柏しょうなんゆめファーム
第四話「ソロキャンプに来た。だが、また二人だ」
スライドする鉄製の柵が設置された入り口の先は、開けた広場のようになっていた。
たぶん駐車場なのだろう。
右手には伐採した木々が見え、左手には赤いバスが目についた。
バスと言っても小屋的に利用されているようで、そこがキャンプの受付になっていた。
【柏しょうなんゆめファーム】
https://www.yumefarm.jp/
都内近郊にある、いわゆる高規格のキャンプ場だ。
キャンプ場としては、テントブースの他に、ロッジやツリーハウスなどがあり、いろいろなキャンプが楽しめる。
また、ファミリーパークという子供用の遊び場や、珍しいところではスケートボードパークというのまで用意されている。
その上に、足湯と風呂まで用意され、しかも全サイトがだいたい一〇メートル四方あり、そこに駐車場付きで、AC電源完備という至れり尽くせりな仕様だった。
それなのに値段が極端に高いわけではなく、車ならば都内からのアクセスも悪くない。
また問い合わせなどもしてみたが、非常に対応がいい。
ブログなどの広報活動も非常に小まめにやっているため、サービスも期待できる。
営野が来るのを楽しみにしていたキャンプ場のひとつであった。
ただし、テントブースは一七サイトしかない。
今回は通常の土日ということもあり割と簡単に予約できたが、繁忙期などはすぐに埋まってしまうだろう。
「いらっしゃいませ。……それ、すごいですね」
ペダリスト+トレーラーの迫力に、オレンジのウィンドブレーカーを着用したスタッフの一人が声をかけてきた。
まだ二十代後半の彼は、興味津々に眺めている。
「これ、バイクなんですか?」
そんなお決まりの質問も飛んでくるので、いつも通りの簡単な回答をする。
何かを説明するたびに、感心したような相槌をスタッフは返してきた。
「へぇ~。面白い乗り物ですね。……あ、失礼。受付はあちらですよ」
とりあえず、端にペダリストをとめて、赤いバスに向かった。
その前には、長机が並べられて、そこが受付となっているようだった。
今は、白地にオレンジのラインが入ったバイク用ジャケットを着た女性が受付をしているので、その後方で少し離れて待つことにする。
「えー! 予約が入っていないんですか!?」
ところが、なにかもめているのか、その彼女が困惑の声をあげた。
その声を聞いて、営野は心に引っ掛かるものを感じる。
声に聞き覚えがあったのだ。
ただ、顔がでてこない。
確か最近、どこかで聞いたことがあったはずだ。
そういえば、長髪を後ろで二つにわけ、下の方で結んだ髪型にも見覚えがある。
「今日はあいにく、すべて埋まってまして。急なキャンセルでも出れば……」
受付の言葉に、その女の子が頭をたれる。
「そんなぁ~……。ショックなこと、この上マックス……」
(……あ、わかった)
決定的な台詞を聞いてピンときた。
こんなことを言うのは、彼女ぐらいしかいないはずだ。
そう確信し、その背中に営野は声をかける。
「予約を忘れたのか、泊」
「――えっ!? ……ソ、ソロさんっ!?」
振りむいた彼女の両目は、こぼれ落ちそうなほど見開いている。
それはそうだろう。
営野とて驚いている。
たまたま先週、秩父のキャンプ場で偶然出会った相手と、今度は千葉のキャンプ場でまた出会ったのだ。
こんな偶然など、そうそうないはずだ。
「こ、こんなところでなにしているんです!?」
「キャンプ場に来ているのだから、普通はキャンプだろう」
「ほむ。まあ、その、普通はそうなんですけど、もしかしたら、わたしのストーカーになったのかと思って」
「そんなに俺を犯罪者にしたいのか……」
管理人や他の客の視線が、一瞬だけ突き刺さる。
思わず「彼女の冗談ですから」と言い訳をしてしまう。
変な噂を立てられるのは冗談ではない。
セクハラもだが、ストーカー認定もされたくない。
「そういう泊こそ、なにをもめているんだ?」
「ほむ。わたし、予約を入れたつもりだったのですが入っていなかったらしくて……」
「ネット予約か?」
「はい」
「受付メールは来たのか?」
「……そーいえば来ていなかった気がします」
「申し込みをミスしたんじゃないのか?」
「そ、そんな気がしないでもないです……」
「確認しなかったのか……」
「はい……」
がっくりと首をうなだれる。
本当に泣いたりはしないだろうが、今にも涙をこぼしそうな雰囲気が漂っている。
雑談の中で自分は頭がいいと自慢していたが、先日のキャンプに続き、今のこの様子を見る限り、残念な娘にしか思えない。
(やれやれ……)
営野は大きなため息をもらす。
ソロキャンプで少年ハートのオアシスを求めてきたのだが、こういう時に見捨てられるほど冷たくもない。
彼は、捨てられた猫をつい拾ってきて、わざわざ飼い主を探してしまうタイプの人間なのだ。
「すいません。予約していた営野です」
肩を落としている泊の横を通り過ぎ、営野は受付に声をかける。
「はい。お待ちしておりました。こちらにお名前を――」
「急で申し訳ないのですが、うちのサイトを二名で使用にすることはできますか?」
「え? 六名まででしたら同額でできますけど……もしかして?」
それを確認すると、営野は後ろを振りむく。
クリッとした目が、またもやパチクリとしている。
その様子に、営野は口角をあげてしまう。
「どうする? 同じサイトでよければ、ソロキャンするか?」
「――はい! いいのならぜひに!」
普通なら断りそうだが、はたして彼女は断らない。
前回のキャンプで隣のサイトになり、少し関わっただけの年の離れた少女。
そんな彼女から自分に向けられているのは、無条件に「大丈夫」という信頼。
端から見ていてもわかるが、彼女はその「信頼」を自ら信頼している。
自信があるのだ。
だから、平気で距離を詰めてくる。
ところが営野の方も、不思議とそれを鬱陶しく感じない。
図々しいのが大嫌いな営野にしてみれば、我ながら不可解であった。
彼は特にここ五年ほど、他人との個人的なつきあいを避けていた。
仕事での関わり合いがない限り、社交性をむしろ封印していた。
特に女性に対しては、敬遠していると言っていいかもしれない。
こう見えても、ベンチャーから一流企業にまで引っ張り上げた経営者だ。
しかも会社はまだまだ成長中ともなれば、女性からのアプローチ、見合いの話などがあってもおかしくはない。
実際、今まで営野に近寄ってきた女性は、けっこうな数がいたのだ。
しかし、それがどんな美人でも、不思議と鬱陶しいと感じてしまう。
たとえるのなら、のんびりとソロキャンプを楽しんでいるサイトに入りこんできて、こちらの都合省みず話しかけてきたり、騒ぎだす迷惑キャンパー。
そういう類に感じていたのだ。
(平気だったのは、昔から一緒にいた
晶子とは長いつきあいもあるから、互いの慣れもあるのだろう。
だから、まだ理由はわかる。
しかし、泊は違う。
そもそも初めて会ったときから、自然な距離感を保っている気がするのだ。
絶対に入って欲しくない場所、タイミングに入ってこない、鬱陶しくない空気感。
そして逆にこちらが近づかなくても気にしない雰囲気がある。
加えて彼女には、図々しいのに「まあいいか」と思わせてしまう力がある気がするのだ。
ついつい許してしまう。
もし娘がいたら、こんな感じなのかもしれない。
そう思いながら、営野は泊に挑戦的な微笑を見せる。
「じゃあ、ソロキャンするか」
「はい!」
「今度はちゃんと自立しろよ」
「ほむ。おまかせあれ! 今日は新装備のテストも兼ねているので自慢げに自慢しちゃいますよ!」
「サイト代、半額だせよ」
「も、もちろんざます……」
「ざますってなんだよ、ざますって……」
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