っておくが、選択肢の一つとしたということは、欠点があるということだ。まずこのぐらいのサイズだと、よく売っている市販の薪の三分の一ぐらいははみ出してしまう。まあ、それはなんとかなるとしても、あくまで妥協点としてのサイズなのでオプションも入れると荷物はそれなりに増える。それからスノーピーク製品は、高品質だが高額だ。予算が辛いなら対策としては、他メーカーで同じぐらいのサイズの焚き火台にするか、自作するか……というところか」


「自作? 焚き火台って自作できるんですか!?」


「別に難しいものじゃない。アイデア次第ではある程度、一〇〇円ショップで材料をそろえて作ることもできるさ。まあ、耐熱とか強度とか気にする必要性はあるがな。興味があるなら、これもググってみればいい。わりと作っている人たちがいるから」


「ほむほむ。なるほど……」


 泊がまたメモを取る。

 やはり彼女はマメでまじめだ。

 営野にしてみれば、見た目よりもこういうところこそ、彼女の最大の魅力なのだと思う。

 しかし、それを今さら言っても仕方ない。

 きっと、とってつけたような慰めになってしまう。


「そして、最後の三つ目。泊の場合、これが一番のお薦めだ」


 だから彼は、そのまま話を続ける。


「それは、軽量タイプの皿型を購入する方法」


 営野の提案に、泊が小首をかしげた。


「ほむ? それでは調理しにくかったのでは?」


「調理は、今持っている焚き火台を使えばいい」


「それはつまり……」


「ああ。両方持っていくんだよ」


「で、でも、それでは荷物が増えてしまって……」


「数は確かに増える。ただ、薪を乗せる器が、布や金網を張るタイプだと、小さくたためると言ったろう。そういうのなら、今の小さな焚き火台と一緒に持っていっても、大きい焚き火台を持っていくよりは小さくてすむはずだ。それに大きいの一つより、小さいの二つのが積みやすいしな。小さいのなら、鞄の隙間に入るかもしれないぞ」


「ほむ。小さいのを用途別に二つ持っていく……。数を減らすことばかり考えていました。ウロコ・フロム・アイズですよ」


「せめて鱗も英語にしろよ……。ちなみに、二つにすると他にも利点がある。まず、調理しながら焚き火ができる」


「……焚き火で調理するんだから、それは当たり前では?」


「きみは薄い肉を焼くとき、焚き火の炎の中で焼く気か?」


「……あ……」


「網の上での焼き肉は普通、炭火か、焚き火の炎が落ちついた熾火状態にしてやるだろう。もちろん、それでも周囲は暖かくはなるが、焚き火ほどの暖房にはならない」


「ほむ。盲点でした。そうかぁ~。肉を食べるときに寒くなってしまうのか……」


「ああ。それに火が二つあれば、調理を二種類おこなうこともできる。また、焚き火をやらないけど焼き肉だけやりたいとか、焚き火台とガス台でいいという時は、道具を片方おいて、荷物の体積を減らせるという利点もある」


 腑に落ちたと言うように、泊が両手をポンと叩いてみせた。


「組み合わせでバリエーション豊富。すばらしいアイデアではないですか、ソロさん。ノーベル平和賞をあげます」


「平和賞は関係ないだろうが……。それにもちろん、欠点もあるぞ。用意も片づけも、手間が二倍ということだ。用意はまだしも、片づけはけっこう面倒だからな」


「ほむっ! そ、そうかぁ……」


「まあ、網タイプの片づけは楽だけどな。ともかく次回までによく考えてみることだ。自分で考えて自分で決めて……それができるのも、ソロキャンプの楽しみだぞ」


「ほむぅ……」


 メモを取りながら、泊が低く唸る。

 ここからは泊が自分で決める話だ。


(……かなり語ってしまったな)


 営野は小さくため息をついてから、少しサービスしすぎたかと反省する。

 なんでもかんでも教えたり、薦めたりするのは、相手のためにならない。

 だから、こういうこともヒントだけ与えて、あとは自分で調べさせるべきなのかもしれない。

 しかし、どうしても好きなことは、ついつい語りたくなるものだ。


 話ながら、食事はもう終わっている。

 実のところ、夕闇の中で酒を片手にまだ語りたいぐらいだ。


「そう言えば、気になっていたんですが……」


 だから、泊からそう言われれば、ついつい口も軽くなってしまう。


「おお、なんだ?」


「前に焚き火台の下に、布みたいなのを敷いていましたよね? あれ、なんで敷いているんですか? 汚れ防止です? 敷物、燃えないやつなんですか?」


 矢継ぎ早な質問に、営野はにやりとしてしまう。

 まさに最後に話そうとしていたことだったからだ。


「あれは、難燃性のスパッタシート、いわゆる焚き火シートだ。汚れ防止というより、地面を守るために敷く」


「地面?」


「ああ。熱から守るためだな」


「熱? あれ? 直火が禁止なのは、芝生を守るためとかですよね。だから、焚き火台を使うのに?」


「ああ。でも、焚き火台を使えば大丈夫というわけではない。特にもし皿型を買うなら、さっき言ったとおり灰はどうしても落ちやすいし、場合によっては火のついた焚き木が横から落ちることもある」


「なら、箱形ならいいんですよね? あとわたしのみたいに灰受け皿がついているタイプなら……」


「それでも、火の粉は周りに飛ぶし、横から落ちた焚き木をカバーできない。それに焚き火の温度は、最低でも四五〇度以上ある。燃えさかれば七〇〇度から一三〇〇度ぐらいまであがる。そうなれば、近い地面も熱のダメージがいく」


「そ、そこまで気にするんですか? 火事の心配とかではなく?」


 営野は、その彼女の純粋な驚きに微笑する。

 なぜならそれは、営野も同じように過去、感じたことだったからだ。


「キャンプ場によっては、スパッタシートを敷くことが強制になっている場所もあるが、実際はそこまで気にしなくてもいいのかもしれない。地面にペグを打ったり、踏み荒らしたりもしているわけだしな。蚊取り線香で蚊を殺したって、それなら自然破壊だ」


「で、ですよね……」


「ただな、キャンプの世界には、『ミニマムインパクト』という言葉がある。『ローインパクト』ともいうが、要するに自然に対して最小限のダメージで接しようという考え方だ。地面を守ると言ったが、あれは芝生を守ることであり、そのために微生物を守るということに繋がる」


「微生物? ああ、芝生が育つために必要だから?」


「その通りだ。芝生は荒らされてもまた育つが、そのためには土地が元気じゃないといけない。熱で微生物が死んでしまうと、土地として痩せてしまう。そうなったら芝生が再生しないどころか、いろいろと生態系にも問題がでるかもしれない。人が自然に触れあうとき、不要なインパクト、避けられるインパクトは与えないようにするというわけだ」


「ほむ。なるほど……ですが、それならそもそも、焚き火……いや、もうキャンプなんてしない方がいいじゃないですか」


 また思わず口角が上がってしまう。

 ああ、そうだろう。そう思うだろうと同意してしまう。

 それは自分も同じように感じた疑問だったからだ。


「それも一理ある。だけどな、これは自然とふれあうための一つの形なんだ」


「形……自然にふれあうために自然を傷つけるけど、なるべく傷つけないようにしよう……と? なんかイビツな形に見えます」


「確かに、イビツで矛盾している形だけど、きっと『キャンプする』……いや、『生きる』ってそういうことなんじゃないか?」


「ほむ。生きる……。いきなり話が大きくなりましたよ?」


「そうか? キャンプはそもそも野営。自然の中で生きていくことだろう?」


「ほむ……」


「さっき微生物どうのと言ったが、その真意を俺は『自然に対する思いやりをもて』ということだと考えているんだ。人は生きるために自然を傷つけなければならない。でも、それは決して無意味・無駄・無秩序に傷つけていいということではない。自然という存在を考え、思いやりや優しさをもって生きていく必要性がある。それこそがイビツに見えても、共存の形じゃないのか……ってな」


「傷つけること、思いやること……共存の形……」


「傷つけることを恐れていたらキャンプはできない。でも傷つけてしまったときは、その痛みを知り、その意味を考えるチャンスなんだ。そのためにも恐れずに、キャンプを続けるべきなのかもしれないな……って……」


 ふと我に返った営野は、自らの言動を振りかえって少し恥ずかしくなり、顔を背けてしまう。

 自分がこの年になって気がついたが、三〇才というのは微妙な年齢だ。

 まだ頑張れると思いながらも、「若い」という限界を超えている年齢でもあると実感してしまう。

 まさに「オジサン」時代に入ってしまった年齢である。

 それが若い子に向かって、妙に熱苦しく語ってしまった。


(ウザがられたかな……)


 黙っている泊に対して少々、怖々としてしまう。

 先ほどもやらかしたばかりだというのに、また調子にのって喋ってしまった。

 そう思いながら、横目で泊の様子を見る。


(……あれ?)


 ところが、彼女の表情は予想外のものだった。

 キラキラとした瞳が見開き、なぜか鼻息荒く拳を握っている。


「と、泊?」


「ほむほむですよ、ソロさん!」


「へ?」


「いいお話でした。なるほど、キャンプは人生なんですね!」


「…………」


 受け入れられてしまったらしい。

 最悪、「うざっ!」と氷点下の表情を向けられて凍死させられることも覚悟していたぐらいなのに。

 こんなに素直に感心されては、逆に申し訳なくなってしまう。


「ま、まあ、今の話は参考程度でな……」


「いえいえ。すごくためになりました。……あ、焚き火台の方も自分なりに考えてみます」


「おお……」


「……ただ、これからも質問させてもらいたいので、ぜひ連絡先の交換をしてください」


「…………」


 とまどう。

 それはもう忘れていると思ったから。


「忘れていませんよ、ソロさん。今度遇ったら連絡先を教えてくれる約束です」


「そ、それは……」


 別に連絡先を教えることぐらい大したことではない。

 そのこと自体は。

 しかし、それだけで済むわけがない。

 当然、そこにはコミュニケーションが発生する。

 きっと今よりも頻繁に。

 そして距離が近づく。


「俺なんかに聞かないで、わからないことは専門店の店員さんにでも聞いてくれ」


「……約束、破る気ですか?」


 いつになくまじめで強い口調。

 なんとも言えない威圧まで感じる。

 これは下手な言い訳をしない方がいい。

 そう考えて、営野は大きく息を吐きだす。


「……わかっていると思うが、俺は仕事はともかくプライベートでの人づきあいが下手だ」


「…………」


「きみみたいな若い子が関わっても、あまりいいことはない。また、嫌な思いもさせて傷つけてしまうかもしれない。キャンプ場で遇うようなことがあれば声をかけるし、そういう時には質問も受けるよ。だが、積極的には関わらない方がいい。……まあ、これも『ミニマムインパクト』というやつだ。きみはきみで自然・・に同じぐらいの友達と関わって生きていけばいい」


 最後に苦笑いを添える。

 彼女が黙って聞いてくれたことで、一気にまくし立ててしまう。

 そうだ。こうするべきだ。

 自分はサポートできる時に、サポートする程度の知人キャンパー。

 そういう大人な存在であれば――


「わ・た・し・は――」


 思考を引きちぎってきたのは、決して大きい声ではない。

 しかし、響くような強い強い言葉。


「――守られる微生物じゃない!」


 そして鋭く強い強い明眸が心臓を抉ってくる。


「むしろ、微生物はソロさんじゃないか! いや、微生物というよりビビリ生物だ!」


「え? ……ビビリ……」


「ウェブ小説家、舐めるなよ!」


「……はい?」


 それは、よくわからない啖呵の切り方だった。

 しかし、確かに営野は女子高生に気圧されていたのである。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2019/09/scd004-09.html

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