第一三話「結婚していた。ところが、妄想だった」
牛や豚を焼いては食べて、焼けるまでの間は軍鶏を食べる。
泊は野菜も米も食べず、無糖の紅茶をお供に、肉ばかり食べていた。
まさに「肉三昧」。
栄養バランス的にはいささか問題があったと思うが、たまにならいいだろうと自分に言い聞かせる。
(ほむ。このような贅沢をできることに感謝を。そして命に感謝を……。それはともかくうまかった……)
肉がなくなった時、泊の腹はかなり膨れていた。
もう、さすがにはいらない。
手を合わせて「ごちそうさま」と告げる。
見れば、二つ目のエコココロゴスももうすぐ燃え尽きそうだ。
ゆっくり食べたので、けっこう時間が経ったらしい。
スマートフォンを出して時間を確認すれば、一四時近く。
(おっと。連絡しておくか……。インフルで元気がない晶には肉の写真で元気づけないとな……)
とりあえず、撮った肉の写真を晶と遙に送信しておく。
するとすぐに晶から返事が来る。
――AKIRA@いんふる:この 飯テロ女! 病人をいたわれ!
――AKIRA@いんふる:ってか 野菜も食え!
その返事に関しては、ニコッと笑った顔文字でかるくスルーする。
(すまんな、晶……すべて……すべて肉が悪いのだよ……)
膨らんだ腹を圧迫しないように、椅子の背もたれに深く寄りかかる。
そして少しでも楽になるよう、腹の中にある空気を吐きだす。
すっかり椅子の背もたれに身を任せて脱力。
そこで、やっと気がつく。
(そういえば、この椅子……)
そこにソロがコーヒーを入れて持ってきてくれる。
相変わらず、なんて気の効く男なのだろうと思いながらありがたく受けとる。
「ソロさん。この椅子、前の時のとはまた違いますよね」
泊が座っている椅子は、過去にソロが持ってきていたヘリノックスタイプではなかった。
太い角ばった金属のしっかりとしたフレームに、木製の肘のせ、そして木綿のような生地のブラウンカラーのシートが張られている。
「なんか……すごく安定していますね。ぐらぐらしないし、沈み込む感じもない。すごく支えられている気がします」
「ああ……ってか、今さらか」
「ほむ。先ほどまで肉以外は目に入りませんでしたので」
「きみの肉に対する集中力には感服だ。……この椅子はスノーピークの【ローチェア三〇】。この前、買ってきた」
ソロは自分の座っている椅子の肘のせをかるく叩く。
どうやら、泊が座っている椅子とまったく同じ物らしい。
「ほむ……。二脚買って、二脚とももってきたんですか?」
「そうだが?」
「……寂しい人」
「なんでだよ」
「ソロなのだから、二脚はいらないじゃないですか」
「あのなぁ……俺だって、たま~にだけど友人とキャンプに行くこともあるんだよ。そのために安売りしている間に二脚まとめて買っただけだ。スノーピークはなかなか値引きしないからな」
「でも、今日は一人ですよね?」
「仕事が忙しくて、買って車に積んだままになっていたんだ。だから、ついでに二脚ともチェックするために出しただけで……」
「ほむ。苦しいいいわけですね……」
「なっ……。た……たしかに、なんかいいわけに聞こえてくるな。本当なんだが」
「独り身の寂しさで、イマジナリー・ガールフレンドとは。でも、よかったですね。代わりに、わたしのようなかわいいリアル女子高生に座ってもらえて」
「はいはい。幸せだよ……」
「ほむ。素直でよろしい。……でもこれ、座り心地いいですね」
「だろう。フレームも多くしっかりしているし、沈みやすい後ろ足が広い面で押さえる仕組みになっているからな。安定度は高い。スノーピークの椅子の中でも、トップクラスの座り心地だ」
「スノーピークかぁ。そう言えば、ソロさんの今回のテント。これもスノーピークですね」
泊は横に張ってある、奇妙な形のテントを見る。
入り口部分は変わったところはない。
斜めの扉がついた前室が細く飛びだしている。
だが、その後ろに連なる本体が変わっていた。
ブラウンに赤いフレームがクロスに走る、大きめのドーム状なのだ。
「お。気がついたか」
「そりゃぁ、気がつきますよ」
珍しく自慢げな口調のソロに、泊は思わず苦笑する。
「これは、【ドックドームPro.6】の六〇周年記念モデルだ。いいだろう?」
「六〇周年記念モデル? 普通のモデルとなにか違うんですか?」
「まず、横に『60th anniversary』とロゴが入っている」
「ほむ。それから?」
「素材が普通のよりも丈夫なリップストップ素材というのでできている」
「ほむ。それから?」
「それだけ」
「それだけ……って……あっ、でも普通のモデルと同じ値段ということですか?」
「いや、高いよ」
「……普通ので充分なのでは?」
「まあ、性能的にはその通りだ。ただ……ただな……」
「ほむ」
「限定モデルって欲しくなるだろう?」
「ほむ! なるほど、確かに! 仕方ないですね。限定モデルなら仕方がない」
泊が親指を立てた拳を突きだすと、ソロも同じように返す。
「ちなみに、この上に張っているタープも、【ヘキサ エヴォ Pro】の六〇周年記念モデルだ」
「限定?」
「もちろん限定」
「なら、仕方ない」
「だろ?」
コクリコクリと、泊は力強くうなずく。
自分もノーマルと限定とどっちを選ぶかと言われれば、多少高くとも限定だろう。
それは仕方のないことだ。
仕方のないことなのだが、他にも引っかかることはある。
「でも、ソロさん。それにしてもこのテント、大きすぎませんか?」
前に見たタケノコテントほどではないにしろ、ざっと見たところ大の大人が余裕で四人は寝られるほどの大きさがある。
とてもソロ用テントには思えない。
「それにこのタープも……」
「そうなんだよな。もともとこのドッグドームは六人用、タープもファミリー向けだし」
「――はっ! とうとう寂しさバーストで、イマジナリー・ファミリーまで……。お子さんは何人の設定?」
「『――はっ!』じゃねーよ。設定ってなんだよ。妄想癖ありみたいに言うな。単に、限定モデルが両方ともこのサイズしかなかったんだ」
「ほむ。なるほど。……でも、このサイズなら実際、子供がいても問題なさそうですよね」
「そうだなぁ。夫婦と子供三人ぐらいなら余裕だな……」
「夫婦……子供三人……」
唐突に、泊の脳内で妙な家族設定がシミュレートされ始める。
配役は、父親役にソロ。
母親は、自分。
横には、かわいい子供たち。
みんな揃ってキャンプに来ている。
このタープの下で、肉を黙々と焼くソロ。
汚れた子供の口をふく自分。
楽しそうな子供たちの笑顔。
そして、ふける夜。
「子供たちは寝たのか?」
テントから出てくる泊(大人)に、焚火を見たままのソロが尋ねてくる。
だから、泊は微笑して答える。
「ほむ。ぐっすり」
「なら、きみもこっちに来て一緒に呑まないか?」
横顔が赤らんで見えるのは、気恥ずかしくて照れているせいか、炎に照らされているせいか。
そんなソロに、泊は「喜んで」と答えて隣の椅子に座る。
泊がテーブルのコップを手に取ると、ソロがそれに酒を注ぎ始める。
「ああ、もう。そんなにいっぱい入れないでもいいのよ。酔っちゃうわ」
「酔えばいいじゃないか」
「ほむ。妻を酔わせてどうする気?」
「そうだな……四人目でも作るか?」
「――!」
(四人……育てるの大変そう……)
――泊?
(そんなにいたら、生活費もすごいだろうな……)
――泊!
(このテントも、子供たちが大きくなったら狭くなりそうだし……)
――おい、泊!
(そもそもわたし、四人もがんばれるか……かなり若いうちから……)
「――しっかりしろ、泊!」
突然、揺らされる体。
おかげで意識が現実に帰ってくる。
左肩に感じる熱。
視線を向けると、そこには大きな手が乗っている。
そして腕の先には、ソロの困惑した表情。
「ぼーっとして……どうかしたのか? 大丈夫か?」
「――だっ、大丈夫じゃない! 四人はやっぱり無理!」
「……へっ?」
「……あっ……」
やっと認識される現実。
とたん、体中の熱が一気に上って頭が沸騰する。
「わたし、なんで脳内で実写ドラマ化してんだっ!? 真昼間から昼メロかっ!?」
「……は?」
「あ……危なかった……。もう少しで劇場版まで創るところだった……」
「本当になんの話だよ……」
「しょ……小説のネタをね……ちょっと……」
本当のあらすじなど、ソロに説明できるわけがない泊であった。
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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。
http://blog.guym.jp/2019/05/scd003-13.html
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