第一二話「焼き肉こそ至高だと思っていた。ところが、低温調理もやばかった」

 泊は舌触りと歯ごたえ、そして口の中に広がる旨味に衝撃を受けた。

 脂こそ肉の旨味。

 それは、まちがいではない。

 しかしそれだけではないと、彼女は改めて知った。


(こ、これが低温調理……これが軍鶏肉……)


 この味が出来上がるまで順を追って話すならば、まずソロの準備の良さを語らなくてはならないだろう。


 まず彼は朝早く大子の町に到着すると、すぐさま【奥久慈しゃも生産組合】という店に行ったという。



【奥久慈しゃも生産組合】

https://www.ibaraki-shokusai.net/shops2.php?code=1255



 ここは過去に全国特種鶏(地鶏)味の品評会で第一位に選ばれた【奥久慈しゃも】の販売を行っているらしい。

 【鵜の目鷹の目、キャンプ場探索】のブログでも紹介されていた店である。

 そこで冷凍された軍鶏肉を入手すると、このキャンプ場で設営をすませた。

 そして軍鶏肉を解凍している間に、近くの温泉に行って早々にさっぱりしてきてしまったそうなのである。

 もちろん早々にお酒を楽しむためなのだろう。


 温泉から戻ってくると、軍鶏肉はいい感じに解凍されていたという。

 買ってあった軍鶏肉は、脂身の少ない胸肉だ。

 その筋を切って広げ、余分な水分をキッチンペーパーで吸い取ってしまう。

 塩、胡椒で下味をつけて、オリーブオイルとバジルの入ったビニール袋に入れて真空パックにする。

 真空パックにするのは、熱伝導率を均一にするためらしい。


 次に深さのある鍋を用意して、かるく温めたぬるま湯を張る。

 ちなみに調理温度に耐えられれば、鍋でなくても構わない。

 バケツでもその他の入れ物でもいいのだが、鍋ならそのまま火にかけることもできて便利だろう。

 バケツなどの場合は、水を低温調理器で最初から温めるか、別に沸かした湯をいれることになる。


 その張った湯に、低温調理器を立てる。

 ソロによると、低温調理器はほとんどの物が棒状の形態をしているらしい。

 類にもれず、ソロが持ってきた物も摺り切り棒を太くしたような形で金属製。

 上に操作用の液晶、横に鍋に固定するためのクリップがついていた。

 見方によっては、ずんぐりむっくりとした巨大ボールペンのようにも見える。


 温度を設定してスタートさせると、低温調理器は水をその温度まで温めはじめる。

 そして適温になったら、真空パックをした肉を入れ、あとはタイマーをセットして放置するだけだ。


(ほむ。簡単だ。わたしでもできそう……)


 低温調理器は、水を取りこみ温めて吐き出すことで湯を巡回させて、鍋の中の温度を均一に保ってくれる。

 これにより、肉にまんべんなく熱がはいるわけだ。

 高温だと失われる栄養素も、じっくりとした低温のおかげで保たれる。

 真空パックにされた肉から、旨味が逃げることもない。

 旨味を多く残したまま、オリーブオイルとバジルの香りに包まれる。

 もちろん味付けは、醤油ベースでも、中華ベースでも構わない。

 ソロはバジル風味とは別に、レモンソルトという調味料を使ったものも同時に作っていた。


 スライスされた胸肉を出された時、最初は蒸し鶏であるサラダチキンを思わせた。

 しかし、その切り口はよく見ると、サラダチキンよりもさらに瑞々しい。

 そして色白できめ細やかな肌を思わす、美しい見た目。

 ふと色白美人である遙を思いださせるような胸肉は、食欲より色欲を呼び起こすのではないかというほど艶めかしい。


(ほむ。はるはるも胸肉すごいしな……)


 箸で持ちあげた時のプルンとした表面の様子。

 ほどよい柔らかさを感じさせる。

 それを口に運ぶ。


 まず感じたのは、噛んだ瞬間の歯ごたえ。

 ほどよい抵抗感を歯茎に伝えながらも、さっくりと歯が肉を切り分けていく感覚。

 歯が肉に沈むのではない。

 かといって、スカスカした感触でもない。

 絶妙な食感だ。


 また、できたてということで感じる微熱。

 サラダチキンは冷たいままで食べる事が多かったが、温かいと食べている時のイメージがかなり違う。

 少なくとも、サラダチキンと同じとはこの時点で感じられなくなった。


 そして、さらに凄まじい衝撃が訪れる。

 それは「ジューシー」という名の衝撃だ。

 ただ、花園のメンチカツや、ソロにご馳走になったすきやきの牛肉などで味わった脂のジューシーさとはイメージが違う。

 もちろん脂の旨味ではあるのだが、脂の自己主張はさほど強くない。

 しかし、そのジューシーさの正体はなにかと問われれば、「旨味」としか言いようがなかった。


(ほむ……なんてことだ。おいしいこと、この上マックス・アルティメット……)


 しっとりとした舌触りにのった旨味は、舌の奥から脳髄に伝わっていく。

 バジル入りオリーブオイルの爽やかな風味と、わずかな塩分が、休みなく口を働かせる。

 噛めば噛むほど、全身に伝わっていく感動。

 呑みこめば、五臓六腑に染み渡る旨味成分。


「泊、わさびは食べられるか?」


「ほむ。わたし、実はわりと大人の女性ですから」


 泊がうなずくと、ソロが小分けパックに入ったわさびをテーブルに出してくる。

 そして醤油と小皿が並べられる。


「レモンソルトの方は薄味にしてある。わさび醤油を漬けて食べると、また風味が変わってうまいぞ」


「ほむ……では」


 ソロに薦められるまま、泊はわさび醤油を作るとそれに漬けて食べてみた。


「――!?」


 口の中に遠慮なく広がる刺激。

 泊はゆっくりと噛みしめながらも、目頭を押さえる。


「ん? わさびが効き過ぎたか?」


 ソロの不安に、首を横にふる。

 違う、そうではない。


「うま……うますぎて……オー・マイ・ゴッド、オー・マイ・ゴッド、オー・マイ・ゴッド、オー・マイ・ガッタンゴッドン、ドンガラガシャン……」


「――おい。なんか壊れたぞ……」


「ほむ……ソロさん……」


「……なんだ?」


「わたし、決めましたよ」


「なにをだ?」


「低温調理器……買いますわ」


「そんなに気にいってくれたなら、なによりだよ。ただ、バイクだと荷物になるし、電気を使うから、キャンプ用としてはあまり向いてないぞ」


「いや、これ、自宅で使います。肉料理しまくります。そして、肉の奥深さ……そう、『肉深さ』を知りつくしますよ」


「『肉深さ』って……デブの贅肉に埋もれている感じになっているな」


「デブはデブでも、焼肉は男のデブで、低温調理は女のデブって感じですね。どちらも捨てがたい魅力」


「……なんの話かわからなくなってきた。ちなみに魚や野菜の調理などもできるから、肉以外もやってみるといいぞ」


「ほむ。了解です。……でも、この歯ごたえはいいですね」


「軍鶏肉ならではの歯ごたえがあるな。俺は皮も買ってあるから、夜はこれを焼いてつまみにするつもりだ」


「え? 軍鶏の皮……」


「ああ。パリパリに焼いてな……」


「軍鶏の……皮……パリパリ……」


「…………」


「…………」


「……わかった、わかった。目で訴えるな。おすそ分けしてやる」


「ありがとう! ソロさん、愛してる!」


「……ちょろすぎるだろ、泊」


 そう言いながらも、ソロの頬が少し赤らんでいることを見逃さない泊であった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2019/05/scd003-12.html

http://blog.guym.jp/2018/06/blog-post.html

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