第一四話「かわいいはずだった。ところが、笑われた」

「……で、さっきのはなんだったんだ?」


 しばらくして落ち着いた後、ソロが真顔で改めて尋ねてくる。

 そんな彼に、泊は語気を強めて「なんでもありません!」ときっぱり言い放つ。

 そしてこの場から逃げようかとも思ったが、コーヒーもまだ残っているし、もう少し話したかったため、ごまかすための話題を模索する。


「そ、そんなことより……ほら……えーっと……ほむ! スノーピークばかりですね、今回のソロさんは!」


「え? ……ああ、まあな」


 ソロもこれ以上はつっこんでも無駄だと悟ってくれたのか、話題転換に乗ってくれる。


「そろそろ寒くなってきたからな……」


「ほむ? 寒くなってきたらスノーピークなんですか?」


 泊は眉を寄せて首をかしげる。


「いや、そういうわけではない。ただ、たとえば泊の使っているのと同じテントだと、これからの季節は厳しいんだ。だから、冬にも使えるテントへ切り替え始めた。今回は、たまたまスノーピークだったが」


「わたしのテントだと厳しいですか?」


「そうだなぁ……。泊は冬もずっとキャンプをするつもりか? 一二月から三月あたりとか」


「ほむ。わりとノリノリで……」


「なら厳しいと思うぞ。あれは、どちらかというとスリーシーズンテントだからな。真冬にやるなら、フォーシーズンテントじゃないと」


「スリーシーズンとフォーシーズン……つまり差は、冬に使えるかですか?」


「ああ、そうだ。ただ中には実質、真夏が辛くてツーシーズンテントみたいのもあるが……」


 ソロが自分のテントを見やる。


「このドッグドームなんかは、夏は各面をメッシュ窓にして風を通すこともできるし、冬はスカートもついているので密封度も高くできる。つまりフォーシーズン対応だな」


「スカート?」


 泊の問いに、ソロが席を立ってテントに近づく。

 そしてしゃがむと、テントの裾の方に手を伸ばした。


「これだ。テントの下周りについているヒラヒラしたやつだな。スノーピークだと『マッドスカート』と呼んでいる。多少の呼び方の違いはあるが、一般的にテントのスカートと言えばこれだ。これがあるのとないのとでは、冬の過ごしやすさが違う」


「ほむ。スカートがあると、密封度がいいということですか?」


「ああ。下から入ってくる隙間風が結構つらいんだ。あのライダーズバイクインテントでも、やり方によっては冬に使えないわけではない。ただ、スカートがないから、アウターテントの下にインナーテントが見えるぐらいの隙間があるだろう? するとどうしてもスースーとしてしまう」


「ほむ。なるほど。……つまり女子高生がスカートをはかず、長いシャツの裾から下着がチラ見え状態で下半身スースー……みたいな色っぽい感じであると?」


「色っぽいって……」


「ソロさんの好みに、たとえを合わせてみました」


「きみは俺を変態扱いするの好きだな……」


「なんなら、わたしで想像してもかまいませんよ?」


「しねーよ……」


「想像するだけなら捕まりませんから」


「なんで俺が、想像するのを我慢しているみたいに言うんだ?」


 両肩をがっくりと落として脱力するソロを見て、つい泊は口元をゆるませてしまう。

 ソロは、なんだかんだとくだらない会話につきあってくれる。

 多少、敬語を使っていたとしても、気分的には友達と話しているのと同じ感覚だ。

 そんな彼との会話は、彼女にとってキャンプの楽しみの一つになっているのかもしれない。


「話を戻すが、冬用に新しくテントを買うつもりがあるのか?」


「ほむ。原稿料がもうすぐ入るので、それで買うのはありかなとは考えていますけど……」


「なるほど。なら、泊ならダブルウォールで探すといいな」


「ダブルウォール?」


「このドッグドームやライダーズバイクインテントみたいに、インナーとアウターで構成される二重構造タイプのテントだ。インナー兼アウターの一枚で構成されるテントが、シングルウォールだな。シングルは軽くてコンパクト。構造も簡単で、さっと立てられる。徒歩のキャンプや登山キャンプに向いている」


「ほむほむ」


 泊はポケットからメモ帳を取りだすと、ササッとポイントを書いていく。


「それに対してダブルウォールは、当然ながらシングルよりも重くなり、収納サイズも大きくなる。ただし、二重構造のおかげで寒さには強くなるし、結露も抑えやすい。ちなみにコンパクトではないが、タケノコテントはシングルウォールだったから、結露がなかなかすごかっただろう? ポリコットンの天井で、ベンチレーター……要するに換気口があっても、あれだけ結露が発生する」


「ほむ。確かに……」


「重さに関しては、徒歩メインなら一~二キログラム前後のシングルか、軽量のダブルを探すことになるが、泊はバイクがメインだ。多少は重くなっても、今のテントと同じぐらいの居住性が得られるダブルを求めればいい。まあ、雪とか凍結とかでバイクが乗りにくくなるかもしれないから、できたら徒歩でも運べるサイズにしておくのもありだ」


「なるほど……。ただ、今のテントを買ってからも、いろいろ雑誌などで見ていたのですが、なかなか迷いますよね」


「そうだな。基本的に最低条件をクリアできれば、あとは好みってところなんだが。泊が言うかわいいのをその中から探せばいい。それからある程度の額を出すなら、サポートがしっかりしているところを探した方がいいが、自己満足は大事だろう?」


「ほむ。大事」


「なら、好みは重視すればいい。……好みと言えば泊、周りを見て何か気がつかないか?」


「周り?」


 泊は周囲を見まわす。

 見えるのは、もちろん他のキャンパーたちのテントだ。

 右を見て、左を見て、そして立ちあがって少し歩いてから他のテントもチェックする。

 一通り見渡してから、はたと色に偏りがあることに気がつく。


「なんか気のせいか……スノピ率、多いですね。あと珍しいメーカーのもあります」


「正解。さすがの観察力だ。実は冬期に近づくとこうなりやすい。ちなみに四月から一〇月ぐらいまでにかけて優勢なのは、俺の経験だとコールマン勢だな」


「ほむ? なにゆえ?」


 ソロがコーヒーを口にする。

 それを見て泊も席に戻り、同じようにコーヒーを口にして答えを待った。

 テントメーカーの傾向が変わる理由が今ひとつ思いつかない。


「そうだな。簡単に言うと、一一月から三月あたりのオフシーズンにわざわざキャンプをやる人たちは、根っからのキャンプ好きが多いってことだ」


「……ほむ!」


 そこまで言われて、泊も気がつく。

 そう言えば、晶が「キャンプ好きはオフシーズンを好む人が多い」という話をしていたことを思いだす。


「つまり、オフシーズンにやるようなマニアで変な人・・・たちは、マニアなキャンプメーカーを選びやすいと?」


「変、言うな。きみもだろうが……。まあ、根っからのキャンプ好きになると、キャンプ用品にもこだわる人が多い。キャンプ沼にはまっていて、金をかける率も変わってくる。すると値段が高くても品質の良いスノーピークとかオガワとか、取扱店がさほど多くないが冬に強いノルディスクとか選ぶ人が増えてくるわけだ。他にもモンベルとアライとかな。寒くなってくるほど、キャンパーの質が変わってくるぞ」


「ほむ。なるほど」


「それに対して、暖かい季節を好むキャンパーは、わりとゆるく楽しむ人の率が多くなる。夏しかやらなければ、キャンプ用品にかける金額も抑えるだろう。それに手にいれやすいものを選びがちになる。メーカーを詳しく調べたりしなければ、メーカー名も聞いたことのあるものを選ぶ」


「つまり『この、軟弱者!』と?」


「なんのものまねかわかるが、話がそれるのでつっこまないぞ。それに、別に軟弱ではない。楽しみ方はいろいろあっていいんだ。ってか、適当に買ったテントで大失敗した、きみが言うな」


「わたしは過去を引きずらない女」


「反省点は覚えておけ。……まあ、そんな泊でもキャンプを始める前、スノーピークは知らなくても、コールマンは知っていたんじゃないか?」


「ほむ。そうですね」


「だろう? これは、コールマンが手にいれやすいからだ。コールマンにも高級品はあるが、安い手頃なモデルもたくさん出している。さらに流通。キャンプ用品店にいかなくても、ホームセンターに行けばコールマンやロゴスなどは置いてあることが多い」


「確かに……」


「だから、ライトなキャンパーさんたちの目にもとまりやすいし、手に入りやすい」


「ほむ。納得です」


「もちろん、キャンプ場によっても偏りはあると思うが。ちなみに、泊の使っているテントのメーカーのDODは、わりと季節に関係ない感じだな」


「我が道を行くメーカーですな……」


「ともかく、オフシーズンはおかげで珍しいテントも見ることができる。今のうちに、気になるデザインがないか見ておくといい。あと冬装備にするなら、大事なのは寝袋か。泊の寝袋は、ペラペラだったからな」


 その言葉を待っていたとばかりに、泊は席からスタッと立ちあがった。


「フフフのフ。その件に関しては、すでに手を打ちましたぞ」


 そして得意げに胸を張り、座っているソロを見下ろすようにしたり顔を作る。


「わたしはね……とうとう運命の寝袋を見つけて手にいれてしまったのですよ!」


「運命の……寝袋?」


「超かわいいやつです! 今、もってきて見せますね!」


 そう言うと、泊は踵を返す。

 背中でソロが「待て」と言っている気がするが、待てるわけがない。

 実は寝袋のかわいさを自慢したくて仕方なかったのだ。


 駆け足でテントに戻ると、インナーテントの中に入る。

 すでに広げていた白と黒の寝袋、彼女はその中に入る・・・・

 この寝袋は横から腕を出すことができる。

 足先も出すこともできる。

 ただし、頭は覆われている。


(ほむぅ。足下が狭まっているから歩きにくいけどね)


 ただ、その小股でしか進めない歩きにくさも、ある意味でこの寝袋の演出なのかもしれない。

 とりあえず、ソロの元にいくまでは裾をまくり上げて歩きやすくする。

 これでなんとかなるだろう。

 泊は転ばないように注意しながら、早足でソロの元に向かった。

 そして、まだコーヒーを飲んでいたソロの背後に立つと、彼女は雄々しく宣言する。


「ソロさん、見てください! これがわたしの寝袋です!」


「おいおい。別にわざわざもって――」


 するとゆっくりと、ソロが振りむく。


「――こなく……ても……」


 口が半開きのまま、ソロの視線が泊に釘付けとなる。


「ほむ~ん。どうです? かわいいでしょ?」


「そ、それ……チャムスのブービーバードか?」


「ほむ、正解です! 手足をだして、ブービーバードになれる寝袋なんですよ! かわいいこと、この上マックスですよね!」


 泊が頭にがぶっている部分には、ブービーバードの顔を模した模様が描いてある。

 そして立体的に付けられた、黒い嘴。

 その下に、泊の顔が覗いていた。

 要するに着ぐるみ状態だ。


「これ、かわいいだけでなく、快適温度は三度となかなか低いんですよ。厚着すれば、真冬でもいけますよね。……ほら。かわいいと褒めていいんですよ、ソロさん!」


「…………」


 だが、ソロは褒めようとするどころか、かたく口を閉ざしてなにも喋らない。


「あ、あのぉ……ソロさん?」


 どうしたのだろうと泊が不安になり始めた時、ソロの口角が痙攣するように動き始めた。

 その様子はどう見ても、笑いをかみ殺している。


「おい、こら……ソロさん……」


「い、いや、かわいいぞ、泊。ブービー泊……に、似合っている……似合いすぎているぞ――ブフーッ!!」


 とうとう最後に、我慢できずにソロは吹きだしてしまった。

 その様子に、泊は頬を思いっきり膨らませる。


「そこまで笑うなんて!」


「い、いやだって……前にブービーみたいだと言っていたのに、ほ、本当にブービーになってくるなんて思わなかったから……くっ」


「ほむぅぅぅっ……」


「す、すまん……。かわいい、本当にかわいいから……ブービーバードみたいに……まぬけでかわいいぞ」


「ほむぅ~~~ん!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

「まぬけでかわいい」ブービースリーピングバッグも見られますよ!

http://blog.guym.jp/2019/05/scd003-14.html

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