第五話「テントを自慢される。だが、自慢にならない」

 ここは変わっていて、支払が自動販売機によるチケット販売だった。

 たぶん、オートキャンプの他に、バーベキュー場、そしてアスレチック各種があるためだろう。

 営野はスタッフに案内され、受付の横にあった販売機でオートキャンプのサイトチケットを購入する。

 その後、風呂の代金を支払う。

 風呂は一時間しか入れず、二〇〇〇円と少しお高い。

 しかも、風呂場はほぼ一人専用のサイズらしい。

 複数人で使用するとなると辛いだろう。

 急げば三人ぐらいは入れるかもしれないが、ゆっくりつかる時間はないことになる。

 もともと「風呂場」ではなく「深足湯」となっていることからも、主旨が少し違うためなのかもしれない。

 これは実際に見てみればわかるだろう。


「よし、行くぞ」


「ほむ。それはいいのですが……」


 返事をした泊が、興味津々に営野のまたがったペダリストを見ている。


「もしかして、その自転車で荷物を引っぱってきたんですか? 車、持っていましたよね?」


「自転車ではないんだが……まあ、詳しいことはあとで話す。とにかくサイトに行かないか」


「ほむ。了解です」


 そう言った泊もバイクに戻る。

 彼女の荷物は、前回とは比べ物にならないほど増えていた。

 武骨なデザインをした彼女のバイク【ホンダ・PS二五〇】の荷台には、多くの荷物がピラミッドのように積まれてネットで押さえつけられている。

 さらに小さめのリュックを背負い、ヘッドライトの上の荷台にも荷物がくくりつけてあった。

 後部荷台をまたげないため、足を真横から差しこむようにして乗りこむ。

 PS二五〇はスクーターに近い形をしていて、ハンドルとシートの間が低くなっているため、こういう時は楽なのだろう。


(それにしても、小さい体でよくやるもんだ……)


 営野は「これが若さか」と感心してしまう。

 とは言え、自分も年甲斐もないことをやっていることは自覚している。


「ゆっくり走って着いてきてくれ」


 そう言って、場内を進みだす。

 幸い、もうしばらくはバッテリーがもってくれそうで、かるくアクセルを開けるだけでペダリストは走ってくれた。


 受付から奥に進む。

 左手にはアスレチックや子供の遊び場がたくさんある。

 子供がいるファミリー層にはうってつけだろう。


 突き当たりを左に曲がる。

 かなり木々に囲まれたエリアだ。

 まだ緑の色濃い枝葉で隠され、空が見えにくい。


 デイキャンプに使えるバーベキュー場や、有料の子供用遊び場もうかがえる。

 バーベキュー台はドラム缶を改造したタイプで、木の椅子が添えてある。

 屋根付きの場所もあり、数はかなりあるようだ。


 ファミリーパークという子供用の遊び場は、入場料一〇〇〇円で一日自由に遊べるらしい。

 子供が喜びそうなアトラクションがいろいろと用意してあるみたいだった。


 そしてその先に、オートキャンプ場エリアがあった。

 現在、ここには一七の区画サイトが用意されている。

 ざっと見たところ広さはマチマチだが、営野に用意されていたサイトは運良くわりと広かった。

 キャンプ場の奥まった場所にあるが、炊事場やトイレ、風呂などがある場所から近くて便利である。


(下は赤土か。かなり汚れそうだが、直火OKなのは嬉しいな……)


 サイトを眺めると長方形で奥に長く伸びている。

 ざっと測ると、横幅は営野の足で八歩ぐらい、奥は二二歩ぐらいあった。

 これなら小さいテントを四つぐらい張れそうである。

 ただ、サイトの区間はロープとネットで低い壁が作られているだけで、密接している。

 プライベート感はほぼないと言えるだろう。


「よし。なら泊は奥の方に張れ。俺は手前の方に張る。中央は焚き火をするので空けておいてくれ」


「ほむ。それは了解なのですが……その自転車、後ろから見ていましたが、こいでないのに走っていませんでしたか? しかも、よく見ればナンバーとかブレーキランプとかついているし……。もしかして電動? でもペダルがあるし……」


 眉間に少しの皺を寄せた彼女の顔には、不可解と書いてある。

 もちろん、これはいつもの質問だ。

 だから、営野はいつも通り説明する。

 わかっている。

 きっと泊も、今まで質問してきた者たちや、晶子のような反応をするのだろう。


「ほむ。それは面白い……」


「えっ?」


 ところが、泊の反応は少し違った。


「まるで不器用な生き方しかできない少年を自分の色に染めていくようなロマンを感じるマシンですね」


「……そのたとえはどうなんだ?」


「昔あった、モペッドを思わせます……」


「……なんでそんなの知っている。何歳だ?」


「どう見ても、華の17才でしょう?」


「モペッドが日本で流行ったのは戦前だぞ……」


 モペッドは、自転車にエンジンを取り付けたバイクで日本ではホンダ・カブの原型にもなったものである。

 確かにペダリストは電動だが、ペダル付バイクという意味では共通していた。


「それはともかく、折りたためる……つまり変形できるマシンをカスタムって萌えませんか? しかも、トレーラーを合体できる。変形・合体・カスタム……ヤバい。これで人型になったら完璧。ならないんですか?」


「なるわきゃない……」


「ほむ。なら、ロボットと合体してコックピットになるとか?」


「きみはいったい、電動バイクに何を求めているんだ?」


「ロマンですよ、ロマン。バッテリー切れを気にしながら運用しなければならないという弱点も用意され、それもペダルをこげば頑張れるという根性パワーもある。スーパーロボット的要素……ほむ。これは、ロマンあふれるマシンではないですか」


「そ、そうか……」


 ロマンを語るつもりが、逆にロマンを語られて営野は圧倒されてしまう。

 どうせバカにされるか、理解してもらえないか、かるく流されるかのどれかだと思っていたのだ。

 それがむしろ、自分よりも熱く語られるとは思いもしなかった。

 思わず営野は、少し吹きだして笑ってしまう。


「うっ……。なんで笑うんですか」


 泊の唇がかわいく尖る。


「す、すまん。……ロボットとか好きなのか?」


「ほむ。す、好きですよ。ロボットアニメとかつい見ちゃいます。悪いですか? 女のくせにとか思っています?」


「いや、思っていない。俺もロボット物って好きだからな。まあ、年代が違うだろうけど……」


「ほむほむ! ソロさんもですか。わたし、わりと古いアニメとかもチェックしているのでイケる口ですよ。語り明かしますか? ちなみに最近ですと、魔生機――」


「――いや、待て。きみは執筆しに来たんだろう。それにまずは設営だ」


「ほむ……。そうでした。また本末転倒リバースするところでしたよ」


「でたな、謎単語」


「失礼な。これは日々、進化する言語の研究成果として、わたしが生みだした新感覚ワードなのですよ」


「……センスないな」


「ほむぅ~んっ! 友達と同じ事を言うとは……失礼なこと、この上マックス」


「マックスはいいから、ともかくバイクを奥に」


「おっと、了解です」


 泊がバイクを押しながらサイトの奥に運んでいく。

 その小さな背中は、大荷物を載せたバイクと対照的だ。

 先ほどは「若いからできる」などと思ったが、そういうことではないのかもしれない。

 彼女もまた、ロマンを求める人種なのだろう。

 そして自分の求める物のためには、力を発揮できるタイプの人間なのだ。


(確か小説家とか言っていたからな。自立した強い意志はもっているんだろうな……)


 そんなことを考えながら、営野もペダリストを適当な位置に移動し、荷ほどきを始める。

 まずはブルーシートを地面に広げる。

 ポリエチレンのレジャーシートのような物に使われる厚手のものだ。

 サイズ的には四畳半程度。

 四隅と各辺に等間隔でハトメと呼ばれる穴が開けられている。

 ハトメの周りは金属の輪がつけられ、そこに紐やペグを通せるようになっていた。


 今日は、風がほぼ凪いでいる。

 ただ念のため、飛ばないようにかるくペグでハトメを固定する。


「フフフ。ソロさん、グランドシートですか?」


 いつまにか歩みよってきたソロが、両手で荷物を抱えるように持って立っていた。

 その顔は、ペグを打つためにしゃがんでいる営野を上から目線で見て、片方の口角をクイッとあげている。

 いわゆる「ドヤッ顔」だ。


「わたしはグランドシート別途不要ですよ。なにしろ、このテントを手にいれましたかからね!」


 彼女は自分のバイクの荷台の下でしばりつけられている、薄い黄土色のタンカラーと呼ばれる色の細長いバッグを指さした。

 真ん中には、見たことのあるアルファベットが三文字並んでいる。


「あれこそは、DOD製【ライダーズバイクインテント】です! 横幅五八センチのバッグの中になんと前室があるワンタッチテントが収まっているのです。組み立ててキャノピーをあげると、わたしのかわいいPS二五〇のタープにすることができます。しかも、グランドシートもアルミ製のY字ペグまでついているという、初心者に至れり尽くせりの割にお値段も手頃!」


「お、おお……」


 自慢げな心情を隠す事もなく、一息で語る泊に営野は圧倒されてしまう。

 たぶんこうやって自慢するため、内容をあらかじめ考えてきたのではないだろうかというほどスラスラと口が動く。


「アウターは耐水圧三〇〇〇ミリありますし、床ももちろん五〇〇〇ミリ。これで前回のような床上浸水はありませんよ!」


「床上浸水は大袈裟だが……なるほど勉強していろいろと調べたんだな」


「ほむ。もちろんですよ。同じ過ちはくりかえさない泊さんです。どうですか? いい買い物したでしょう?」


 いつもは少し淡々としているのに、今は鼻息が非常に荒い。

 その姿は、まるでご主人様に褒めてもらいたくて仕方がない犬のようにも見える。

 思わず晶子のように頭を撫でたくなるが、そんなことをしたら本当にセクハラで訴えられかねない。

 それにこれから、彼女をガッカリさせなくてはならない。


「どうしました? 褒めてもいいんですよ?」


「……ああ。確かにいい買い物だと思う」


 そう言いながら営野は、先ほどネットをはずしたトレーラーから大きな長細いバッグを取りだす。

 色こそダークグレーで違うが、大きさも形も泊が持っている物ととそっくり。

 DODの文字もまったく同じ。

 それを営野は、泊に見せつけるように前に突きだした。


「…………」


 それを見た泊がドヤ顔のまま固まる。

 そして見る見るうちに顔がひきつっていく。


「つ……つかぬ事をおうかがいしますが、じぃさんや」


「誰がじぃさんだ」


「その手に持っているのは、まさかと思いますが……」


「ああ。きみのと色違いの【ライダーズバイクインテント】だ。確かに便利だよな、これ」


「…………」


「どうかしたか?」


「お……おそろい?」


「まあ、そうだな。同じサイト内に立てたら、ペアルックみたいだな」


「――その言い方、恥ずか死にマックス!」


「今回は設営前に昇天か……」


 顔を真っ赤にしている泊に、営野はやれやれと肩をすくめるのだった。



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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2018/12/scd002-05.html

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