友部サービスエリア(下り)
第三話「なにも食べないつもりだった。ところが、つまみ食いする」
高速道路を初めて走ったのは、ほんの数ヶ月前である。
最初に走った時は、本当に怖かった。
いつもより遙かに速いスピードで走る自分。
耳にうなり声を響かせながら正面から襲いかかる空気の壁。
ちょっとした振動でもぶれるタイヤ。
横を走り抜ける車のおこす横風。
大量の大型トラックからうける圧迫感。
それらは、感じたことのない不安と恐怖だった。
だが、それも何度か走れば慣れてくる。
(慣れてきた時が一番怖い……っと)
泊がそう自分に言い聞かせながら走ったのは、関東から東北方面に延びる常磐自動車道だ。
最初の方こそ町の中を走っている感じだったが、すぐに建物の姿が減っていき自然の姿が広がっていく。
上は白けた青、遠くに茶と緑の山々、そこへ灰色の道路が延びていく。
初めて走る高速道路だったが、前に走った関越自動車道より空いているし、キャンプに向かっている雰囲気を早く味わえるのはいいかもしれない。
(そろそろ寒くなってきたな……)
今年の初冬は暖かいらしい。
と言っても、一〇月末にもなれば、それなりに寒くなる。
特に高速道路をバイクで走れば、風の冷たさをどうしても感じるものだ。
(陽射しが出ているから、止まると暑いぐらいだけど……)
そんなことを思いながら、気がつけばチェックポイントにたどりつく。
常磐自動車道を下ると二番目に現れるサービスエリア。
それが【友部サービスエリア(下り)】である。
【友部サービスエリア(下り)】
https://www.driveplaza.com/sapa/1400/1400071/2/
ホームページには「常陸の里山をテーマとして、武家屋敷と蔵をイメージ」と書いてあったが、クリーム色の下部に濃い墨色の上部が乗るデザインは確かに蔵をイメージさせる。
そのしゃれた佇まいは、奇をてらった強い個性などなく、古さをモダンへ自然に昇華した落ち着きがあった。
友部サービスエリアでの目的は、トイレ休憩である。
ここで食事をする予定はない。
予定はない……のだが、やはりなにが売っているのかは気になるところだ。
泊はトイレに行った後、一通り建物内を眺めることにする。
(これも取材。ひとまず見学……)
中に入ると、すぐ目につくのは土産品の山だ。
左手にはフードコートらしき場所が見られるが、そちらにはあえて行かない。
泊は自分をわかっている。
もしうまそうな料理があれば、いつの間にか食券を買ってしまっているだろう。
すなわちフードコートやレストランは、ここで食べる予定のない今の泊にとって鬼門である。
(君子危うきに近寄らず。泊、飲食店に近寄らず……と)
そんなことを考えながら土産コーナーに入る――が、彼女は失念していた。
いや。本当は気がついていたのに、無意識に気がつかないふりをしていたのだ。
土産コーナーにも「おいしそうなものはあふれている」という当たり前のことを。
というか、次から次へと視界に入ってくる数々の甘味は、飲食店よりも戦闘力がはるかに高く危険であった。
(ほむ。泊も歩けばスイーツに当たる……。これは仕方ない。仕方ないったら仕方ない。というわけで、なんか買っていくか……)
自分に言い訳をしながら、土産品の山を眺めていく。
土産品の箱は花屋の軒先のように色とりどりで本当ににぎやか。
見ているだけでワクワクする。
しっとりとした皮をまとったロールケーキ【王様のまくら】。
バームクーヘンと小豆ようかんが組み合わされた【栗どころ】。
パリパリのパイ生地で包んだのは、なんと茨城産の干し芋という【ほっしぃ〜も】
この辺の菓子類は、特に琴線に触れてくる。
しかし、最後に泊の心をつかんだのは、また別の菓子だった。
(……チゅ〜ず? なんぞ、それ?)
白い袋に黄色い柚子のかわいいイラスト柄が描かれた【友部チゅ〜ず】。
見本を見ると、円形のふわふわとした菓子のようだった。
そして横には、柚子に手足が生えて、三角チーズ鼻の顔が胴体に描かれた謎のキャラクター【チゅ〜ず公】が歓迎してくれていた。
(このキャラ、入り口にもいたな……)
そう思いながら、チゅ〜ずを手に取る。
説明には「柚子ピールの風味が爽やかなモチモチの生地に、濃厚なチーズクリームを組み合わせました。当店でしか買えません!」と書いてある。
(ほむ。ここでしか買えない。なら、買うしかない。これも一期一会)
やはり人は誰しも、「限定」という言葉に弱いものだ。
泊もしかり。
財布の紐も軽くなる。
ちなみにチーズを日本で初めて食べたのが水戸光圀という説があるらしく、水戸に近い友部とのゆかりということになっているようだ。
柚子の方は単純に茨城産ということらしい。
(ほむ。水戸黄門様はけっこう強引なこじつけのような気がしないでもないが……)
とりあえず一袋だけ購入し、自動販売機でコーヒーも買って外のベンチに座る。
そして早々にパクリと一口、かぶりつく。
「――!?」
ふわっとひろがる柚子の爽やかな香り。
それとともに、濃厚なチーズの味が口の中に広がる。
(チーズクリームと柚子……なんか合うぞ!)
ふわふわの生地の下に隠れていた、まろやかなチーズクリームは、口の中いっぱいにコクのあるしっかりとした旨味を伝えてくる。
その下手すると重くなりがちな味わいを柚子ピールの爽やかさがバランスをとっていた。
いかにも女性受けしそうな味わいである。
(ほむ。ヤバいヤバしヤバリスト。これ、いくらでも食べられそう……)
泊はあっという間に平らげると、これを親友二人へのお土産として買うことを決心した。
荷物になるが、友部サービスエリア(上り)では売っていない以上、ここで買っていくしかない。
(いざとなったら郵送してしまおう。二人もこれなら気に入るはず……)
三人で遊びに行く予定だった週末。
晶がインフルエンザで寝こんでしまい、どうするかと相談すると、遙が予定を延期しようと提案してきた。
出会って間もないころの遙ならば、喜んで泊と二人だけで出かけることを提案しただろう。
しかし今では、晶も遙にとって大事な友達なのだ。
だから、二人だけで遊びに行くことに気がひけるというわけだ。
そう遙が想ってくれていることを知り、泊はすごく嬉しかった。
(ほむ。遙もなんだかんだと言って、本当は優しいからな……)
普段は泊と晶にべったりだが、二人といないときはほとんどファンである多くの男女生徒を従えている遙。
彼女の美貌につられた者、彼女の家(金)につられた者とさまざまだが、周りは彼女のご機嫌取りに躍起になっている。
そんなとりまきたちに対して、飴と鞭は使いわけるものの、彼女はわりと女王様気質なのだ。
泊や晶に対して見せる砕けた感じをとりまきたちに見せることはない。
ちなみに遙は今日、そのとりまきたちと遊びに行っている。
たまには餌をあげる必要があるとのことだった。
――だからー、とまとまはキャンプにでも行って来ればー? 行きたがっていたでしょー?
その遙の提案を泊は受けいれ、キャンプ場も空いていたために急遽予定を早めたのである。
もちろん、このことを晶はまだ知らない。
教えてしまえば、彼女が気にすることはまちがいないからだ。
どうせ熱で寝こんでいるようだから、もう少し元気になってから話せばいいだろう。
そう思って、泊は遙にだけ「お土産を買った」と、スマートフォンから簡単なメッセージを送っておく。
――ハルハル@行軍中:ありがとー。楽しみにしているわー
(……行軍中ってなんだよ……)
建物の外にあったベンチに腰掛けながら見ていたスマホをしまう。
そろそろ次のチェックポイントに向かわなければならない。
(……ほむ?)
立ちあがったとたん、ふと目に入ったのは、建物の外側に併設されたいくつかの売店。
まず目に入ったのは、ソフトクリーム。
その名も【ゆずソフト】。
(柚子風味……そんなのうまいに決まってるじゃないか……)
ついまた財布のひもが緩みそうになる。
だが、その隣にあるホットドッグの店のインパクトが、泊の手の動きを止めさせた。
(納豆……納豆ドッグだと……)
看板に並ぶホットドッグ。
その最初にある商品には、なんとソーセージの隣に納豆が詰めてある。
そして上には波線を描くケチャップと、一直線のマスタード(?)が走っていた。
近づいて見ると、他にも「しらす納豆ドッグ」なるものもあるらしい。
(ほむっ? うまいのか? うまいのか?)
味を想像してみる。
が、泊の頭ではパンと納豆、そしてケチャップのハーモニーが奏でられない。
(他にも……豚トロフランク? ブリトードッグ? な、なんなんだ、友部サービスエリア……カオスか!?)
泊は喉をゴクリとならす。
好奇心が、胃袋を活性化させる。
だが、まだ朝の九時だ。
朝食をとって数時間しか経っていない。
そして昼食は、次のチェックポイントでとるスケジュールである。
そう。ここで食べるわけにはいかない。
(くっ……友部サービスエリア……借りにしておくぞ!)
後ろ髪を引かれる思いを振りはらい、泊はバイクにまたがるのだった。
次のチェックポイントである道の駅を目指して。
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