第一二話「要望を聞く。だが、実現の道のりは険しい」

「わたくし、本日の夜当番を務めさせていただきます鈴木と申します。二二時までは受付のところの事務室におりますので、何かありましたらお声がけください。その他、何かお気づきの点とかございますか?」


 正確なセリフは覚えていないが、確かそんなことを言っていたと営野は記憶している。

 焚き火を楽しんでいた時だった。

 夜になるキャンプ場のスタッフがサイトを一つずつ回り、このような挨拶をしていたのだ。


「ほむ。ここまで丁寧なのはすごいですね」


「いや、まったくだ……」


 スタッフが去った後、また二人で少し目を丸くする。

 確かに、就寝時間前などにキャンプ場のスタッフがサイトを回ることはある。

 それはあくまで「就寝時間を知らせるための見回り」なのだ。

 しかし、ここのは「サービス案内」のようなものである。

 このイメージは大きく違う。


「いろいろなキャンプ場があるんですねぇ」


「そうだな……」


 答えながら、営野は泊をこっそりとうかがう。

 今の泊には、つい先ほどまでの不思議な雰囲気は失われていた。

 ある意味で、営野が知っている泊だった。


「ところで気になっていたんですが……」


「な、なんだ?」


 うかがっていたことに気がつかれたのかと思ったが、どうやら違った。

 彼女は営野が今まさに袋にしまおうとしていた、黒い焼き肉用のトングを指さしている。


「そのトングは面白いですね」


「あ、ああ……これか」


 営野は手にしていた黒いトングを泊に渡してやる。


「ほむ。ありがとうございます。……うん、つまみやすそう。トングって、先っぽがスプーンやフォークみたいになっているのが多いのに、これは細いですね」


 彼女はトングをカチカチとかるく鳴らしながら使い勝手を確かめた。


「それは【スノーピーク】の【ピッツ】という商品だ」


「でたな、スノーピーク」


「でたなってなんだよ」


「いや、スノーピークってよく聞きますけど、やはり有名なメーカーなんです?」


「ああ、有名も有名。日本のキャンプ用品メーカーの代表的な存在の古参だ。ちなみに品質は高いが値段も高い」


「ほむ……なるほど」


「ただ、そのピッツはわりと安いぞ。それに使いやすい。先端が箸のようになっていて、挟むところがギザギザして滑り止めになっている」


「……本当だ」


「厚手のステーキとかには向かないが、小さい肉や野菜はひじょうにつまみやすい。輪切りにしたニンジンやタマネギ、ウィンナーとかって、普通のトングや箸だとわりと難しいんだ。ひっくり返すときに転がしたりして、よく網から落としてしまう。これはその点がすごくやりやすい」


「なるほど。小さいしソロキャンにも良さそうですね」


「ああ。あとテーブルに置いたときに、先端が下につかない設計になっているのも売りだ。まあ、似たようなのは、一〇〇円ショップにもあるけどやはりつくりは安い」


「ほむ。欲しいですね、これ。ちなみにカトラリーのケースも同じマークがあるのでスノーピークですか?」


 言われて営野はテーブルの上にあった、赤い生地のケースを取ると泊に手渡す。


「ありがとうございます。……ほむ。フォーク、ナイフ、スプーンのセット……」


「商品名は、なぜか【ワッパー武器】という」


「ほむ。武器なんですか、これ? ヤバい、これでソロさんをヤれる……」


「おい……」


「でも、軽いですね、これ」


「チタン製だからな。フォークとスプーンのセットもあるが、ソロだとナイフまでついているといろいろと便利だ。ちょっした肉の切り分けなら充分に使えるしな」


「厚切りベーコン、これで切っていましたものね。……ほむ。いいですね。今日は使い捨てのプラフォークと割り箸をもってきたのですが、捨てられないときは困りますよね」


「まあ、割り箸は焚き火で燃やしてもいいけど、プラフォークは持って帰らないといけないしな」


「はい。それにさっきいただいた厚切りベーコンとかだと、プラフォークではちょっと折れそうで。わたしも、それ買おうかなぁ……」


「カトラリーは、いろいろなのがあるので探してみるといい。これはチタンなのでちょっと高いけど、安いのもたくさんある。……ちなみにこれは、ケースの色違いがあるぞ」


「ほほう! オレンジやピンクはありますか?」


「確か……なかったな。黄色ならあったと思うが」


「むむっ。スノーピークにも電凸するしかないですかね……」


「やめろ。怖いもの知らずめ。……あ、そうだ。このカトラリーケースのカラーを選びたいなら、通販では選べないので店舗に行くしかないからな」


「ほむ。そうなんですか。……しかし、なんでもっとキャンプ用品にはかわいいのがないのですかねぇ。オレンジとかピンクとかもっとあってもいいと思うのですよ」


「かわいいの……か」


 その言葉を聞いた途端、営野は「やはりこれだ」という確信がわく。

 だから、話しながらテントへPCを取りに行く。


「確かに少ないよな。最近になって一応、そういうものを目指した商品もあるが、まだ多いとは言えない。これは当初、男性ユーザーの方が圧倒的に多かったからかもしれないな。しかも、年齢層もわりと高めを見ている。ぶっちゃけ高校生はそれほど金を持ってないからな、普通は」


「ほむ。でも高校生に限る必要なくて、もっと広い範囲でもいいと思うんですよ。大人の女性だってかわいいのが欲しい人は多いはず。もう少し、手軽にかわいい個性がだせるものが欲しいです」


「手軽に個性的なかわいさ……か」


 PCを立ち上げてメモソフトを起動する。

 そして、とにかくキーワードを叩いていく。


「……ソロさん、何しているんです?」


「ああ、言っただろう? キャンプスタイルとかを研究しているって。だから、そのための記録だ。……この際、泊の忌憚ない意見を聞かせてくれないか?」


「ほむ。意見、ですか?」


 いきなりこんなことを言ったためか、泊はきょとんとした顔を見せる。

 だが、ソロキャンプを始めたばかりで、変な先入観がまだない女子高生の意見など聞けるチャンスはなかなかないだろう。

 営野としては、ここはちゃんと話を聞いておきたい。


「難しい話じゃない。たとえば……そうだな。今度買うなら、どんなテントが欲しい?」


「ほむ。なるほど、そういう意見を言えばいいんですね。……ちょっと待ってください」


 そう言うと、彼女は腕組みをして少し唸ってみせる。

 かなり真面目に考えているのか、今度はノートを取りだし何か書き始めた。


 そしてひと段落すると、自分の書いた内容を見直してコクリとうなずく。


「ほむ。こんなところか……。高品位とか、値段の問題とか、そういう話は抜きにしますね」


「ああ」


「まず、お着替えカスタムできること!」


「お着替えカスタム? それはたとえば、色違いのフライシートを売るということか?」


「ほむ。それだけではなくですね、フレーム、インナーテント、インナーマットなど何色かあって、自分でコーディネートして選べるテントです。しかも、ただ一色とかだけではなく、柄物もあるといいですね。特にわたしはネコが好きなので、ネコのシルエット柄とかあったら、嬉しいこと、この上マックスですよ」


「なるほど……」


「季節や気分によって交換したりしたいですね……」


「着替えや化粧みたいな感覚か。確かに女性が喜びそうだな……」


 もちろん種類をたくさん作るというのは、生産性を考えると安くしにくくなる。

 また、売れ残るカラーなどの在庫の問題もでてくるだろう。


(すべてのパーツを限定にすれば……それでも価格を抑えることは……)


 話を聞きながら、実現案を同時に考える。


「あとですね、テントに鍵をつけてほしいです」


「……へ? 鍵?」


 予想外の要望に、今度は営野が目を丸くする。


「ほむ。鍵です。外からも内側からもかけられる鍵」


「いや。でも、鍵なんて意味がないだろう。テントのカバーを切られたり、ペグを抜かれたりしたら……」


「逆に言えば、そうしなければ入れない・・・・・・・・・・・わけじゃないですか」


「――あっ! ……なるほど。心理的な壁・・・・・を作るのか」


「そうです」


 泊の目的がわかり、要望が腑に落ちる。

 彼女はドジでマヌケだが、やはり頭がいいのかもしれない。


「……今、ソロさん、失礼なことを考えませんでしたか?」


「……いいえ。全然」


 と言いながら、営野は目をそらしてPCを見つめる。


「ほむ……。まあいいです。とにかく、よくあるドーム型のインナーなら袋状になっているのでインナーの入り口につけてもらうだけでいいんですよ。そうすれば、ペグは関係ないし」


「なるほど」


「中には『手軽にチャックを開けるだけで入れる』と思ったら、魔がさす人っていると思うんですよ。たとえば、わたしのようにかわいい女の子のテントだったら、わたしのかわいい寝顔を見てやろうとか、わたしのかわいい着替えシーンを見てやろうとか、わたしのかわいい下着を盗んでやろうとか……思いますよね、ソロさん!」


「なぜ最後、俺に同意を求める……」


「え? いつも思っていますよね、ソロさん?」


「なんでだよ……。かわいいには同意してやっても、その他の部分は思ってもいないからな」


「くっ……。そうきたか。ずるい人です……」


「なにがだよ。……ともかく、わかった。わざわざ道具を使って開けないと入れないとか、テントを壊さないと入れないとかなれば、魔がさすことが減るのではないかということだな」


「はい。それにチャックを開けるならまだしも、その他の行為は周りから見ても異様に見えるし、中に人がいれば事前に気がつくかもしれないではないですか。それでもやろうとしたら計画的な話ですから、まあそれは別の問題です」


 確かにテントの入り口に、財布が転がっていて、金が欲しいと思っている奴がいたら、ふらふらと手を伸ばしてしまうかもしれない。

 少なくとも鍵がかけてあれば、そういう出来心による犯罪は防げるかもしれない。


「あとですね、普段はソロキャン用だけどグルキャンしたときに合体したいです」


「合体?」


「そう。一人の子に大きなテントやタープの負担がかかるのではなく、みんなのテントをくっつけて大きなテントみたいに使えたら楽しいな」


「……なるほど。それも確かに面白いな。構造は難しそうだが……」


「変形・合体はロマンですから」


「……同意できてしまう自分がいる」


「ほむ。ソロさんなら、わかってくれると思いました。それからですね――」


 夜遅くまで、二人の会話は盛りあがった。



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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2019/01/scd002-12.html

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