第八話「フリーズドライの話をした。しかし、焚き火台の話もする」
キャンプ飯は、多くのキャンパーにとって、キャンプの醍醐味の一つのはずである。
その点に関しては、営野もまちがいなく同意する。
彼にとってもキャンプ飯は、大切にしたいポイントだ。
しかし、いつもいつも凝ったキャンプ飯ばかり作っていられるわけではない。
車ならまだしも、バイクや徒歩になれば運べる荷物量が激減する。
またチェックインが遅くチェックアウトが早いキャンプ場で一泊だけだと、滞在時間は必然的に短くなる。
食事だけが目的ならばいいが、のんびりしたいならば食事の用意、片付けに時間を取られるわけにはいかない。
特に作る量が少ないソロキャンプでは、あまり凝ったものを作る機会も少なくなる。
そこで「手抜き飯」「簡単キャンプ飯」など言い方は人それぞれだが、要するに調理の手間を減らした食事を考える必要性がでてくる。
もっとも簡単なのは、やはりカップラーメンに代表されるインスタント食品だ。
なにしろ、湯を注ぐだけでいい。
手軽さは、ナンバーワンだ。
ゴミを捨てられるキャンプ場ならば、洗い物もしなくてよく、帰りの荷物も減るという利点もある。
ただし欠点として、見た目も寂しく、単品料理になりがちということだろう。
この欠点をカバーするならば、優秀なのは缶詰料理である。
缶という特徴のおかげで、腐る心配もなく、持ち運びも安全で、場合によっては直接火にかけて温めることもできる。
調理されているものなので手間がかからず、その分だけ品数を増やすことも簡単だ。
何品か持ってきて、皿にでも並べれば見た目も少し華やかになる。
また、ちょい足しして少し凝ったものにすることもできる。
欠点と言えば、たくさん持ってくると重くなることぐらいだろう。
ただカップラーメンと同じく、ゴミを捨てられるキャンプ場ならば帰りは楽になる。
もちろん、このようなものを使わないで、あらかじめ下準備の調理をした食材を持ってくる方法もある。
たとえば野菜なら、刻んでビニール袋に詰めてきてしまえば、あとは盛りつけるだけだ。
たとえば肉なら、程よい大きさに切ってタレに漬けこんでおけば、あとは焼くだけだ。
米も炊いておにぎりにして持ってきて、現地で焼きおにぎりにしたり、お茶漬けにしたりして食べる方法もある。
欠点と言えば、保冷が必要になる場合が多くなるということだろう。
その場合、クーラーボックスという荷物が増えることになる。
逆にクーラーボックスがあるならば、最近ならコンビニでも売っているパックのおかずシリーズなどでも充分だ。
デミグラスソースのかかったハンバーグや、豚の生姜焼き、鯖の味噌煮、ポテトサラダに、その他つまみも揃ってしまう。
金額は高くつくが、楽をするならいくらでも楽ができる。
「さて。そんな中で、フリーズドライ食品には多くの利点がある」
「ほむ」
泊が前のめりにうなずく。
焚き火の話の前に、フリーズドライ食品の説明をしているのは、ちょうどメインディッシュのためのパック飯が温まったからだ。
まずは温かい内に食事をとるのは最優先事項だろう。
「まず、かるくコンパクト。たとえば、カツカレーがこんなに小さい。クーラーボックスもいらない常温保存で腐る心配もない。しかも、お湯を注いでまぜるだけの手軽な調理が可能だ」
「確かに」
「それなのに、普通のインスタントと違い具材の食感が非常に強い」
「それですよ、それ。それが信じられません。こんなキューブの中にトンカツが隠れているなど……」
「では、さっそく見せてやろう」
丼型の器に入れた茶色い直方体。
それがカツカレーのフリーズドライだ。
これにシェラカップで計った適量のお湯をかける。
フリーズドライは、この湯量が非常に大事だ。
多すぎるとグチャグチャになってしまうし、少ないとうまく元に戻らない。
湯をかけていくと、そばからまるで溶けるようにキューブの形が崩れていく。
そう。キューブの周りはルーに戻っているのだ。
まるで氷の中に隠されていたような長細い固まりは、周囲が溶かされて正体を現す。
「ほむ……これがトンカツ?」
驚く泊をよそに、営野はかるくゆっくりと湯を全体になじませるように混ぜていく。
その時間は、六〇数秒だ。
たったそれだけの時間で、キューブの形は完全に崩れてドロッとしたカレーのルーに変わっている。
そして中には、衣の形がスッカリわかる主役が隠れていた。
「マジだ……カツだ……カツがいらっしゃりまする……」
それをさらに広げた熱々の飯の上にかけるようにそっとのせていく。
流れる濃厚なルーと共に、スパイシーな香りが立つ。
そして箸で整えながら、白い飯の上には切られたトンカツが四切れほど並んだ。
ついでなのでその横へ、添え物のようにして湯で戻しておいた泊のパスタを飾る。
「ほら、完成だ。食べてみろ」
「……カツは小さいけど……たしかにカツカレーにしか見えない。そしてわたしのパスタで、なんかちょっとオシャレに」
受けとった皿をまじまじと見る泊。
そう。見た目は、さきほどのキューブの面影などどこにもない。
どこからどう見てもカレー。
しかも、具材がしっかりとした存在感を放っているカツカレーだ。
「ほむ。では、いただきます……」
泊が、スプーンでまずはカレーのルーとご飯を少し口に運ぶ。
小さな唇がそれをパクリとする。
そして小さくうなずく。
「カレーだ……しかも、うまい。……いや、まあここまでは予想内。問題は……」
スプーンでカツを千切るように切りはなし、スプーンに載せた。
そこにライスはない。
カツの感触をしっかりと確かめたいのだろう。
「ほむ。スプーンで切るときに、それなりに抵抗力がある。そこまでふにゃふにゃじゃない」
暗いためにLEDランタンの方にスプーンを動かして切り口を確認する。
そして訝しげな顔をしながらも、それを口に運んだ。
まずは、一噛み。
そして二噛みしたあと、目玉が落ちるのではないかと言うほど瞼が見開いた。
「……歯ごたえ……ある……これ……カツ……」
「なんで片言なんだよ……」
「衝撃のあまりに。だってこれ、さっきまで……カレーのルーみたいなのでしたよ。それなのに、普通の料理に。確かに衣がサクサクにはなっていませんが……それにしてもすごい。これ、わたしも欲しいです」
「残念ながら、アマノフーズのカツカレーは限定商品で、もうない。また作ると思うがな」
「ほむ。みそ汁もうまうまでしたしね。わたしもなにか買ってみよう」
「買っておくのはいいかもな。いざという時の非常食にもなるし。もちろん、キャンプ飯がフリーズドライばかりではつまらないが、時短したいときには便利だろう」
「ほむ。たしかに時短用ですね。やはり普段は、バーベキューとかキャンプっぽく、炭火焼きや焚き火で調理……あっ、そうでした。本題の焚き火台の話を」
「ああ。そうだったな」
営野も自分の分のカツカレーを作ってから席に着く。
そしてテーブルを挟んで、泊と向きあった。
営野の中には、まだ言葉にできない感情が渦巻いていたが、それはしっかりと隔離する。
相手が望まないのだから言うべきではない。
「まず、焚き火に関する道具は、わりといろいろとあるんだ。焚き火台、火ばさみ、灰スコップ、火かき棒、火吹き棒、薪割り台、鉈や斧、ナイフ、手袋、火消し壺、それから――」
「――ちょっ、ちょっと待った。焚き火関係だけでそんなに道具があるとは……ノートを取るのでしばらくお待ちを」
慌てて泊がカツカレーの皿の横で、持ってきていたノートを広げようとする。
だが、営野はそれに首をふる。
「いや、今のはノートにとる必要はない」
「ほむ? でも、覚えきれませんよ?」
「道具としてこういうのがあるという参考のために言っただけだ。別に全てが必要なわけじゃない。だいたい、バイクにこんなに載らないだろう?」
「ほむ。まあ、そうですが……」
「薪割り台なんて、この前みたいに他の薪を下敷きにしてもいいし、火吹き棒や火かき棒なんてなくても焚き火はできる。ぶっちゃけ、火がつけられれば焚き火はできる……が、そうは言ってもいろいろあるからな。俺なりに、この中で必要性の高いものを紹介する」
「ほむ。先生、お願いします」
「よし。面倒なのは後回しでわかりやすいところからいくと、まずは手袋だ。もちろん、火傷防止もあるし、薪割りなどの時の怪我対策の意味もある。なしでもできるが、キャンプインストラクターの俺としては安全性のために必須だと言っておく」
「ほむほむ。……って、やはりソロさん、キャンプインストラクターとっていたんですね」
「ああ。研究のためにだが」
「さすがです。……ちなみに手袋は軍手でいいですか? それなら使っていますよ」
「そうだな。ただし、一般的に売っている軍手には、大きくわけて二種類ある。綿一〇〇パーセントの製品と、ポリエステルが含まれている製品だ。このうち、焚き火をやるときに使うなら、綿一〇〇じゃないとだめだ。ポリエステルは熱に弱い。さらに滑り止めのゴムなどついていると最悪だ。熱で溶けて、軍手と手がくっつくぞ」
「うわあぁ……怖いな……。って、わたしのそれだ!」
「なら、焚き火には使うなよ。あと、できたら耐熱グローブにすべきだな。合成革製の丈夫なものなら耐刃性能も多少あるので、刃物を扱うのにも便利だ。短時間なら緊急時に燃えている炭を掴むこともできるし。ただ、細かい作業はやりにくいけどな」
「ほむ。……でも、前に薪割りしたときにソロさんから借りたのは、分厚い軍手みたいなので滑り止めのボツボツついていましたよ?」
「あれは、ちゃんと耐熱の製品だ。そういうのもある。火ばさみとか扱うときは、布製のが楽なんだ」
「火ばさみ? それもいるんですか? 炭用トングならありますが」
「まあ、それでもいいだろう。重い薪をつかめるようなやつもあるが、そうじゃなくてもなんとかなる。とりあえず、焚き火の場合でも薪を管理しなければならないから必要だ。なれれば、あまりの薪とかそこらの枝でやることもできるが、初心者には安全性を薦める」
「ほむ。炭トングでオーケー……と」
営野はテーブルの上でメモをとる泊に、少し輝度を上げてLEDランタンを近づけた。
少し暗い方が落ちついたりもするが、やはり書き物をするときには明るくないと目が悪くなる。
「あ……ありがとうございます」
「ああ。……それから、火つけの初心者なら、バーナーがあった方がいいな。火種がなくても強制的につけることができる。CB缶の頭に付けられるやつでいい」
「ほむ。それも持っています」
「なるほど。今も小さい焚き火台を使ってんだから、もう必要最小限はそろっているか。それなら、炭火と違うところで、あとは薪を割るための道具だな」
「ソロさんが持っていた鉈とかですね! 鉈、いいですね! でも、戦闘力なら斧かな! バトルアックスならなおよし!」
「なにと戦うつもりだ……。ってか、別にナイフでもいいぞ。フルタングで丈夫なやつなら」
「フルタング?」
「タングは刃の金属で手元にくるところだ。フルタングは、握る部分全体に金属板があるやつをいう。それを木とかでサンドイッチしてハンドルにするわけだな」
「ほむ。折りたたみより丈夫そうですね、確かに」
「ただ、別にフルタングだからいいというわけではない。丈夫さは金属の質にもよるし、フルタングだとバランスもあまりよくない、重くなる、ハンドルに錆が伝わりやすくなるとかいろいろな」
「そうなんですか?」
「俺もそれほどナイフに詳しいわけではないが、ハーフタング、コンシールドタング、ナロータングとかいろいろとあるらしい。ただ、あまり定義が明確なわけではないようだが……詳しくはググれ」
「ほむ。ググります。……で、そのフルタングのナイフなら斧の代わりになる?」
「斧の代わりにはならないが、売られている薪を細くする薪割りぐらいなら、バトニングでできるということだ」
「バトニング……ああ。あの刃の背を叩くやつですね。でも、ナイフ、壊れそうな気も……」
「鉈なんかよりもやはり薄く小さい分、刃にダメージはいきやすいだろうな。特に硬い広葉樹なんかは辛いだろう。まあ、小型の鉈や斧などもあるので、運べるならそっちの方がいい。それにそうすれば、ナイフはブッシュクラフトがやりやすいものを買うこともできる。あと、大きめの焚き火台なら薪をでかいままいれる手もある。火つけが少し大変だが、ナイフで削ってという手もある」
「ほむ。ならば、焚き火台次第ということですね」
「そうなるな。泊が今、使っているような小型の焚き火台では、とてもじゃないが売っている薪をそのまま入れることはできないからな」
「薪の方がウルトラでかいですからね……」
「ああ。そこで焚き火台だが、選ぶポイントはやはり目的、運搬性ということになる。こう言ってしまうと、だいたいどんなキャンプギアも同じなんだが」
「焚き火台の目的って焚き火ですよね? ……ほむ。あとは調理できるかとか?」
「正しくは、『調理しやすさ』だな。調理しようと思えば、どんな焚き火台でもできないことはない。ただ、しやすさには天と地の差ぐらい違いがある」
「調理はしたいですね、もちろん」
「だろうな。とりあえず形から大別して、俺は『薪を載せる皿型』と『薪を入れる箱型』があると思っている。皿型は、まさに焚き火をすることに特化しているものだ。軽量型でよくあるのは、フレームの脚でできた台の上に細かいメッシュ状の耐熱クロスや金属網が乗っているタイプだ。その上に薪を置いて焚き火をする。利点は囲いがないので風通しがよく、大きい薪も入れやすい。それでいて、軽くてコンパクトに収納しやすい。まあ、中にはでかいのもあるけどな」
「ほむほむ。小さいのを選べば、徒歩やバイクでのキャンプにはもってこいじゃないですか」
「ただし短所もある。風通しがいいのはいいが、逆に風の影響を受けやすいということでもある。囲いがなく大きな薪を入れやすいが、逆に薪が周囲に落ちやすいし、灰も飛び散りやすい。さらにそのままだと、調理がしにくい。セットになっていない場合は、肉を焼くなら金網と台が必要だし、ダッチオーブンを吊すなら吊すための台であるトライポッドが必要となる」
「確かに……」
「それに対して、箱型は調理がやりやすいモデルが多い。もちろん、全部が全部ではないけどな。泊が使っている四角錐を逆さにしたような形の焚き火台、竈のような形をしたもの、コップのような形をしたものといろいろある。調理をしたいなら、こちらのタイプのがいいのだが、このタイプで焚き火をしてしっかりと暖をとろうとすると、それなりの大きさが必要になる。最初に言っていたとおり、小さいとでかい薪が入れにくい。しかし、器が大きくなれば必然的に収納サイズも大きくなる。バイクに積みにくくなるというジレンマが発生する」
「ほむ。じゃあ、どうすれば……」
「俺から提案する解決方法は三つだな」
そう言いながら営野は、指を三本立てて見せた。
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