第一〇話「頭はいい。だが、ドジでマヌケだ」
柏まんは、普通のコンビニ肉まんよりも一回り大きかった。
泊の話だと、アニメでは餃子のタレかなにかをつけて食べていたそうだが、そのままでも充分にうまい。
よくある空洞化現象が激しい肉まんとは違い、もともと肉の密度が高かったのだろう。
それが上下から圧縮されているものだから、肉の主張がはげしい。
おかげで食感のバランスが凄い。
表面のカリッ。
中間のフワリ。
肉のジュワリ。
この三つの食感が、同時攻撃をしてくるのだからたまらない。
「ほむ。これは三連弾で一発飯コロですね……」
「わからんようで納得できてしまう表現だな……」
ハフハフしながら、半分に切られた肉まんをフォークで刺して口に運ぶ。
そしてその味を楽しみながら、ビールで口を潤す。
肉とビールがよく合いすぎる。
見れば、泊も受付にあった自動販売機で買ってきた炭酸ジュースをお供に食べている。
「「プハ~ッ……」」
二人そろって満足な音をもらす。
あまり上品とはいえないが、これはもう致し方がないだろう。
「うまいですね、これ。家でも肉まんを焼いてみましたが、これは今までで一番美味いです」
「まあ環境補正もあると思うがな……」
「ほむ。キャンプならではのうまさと。……あ、幻霜ポークまんも焼けましたよ」
今度は、さらに大きなパオタイプのポークまんが切り分けられる。
その斬り口から覗いたのは、甘辛そうなタレに包まれた角煮であった。
「――うまい!」
それを口にした途端、思わず営野は叫んでしまう。
表面のカリッ。
中間のフワリ。
肉のシュワッ……。
三重奏のトドメが先ほどとは違っていた。
よく煮込まれ柔らかくなった肉が、まるで溶けるように旨味に変化して口の中に広がっていくのだ。
それこそ余すことなく、すべてが旨味に変化したように口の中を幸せにしてくれる。
「これは……うまいこと、この上マックス……」
「確かにマックスだ」
思わず泊に同意してしまい、お互いに口元が緩んでしまう。
「さて。こっちも焼けてきたぞ。おすそわけ返しだ」
目の前のベーコンの焼き加減を見ると、表面がジュワジュワと脂が踊り、薄暗くなった中でライトに照らされて黄金色に見えていた。
それに調味料を大胆にふりかける。
調味料は、【黒瀬のスパイス】。
昭和二五年創業の福岡県北九州市にある鶏肉専門店【かしわ屋くろせ】で考案された調味料だ。
内容を見ると、食塩、胡椒、醤油、レッドベルペッパー、フライドガーリック、パプリカ、コリアンダー、グリーンベルペッパー、パセリ、オニオン粉末、唐辛子、マジョラム、オレガノ、バジル……などなど、かなり風味豊かに混ぜられている。
ネットの友人に薦められて、営野は結構な頻度で使っている調味料だった。
基本的に塩胡椒の代わりに使うのだが、これが何かと肉料理に合う。
味付けはこれだけで済んでしまうので、荷物を減らしたいときには重宝する。
(よし……)
焼けた厚焼きベーコンをトングでつまみ、ナイフで半分に切る。
それを皿代わりのシェラカップに移して泊に渡す。
熱々のうちにかぶりつく。
火傷しそうになるが、これがまたうまい。
いい加減の塩味と、アジアンテイストな香りが鼻をくすぐる。
そして、また二人そろってシュワシュワとしたもので口の中の脂を洗い流す。
「ほむ。この一杯のために生きている」
「炭酸ジュースでオヤジくさいな……」
「ところで、この調味料……なかなかヤバいですね」
「きみは小説家の割に味の表現がアバウトだな……」
「うぐっ……痛いところを……」
泊が顔を顰めながらうつむかせる。
痛点をかなり的確についてしまったらしい。
「それはともかく、パン食べますか?」
「パン?」
「ほむ。明日の朝に食べようかとフランスパンを買っておいたのですが、ベーコンを食べてたらなにか主食が欲しくなりまして」
「なるほど。なら、ちょっと千切ってくれ。少し炭で炙ろう」
泊が千切ってくれたフランスパンを端の方で炙る。
そしてやはり先ほどの調味料を少しだけふりかける。
「――なんと! これかけただけで、高級レストランで出されたフランスパンみたいになりましたよ!」
「主食というより、これだけで一品になってしまうな……」
ほんのり塩味が効き、これをつまみにビールが飲めてしまいそうである。
「ほむむ……。こうやって見ると、やはり炭火コンロもいいですよね」
「別にガスバーナーでも焼けるだろう」
「でも、なんか難しくないですか、パンみたいなのを焼くのは。フライパンでやっても、炎が家のコンロと違って狭いから、部分的に熱されてしまうんですよ。目玉焼きもなんか普通に焼くと真ん中ばかり焼けてしまって」
「ああ。試したのか。確かにあるな、それ……」
無論、それは営野自身にも覚えがあった。
しかし、先人たちはそれを解決するアイテムを生みだしている。
「そういう時のために、熱源を広げる【バーナーパット】というのがあるから、それを五徳の上に置くと熱がある程度分散されるから使ってみるといい。有名なところだと【ユニフレーム】 製だな」
「ほほう……」
さっそくメモを取り始める泊はさすがである。
「絶対に必要というわけではないが、バーナーを本格的に使うならあると便利かもしれない。ただ、やはり肉を焼くのは炭火コンロがいいよな。余分な脂を落としやすいし、なにより雰囲気が違う」
「ほむ。まさにそれです。雰囲気大事です」
コクコクと泊は何度かうなずいた。
かと思うと、ふとうつむき加減のまま上目づかいに視線を営野に向ける。
「キャンプって……なんていうか、前回も今回もソロさんを見ていて改めて思ったんですけど……」
「ん?」
「……あ、いや、さすがにちょっと失礼かも?」
珍しく言いよどむ泊に、営野は「いいから」とうながす。
失礼なことを言われるという心配より、営野は彼女の考えに興味があった。
だから、「気にしないから」とさらにうながしてみる。
するとまるで意を決したように彼女は口を開く。
「ほむ。ならば遠慮なく。キャンプ……特にソロキャンプって、自己満足が全てなんだなと思いました」
「ほう……」
「えーっと……便利な世の中から抜けだして、不便なことをわざわざする。キャンプの本とか見てたら、自然を楽しむとか、自立性を養うとか、いろいろと書いてありましたけど、なんかどれもピンとこなかった」
「ふむ」
「だけど気がついたんです、ソロさんを見てて。ソロさんの一人で思慮分別のないデカいテントとか、ボッチで豪勢な食事とか、今回の年甲斐もないバイクとか……こう言っちゃ失礼かもしれませんが、ぜーんぶ結局、ソロさんの自己満足じゃないですか」
「……自己満足以前にイラッとする言い方があるが……まあ、そうだな……」
「でも、思ったんですよ。それでいいんだな……って。わたし、最初はキャンプって金と時間を費やして『不便』を買っていると思っていました。でも、本当は違う。そこでしか得られない、満足感みたいなものを手にいれるために金と時間を費やしているのかなって」
「…………」
「だからですね、話は戻るんですけど。さっきの『雰囲気』とかも、バカにしてはいけない要素なんです。そしてわたしの思っていた『オレンジやピンクのかわいいキャンプグッズが欲しい』というのも、きっとわたしなりの満足感を得るためには大事にしなくてはいけないことなんだろうな……などと思ったわけでありますよ、はい」
まじめな話で気恥ずかしかったのか、彼女は少しまた上目づかいで営野をうかがっていた。
「…………」
対して営野は黙してしまう。
「ほむぅ……生意気言い過ぎて怒っていますか?」
その沈黙を彼女は怒りだと勘違いしたのだろう。
体を小さくして彼女はおずおずと営野の様子をうかがっていた。
だが、違う。
怒ってなどいなかった。
むしろ感心していたのだ。
「泊はドジでマヌケだよな……」
「ほむっ!? ひどいです! やっぱり怒って――」
「――でも、頭はいい」
「……へっ!?」
「きちんと物事の本質を見ようとする頭の良さがある」
「…………」
「別にそれがキャンプの神髄なんて言うつもりはない。それが答えだとも言うつもりはない」
「ほむ……」
「でも、泊のその考えは俺と同じだ。俺もキャンプは自己満足でいいと思っている。……いや、それを大切にすべきだと思っている」
「…………」
「それをたった二回のキャンプで言い当ててくるのだから、本当に大したものだ。目のつけ所がいいし頭もいい。感心したよ」
「……ほ、ほむ……そ、そんな……いや、そんなことあることもないこともないのですけどね……えへへ……」
予想外に褒められたことにかなり照れているのか、泊がドギマギとし始めた。
視線をキョロキョロと泳がし始め、動揺が手に取るようにわかる。
「いや、まあ、わたしは確かに切れ者ですけど……な、なんて……言ったりして……うん、まあ、なんだ……あっ! そうそう! 寝る準備だけ先にしておかな……い……と……ん? ……あれ?」
ところが突然、彼女の動きが止まってしまった。
そのまま固まってしまったのかと思っていると、すくっと立ちあがってバイクの方に歩みよる。
次に荷台を見てから、今度はテントの中を覗きこむ。
そして最後に、呆然と立ち尽くした。
「……どうした?」
その営野の問いに、彼女の口角がヒクッと反応する。
暗闇なのに、営野は彼女の顔が青ざめていることに気がつけた。
「ソロさん……」
まるでお通夜かと思うほど豹変した声色で、彼女は告げてきた。
「わたし……
「…………」
「…………」
「……本当に泊は、ドジでマヌケだな」
「――ほむぅ~んっ!」
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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。
http://blog.guym.jp/2018/12/scd002-10.html
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