第六話「いじめたいわけではない。だが、楽しい」

「ほむ。やっぱり、オレンジの方を選ぶべきだった……」


 泊がガックリと肩を落とす。

 そんなにおそろいが嫌だったのかと思うが、確かにこんな中年と同じでは嫌かもしれない。

 そう思って、営野は泊の話につきあう。


「オレンジの方って?」


「DODのワンタッチテントとかいうやつです。私はオレンジか、ピンクがよかったんですよ。かわいいから」


「なら、他のメーカーのを探せばよかったじゃないか」


「ほむ。そうなんですけど……。テントってけっこういろいろあるじゃないですか?」


「あるな、確かに」


「どれにしようとすごく悩んだわけですよ。耐水圧が高くて、なるべく簡単に立てられて、追加の買い物しなくても一式揃っていて、雨が降ったときに私のバイクも雨宿りできて、軽くてコンパクトに収納できる上、安い……そんなテントを。でも、なかなかなくて」


「そりゃ、なかなかないだろうな……」


 要望が贅沢すぎると、営野は顔を引きつらす。


「そんな時、ふとソロさんの憎きタケノコテントを思いだしたわけです」


「なんで憎いんだよ……」


「テント自体はすごく良かったのですが、名前がタケノコですからね。憎い」


「それだけかよ」


「でも、キノコテントって本当にないのかなって思って、DODのホームページをなんとなく見に行ったんですよ。なかったらDODにクレーム入れようと思いまして」


「やめとけよ……」


「そうしたら、変な商品名ばかり並んでいる中に見つけちゃったんですよ」


「変な言うな。確かに変だけど、そのうちDODのウサギに後ろから刺されるぞ……。で、なにを見つけたんだ?」


「バイカー向けテントのシリーズです」


「ああ、なるほど」


 確かにDODは、バイクでキャンプをする人向けに適したテントを何タイプか作っている。

 このように、あからさまに「バイカー向け」と名のっているテントはわりと珍しい。


「その中でいろいろと見ていたら、【ライダーズバイクインテント】がすごく要望に近くて。それでこれだと思ったのですが……一つだけどうしても気に入らないことがありまして」


「それが色か」


「ほむ。そうなんですよ。色がかわいくなかったんです。もっとビビットでセンセーショナルな感じのカラーでもいいではないですか」


「……いや、それがどんな色なのかわからん。それに俺は、基本的に今のカラーで満足しているからなぁ」


 特に今回は、ペダリストのカラーに合わせて黒と赤になるべく統一していた。

 そういう意味では、営野が購入したライダーズバイクインテントのカラーは黒系のダークグレーの生地に対し、ポール、ロープ、ペグが赤というベストなカラーリングであった。

 それに対し、泊が購入した方は、薄い黄土色のタンと呼ばれる色の生地に、黒のポール、ロープ、ペグがセットである。

 オシャレかもしれないが、かわいいとは言いがたい。


「別の種類のワンタッチテントにはオレンジがあるのに、なぜライダーズバイクインテントにはオレンジがないのかと、小一時間ほど問いつめようかと思ったぐらいですよ。バイク乗りだって、かわいいのが好きな人もいるんですよ」


「……なるほど。そうだな、確かに」


 この時、ふと営野の頭にアイデアの欠片ができる。

 だが、泊はそんなこともちろん知らない。


「ただですね、ワンタッチは耐水圧が一五〇〇ミリでした。まあ、それはともかくとしても、収納サイズが少し長すぎたんです」


 この収納サイズの長さは、バイク乗りにとっては大きな問題である。

 ライダーズバイクインテントの方は、五八センチ。

 ワンタッチテントの方は、六五センチ。

 その差はわずか七センチ。

 だが、そのわずかな差で、バイクに積載できるかどうか変わってしまうこともある。

 テントなどはバイクの荷台へ横にして縛りつけることが多いのだが、法律では荷台のサイズから左右に一五センチずつしか飛びだすことができないことになっている。

 つまり、「バイクの荷台の幅+三〇センチ」までの長さしか横向きに積載できないのだ。

 それを考えると七センチの差は大きくなる。


 ちなみにDODにはワンタッチテントをコンパクトにした【ライダーズワンタッチテント】というのもあるが、そちらはワンタッチテントが基本になっているため、前室と呼ばれる寝室部分とは別の空間がない。

 つまり、キャノピーはないためバイクをしまうことはできない。

 その分、収納サイズの全長が五六センチと、ライダーズバイクインテントよりわずかに短くなっていた。


「まあ、どうせなら前室があった方が、雨が降ったときに濡れにくくもなりますからね。それに私のバイクも屋根の下に入れてあげたいし。だから色はあきらめました。とりあえずあとでDODのサポートには、なぜオレンジやピンクがないのかと小一時間――」


「――やめろ。クレーマーか。……ちなみに、冬は前室も閉めきらないと寒いから、結局はバイクの屋根がなくなるわけだが……それは理解しているよな?」


「ほむ? ……あっ……ああっ! そうだった!」


 どうやら本気で気がついていなかったらしく、彼女は両肩を落とす。

 確かにそういうことは、実際にテントを張ってみてからではないと気がつかないのかもしれない。


「泊、B・O・F・I・M・Lですよ……」


「……なんだそれは?」


「ほむ。『ベストオブ不覚、イン・マイ・ライフ』――『一生の不覚』の略ですが? 長すぎたので略してみましたが、わかりませんか?」


「わかるか! なんでわかって当然みたいな顔をする。略するぐらいなら、普通に『一生の不覚』でいいだろうが……」


 営野はかるくため息をつく。

 この子の謎単語は面白いがよくわからない。


「……あ、そうだ。言い忘れていたが、つい先日だが【キノコテント】って本当に発表されたぞ」


「――マジですか!」


「まあ、バイク用には向かないな。二人から四人用だから大きいんだ」


「ほむ。キノコを取り入れるとは……DODさんも、心を入れ替えたようですね」


「なんのだよ……」


「オレンジのキノコはあるのですか?」


「基本的にライトカーキだけだな」


「……ふっ。やれやれ。まだまだDODさんもあまいですね」


「なにがだよ……。とにかく、テントをそろそろ張らないか?」


 営野は作業の続きをうながす。

 先ほどから話が脱線しっぱなしである。


「ほむ。そうですね。……と、そう言えばソロさん。その前に、なんでブルーシートを敷いているんですか?」


 泊が不思議そうに足元を指さした。

 そこには土の上にできた小さな池のように広がる青いシートが木漏れ日を返している。


「グランドシートはあるのに、持ってきたんですか?」


「泊はレジャーシートとか持ってこなかったのか?」


「ほむ? 必要ですか? 外で座るなら椅子もありますし……」


 営野は思わず苦笑する。

 今の自分はすっかり慣れていたので忘れていたが、最初の自分も同じように考えて持ってこないことがあったことを思いだす。

 こういう細かい事こそ、快適に過ごすコツなのかもしれない。


「バイクに荷物を積むとき、どうしても積む順番は重い物を下にして、軽い物を上にする事が多い」


「ほむ。まあ、確かに。テントは重いのでわたしも一番下にしていますが……」


「そう。本当は最初にテントを張りたいところだが、その上にはいろいろと荷物がある。邪魔だよな?」


「ほむ。邪魔ですね」


 実際、彼女は未だに降ろす途中の荷物を両手で持っている。


「なら、その邪魔な荷物はどこに置く?」


「それは下に……あ……土……」


「そうだ。バイクや自転車は、車と違って荷物の一時置きがしにくい。下が芝生で汚れにくいならいいが、土の上に置くと寝袋などは汚れてしまう。万が一、前日に雨など降っていたら、土は泥になっていることもある」


「はうっ……」


「だから、シートを敷いてそこに一度、荷物を展開すると準備がやりやすいんだ。もちろん、片づけもその上でできるので楽になる」


「ほむ……」


「あと前室があるタイプは、そこにレジャーシートを敷いておけば荷物の置き場所になり、インナーテント内を広く使うこともできるだろう」


「ノ……ノーベル賞ものですよ、ソロさん!」


「きみのノーベル賞は簡単だな……。まあ、テーブルや椅子があるならそれを先に組み立てて荷物置きに使えばいい」


「なるほど……」


 そう言いながら彼女は、一度荷物をバイクへ戻す。

 そしてジャケットの下につけたウェストポーチから手帳を取りだし、すぐさまメモを書きはじめる。


 前の時もそうだったが、こういうマメなところは素直に感心する。

 思いついたこと、知ったことをすぐさま記録する癖がついているのだろう。

 彼女の小説が売れているというのも、なんとなくわかる気がした。

 メモもとらず、言われたことをすぐ忘れる部下に、泊の爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ。

 人付き合いが好きではない営野だが、こういう態度の相手には、ついついいろいろと教えたくなる。


「ちなみに泊はテントの試し張りはしたのか?」


「ある意味で今日が試し張りなんですけど……」


「なるほど。テントを開けたら、ちょっとペグを出してみろ」


「ほむ? わかりました……」


 泊は素直に従い、下の方のテントを何とか取りだすと、テントのバッグからペグを一本だけ取りだす。

 それは真っ黒なY字型のペグ。


「それを……そうだなぁ……この辺りにハンマーで打ちこんでみろ。そんなに深くしなくていいから」


 泊はまた素直に従う。

 Y字ペグは地面に半分以上、埋まっていた。


「前に説明したが、Y字ペグは土への絡みが強い。だから、一度刺すと抜けにくい。試しに抜いてみろ」


「ほむ……。うおっ! 固い! 動かんってか、手が痛いんですが……」


「そう。Y字ペグは握ると痛い」


「そう……って……」


「こういう時は生地の厚い、焚き火用の耐熱グローブとかあるといいぞ」


「持ってませんが……」


「普通のペグなら回したり、紐をひっかけるところが深いなら張り紐をひっかけて張った時とは逆、つまりペグの延長線上に引っぱれば抜けることもある。しかし、Y字ペグなどはそれがやりにくい場合もある。というわけで手間を省くため、こういう風に……」


 そう言うと、営野は自分のテントバッグから真っ赤なY字ペグを一本抜きだした。

 Y字ペグの後部には穴が空いており、そこに丈夫そうな黒と白の縞が入った紐が通されている。


「紐をつけておくと、これを引っぱればいいので抜く時に楽になる。この紐は、【細引き】と呼ばれる。だいたい直径二ミリぐらいのが多いな」


「ちょっ! ソロさん、それ、先に言っておいてくださいよ! 抜けなくなっちゃったじゃないですか」


「そういう時は、軽くハンマーで横から叩いて土との空間を開けてもいいが、気をつけないとひん曲がることもある」


「買ったばかりなのに曲がるのはイヤです……」


「あとはこういう土の場所なら、別のペグを使って周囲を掘って空間を作ってやれば抜ける」


「うぐぐ……面倒。なんでDODさんは、細引きまでつけてくれなかったんですかねぇ。やはり電話して小一時間――」


「――だから、やめろ。それにオレンジやピンクの細引きを買って結んでやれば、少しはおしゃれになるじゃないか」


「ほむ、なるほど。……それはともかく、ソロさん……」


 ペグの近くでしゃがんだままの泊が、上目づかいで営野を睨んでくる。


「このペグを打つ時、わざと抜けにくいところを選びましたね?」


「……実践的な方がいいかなと思ってな。実際に困ってみるのもいいだろう?」


「ほむぅ~っ! この前も思いましたが、ソロさんってSっ気ありませんか? わたしをいじめて、楽しんでいませんか?」


「……そんなことはないぞ」


 と口では否定しつつも、頬をぷくりと膨らませ口を尖らせる泊を見ながら、どこか楽しいと思っている自分がいる。

 そのことに気がつき、営野は少し驚いてしまうのだった。



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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2018/12/scd002-06.html

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