第七話「謝りたかった。しかし、謝らせてもらえなかった」

 きっと彼女は、笑いとばすと思っていた。

 いつもみたいにきっと「なに言っているんですか。わたしは魅力にあふれていますよ」とかあつかましく言い返すと思っていたのだ。


 だが、それ――魅力がないというキーワードは、傷口だったのだろう。


 彼女の普段の強がりも、もしかしたらその傷口を隠すための絆創膏だったのかもしれない。

 営野がやったことは、その絆創膏を剥がして、かろうじて血を止めていたかさぶたを剥いだような行いだったのかもしれない。


(しかし、なんで今回は……って、まあなんとなくわかるが……)


 今までだって似たようなことは言ってきた気がする。

 だが、このような反応は見たことがなかった。


 の違い、それは自分と泊との距離感。


 それぐらい、営野にもピンと来る。

 はきっと、キャンプ場で出会った、ただのオヤジ程度だったはずだ。

 しかし、は向こうも親しくなったキャンプ仲間だと思っていたのかもしれない。

 ただの知人と、親しい知人では、言葉の響きは違うはずだ。


(なにが……いいキャンプ仲間だよ……)


 おもんぱかりのなさに、自己嫌悪する。

 なんと愚かなのだろうか。

 自分はやはりプライベートでの交流は向いていないと改めて思う。


(泊にも言われたっけ。人生もソロキャンプのが気楽な男なんだな、俺はきっと……)


 拳を強く握りしめたとき、ジャリを踏む音が聞こえてくる。

 音の上にいたのは、はたしていつもの笑顔の泊だった。


「ほむ。ただいまです、ソロさん」


「ああ。おかえり。泊、さっきの――」


「じゃじゃーん! 見てください、これ!」


 言葉をさえぎってまで突きだしたのは、小さめの菓子袋のようなものだった。

 しかし、パッケージの写真は、ペンネが盛ってある写真。

 そして「カルボナーラ」と書いてある。


「ああ。【サタケ】の【マジックパスタ】……」


「ほむ。さすがご存じで。先日、【mont-bellモンベル】の店舗に行った時に見つけたんですけど、究極の手抜き飯ですよね、これ。なにしろ、熱湯いれて混ぜて三分待つだけで、オシャレにカルボナーラ。お皿もいらない、カトラリーもいらないとか……神ですか」


 鼻息荒く語る泊に、そうだなと営野はうなずく。

 確かに非常に簡単な飯なのだ。


 掌サイズの袋は下が広がって自立し、そのまま器になるようになっている。

 しかも、中には小さなペンネを掬えるスプーンまで入っているため、あとは熱湯があればいい。

 時間がかかってもいいのなら、水でも作れる。

 感覚的にはまさにカップラーメンだが、それよりも鞄に詰めやすい。

 ゴミが捨てられるキャンプ場なら、帰りは荷物を減らすこともできるためバイクでのキャンプには向いているだろう。

 ちなみにもともと保存食のシリーズとして、【マジックライス】という米を使ったシリーズもある。


「まあ、カップラーメンよりも高いですが、弁当として考えれば高くないですし。……って、ソロさんのそれは?」


「ああ、これか」


 営野は手にしていた自分の夕飯を見せる。

 それは泊の食事よりも小さい、四角い形の袋だ。

 まさに掌サイズで、営野の手なら包み込めてしまうぐらいのサイズしかない。


「カツカレーだ」


「ほむっ? カツカレー? この小さいのが?」


「正確にはご飯抜きの具の部分。フリーズドライってやつだ」


「ほむ……フリーズドライって、あれですよね。お湯をかけると元に戻るという」


「ああ。冷凍にしてから真空で水分を飛ばした保存食だな。これはフリーズドライで有名な【アマノフーズ】の商品だ」


「コンビニでみそ汁のフリーズドライは見ましたよ。でも、カツカレーって……」


 訝しげな顔で見る泊に、パッケージを渡してみせる。

 泊が丸い目で穴が空くようにそれを観察している。


「ほむ……マジだ。なにこれ、本当にこのキューブからトンカツでてくるんですか? お湯で戻したらぐちゃぐちゃで形なんてなさそうな気が……」


 その心配はわかる。

 営野も最初はそう疑ったぐらいだ。

 だが、違うのだ。


「今、パックご飯を温めている。温まるまで待っていれば、味見させてやる。興味あるんだろう?」


「ほむ。ありまくりですよ。では、こちらはカルボナーラ半分提供します」


「昨日のこんにゃくも食べないとな。クーラーボックスに氷を追加しておいたが、さすがに明日まではもたない」


「そうでしたね。その辺をおつまみにして待ちますか」


「そうだな。……いや、待て。カツカレーの前に、フリーズドライの力を見せてやろう」


 営野はそこで別のフリーズドライのパッケージをだす。

 そして、泊にそれを見せる。


「金のだし・五種類の野菜……みそ汁ですね」


 そう。みそ汁だ。

 だからだろう。泊も表情にありありと「な~んだ」と言わんばかりのわずかな落胆が見える。

 カツカレーのあとでは、コンビニにもあるみそ汁など物珍しくもない。

 ごく当たり前の反応だ。

 ただ、その反応は営野にとって想定内だ。

 むしろ、そうでなくては困る。


 営野はパッケージを開けると、大きめのシェラカップにみそ汁の固まりをいれた。

 ゴロッと四角い茶色の固まりがカップの真ん中に鎮座する。

 その様子を泊が横から覗きこむ。

 見てろよと言わんばかりに、先ほどわかしておいたケトルの湯をシェラカップの中に注ぎこむ。

 使っているチタン製シェルカップには、メモリが入っているのでそれを目安に一六〇ccぐらいになるように注ぐ。

 事前に自宅で試しているので、フリーズドライが入っていても目安はわかっている。

 そしてすぐに一〇秒ほど箸でかきまぜる。


「完成。うまいぞ」


 営野は割り箸と一緒に、泊にみそ汁をさしだす。


「ほむ。ありがとうございます。……しかし、カルボナーラ、カツカレー、こんにゃく、みそ汁って……カオスすぎませんか?」


「まあな。それはいいから。とりあえず食べてみろって。熱いから気をつけろよ」


「ほむ……」


 泊がシェラカップを持ち、かるく混ぜながら具材をつまむ。

 箸に挟まれたのは、キャベツ、小松菜、ニンジン。


「具材たっぷり……しかも、でかい……」


 それが、普通のインスタントみそ汁と違う最初の特長だ。

 普通のインスタントみそ汁では、具材がどうしても細かくなりがちだ。

 野菜が入っていても、まるで刻んだようなものが入っていることが多いだろう。

 しかし、このフリーズドライに入っている具材は、まさに野菜を普通に切って入れましたと言わんばかりの大きさで入っている。


「ほむ。どれどれ……!?」


 口に入れたとたん、泊の目の色が変わる。


「……な……な……な……なんじゃこりゃー――!!」


 驚いてくれるとは思っていた。

 しかし、その驚きの度合いが、営野のはるか斜め上をいっている。


 さらに、泊はふうふうと冷ましながらみそ汁をすする。

 まるで目から光線でも放ちそうなほど、瞼を見開く。

 そしてふうふう、ずるずるとみそ汁をすすりまくり、さそして具材を口にする。


「どうだ?」


「……マジですか、これ。お湯を入れてかきまぜただけの品なんですか? 私の作ったみそ汁の五〇〇〇倍はうまいですよ」


「言い過ぎだろう……」


「いやこれ、ソロさんから『今、わたしが手作りしました~うふふ』と言われても、普通に信じてしまう味ですよ」


「いやそれ、普通に信じられんだろう、怪しすぎて……」


「なんていうか、そこらのインスタントみそ汁でも充分おいしいと思っていましたけど……これ、ドロー・ア・ラインな味です。特に具材がヤバいこと、この上マックス……」


「ドロー……ああ、『一線を画す』か。そうだな。やはりフリーズドライのすごさは、固形物の再現性だろう」


「ほむほむ。戻しただけのものだから、そんなにうまいはずはない……と、期待値が低かっただけに、ギャップがでかくて感動もすごいです」


 それはまったくの同感だった。

 同じ事は、営野も初めて口にしたときに感じたのだ。

 もちろん、今では最初に感じたような感動はない。

 しかし、やはり今でも非常にうまいとは感じている。


 営野は自分の分も作ると、席に腰かけて口にする。

 冷えた体の中心から、熱が伝わってくるのがわかる。

 そして、はふぅと白い息を吐くと、たまたま泊と重なった。


 顔を見合わせて二人で笑う。


「……なあ、泊。俺は謝らせてももらえないのかな」


 少しずるいかとも思ったが、泊がみそ汁を口にしているタイミングで営野は尋ねた。

 おかげで、何秒間か沈黙が訪れる。


「ほむ……。悪口なら謝ってもらいますけどね」


 泊の口調は、わりと落ちついていた。

 いつもよりさらに平坦な感じがする。


「魅力がないのは本当のことですから、謝られるとむしろこっちが辛い」


「だ、だが……」


「とにかく、気にしないでください。あの程度のこと、流せなかったわたしが変なんです。いつもなら平気なのに……わたし、どうしちゃったんだか。むしろ、こちらがごめんなさい。変な雰囲気にしてしまって」


「泊……。そのなんだ、魅力がないということはないぞ」


「ほむ……そうですね。ソロさん、前にかわいいと言ってくれましたし。ただ、それって子供的なかわいさですよね」


「そ……それは……」


「わかっています。……あのですね。わたし、親友二人いるんです。その二人、めっちゃ魅力的な子なんですよ。会えばきっと、ソロさんでもきっと魅力を感じるぐらい……。だから、本当は自分が大したことないというのはわかっているんです」


「そんなに自分をさげなくてもいいだろう。ほ、ほら、たとえば……たとえば、学校になら泊を好きな男の子だっているんじゃないのか?」


 言ってから、愚かだと自分の会話力の低さを呪った。

 慰めにもなっていない言葉ではないか。

 もしこれで「わたしを好きな男の子などいない」と言われたら、マイナスにしか働かないではないか。


「ほむ……。まあ、たぶんわたしのことを好きな男の子はいるんですけどね……。彼は、を見ているのかなぁ……。一途に思っていたというと聞こえはいいけど、人は変わるんだから、おも想い・・を思い続けてもだめなんだけど。わからないこの先に、変化できない想いの方が怖い……将来なんて不安しかないのに……」


 幸いにも、営野の想定する最悪のパターンは免れたのだろう。

 しかし、彼女の言葉の意味がわからない。

 否。わかるはずもない。

 その半分は、営野に向けての言葉ではなかった。

 たぶんそれは、独り言だ。


「ほむ……。ともかく、この話はやめにしませんか。わたし、気にしていませんから、ソロさんも忘れてください。それよりも、焚き火道具の話を教えてください。そういう話でしたし」


「あ、ああ……」


 このもやっとした思いこそ、営野に対する罰なのかもしれない。

 そう彼は、納得せざるを得なかったのだ。



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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2019/08/scd004-07.html

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