キャンプ村やなせ

第八話「自由かと思った。ところが、いろいろあった」

 泊は、道の駅でバーベキュー用の肉を購入した。

 お米はいらない。

 だってお米を食べたら、あまりお肉が入らなくなるではないか。

 今夜は、これだけで決める。


(酒ではなく、うまい肉。これぞ、おれにとっての『ちゆうの天』さ……)


 執筆した小説に出てくるキャラクターが言いそうなセリフを脳内で再生する。

 肉を買ってから、ハートはウキウキハイテンション。

 さっき食べたばかりだというのに、脂を落としながらジュウジュウと焼ける肉の姿を想像すると、胃腸の活動が活発になるような気さえしてくるのだから不思議だ。

 ちなみに泊は、あまり量を食べられないが、消化の早さには自信がある。

 しかも、胃もたれも起こしにくいし、便秘とも無縁で、さらにそこまで太りやすくもない。

 燃費が悪いとも言えるが、いろいろ楽しめる体質は利点だと思っていた。


(早く着かないかな。ここからはそんな遠くないはず……)


 道の駅を出てしばらくバイクを走らせると、左手には多くの木々が並ぶ山が続く。

 そして右手には、川が見えていた。


(えーっと……がわだっけか?)


 そのままずっと道なりに進む。

 途中、反対車線側に真っ赤な看板で「肉の駅」という超気になる文字も見えたが、ここで寄り道をすると予定が遅れてしまう。

 とりあえず、帰りに寄ってみようと頭の中でメモを取る。


(ほむほむ。さすが肉天国だ、茨城……)


 茨城県民に聞かれたら怒られそうな二つ名を勝手につけつつ、彼女はそのまま道なりに走り続ける。

 久慈川に沿うように、たまに交わりながらも、その流れに逆らうように北へ上っていく。


(上小川町……。このガソリンスタンドを左か……)


 山間の町に入り、しばらく走ると大きな橋の左手前に、小さな看板を見つけることができた。

 それには「キャンプ村やなせ」と、橋の手前にある左の道に曲がるよう矢印が書かれていた。

 気をつけなければ見過ごしていたレベルのさりげなさだ。

 そこを曲がるとすぐにまた右折の指示。

 橋の下にある川沿いに降りていくと、バイクでは走りにくい砂利の混ざった未舗装の道が続く。

 タイヤをとられないよう、慎重に進む。


(ほむ。ここだな……)


 道の左右にバンガローが並んでいる。

 そして、テントもまばらに立っていた。


(受け付けはどこじゃ……)


 奥の方まで進んでいくと、左手に受付所のようなところが見つかる。

 その前の駐車場にバイクを止め、フルフェイスのヘルメットを取ると大きく深呼吸する。

 土の匂い、水の匂い、草の匂い……正直、どれがどの匂いなのかわからないけど、普段はあまり嗅ぐことのない香りが体の中に取りこまれる。

 それがキャンプに来たことを実感させてくれた。


「ほむ。着いた……」


 川辺にあるキャンプ場【キャンプ村やなせ】である。



【キャンプ村やなせ】

https://yanase.camp/



 多くが芝生のサイトで、川沿いに細長くわりと広いキャンプ場だ。

 基本的にテントエリアはフリーサイトで構成されていて、川が見える場所から林のそばまで場所は選べた。


(初めての自由フリー……感慨深いけど……)


 受付に行くと、気さくそうなオーナーが対応してくれた。

 そこで必要事項を記載していく。


 ちなみに場所はフリーサイトのため、本来ならどこでもいいのだが、今回は電源サイトを借りることにしていた。

 小説を書くため、ノートパソコンの充電問題があるからだ。

 本当は小型のモバイル電源などを手に入れれば、電源サイトに泊まらなくて済むのかもしれない。

 しかし、荷物が増えるというジレンマが待っている。

 このあたりは、もう少し考える必要があるだろう。


 ただ、ここは電源サイトといっても、はっきりとした区画があるわけではない。

 説明によれば、川が見える近くに電源があるので、その付近に立てればいいようである。

 あらかじめ分かっていたので、防水性のある電源の延長ケーブルは買って持ってきていた。

 これで電源からテントまで電気を引っぱってくることができる。


(しかし、よくとれたなぁ……)


 正直なところ、連絡したのが前日だったので、連休の予約などとれないと思っていた。

 ところが調べてみると穴場は存外あるもので、ブログの記事で見つけたここもそんな場所のひとつのようだ。

 最近はネット予約が当たり前なのだが、やはり手軽にできるネット予約は埋まりやすい。

 それに対して昔ながらの電話予約のところは、有名なところでもない限り穴場となりやすいようだった。


 さらにここは、ソロにすごく優しい。

 なにしろ、一泊一人で一〇〇〇円ポッキリなのだ。

 車を止めても追加で一〇〇〇円だけ払えば、何泊でも駐車できるときている。

 さらに繁忙期でもなければ、連休の最終日のチェックアウトはフリー。

 つまり、チェックアウト時間が決まっていないのだ。


自由フリー……最高……)


 前回、前々回のキャンプではけっこうあわてて片づけたものである。

 これなら最終日の朝、優雅にコーヒーを飲んでから片づけ開始などと言うことも可能かもしれない。

 とりあえず、指示された場所を探してバイクを進ませる。

 電源サイトは、受付からさほどはなれていない。

 鉄柱が立っており、その下に電源ボックスが付けられている。

 そこから、持ってきた延長ケーブルが伸びるところにテントを立てればいいのだ。


(ほむ。どこに立てるか……)


 これが意外と悩む。

 今まで区画サイトだったため、範囲が決まっているのでさほど悩まなかった。

 しかし、明確な区画がないため、どこにどちら向きで立てるか考えなければならない。


自由フリー自由フリーで悩むことも多いなぁ。しかし、やはり正面は川だろう……)


 少し進むと、降りるのには危なそうな急な坂になっている。

 その先は広い砂利の河原だ。

 そしてさらに先には、碧色の川が横たわっている。

 川幅はそれなりにあり、反対側は山となっていてまだまだ多くの木々が緑の葉を残していた。

 その影が川面に移り、反対岸の水は深い緑の天鵞絨びろうど色になっていた。


 当然ながら、日はまだ上りきっていない。

 早めにテントを立ててゆっくりしたいところだ。


(ほむ。川に近い方が景色がいいけど……ここ、石が多いぞ。私のVペグだと、ひん曲がりそうだ……)


 足元には小石の中に、少し大きめの石も混ざっていた。

 ここは素直に少しだけ川から離れて、草叢の上にテントを張ることにする。

 前にソロに言われたとおり、持ってきたレジャーシートを敷く。

 と、その上にバイクの荷物を展開。

 確かにこれの方が荷物の片づけがはかどる。


(いでよ! わが秘密基地!)


 今回ももちろん、DODのワンタッチ式であるバイクインライダーズテントだ。

 このテントを張るのは二度目である。

 ワンタッチの展開もさほど悩まない。

 ちゃちゃっと立ててペグダウン。

 ペグも前回の時にソロに言われたとおり、細引きの紐を結んでおいた。

 これで抜くのもかなり楽になるだろう。


(ほむ。もうこれでわたしもプロだな……)


 謎の自信を振りかざし、荷物を持って早速テントの中に突っ込んでいく。

 特にマットと寝袋は早めに敷いておきたいところだ。


「――イタッ!」


 だが、四つ這いでテントの中に入った時に、膝に固いものが思いっきり当たる。

 見れば、テントの床がほんの少しだけ、本当に少しだけ膨らんでいる。


(石が、グランドシートの下にあったのか……しまった……)


 石の位置はちょうどテントの真ん中ぐらいだ。

 ぶっちゃけかなり邪魔である。


 テントを敷く前には、そこに邪魔になりそうな小石等がないか確認してからでないといけない。

 わりと小さな石でも、素足で踏むと痛いものだし、グランドシートやインナーテントの底を傷つけることにもなる。


 だから整地された区画サイトでも当然だが、特にフリーサイトではきちんと地面の状態を調べなければならない。

 ところが、すっかりそれを忘れて泊はテントを張ってしまったのである。

 しかも、ペグダウンまですませてしまっている。


(や、やってしまった……。ほむ、自由フリー侮りがたし)


 幸いにして、このテントは中吊り式のインナーテントの上、後からグランドシートを簡単にとることができた。

 そのために石の排除は簡単に済んだのだが、「テント張りのプロ」の肩書を名乗るのは、もうしばらく様子をみようと思いなおす。


(とりあえず荷物はこれで。あとは椅子などをレイアウトして……。その前にお手洗いに……)


 そう思って、トイレの方を見る。

 と、焦げ茶色のテントが目に入る。

 お隣さん……というほど近くはないが、一番近いのはそのテントだろう。


(ほむ。面白い形だな……)


 横から見ると、なんとなく前方後円墳をイメージさせる。

 後方にドーム型があり、前方に細く入口のようなものが伸びていた。

 そしてその横には、雪の結晶のようなマークが見える。


(でたな、スノーピーク……)


 キャンプ場に行けば、見ないことはないメーカーのひとつである。

 ソロもいくつかこのメーカーのアイテムを持っていたことを思いだしながら、とりあえずトイレに向かう。


(……ん?)


 するとその茶色のテントの出入り口のところがガサガサと動いていた。

 どうやら中から誰か出てくるらしい。


(ほむ。妙な人でなさそうなら挨拶しておくか……)


 少し軌道修正し、茶色のテントの近くを歩く。

 すると男性がテントから一人だけ出てきた。

 出てきたのだが、その姿を見て泊は思わず仰天する。


「――ソ、ソロさんっ!?」


 声をかけられた相手も、ゆっくりと泊の方を見ると鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見せた。


「と、泊か!? ど、どうしてここに?」


「そ、そんなの、キャンプ場に来ているのだから、普通はキャンプに決まってます」


「まあ、その、普通はそうだが、もしかしたら俺のストーカーになったのかと思ってな」


「なに、この、逆パターンデジャヴは!?」


 二度目は偶然。

 三度目は必然。

 こうして二人は、また出逢ったのである。




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※2023年4月現在、【キャンプ村やなせ】はネット予約に対応しています。


※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

・「友部SA」→「道の駅・常陸大宮~かわプラザ~」→「キャンプ場やなせ」

http://blog.guym.jp/2018/04/

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