第九話「偶然だと思った。ところが、必然だった」

「いいか、泊。日本には今、二〇〇〇を超えるキャンプ場がある」


「ほむ」


「その中で俺たちのように、車やバイクと共にキャンプする者たちが利用する、オートキャンプ場と呼ばれる施設はざっと半分強だろう。」


「ほむ」


「これを関東地方に絞ったとして、仮に四〇〇施設ぐらいとしよう」


「ほむ」


たあ「だとすれば、俺ときみが同じキャンプ場に当たる可能性は、四〇〇分の一ということになる。それが三回連続って……ありえないだろう?」


「ほむ。なるほど。……つまりソロさんは、女子高生のわたしと運命の赤い糸で結ばれていると主張したい危ない人ということですね?」


「な、なぜそうなる!?」


「なら、ストーカー説」


「勘弁してくれ。本当に誤解されたらどうするんだ。だいたい、ここにいたのは俺の方が先だぞ……まったく」


 頭を掻いて苦笑いするソロを見ていると、泊はついニヤついてしまいそうになる。

 年齢的に二倍近くも年上の男性なのだが、本気で困っている顔が妙にかわいく見えてしまう。


 ただし泊がニヤついてしまうのは、それだけが理由ではない。

 ソロに再び遇えたことが嬉しかったのだ。


 確かに、また遇える予感はしていた。

 しかし冷静に考えれば、ソロの言うとおり限りなく低い確率であることはまちがいない。

 そんなこと、泊とてわかっていた。

 だから予感はしても、実際はもう一緒にキャンプをすることなどないと考えていたのだ。


 ところが、現実は小説より奇なりだ。

 なにしろ、連続で三回もキャンプ場がかぶったのだ。

 先ほどは冗談めかして、「運命を感じているのではないか」とソロへ言ったが、本当のところは違う。

 運命を感じていたのは、泊の方であった。


(そんなこと言えないけど……でも、これはすごいな)


 そう考えながら、泊はソロの入れてくれたミルクたっぷりのコーヒーを飲んでいた。

 今は、ソロのテントの前に張られたタープの下、前回の時とはまた違う丈夫そうな椅子に座らせてもらっている。

 とりあえず泊は、驚きを落ちつかせるため、最初の予定通りトイレへ行ってくると告げた。

 そして戻ってくると、ソロがコーヒーをいれて待っていたのである。

 もちろん、なぜここに来たのかお互いに確認するためだった。


「でも確かに、これが偶然だとしたら怖いですね」


 コーヒーの香りと苦みで、泊の頭が冴えてくる。

 驚きと喜びとで麻痺していた思考が働き始める。


 すると驚きの次に来た感想は、面白いだった。

 この状況は運命的で面白すぎる。

 まるでなにかの物語のようではないか。


(ほむ。どうしてこうなったのか……)


 そう考えたとき、泊は気がつく。

 物語のようならば、小説のストーリーを考えるときのように、この状況のプロットを立ててみればいいのではないか。


「普通、ありえませんよね。前回までは偶然としても、さすがに三回目は読者も納得してくれません」


「読者って誰だよ……」


「ほむ、すいません。あくまでたとえです。……えーっとですね。多くの現実に起こる事象には、理由があると思っています。ちなみに、それは作り物の物語でも必要ですが」


「そうなのか? 『ご都合主義』とかあるじゃないか」


「ほむ。ありますね。ただ『ご都合主義』というのは、使いどころが難しいと思っています。使いたいから使うのではなくて、使えるのはそのシチュエーションがと考えています。それなのに理由なく乱用してしまえば、プロット的流れがない物語となり、読者がしらけてしまう原因にもなります」


「ほう……」


 興味深そうにソロの瞳が揺れた。

 自分の会話が彼の興味を引いている。

 そのことに、泊は少し嬉しくなる。

 だが、同時に話題がそれそうなことに気がつく。

 もう少しこの話をしたいところだが、それでは会話のシノプシスが崩れてしまう。


「すいません。脱線しました。で、少し考えてみたのですが……」


「おお。聞かせてくれよ。泊の話はなかなか楽しいからな」


 正面にいるソロも、コーヒーを片手に椅子へ深く腰掛けていた。

 困り顔の先ほどとは打って変わって、その姿には不思議と貫禄が感じられる。

 自分の父親の方がかなり年上なのだが、どうみても目の前の男性の方が落ち着きがあった。


 ただ、だからと言って、なんでも悟ったような顔をする大人でもない。

 子供である自分にも正面からきちんと向き合って話す姿勢を見せてくれる。

 前回のキャンプの時も感じたが、ソロは柔軟な思考の持ち主だった。


「……なんか、ソロさんってコミュ力高そうですよね」


「なんだ、いきなり。……そうでもないぞ。仕事としての会話なら確かに自信はあるけどな、普段はあまり人とかかわるのは好きじゃない」


「ほむ。ウソっぽいです。なんかいっぱい、女性をたぶらかしていそうです」


「たぶらかすって……人聞き悪いこと言うな。女性と話すのも得意じゃない」


「完全にダウトです。今、こんなにかわいいわたしと話しているではないですか」


「自分でかわいいと言い切ったな、無敵の娘め……」


「ほむ。なにか問題でも?」


「……いや、うん。問題は……ないな。確かに泊はかわいいと思うし」


「――ぽむっ!?」


 泊の息が止まる。

 しまった。油断した。完璧なリターンエースだ。墓穴を掘った。

 顔が熱くなるのを止められず、泊はつい俯いてしまう。


 本当のところ、泊は自分をそれほどかわいいとは思っていない。

 それは、活発でスポーツ系美少女の晶と、紛う方もない美女の遙が側にいるからだ。

 あの二人に比べたら、自分など大したレベルではないと思っている。

 だから、自分をかわいいと言うのは、少し皮肉めいたギャグのようなものなのだ。


 もちろん、そんな中でも泊をかわいいと言ってくれる男子はいる。

 しかし、そういう男子はほとんど照れながらか、キザったらしく言ってくるかのどちらかである。

 たとえば相手が照れてくれるなら、逆にそこをついてからかえる。

 キザったらしく言ってくるなら、そのことを鼻で笑ってやればいい。


 ところが、ソロには照れた様子も気取った様子もないのだ。

 あまりに真顔で、当たり前のことを言っているかのごとく自然体。

 これではこちらが一方的にダメージを受けてしまう。


(これが大人の余裕か……)


 この強敵を前に、泊はなんとか平静を保とうと自制する。


「それになぜか、泊とは話しやすいんだよな……特別・・に」


「――ぽむっ!?」


 しかし、そこへ追撃まで食わらしてくる容赦のなさだ。

 他の女の子とは違うという特別扱い。

 いや、対象をハッキリと「女の子」に限ったわけではないが、話の流れでそうもとれてしまう。


(女子高生相手に、よくもここまで言う言う……)


 しかし、このまま黙ってやられる泊ではない。

 赤面をこらえながらも反撃を試みる。


「ほ、ほむ。そ、それはあれですか。特別というのは、まるで娘みたいな感じとか?」


「娘って……俺の年で泊はでかすぎるだろう。それにそもそも結婚さえしたことないというのに……」


「ああ、結婚したことがない……そうですか、独身ですか……ほむ……人生もソロなんですね」


「くっ……。結婚だけが幸せじゃないからな。そんなことより、話の続きだ。さっきなにか考えたんだろう?」


 なんとか反撃に成功したものの、すっかり話はそれていた。

 話がそれないようにと思っていたのに、まるで晶や遙と話しているときのようについ気を抜いて話してしまう。

 コーヒーを口に運んで一呼吸。


「ほむ。失礼しました。……まず質問なんですけど、もしかして今回、ぎりぎりにキャンプ場探しをしませんでしたか?」


「……ああ、確かにそうだが」


「そしてフリーサイトを探していた……とか?」


「どうしてそう思う?」


「ほむ。前回も前々回も区画サイトでしたから。ソロだとフリーサイトの方がいい場合が多いみたいですし」


「ああ。それも正解だ。それから?」


 ソロが楽しそうに話をうながしてくる。

 だから泊も、この謎解きが楽しくて仕方がない。


「もしかして、今回のキャンプは肉ざんまいな気分だったりしません?」


「している」


「ほむ。わたしも今回は肉ざんまいしたかったのですよ。炭火コンロも手にいれましたからね」


「ほほう。……でも、だからってここを選ぶ理由にはならないだろう?」


「はい、なりません。だから、こういう流れを考えてみました……。題して、『週末の悲しきソロキャンパー』」


「……はいっ?」


「独り身で寂しいソロさんは、多くの女性に声をかけていました。そしてやっと週末にある女性とデートの予定をとりつけます」


「き、きみはなにを言っ――」


「――しかーし! 寸前になって、その彼女から『急用ができちゃったの。ごめんなさい。約束はキャンセルで♥』との連絡があったのです。そう。ソロさんがあまりにしつこいので、女性は一度は受けたものの最初から断るつもりだったのです。ふられた中年男は、哀愁を背負い途方にくれます」


「おい、こら――」


「――しかーし! そんなことでくじけないソロさんは、自らに語りかけます。『俺にはソロがにあうのさ』と。そして『今度は同年代ではなく女子高生ぐらいに声をかけてみよう』と」


「まったく反省していないどころか、犯罪に手を染めようとしてるじゃないか……」


「ただその前に、うっぷんを晴らすためにも急遽、ソロキャンプへ行くことを決心します。『でも、予約を取ってないな。どこに行こうか……よし検索してみよう』」


 泊はスマートフォンを手に取り、音声検索を起動する。

 そして問う。


「キャンプ場、フリーサイト、穴場、ぎりぎりでも予約できる」


 軽快な電子音がなって、検索結果が出てくる。

 その検索キーワードは、実際に泊がここを探す時に使ったものと一緒だった。

 泊は、その画面をソロの方に向けてみせる。


「そして見つけたのが、このブログサイト。【鵜の目鷹の目、キャンプ場探索】。たまに辛口ながらも、日本中のキャンプ場を紹介する、超有名なブログで情報も盛りだくさん。この中で最近、更新された記事に、茨城でいろいろなお肉が食べられ、フリーサイトでソロキャンプにも優しく、ぎりぎりでも予約がとりやすい穴場として紹介されていたのが、ここ……【キャンプ村やなせ】。このページがすぐに引っかかります」


「…………」


「その記事では、ブロガーの鷹の目さんと鵜の目さんが、そりゃあもうおいしそうに肉を焼いて食べている写真が盛りだくさん。あんなの見たら肉ざんまいをやりたくなっても仕方ない。しかも、条件もぴったりです。さっそく電話してみたら案の定、余裕で予約できたソロさんでした……。めでたし、めでたし」


「……なるほど。要するに同じウェブ情報サイトにたどり着いた説か。まあ、正解だな。俺はもともと、そのブログはよく見ていてな。やなせの記事も読んでいた。この近くで、日本一の軍鶏肉も食べられるって書いてあっただろう? だからいつか来ようと思っていたのだが、予定がいろいろ変わって急に今日になったわけだ……」


「ほむほむ。やはりそうですか。わたしも友達と遊ぶ予定が急になくなったので、キャンプに行こうと探したら、あの記事を見つけまして。もともと肉ざんまい予定だったということもあり、即行で予約しましたよ」


「そうか。似たような条件で探していれば同じところにたどり着く……まあ、ネットサーチならではだな。ある意味で、これは必然かもしれんな」


「ほむ。そうですねー」


「ところで、泊……」


「なんでしょう?」


「さっきの前半の設定話、全く必要ないよな!?」


「ほむ?」


「『ほむ?』でごまかせると思うなよ!」


「ほむほむ?」


「『ほむほむ?』じゃねー!」


 一生懸命かわいく言っているのに、泊の必殺技はソロに通用しなかったのだった。

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