第一〇話「大切な用事を思いだした。ところが、すっかり忘れていた」

 肉を焼くのは、やはり遠赤外線がいいらしい。

 なんでも、遠赤外線で焼くための肉焼きプレートのような商品もあるそうなのだ。

 だから、遠赤外線命なのだ。


 などと泊は晶に語ったのだが、すぐに「理由を述べよ」と突っこまれて言葉を詰まらせた。

 そして悩んだあげくに「うまそうに見えるからだ!」と答えて、ため息を返された。

 要するに聞きかじりの知識だ。

 というよりもイメージに近い。

 特に前回のキャンプでソロがやっている焼き肉が、やたらうまそうに見えたのだ。



――でもまあ、それも一理ある。料理は見た目も大事だからな。



 冷笑を浮かべた後、晶もそこは認めた。

 そう。やはり見た目のイメージも大事なのだ。

 イメージ的に、炭火焼きはおいしい。

 そして焼くだけ調理と簡単だ。

 だからこそ荷物が増えるというのに、泊は意を決して炭火コンロを買ってきたのである。


「なのに……なのに、ソロさん! あなたは何しているのですか!?」


「いきなりだな、泊……」


 一度、自分のエリアに戻っていた泊だったが、を思いだしてソロのサイトへ行こうとした。

 するとソロがタープの下で予想外の調理を始めていたのを見つけ、つい突撃してしまったのである。


「フリーサイトとはいえ、他人ひとのテント近くににいきなり入ってくるのはマナー違反だぞ。まずは離れたところから声をかけるとか……」


「ほむ、すいません! わたし、食べ物のことになると見境ないのです!」


「自覚あるんだな……。」


「ちなみにそれ、軍鶏肉ですか?」


 泊は、ソロの手元を目で指して尋ねた。

 彼がもっているのは、真空パックされた胸肉らしきものだった。

 白と桃色の掌サイズの肉が、息吹いた若い芽のような淡い黄緑色のオイルらしきものに漬けられている。


「ああ。そうだ。これが楽しみだったんだ」


「それなのに……肉ざんまいなのに焼き肉じゃないとは嘆かわしい」


「なんでだよ……」


「見てください。この左右に広がる清流。そして反対岸に横たわるモリモリとした木々のグラマラスな山々。これを目の前にして……なぜ焼き肉じゃないんですか!?」


「その描写も謎だが、結論も謎すぎて、どこに突っこめばいいのやら……。まあ、とにかく焼き肉という気分ではなかったんだ。それに鶏の胸肉は低温調理がうまいぞ」


「ほむ? 低温調理? 低い温度で調理する……と言うことですか?」


「ああ。そうだ。これを使う」


 そう言って指さされた先にあったのは、深い鍋と棒状の電化製品だった。

 鍋には水が張ってあり、そこに棒状の電気製品が差しこまれ、倒れないように鍋の端に固定されていた。


「なんですか、そのいかがわしい感じの電化製品は……」


「いかがわしくねーよ。低温調理器だ。中の水を混ぜながら一定温度で温めて、湯の中にある食材をゆっくりと温める。鶏肉……特に胸肉は火加減が難しいからな。オリーブオイルとバジルを入れて真空パックし、低温調理することで旨味を逃がさず、柔らかくジューシーに仕上がるってわけだ」


「な……なんですと……」


 知らない調理の方法を聞き、泊の喉が鳴る。

 なんと言うことだろうか。

 焼き肉こそ至高と信じていたのに、ここに来て新たなる高みを見せられようとしている。

 泊は炭火で焼く肉を信じてここまできたのだ。

 こんな事、断じて許してはならない。


「し、しかし、ソロさん。あなたは重大なミスを犯していますよ!」


「……なに?」


「このサイトは、電源サイトではないですよね! つまり低温調理器とやらは、使えないのではないですか!?」


 まるで巧妙に仕組まれたアリバイトリックを解き明かす名探偵のように、泊はソロを指さす。

 だが、宿敵たる【快傑ソロ】は不敵に笑って返す。


「ああ。それは車から電気をとっているんだ。ちょうど車の買い換えの時にネットの知人に薦められてな。PHEVとかいうタイプの車で、大きなバッテリーとエンジンでの発電の能力があるから家庭用電源がとれる。便利だぞ」


「くっ……。電源サイトを借りずに電源を確保……また車で差をつける。これだから車は……」


「なんか車に怨みでもあるのか……」


「ほむ。怨みなどありませんが、バイクにはバイクのいいところがあるんですよ!」


「それは認めるが。……ああ、車に乗れないひがみか」


「ハッキリ言った!」


 むっと膨れてみせるが、事実なので言い返す言葉はない。

 そして低温調理とやらも阻むことはできそうにない。

 このままでは完全敗北が目に見えている。

 いったいなんの勝負なのかは謎だが、泊は退くわけにはいかなかった。

 彼女には、このまま退けない理由がある。

 ならば、やることは一つだ。

 泊は、キッと鋭い目つきでソロを見つめて勝負をかける。


「ほむ、ソロさん。確かに軍鶏肉ならば、それがいいでしょう。しかーし、瑞穂牛や茨城ローズポークの焼き肉も捨てがたいと思いませんか? 思いますよね、そうでしょう! そう思えぬような社会ではいけません!」


 まるで街頭演説している政治家のように、泊はソロへ訴えかける。

 邪さを瞳の奥に隠すところまでそっくりまねる。


「……なにが言いたいのかね、泊くん?」


「ほむ。ならば単刀直入に申しましょう……。お互いのために……おかず、おすそわけしあおうではありませんか!」


「……やはりか」


「私は、その低温調理された軍鶏を食べるまで退くわけにはいかないのです!」


「そこまでかよ……」


「お願いします。お願いいたします。御願い奉りまする!」


「必死すぎるだろう」


「わかりました。軍鶏の低温調理を食べさせてもらえるなら、わたしのエッチな画像データをさしあげますから!」


「いらんわ! もうわかったから。俺としてもつまみの種類が増えるのは歓迎だ。できたら持っていってやる」


「ほむ。ありがとうございます! このご恩は軍鶏を食べるまで忘れません!」


「……相変わらず短い感謝期間だな。ともかく用事が終わったなら、もう自分のテントにもどれ。そっちの飯も支度があるんだろうが」


「ほむ。そうですね。失礼しました。それでは後ほど……」


 目的を無事に果たした泊は踵を返した。

 僥倖、僥倖。

 今日の昼飯は、思いがけず牛、豚、そして鳥と三種類を楽しむ事ができる。

 これぞまさに「肉昧」。

 なんて素敵なキャンプなのだろう。

 これなら執筆のエネルギーになることまちがいなしだ。


(肉ざんまいと執筆、二つの目的をいっぺんに片づけられて一石二鳥……あれ? 目的?)


 自分のサイトへ戻りながら、ふと心になにか引っかかる。

 なにか忘れている気がする。

 だけど思い出せない。

 そのまま芝生やジャリを踏みしめながら、自分のサイトへ近づいていく。


(ほむ? わたしはなんでそもそも……)


 そこでふと、タンカラーの自分のテントが目に入る。

 とたん、脳の隅にやられていた記憶が、ぐいっと前に押しだされてくる。


「――しまった! ソロさんの連絡先を聞くのを忘れていた!」


 ありえないと思っていた再会を果たしたのだから、叶えられないと思っていた約束を果たしてもらわなければならない。

 そう。これは奇跡の運命なのだ。


(……ほむ。でもまあ、とりあえず肉を食べてからでいいか)


 それなのに泊の食欲は、簡単に奇跡の運命までも食ってしまうのであった。



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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

https://blog.guym.jp/2019/05/scd003-12.html

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