第七話「薪割りは楽しい。だが、それでいいのか?」
営野のテントの設営は終わった。
このテントはワンタッチ型で、設営が非常に簡単だ。
バッグから出して、脚を広げ、中央にある紐を力いっぱい引っぱり、最後に脚の先を伸ばせばそれだけで立ちあがってしまう。
購入時はグランドシートが取りつけられていないが、グランドシートを取りつけたままでもしまえる。
だから営野はあらかじめつけておいた。
おかけで、広げてしまえばグランドシートも広がっている。
あとはペグで固定すれば基本的には終了だ。
(キャノピーは開けておくか……)
一〇月に入ったばかりで、まだそれほど寒くはない。
そこで開放感を得るためにと、前室のキャノピーを立ててタープのように広げることにした。
こうすることで、テントを大きく感じることができる。
(今さらあらためて思うが……なんというか……タケノコと違って、ほどよいサイズ感だな)
今回のテーマは秘密基地だ。
少年ハートな秘密基地は、適度なサイズの方がワクワクする。
狭い押入れに入って楽しんだり、段ボールの家で楽しんだ心は、今も多くの人に残っているのではないだろうか。
(泊は……もう少しか)
一方で泊の方は、少し苦戦していた。
キャノピーをピンッと立てるのが難しいようである。
実はタープも同じだが、慣れないとピンッと張るのがなかなか難しい。
単純な構造だけに、ちょっとした緩みで布に弛みが生まれる。
弛みがあると、雨が降った時に水の流れが悪くなり、タープ等の上に水たまりができてしまうことがある。
すると水の重さで、ポールが倒れてしまうこともあるのだ。
また強風にも弱くなる。
しかし。
「泊、今日はそこまで気にしなくていいと思うぞ」
「ほむ。でも、キャンプの本には弛みはよくないと……」
「今日は雨も降らないし、風も強くない。見た目は確かにあまりかっこよくないかもしれないが、そこまで神経質にならなくていい。十分広がっているしな。手を抜けるところは手を抜くのも、キャンプのテクニックだ」
「ほむ」
「まあ、少しずつ練習していけばいい。あと、今日はペグも最小限、動かないように固定すれば大丈夫だ。もともと自立できるドーム型だから、風がないときは張り紐がなくても問題ない」
そう。何もかもきっちりやらなくてもいい。
キャンプ場の土や風の強さ、そういうのに合わせていけばいい。
もちろん、いざという時のためにできるようになっておくことは大切ではある。
しかし、せっかくくつろぎに来ているのに、一度に詰めこみすぎては疲れてしまう。
「んじゃ、今日もよろしくな。お隣さん」
「はい。よろしくお願いいたします、お隣のソロさん」
ついついアドバイスをいろいろとしてしまったが、ここからはとりあえず一人の時間だ。
風呂の予約は一八時。
今は、一四時半。
あと三時間半は時間がある。
(まずは……明るいうちに薪の用意でもしておくか……)
このキャンプ場では、薪を年中は売っていなかった。
季節によって売っているらしいが、今はまだ販売していない。
代わりにただで薪をくれるのだが、場合によってはかなり湿気っていたりして追加用にはいいが、焚きつけから使うにはあまり向いていない。
そこで今回は、わざわざ薪を積んで持ってきていた。
(おかげで重かったわけだがな……)
持ってきたのは、近くのキャンプ用品店で買ったスギやヒノキの針葉樹の薪である。
ちなみに薪は大きく分けて、針葉樹と広葉樹でわけることができる。
針葉樹は、割りやすく、着火性がよい。
樹脂の部分に樹液としてヤニが含まれている。
ヤニは可燃性で燃えやすいわけだ。
されど持続時間は短く、ヤニでススがでやすいため料理には向かない。
広葉樹は、割りにくく、着火性はよくない。
樹液が不燃性で、さらに乾燥すると樹液もなくなるという。
されど密度が高く持続時間は長いし、ススもつきにくい。
だから焚き火をやる場合は、針葉樹で焚きつけをして広葉樹で火加減や持続時間を調整するのが一番いい。
ただし今回の焚き火は、寒さ対策や調理のためではない。
雰囲気を楽しむためだ。
炎の揺らめきや、たまに聞こえる薪の鳴き声。
寝る前にそれをぼうっと眺める。
あとは酒の一杯でもあればいい。
恐ろしいはずの炎が与えてくれるのは、不思議な安堵の時間。
近くにいるだけで服から髪の毛まで燻された匂いに包まれてしまうが、不思議とリフレッシュできる気分になる。
だから、営野は針葉樹だけにした。
雰囲気のためだけなら、着火性がよくすぐに燃やすことができ、軽めで割るのも簡単な針葉樹の方が向いている。
(台になりそうな薪は……おっ。これは板状で使いやすそうだ)
滑り止めのついた厚手のグローブをつけて薪をあさり、手ごろな木片を台とする。
そして取り出したのは、鉈。
これも鍛造ペグと同じ【村の鍛冶屋】で購入した、職人さんお手製の品である。
鉈もいろいろな種類があるが、経験から言ってある程度いい物を選ばないと後悔する。
鉈の役目である、薪を割る、枝を落とすということさえ、まともにできないのでは意味がない。
それどころか、危ないこともあるからだ。
(少し湿気ているか。干したけど天気が良くなかったからな。焚きつけ用に細いのを何本かと思ったが、半分ぐらいは細くしてしまうか……)
薪は細くすると、火のつきは良くなるが、長持ちしなくなる。
長く楽しむならば太い方がいいのだが、今日は数時間も燃えれば十分だ。
台にした板の上に薪を立てる。
木目を見て鉈の刃を斜めにして天辺へ押し当てる。
そして食い込ませたら、薪ごと持ち上げて台へ叩きつける。
最初の内は、あまり勢いよくやるとずれてしまうので少しずつ食いこます。
そしてある程度、食いこんで安定したら薪ごと強めに叩いていく。
「――よっと!」
思わず声がでる。
薪の中には、そのままだと食いこむのさえ固いのがある。
そんな時は刃を当てて、刃の背を他の薪やゴム系のハンマーで叩いてやる。
営野はショックレスハンマーを持ってきているため、それで叩いて細くしていく。
ナイフで薪を割るときの【バトニング】と同じ手法である。
これで順調に薪を割っていく。
(…………)
薪割は手間だが、きれいに割れると楽しくなる。
(…………)
割っていく。
(…………)
割っていくのだが、見られている。
(…………)
ものすごい視線を感じる。
(…………)
ちらりと様子を見ると、椅子に座って膝の上にテーブルらしきものを置き、その上にPCを広げながらも手を動かしていない泊がいた。
その双眸は、きらきらと輝きながら見開いている。
(わかりやすい……)
ためしに鉈を少し動かしてみる。
すると、ねこじゃらしから目が離せなくなったネコのように、首から上だけ動かして視線が追ってくる。
顔に書いてある文字は、「好奇心」だ。
「……薪割り、やってみるか?」
「――!! いいんですかい、組長!」
「誰が組長だ……」
喜々としながら泊は立ち上がると、PCを椅子に残してチョコチョコとこちらに歩み寄ってくる。
「泊は右利きだよな?」
「ほむ。そうですが」
「なら、左手にこのグローブをしろ。右手はサイズが合わないから素手で握れ。鉈がスッポ抜けてもこわいからな」
言われたとおりに彼女は黒い厚手のグローブをつける。
大人の男性用のため少し大きいが、このグローブは耐熱、防刃の効果がある。
これならば、手を切りつけにくくなる。
その少しダボついたグローブで、彼女は薪をひとつ握る。
そして右手で鉈を握った。
「うっしっしっ。こいつらの始末は、あっしにまかせてくだせぇ、組長」
「待て」
「なんでですかい、組長!」
「なんでもかんでもあるか」
こんなやたらギラギラした目の鉈を握った女子高生を見たら止めるに決まっている。
「組長、今さらこいつらに情けをかけようってんじゃありませんよね!」
「なにゴッコしてるんだ、きみは……。ってか、薪割りの仕方しっているのか?」
「ほむ……。薪を立てて、上から勢いよく振りおろす」
「はずれ。それは大きな丸太を大きな斧で割るときだ。斧は重さで割るからな。小さい薪をそんなふうに割ったら危ない。それにこれは斧ではなく鉈だ」
鉈は出刃包丁を大きくしたような形をしている。
これは叩き割るというより、裂いて割るようにする。
「さっきやり方は見ていただろう?」
「まあ……でも、地味だなと……」
「地味ではなく、地道な作業なんだよ」
一応、先ほど自分がやっていた薪の割り方を説明する。
相変わらず教えを乞う時、彼女は真面目だ。
一度手袋を取るとノートを取り出し、メモをしながらきちんと聞く。
「周りに人がいないことを確認してからやれよ」
「ほむ。了解です。……では!」
薪割りは、簡単にすっぱりと割れることもあれば、なかなか割れないときもある。
なんだかんだと言っても重労働だ。
「むっ……なかなかこれは……」
泊も、うまく薪ごと叩けないで苦労している。
特に土台が不安定な薪である。
なかなか力を込めて叩きにくい。
「ほら。ハンマーを使え」
「ほむ。でたな、ゴールデンハンマー」
「真っ黒だけどな」
「私も買ったんですけど……」
「とりあえず、これを使っていい。刀の背の部分を少しずつ叩きこむんだ」
「まかせてくだせぇ、組長! きっちりタマとってきますぜ!」
「薪を割るだけだ……」
泊が鉈の背をハンマーで叩きこむ。
すると、ミシッと刃が薪に食いこんだ。
「ほむっ!」
振りかえって、営野に向かってものすごくうれしそうに目を輝かす。
さらに叩きこむとさらにめり込む。
薪の上の方が押し広げられるように裂けていく。
「ほむほむっ!」
そしてなぜかまた、振りかえって営野へ目を輝かせてみせる。
「わかったから、早くやれ」
さらに鉈を叩きこみ、とうとう薪は真っ二つになる。
すると今度は2つに分かれた薪を持ち上げ、営野へドヤ顔を見せつける。
まるでネズミを捕ってきて自慢するネコのようだ。
「ほむ。これは楽しいですね」
「そうか。なら、好きなだけやってくれ。こっちの薪はそのままに。この薪は二分の一か、三分の一に。それからそのうち半分ぐらいはもう少し細くしておいてくれ」
薪をいくつかにわけて、営野は椅子に戻った。
そして仕事の残りをするためにPCを開く。
(そのうち、疲れて飽きるだろう……)
ところが彼女は、なぜかニヤニヤとしながら黙々と続けた。
そして、とうとう最後まですべて薪を一人で割りおえる。
「ふぅ……快感……」
最後に満足そうな笑顔を爽やかに見せた。
さすがに若いと感心してしまう。
薪割りはそれなりに楽しいが、営野はそんなに長くは続けられない。
だが、彼女は唐突に顔を青ざめさせる。
具合が悪くなったのかと心配すると、そうではなかった。
「大変です、ソロさん!」
「ど、どうした!?」
「原稿、ぜんぜん書いてない!」
「……知るか……」
「ほむぅ~んっ! 急いで書かなければ! 泊、一生の不覚!」
「慌てているせいか、普通に言ったな……」
彼女は自分の椅子に座ると、鬼のような形相でキーボードをたたき始めるのだった。
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