第九話「料理をしたという。だが、手料理とは言えない」

「お湯加減はいかがでしたか? なにかお気づきの点などございましたか?」


 お風呂の鍵などを受け取り来たキャンプ場のスタッフは、そう問いかけてきた。

 泊が湯船の湯が少しぬるかったと言っていた。

 どうやら、営野が入っていた時には流しっぱなしになっていたお湯が止まっていたらしい。

 営野の方は、下駄箱と時計があるといいと言うことを伝えておいた。


「……しかし、すごく丁寧ですね。キャンプ場ってこんな感じなんですか?」


 スタッフが去ったあと、泊が尋ねてくるので営野は首を横にふる。


「いや。ここはかなり丁寧だな。ここまで細かい対応をするところはない、とは言わないが少ないことは確かだ」


「ほむ」


 けっこうキャンプ場は家族経営だったりするところも多い。

 そのため、少ない人手でやりくりして手が回らないところもでてくる。

 また、こう言ってはなんだが、会社のような組織でないと言い方は悪いが「なあなあ」なところも出てきやすい。


(家族経営だと、サービスをビジネスとして見る視点はどうしても弱くなる……)


 淀む水は濁りやすい。

 新しいメンバーが入らないと、ルーチン化された毎日の業務の中で、なかなかサービス改善に結びつける大きな改革がやりにくくなるものだ。

 その点、ここは若いスタッフを雇って運営していることがプラスに働いているのかもしれない。


「簡易トイレは残念ですが、わりと手頃ですし、都内からも距離は遠くない。ファミリーキャンプとしては非常にいい場所ですよね」


「そうだな」


 料金制がサイト代のみなので、5人家族までなら安く済む。

 さらに遊び場も多いので確かに子供がいる家族には打ってつけだろう。


(まあ、ソロでも楽しめるがね。……さて、飯にするか)


 食事と言っても、今回は前回のように贅沢をするつもりはない。

 荷物の関係もあり、つまみと酒で簡単に済ませる。

 小さなクーラーバッグに入れてきたのは、途中で買ってきた安い焼き肉用の肉と、厚切りのベーコンだけだ。

 これをつまみに、酒を飲む。

 今夜はこれで充分だ。


 まずは炭火コンロを用意する。

 これは前回も使ったコンロで、折りたためばB五サイズに収まる。

 それにやはり汚れぬようにアルミホイルを敷いて、そこに普通は炭をいれる……のだが、営野は着火剤兼用のものを使っている。


 これはロゴス製の【エコココロゴス】という商品だ。

 これは「エコ」な「ココ」ナッツからとられている名前らしく、不要になって廃棄されるヤシガラを使って作った成形炭である。

 その中でも営野がもってきたのは、【ミニラウンドストーブ】という、小型の七・五センチ×三・五センチほどの円柱系で、中央に一つ、その周囲に六つの穴が空いている。


 この表面には着火用の材料が混ぜてあり、火を近づけるとバチバチと導火線につけられた火のように弾ける音を鳴らして広がっていく。

 つまり着火が非常に簡単だ。


 しかし、火が回り始めたらすぐに肉を並べる、ということをしてはならない。

 火が完全に回るまでは、着火剤により強い炎が立ちあがっている。

 この状態では、肉があっという間に焦げになってしまう。

 だから、一分ぐらいは落ちつくまで待ってやる必要がある。

 それでも普通の炭に火をつけるよりは、遙かに速い。

 加えてこれ一つあれば、ステーキ数枚を焼くことができる。

 サイズも小さく、余分な炭をもってこなくても済むので、荷物をかなり少なくすることができるのだ。

 普通の炭よりも高くつくが、荷物を減らしたいソロキャンパーには強い味方になってくれるアイテムだった。


(そろそろかな……)


 網の上に、まずは厚切りのベーコンを乗せる。

 厚切り肉は、ゆっくりと熱を通す必要があるので熱源よりなるべく離すようにしておく。

 しばらくすれば表面が泡立ちながら、余分な脂が落ちていくだろう。

 そして表面がこんがり焼けるまでのんびり待つ。

 この焼ける様子を楽しむのも、醍醐味というものだ。


「ほむ。この前、炭焼きが早かったのは、そんなアイテムを使っていたからなんですね」


 さて、酒でも呑みながら……と思っていた矢先、泊が両手を後ろに回しながら、こちらに歩みよってきた。

 そしてエコココロゴスのケースを一瞥してから、小首をかしげてみせる。


「ところでぇ、ソロさんはまた焼き肉ですか?」


 妙にニコニコ、そしてワクワクとしたような口角のムズムズ感。

 あからさまになにか言いたくて仕方がない表情だ。


(なにを自慢したいんだ……)


 どうせ今は暇な時間である。

 つきあってやろうと、営野は開口する。


「泊はまた、インスタントか?」


「フッフッフッ。よくぞ聞いてくれました」


 やはり聞かれるのを待っていたんだと思いながら、黙って芝居がかった続きを待つ。


「いつまでもインスタントなお手軽女と思うなかれ。今夜の泊は、前回とは違うのですよ! なにしろこれがありますからね!」


 そう言うと隠していた右手だけを前にだし、持っていたものを見せびらかすように前へ突きだした。

 それは先に黒くて四角いアルミニウム合金のスキレットに、鉄の長細い取っ手がついたアイテム。


「おっ。ホットサンドメーカーを買ったのか」


「そうですぜ、組長。ご禁制の品を密輸して手にいれたんでさ」


「別に販売禁止されてないよ」


「アマゾンでポチッと……」


「普通に買ってるじゃないか」


 泊がさしだすので、営野はホットサンドメーカーを手にする。

 そのスキレット部分には、見たことのある柄が掘ってある。

 それは嘴が長く、水かきのある鳥の姿。


「ああ、CHUMSチャムスか」


「はい。まあ、わたしはブランドなど知らず、このデザインで買ったのですが。かわいいですよね、ペンギン。親近感わきますね。わたしみたいで……」


「いや。悪いがそれ、ペンギンではないらしいぞ」


「ほむ?」


「確か【ブービーちゃん】とかいうらしい。【ブービーバード】で日本では【かつお鳥】だそうだ……」


「出汁が利いてそうな……」


「かつお出汁じゃない。ブービー賞のブービーだ」


「ブービー賞……」


「確かホームページの説明だと、南米では【ボーボー鳥】でスペイン語で『まぬけ・・・だけど、かわいい』という意味らしい」


「ま……」


 泊の顔が一瞬ひきつる。

 本当はチャムス的には「フレンドリーで警戒心がない」という意味らしいが、それはあえて黙っておく。


「そう、まぬけだ、ま・ぬ・け。親近感わくんだろう?」


「ほ、ほむ……そ……そうですね。た、確かに親近感がわきますね。……特に『かわいい』というところが!」


「いいとこ取りしてきたな……」


「と、ともかくですね、これさえあれば、敵なしですぜ。まとめて焼きいれてやりますよ、組長」


「ごまかすために、組長ネタを続けるのか……。それで、誰に焼きいれるつもりなんだ?」


「ほむ。それは、こいつですよ」


 今度は隠していた左手を前にだす。

 そこにあったのは、スーパーのビニール製レジ袋。

 中になにが入っているのかは見当もつかない。


「普通に考えれば食パンと、何か具材だが、その様子だと違うんだろう?」


「ほむ。さすが組長。わかっていらっしゃる。あっしもいろいろ勉強しましたからね」


「ほほう」


「アニメで」


「アニメかよ……」


「アニメをバカにしちゃいけませんぜ、組長。アニメを笑う者はアニメに泣く」


「いや、まあ、アニメで泣いたり笑ったりもするかもしれんが……」


「そう言えば、ソロさんは道の駅・しょうなんによりました?」


 そう言いながら彼女は、ビニール袋に右手を突っこんだ。


「唐突だな。よったが、ゆっくりできなかったけど……」


「ほむ。そうですか。……実はわたし、あの道の駅でいいものを売っているという情報をネットで得まして。手にいれてきたんですよ。それがこれです!」


 ビニール袋から出てきたのは、紙袋に包まれたなにか。

 それがなんなのか、営野には未だにわからない。


「……なんだ、それ」


「肉まんです」


「肉まん? ……珍しくはないな」


「ほむ、残念。珍しいのですよ。これはですね、一〇月から二月の間にだけ道の駅・しょうなんのレストラン【ヴィアッジオ】で売っている【柏まん】と【幻霜げんそうポークまん】なのです」


「ほう……。それは知らなかった」


「ほむ! 知らなかったんですね!」


 あからさまに彼女は喜々として見せる。

 営野を出し抜いた気分で嬉しいのだろう。


「この柏まんは、柏産の長ねぎ、小麦粉、米粉を使った肉まんなんです。そしてこちらの幻霜ポークまんは、柏産豚肉である幻霜ポークをフワッフワッの角煮にしたものをパオのように包んだ高級肉まん。もちろん、柏産の小麦粉と米粉も使っています! つまり現地のうまさが詰まっている!」


「それは確かにうまそうだ……が、それをホットサンドメーカーで温めるのか?」


「温めるというより、まさに焼きを入れてやるんですよ」


 そう言うと、彼女は作業を始める。

 まず、ホットサンドメーカーにバターを多めに塗る。

 そして柏肉まんを一つ挟んでガスバーナーで炙り始めた。

 しばらくすると、彼女はホットサンドメーカーをひっくり返し、開いて様子を見る。

 満足する結果だったのだろう。

 一人でうなずくと、そのまままた炙り始める。

 その手際は非常になれている。

 どうやら、自宅ですでに練習してきたらしい。


「ほむ……できました。見てください、この狐色」


 泊が開いたホットサンドメーカーをわざわざ見せにやってくる。


 そこにあったのは彼女の言うとおり、潰れながらも表面が狐色に焼けた肉まんだ。

 湯気と共に香ばしいバターの香りがフワリと舞い上がり、表面のカリカリ感を連想させる。

 まだ腹になにも入れていない営野には、なかなか凶悪な攻撃となる。


「なるほど。これは確かにうまそうだ」


「フフフ。でしょう? どうですか、泊の料理の腕前は」


「これを料理と呼ぶのか、きみは……」


「ほむ。手を加えれば立派な手料理です」


「それはいかがなものか……」


「というわけで、この手料理を先日のお礼に半分、お裾分けしましょう。わたしは義理堅い女ですから」


「それは嬉しいが、半分もわけたらたらんだろう。この前はあんなに肉をガツガツ食ってたじゃないか」


「うっ……ガツガツなんて乙女に失礼な」


「本当のことだろうが。まあ、お礼に俺もベーコンを半分わけてやろう」


「ほむぅ。それでは帳消しにできないではないですか」


「というか、そのぐらいで帳消しにしようという根性がすごいな」


「なに言ってるんですか。テントの片付けでこき使ったくせに……」


「……あの片づけ、大変だったな」


「ほむ。大変でした……」


 二人は一緒に両肩を落としたあと、目を合わせる。

 と、思わず吹きだすように笑いだしてしまうのだった。



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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2018/12/scd002-09.html

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