第二話「寝袋を買おうとした。ところが、思ったより悩む」

 シュラフ――寝袋と言っても、実はかなり種類がある。


 たとえば、形。

 これは大きく分けて二種類ある。


 まず多くの人が「寝袋」と聞いて頭に浮かぶのが、マミー型だろう。

 足下に向かって細くなり立体的な筒状の袋になっている。

 中に入った姿は、まさに包帯に巻かれて棺桶につめられたエジプトのミイラマミーのシルエットをイメージさせる。

 体積を減らしやすいためコンパクトに収納できるが、その形状のせいで中で動きにくい。

 頭までかぶるようなものもあり、全体的に気密性が高いため寒さには強いのが利点ではある。


 次に封筒型。

 四角い生地を二つ折りにし、長方形の形になるようチャックでとめているものだ。

 このタイプは、足下も広いためにマミー型より寝やすくなる。

 またほとんどの場合、同じ商品ならばチャックを使って接続することで大きな寝袋にすることができるため、家族で使うのに向いていると言える。

 さほど寒くない時は、広げて掛け布団のように使うことも可能だ。

 ただ、ほとんどの商品は肩口が大きく開いているため、気密性はマミー型に劣る場合が多い。


「……という感じでございます」


 声をかけた店員が、そんな内容を親切に説明してくれた。

 この店は客に声を積極的にかけてくることはないが、どうやら尋ねれば親切に教えてくれるらしい。

 泊はうなずきながら、メモを取る。


「ほむほむ、なるほど。さすが詳しい、寝袋博士」


「ただの店員に変な名前つけないでください、お客様……」


「なら、ドクターシュラフ」


「適当な英語にすればいいというわけではありませんよ、お客様。……あと形の他に、耐寒温度の違いもございます。これが割とわかりにくいのですが……」


 二〇代後半であろう女の店員は爽やかな笑顔のまま、とある寝袋についていた札を指さす。


「たとえば、ここに『下限温度マイナス八度』の表示がありますよね。これの意味はわかりますか?」


「ほむ。普通に考えれば、気温がマイナス八度でも問題ないということでは?」


「ところが違うのです。たとえば、このスノーピークの商品ですが、『快適温度マイナス二度、下限温度マイナス八度』と書いてあります。意味は、『平均的な体型・・・・・・の成人ことができる温度はマイナス二度』で、『平均的な体型・・・・・・の成人が寝袋内でことができる限界の温度が、マイナス八度』という意味なのです」


「わ……わかりにくいし!」


「ははは……すいません」


「しかも、なぜ男女差別? 女性は『快適に眠る』基準で書かれていて、男性はなぜ『体を丸めて八時間ぐらい眠れる限界』という基準なんです? 男性に対して、過酷すぎませんか!?」


「い、いえ。別にそういうわけではないのですが……」


 店員が、ボブカットの下の丸い顔をひきつらせる。


「あと、平均的な体型ってどんな感じですか? まさか、この子みたいなのが平均とか言いませんよね?」


 そう言いながら泊が背後にいた遙を指さすと、さらに店員の顔がひきつった。


「こちらの方が平均でしたら、世の中のほとんどの女性がモデルとなり、わたくしはコンプレックスで死にますわ」


「ほむ。わたしもそうします」


「ゴホン……。よ、要するにですね、男女に関係なく快適温度を基本に考えていただいた方がいいわけです」


 咳払いと共に、話題を戻す店員。

 たぶん、この話はこれ以上、したくないのだろう。

 だから泊も話を戻す。


「ほむ。なら、より低い温度まで耐えられる寝袋を買った方がいいわけですね」


「確かに冬用としては、それが理想に思えます。ですが、一概にそうとは言えないこともありまして。たとえば、この商品はスノーピークの【オフトン】というシリーズなのですが……」


「オフトン?」


「ええ。封筒型を基本に、より布団に寝ている感覚に近いようにするようアイデアがつめられた、日本人のための寝袋と言えるでしょう」


「ほむ。いいですね」


「実はわたくしも使っていますが、寝やすさは最高です」


「ほむ。いいですね」


「はい。ただ……お値段は、五万円以上いたします」


「ほむ。いい……って、いいお値段過ぎませんかっ!?」


 泊は顔を強ばらせた。

 そしてつい、店員を睨むように見てしまう。


「じょ・う・だ・ん……ですよね?」


 店員がたじろぐ。


「も、申し訳ございませんが本当なのです。ちなみにシリーズで一番高いのは、ダブルですが七万円を超えます」


「なっ……七万……って、オフトンどころか、ベッドが買えませんか?」


「買えるかもしれませんね……」


 苦笑して返す店員。

 すると今まで黙っていた遙が口を挟む。


「七万円? あらー、寝袋ってそんなに安いものなのねー」


「安くねーよ!? 決して安くねーよ!?」


 晶の真顔ツッコミに、泊だけではなく店員も一緒になって真顔でうなずいた。


「安くはないですね。まあ、高いものは羽毛が入っているので。そうですね……。適正温度は上がりますが、安いモデルでしたら、こちらの快適温度八度、下限温度三度というモデルが二万円ちょっとです。この下限温度でも、厚着をすれば極寒とかでもない限りは真冬でも充分かと」


「ほむ。さっきよりは現実味が増してきました。まあ、可憐な女子高生にはまだ高いですが……」


 横で晶が「可憐は関係ねーし!」とツッコミが来るが、そこはあえて無視をする。

 なぜなら店員が、「ただですね……」と不穏な説明を続けていたからだ。


「お客様は、キャンプに徒歩と電車で行かれますか?」


「バイクをメインに考えていますけど……」


「なるほど……」


 そう言うと店員は、「しばらくお待ちください」と棚の上から一つの箱を取りだした。

 店員が抱えれば胸や腰のほとんどを隠すぐらいのサイズがある直方体。

 そこには、寝袋の写真が印刷されていた。


「まさか……」


「はい。これがこのオフトン寝袋の収納したサイズです。えーっと……中身の収納サイズは、直径三四センチで、長さが五六センチ。重さが三・六キロあります」


「…………」


「…………」


「ほむ……無理」


「……ですよね。もちろん、このサイズは車でオートキャンプする方むけだと思いますよ」


 店員も苦笑いする。

 なにしろ、その直径は泊が先日、購入したテントの収納サイズの一・五倍もある。

 それなのに長さは、ほぼテントの収納サイズと変わらないときている。

 つまり、現状でもっとも大きいテントより収納サイズがかさばる寝袋なのだ。

 しかも、三・六キログラムという重さも、かなり辛い。

 なにしろ今、使っている寝袋は、一キログラム強程度しかないのだ。

 さすがに泊の買ったテントよりは軽いが、軽量タイプのソロ用テントならば二キログラムを切る商品もあるぐらいだ。


 今でさえバイクの荷台はいっぱいいっぱいなのに、こんなサイズをバイクに積むことなどできるわけがない。

 それにもしかしたら、今後は徒歩と電車で向かうこともあるかもしれない。

 できるだけ小さく軽くしたいというのに、この選択肢はあり得ない。


「でも、店員さんは使っているんですよね?」


「はい。わたくしは車でオートキャンプしているので……」


「ほむ。これだから大人は嫌いなんだ」


「そうは言われましても……。ともかく、耐寒温度が低くなれば、収納サイズは増しやすくなります。そして動きやすさや快適性を求めても、やはり収納サイズが増しやすくなります。そのため、ご自分のキャンプスタイルに合わせて、耐寒温度や快適性と、収納サイズのバランスを見ていただく必要があるわけです。あと、価格ですね」


「ほむ……」


「どうしても寝袋のサイズアップをしたい場合は、他の道具を軽量化したり減量したりする必要性が出てきます。そのため、季節によって寝袋だけではなく他のアイテムも切り替える方も多いですね。冬はどうしても荷物がかさばりますから」


 確かに冬は、荷物がかさばりやすい。

 服も厚手になるため、着替えをもつだけでかなりの体積になってしまう。

 その他に使い捨てカイロなどの防寒対策グッズも増えてしまう。

 アイテムを切り替えるという考え方はありなのかもしれない。


(そういえば、ソロさんもテントをいくつももっていたな……)


 自分の荷物で、もっとも大きいのはテントだ。

 これを冬だけ、小型軽量のものに切り替えのはありかもしれない。

 しかし、それならば最初から、もっと小型軽量を選ぶべきだったのだろうか。

 いやしかし、今のテントは機能的に気にいっている。


「ほーむぅ……」


 泊が唸るように悩んでいると、晶がよく考えてからのがいいのではと提案してきた。

 女性店員もそれに同意するので、その日は買わずに会員登録だけして帰ることにする。

 もちろん、遙のコネでいきなりVIP会員登録となった。

 これで今後、泊はここのお得意様扱いである。


「ねえねえー。レイクタウンのスタパによってー、コーヒー飲んでから帰りましょうーねー」


 店を出た後の遙の提案に、泊も晶もうなずく。

 この店に来るのに、遙の送迎車に乗せてきてもらっている。

 外は暗くなり始めているが、帰りも送ってくれると言うので、もう少しぐらい遅くなっても問題ないだろう。


「晶、夕飯の準備は大丈夫なの?」


 いつも家族のために食事を作っている晶は、部活があるとき以外はすぐに帰宅している。

 しかし、今日は泊につきあってくれていたのだ。


「ああ。大丈夫。弟の分はレンチンすればいいようにしてきたし、姉貴はなんかここんところ妙に忙しいらしくてさ。今日も会社に泊まりこむから夕飯いらねーって言っていたから」


「あらー。ブラック企業なのー?」


「ちげーよ。……姉貴、新しい仕事を頼まれたらしいんだ。詳細はまだ教えてくれないけど、その仕事にやりがい感じてるらしくてさ」


 つまり楽しくて仕方ないと言うことなのだろう。

 それは泊もわかる気がする。

 書くのは疲れるし辛いときもあるが、調子よくはまると食事をするのも忘れて集中して書いてしまうことは多々あった。

 そういうときは自分で書きながらも、どんどんと進んでいく物語を見ているのが楽しくて仕方ないものだ。


「だから、たまにはノンビリ、女子高生らしく遊ばせてもらうさ」


「あー、そうそうー。遊びと言えばー」


 遙が振りむいて泊の両手をつかむ。

 その手が妙に温かい。


「今日、とまとまのためにお店に来たのだから、約束通り週末の連休は三人で遊ぶのよー」


「ほむ。問題ない」


 泊の返事で、遙が嬉しそうに笑う。


 いつも笑顔が絶えない遙。

 だが、それは社交のための笑顔だということを知っている。

 こうやって、本当に嬉しそうな笑顔が見られる機会は少ないのだ。


 泊は彼女のそんな笑顔が好きだった。

 だからこそ、【WILD CATS】に来る予定を前倒しにする遙の提案にも素直にのっかった。


「晶も予定はあけておいてよー」


「わーったわーった。空けとくって。姉貴にも言っておいたし」


「約束よー」


 泊を通して知り合った遙と晶。

 最初はあまり馬が合わなかった二人も、今ではすっかり仲良しである。

 ただ三人とも部活の有無や、日常生活パターンも違うため、学校以外ではなかなか一緒に遊べない。

 だから、泊としても今度の週末は楽しみであった。



 ――ところが結論から言えば、週末の遊ぶ予定は中止となってしまう。


 金曜日になって、晶がインフルエンザで学校を休んでしまったのである。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2019/03/scd003-02.html

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