第一一話「おすそわけだけの予定だった。ところが、一緒に食べることになった」
人類の文明は、常に「火」と共にある……と、確か中学生のころに社会の先生が言っていた。
照明、調理……今でこそ多くが「電気」にとってかわられているが、それでも「火」は未だになくてはならない力である。
それはキャンプとて同じことだろう。
いや、むしろキャンプでは基本的に「電気」はおまけだ。
照明はまだしも、調理では「火」が必須に近い。
寒い季節ならばなおさらである。
そしてキャンプで使う「火」と言えば、薪、炭、アルコール、石油といろいろあるが、なんといっても手軽なのはガスだろう。
(だから、前回からガスコンロを用意したわけだけど……)
泊はアルミテーブルの上に置いた、シングルガスコンロを改めて見た。
銀色のシイタケのようなボディラインから、四本の五徳兼脚が生えている。
その姿は、脚の数がたらないものの、まるでクモを思わせる。
これはソロが使っているのを見て欲しくなって買った、ソト製レギュレーターストーブ。
折りたためば手のひらサイズになる、このコンパクトなガス缶を使ったバーナーコンロは、本当に手軽で便利だった。
特にお湯を沸かしたりするのに、いちいち火をおこしたりするのは面倒すぎる。
だから、これはこれで購入して正解だったと思っている。
(だが、わたしは悟ったのだよ。肉には炭火だと……)
別にガスコンロで肉が焼けないわけではない。
しかし、一気に肉を焼くならばまだしも、バーベキュースタイルのように焼きながら食べるという使い方には向いていない。
その間、ガスを出しっぱなしにしなくてはならないからだ。
この点、炭火を使うよりも非常に燃費が悪くなる。
また焼けた肉を保温しておくような火加減も難しい。
そして何より、余分な油を落とすという技も使えない。
専用の鉄板で油を落とす方法もあるが、たまった油の後処理も面倒だ。
(ほむ。やはりヘルシーさは、美しくかわいいわたしにとって重要だし……美しくてかわいい……かわいい――ぽむっ!)
心の自虐ネタに対して、唐突にソロに「かわいい」と言われた記憶がオーバーラップした。
慌てて頬の熱を払うように首をふる。
(かわいい……かぁ。食べ過ぎには注意しないと……)
泊は、食べる割に贅肉がつかない方だ。
それでもやはり、食べ過ぎれば反動が来る。
こんなことをまったく気にしないで、食べ放題で焼肉を食べてまくっているのに、スタイル抜群の晶のことがうらやましくなる。
ちなみに遙は、食生活をきっちりと管理しないと、すぐに体形が崩れると言っていた。
それに比べたら、まだ泊は胃腸の性能がいいと言えるのかもしれない。
「さて……と。貴様の出番だ。我が召喚に応えよ、炭火コンロ!」
心の中で「ババーン!」という効果音を鳴らしながら、泊は掌より二回りぐらい大きいサイズの薄いトート型のバッグを取りだした。
そこから金属のパーツを取りだして組み立てていく。
パカッと開くと、ピラミッドを逆さにしたような本体に脚が生える。
その足先を別パーツの鉄板に金具で固定する。
さらに底の空いたピラミッドの上に、土台と金網、トレーなどをのっけいてけば完成だ。
すでに自宅でもワクワクするあまり、何度も組んでみたので迷わず完成できる。
(なんと三〇秒で完成! ……ほむ。かわいい)
完成したのは、【キャンピングルナ】というメーカーの炭火コンロだ。
本来、形的には焚き火台というべきものだが、薪をそのままいれることは小さすぎて難しい。
なにしろ組み立てても、手のひらに載ってしまうぐらいのサイズしかない。
薪をいれるにしてもかなり小さくしなくてはならない。せいぜい小さな小枝を燃やすぐらいが関の山であろう。
だが、ソロ用炭火コンロとしては程よいサイズである。
「ほむ」
それをアルミテーブルのガスコンロの横に並べて、ニヤニヤとしながらスマートフォンで写真を撮りまくる。
「いいよ、きみたち! もう少し、二人とも寄ってみようか~。……ほむ、さまになっているぞ!」
シルバーのアルミテーブルの上に、二つのシルバーギア。
それを見ているだけで、泊はテンションが上がりまくる。
まるで男の子のような趣味だとよく言われるが、泊はこういうアイテムが好きだった。
プラモデルも好きだし、機械類も好きである。
見ているだけでロマンを感じてしまうのだ。
「ほむふぅ~……満足」
この写真を「調理準備開始!」というメッセージとともに、二人の親友にチャットで送る。
「あ。忘れていた……」
泊は荷物の中から、アルミホイルの箱を取りだす。
ただし、それはただの家庭用アルミホイルではない。
バーベキュー用として売っている、かなり厚手のアルミホイルだ。
それを適当に二枚ほどちぎる。
炭火コンロの網をどけて、それを本体の中に敷きつめる。
大きい炭火コンロの場合は、燃焼性を上げるために炭床と呼ばれる底の部分に敷かれた穴に合わせて、アルミホイルにも穴をあけておくらしい。
だが、今回は小さいし燃えやすいので、それは省く。
これは前にキャンプの時、ソロがやっていた方法だった。
後で調べたら、掃除を簡単にするため炭火コンロをあまり汚さないようにする、一般的にも行われている方法らしい。
灰を捨てる時も、アルミホイルで包んで灰捨て場まで運ぶことができて非常に便利ということのようだった。
(でも今回はこれを使うから、あまり灰は出ないだろう……)
次に出したのは、これまたソロが利用していたロゴス製の成型炭【エコココロゴス】だ。
平べったい円筒形で、一つが手のひらサイズ。
ハスのように穴が開いているのが特徴だ。
名前はともあれ、これが非常に便利なのである。
一般的に売られている木炭は、中に入っている大きさや形が様々だ。
それらが、たとえば「三キログラムでいくら」というように重さで売られている。
値段を見ると燃料としてはかなり安いのだが、いくつかの欠点がある。
まず、量を買うと荷物になる。
これが車ならまだしも、バイクだとかなり邪魔となる。
この時点で、泊は木炭を買って持っていくことを挫折した。
(くっ……車め。いつか見てろよ……)
さらにもう一つの欠点が、燃焼時間が読みにくいということだ。
炭によって燃焼時間は結構変わってしまうため、どのぐらいの分量があればいいのか判断がしにくいのである。
特に泊はまだ初心者だ。
どのぐらい持ってくればいいのか、感覚的にも今ひとつピンとこない。
それに対して成型炭と呼ばれる炭は、商品ごとに大きさや密度が一定であるため、燃焼時間の目安が設定されている。
そのため、「一時間ぐらい燃やすならいくつ必要」というのがわかりやすいのだ。
また成型炭は密度が高く固めてあるため、普通の炭より小さくとも火力を長時間保ちやすい。
たとえば泊が本日、持ってきた【エコココロゴス・ミニラウンドストーブ】という製品は、一つで三〇~四五分燃焼すると説明には書かれている。
ざっと一時間ぐらいゆっくりと焼肉を楽しむのであれば、二つあれば足りる計算だ。
そして持ってきているのは六個入りながらも、これまた片手で持てるサイズの箱に収まってしまう。
(バイクや徒歩のキャンパーに優しい……。ありがとう、ロゴス)
もちろん、いいことばかりではない。
欠点としては、ソロにも言われていたがコストパフォーマンスが悪い点だ。
木炭と比べれば、かなり値段が高くなる。
だが、背に腹はかえられない。
このサイズと使い勝手は魅力的なのだ。
(まずは準備と……)
まずは、皿や箸、調味料などを用意して食事の準備を整える。
この手順は、晶に口を酸っぱくして言われたことだ。
――料理に慣れていない奴ほど、片付けや準備をしてから料理しろ。
晶に料理を教わっているとき、調理中に調味料が見つけられなったり、使う食器をまだ洗っていなかったりして何度も怒られた。
キャンプに関してもソロから、事前準備が大事だと怒られたことがある。
だから、今回はきちんと皿を並べ、使う調味料を並べ、それから肉のパックを開放する。
それから百円ショップで買ってきた炭トングを使い、エコココロゴスを炭火コンロの中に入れてから端に寄せる。
端に寄せることで、網の上に、火から近い場所と遠い場所を作ることができる。
つまり焼く場所を変えることで火加減を調整できるというわけだ。
ただ、泊の炭火コンロは小さいためにそこまで火までの距離が離せるわけではない。
網の高さを変えることもできるが、それだと全体が火から離れてしまう。
(でも、この炭火コンロにはトレーもあるし……)
コンロの二辺には、小さなステンレスのトレーがつけられている。
これがなかなかの優れもので、これ以上は焼きたくない物を退避しておくことができるのだ。
しかも、火の真上ではないにしろ温かいので冷めにくいと来ている。
泊がこの商品を選んだ理由の一つでもあった。
「ほむ。では着火の儀式にはいろうか……。我が炎の力よ、発現せよ!」
そう言いながら泊はポケットから、ライターを取りだす。
ライターと言っても、普通のライターではもちろんない。
使い捨てのライターよりも一回り大きく、頭に円筒形の出っ張りがついていた。
その出っ張りを引っぱると、グイッと伸びる。
ソト製【スライドガストーチ】というもので、CB缶のガスを注入して使うタイプだ。
伸ばした先から高温の火が出るので、炭などに火がつけやすいとネットで薦められていた。
「着火!」
台詞に対して、実際の動作は地味だ。
ガストーチからシューッという音と共に、青白い炎が伸びる。
それをエコココロゴスの中央に先端を向けて、じーっと動かず加熱し続ける。
すると表面がパチパチと音を立てて、小さく爆ぜる様子が見えた。
表面に着火材かなにかつけてあるらしく、それが少しずつ炎を抱き始める。
「ほむ。火がついたかな……」
三〇秒以上は経っただろうか。
エコココロゴスからの一部が赤く光を放ち炎を上げ始める。
しばらくは火力が強くなりすぎるので、火が落ちつくまで待ってから肉を一枚、一枚のせていく。
安定すれば、そこまで火力は強くない。
じっくりと肉が焼けるのを待つ。
肉の白色、桃色、朱色、赤色が、じわりじわりと色を濃く変えていく。
表面に脂の艶が浮きでてくる。
牛肉は白と赤が混じり合い、とろけそうな飴色になる。
豚肉は脂身の部分に脂がジュワッと踊りだし、堪えきれないように垂れてジュッと炎を巻きあげた。
(ほむ。これこれ。これがたまらん……)
種類ごとに数枚焼けたら、前のキャンプの時に購入した黒胡椒にんにくと岩塩をふりかける。
味付けはそれだけだ。
いい肉なら、まずは単純な味付けで楽しむに限る。
(晶先生、教えは守っておりますぞ)
写真をスマートフォンで撮ると、さっそく一枚は味見する。
(ヤバい……。牛肉……とろける脂と歯ごたえのバランスがすばらしい……)
味はバッチリだ。
ならばと、焼けた分を皿に移してソロのところに持っていくことにする。
自分の分は、冷めてしまうので後回しだ。
ふと空を見上げる。
陽射しは、すでに少し西に傾きかけている。
晴天だが、熱くもなく寒くもないほどよい陽気だ。
その陽射しをさえぎる茶色いタープで作ったリビングに、ソロは優雅に座っていた。
左手にはタブレット型パソコンをもち、どうやらなにかを見ているらしい。
そして右手には、まだ明るいというのにビール。
「ソロさん、ソロさん。お供え物をお持ちしましたのじゃ」
「お供え物って、俺は生きてるぞ……」
「生き神様にお供え物ですじゃ」
「だから、なにごっこなんだよ……」
そう言いながらも、ソロは「うまそうだな」と言いながら皿を受けとってくれる。
「こっちはまだ時間がかかる。もうしばらく待ってくれ」
「ほむ。わかり申した。では、また後ほどうかがいますじゃ」
「……それも面倒だろう? なんなら、一緒にここで食べてもいいぞ」
「……ほむっ!? い、いいんですか?」
予想外のお誘いに、泊は素に戻ってしまう。
「ああ。飯をわけるなら、その方が楽だろう。椅子とかは貸してやるから」
「ほ、ほむ。では、肉と炭火コンロをこっちに持ってきていいですか?」
「おお。気をつけて運べよ」
「ほむ」
泊はなるべく平静を装うって返事をした。
しかし、踵を返して見えなくなったその口元は、弛みまくっていたのだった。
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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。
http://blog.guym.jp/2019/05/scd003-11.html
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